お出掛けみたいです
休日の朝は、城塞の外にある道を走ると決めていた。
装備を着用して走っているのか、それとも石畳と違って不均等の土のせいなのか。
地面に座り、疲労困憊の体とその肺は酸素を求めているのだろう。激しい息遣いをしながら、冷やしたタオルを額にかける。
ガチャガチャと、同じようなルートを走っている鎧を着た団体が横を通り過ぎていく。
この都市の警備隊だ。
警邏もするためにスタミナが必要な彼らは、朝礼の後にランニングを行っている。
声も名前も知らないが、何度も同じルートで出会うことで、無言で会釈し合うようになった仲である。
火照った身体が落ち着いたシグが向かった先は、一般通行人が通る南門のすぐにあるヘカテによって作られた、ヘカテ公衆浴場へと足を運んだ。
どうせインフレ対策だろうなと考えながら、愛用している木の皮を薄く削いだ籠の中に、汗で重くなった服を入れる。
脱衣所と呼ばれている空間にある筐体へと料金を支払うと、目の前に扉が現れる。自分の体に合った大きさの浴槽や湿った空気が漂っている浴室は、何故か懐かしいと感じる。
汗のべたついた体を洗い流して湯気が立っている浴槽へと入って冷えた体を温めてから脱衣室へと戻ると、同じような新しい服を着て向かいにある洗濯屋に、先ほどの籠の中身を渡す。
「あんちゃん。毎日服を洗濯するなんて珍しいな」
「パーティメンバーに女性が多いですからね。ちなみにこれからその一人と買い物です」
「お、ハーレム予定か? 羨ましいねぇ!」
「その予定はありませんね。ちなみに魔石の買い取りします?」
「若いのにつまらんやつだな。ちょうど足りなくなってきたところだ。このメータまでこの値段で買い取るぜ」
一夫一妻制の日本で生まれたシグにとって、このテンションはついていけない。苦笑いをしながら否定をするが、それは照れ隠しだと思ったのだろう。
茶化しながら張り紙を親指で張り紙を指した。
前回の洗濯物を受け取った彼は、出てきた魔石測定器の中にインベントリがばれないように、鞄から取り出した無属性の魔石を一つずつ入れていく。
ごりごりと掘削音を鳴らしながら上昇しているメータ。
シグは決められた数値まで魔石を一個ずつ入れては確認を繰り返した。
「1万ガルドだな。にしてもマジックバッグに入れるのに畳むなんてマメだな」
「クセですからね。せっかく綺麗にしてもらったんですから、綺麗に仕舞わないと」
「違いねぇな」
ガルドを受け取り、服を畳んでしまって店を出る。
次の目的地である広場へ行く。
集合時間よりも10分前に到着したシグだが、それよりも早く待っていたヒルデは彼に気付くと手を振ってきたので、そこへ早歩きに向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
「この服どうでしょうか」
どうですかと、一回転をして自分が着ている服を見せる。
ふわりと膨らみ跳ねるスカートを抑えるヒルデは、どこか初々しく感じる。
「もしかして、そういう服って初めて?」
「恥ずかしながら、孤児院では動きやすくて着回しのできるズボンの服が多かったですし、これまでは余裕もありませんでしたから」
「そうか」
「ですから、こういう服は初めてですね」
「雰囲気に合ってるよ」
「ほら、今日はエイラさんのポーション屋に行ってから武具店に行くんですよね。急いでいきましょう」
褒められたことに頬を朱色に染めながら手を引くヒルデは、昨晩に彼から聞いた予定を再度確認する。
連れていかれた扉をくぐると、そこにはモノクル眼鏡をかけている老婆がいた。類稀なポーション製薬の加護を持っているエイラ婆と呼ばれている女性だ。
「おやおや、別嬪さんを連れてきたね。結婚の報告かい?」
「パーティを組みましてね。ポーションの回収と購入をお願いします」
「まったく、あっちの嬢ちゃんみたいに少しは反応を見せてもらわないと、楽しくないじゃないか」
過剰な反応をするヒルデに、ヒャッヒャッヒャッと含みのある笑いをするエイラは、出されたポーション瓶の中身を回収瓶と言われている巨大な瓶の中にトクトクと注いだ。
第三階層の森林等から採取出来るハーブや魔石と言った素材を使ったポーションは、消費期限がありそれが切れたものは効果がなくなる。
その期限は、細瓶についている張られている特殊なラベルで確認できる。
また特殊な製法を行うことで、作って間もないポーションに比べては効果は下がるが再度利用することも可能なことから、自分の作ったポーションの回収も行っているポーション屋は多いことや、雀の涙ではあるが、ガルドが返ってくることでそれを利用している冒険者も多い。
また、少量の疲労が改善されるということで、安くなっている中古のポーションは冒険者の他にも、一般労働者に愛用もされている。
「いつも通りの新品でいいかい?」
「はい」
「しかし物好きだねぇ。普通だと中古を買う冒険者が多いのに」
「それで死んだらもったいないので。6本と……そうですね、青を3本ほど」
ポーションは即時回復ではなく持続性だ。
それを知ったシグは、冒険者を登録した翌日に浄眼を使って、街にあるすべてのポーション屋を回った。
そしてたどり着いたのが、このエイラ婆が経営しているポーション屋である。
味良し効果良しという彼女のポーションは、割高ではあるが人気の店だ。
しかし、売り切れが起こることはない。
その理由は、痛みや傷を瞬時に回復できるクレリックのヒールと違って、じわじわと痛みが和らぎながら傷がふさがっていく仕様にあるからだ。
その持続という仕様上、ポーションは致命的な攻撃を食らった場合は意味がなく、ならば戦闘中は痛みに耐えながらモンスターを討伐。その後に飲用をしたほうが自分の懐にも優しい。
そういうことからか、冒険者のクレリックを臨時パーティで引いた場合は、自分をアピールする者が多いし、チームやクラン募集でクレリックの窓は常時開かれている。
ヒルデがパーティに入ってくれたのは、類い稀なる幸運といってもいいだろう。
「はい、回復ポーションだよ。それと……」
机の上に出された細瓶のポーションを受け取る。
マジックポイントが回復する青のポーションは、別の入れ物なのだろうか。
そう思っていたシグとは裏腹に、エイラはラッピングされた箱を取り出した。
「プレゼントなんだからラッピングしておいたよ」
「私のですか?」
「マジックポイントを回復するポーションは、クレリックには必需品だろ?」
「普段儲けさせてもらっているのにも、いただくわけには──」
「男の甲斐性なんだから、受け取らないとダメだよ」
「そうなんですか?」
「そういうもんだよ。黙って受け取っておくのがいい女ってもんだよ」
意味ありげにいうエイラと、それを真に受けているヒルデを気にせずに、ポーションの代金を支払う。
面白くない男だ。といわんばかりに、エイラはちょいちょいとヒルデを呼び寄せて内緒話をしている。
「ハーゲンの店に行くぞ」
その内容を大体は理解しているのだが、それを突っ込むと面倒なことになるので、何も言わずに店を出ていくと、それを見たヒルデは急いでシグを追いかける。
次の目的地であるハーゲン武具店へと入っていく。
シグはタンクとして攻撃を一身に受けることから、防具消耗が激しい。自分から見て使えると判断しても、専門職には定期的に見てもらいメンテナンスが必要と言われたら、問題ないように見えても出している。
ここ数週間で、浜辺の階層を攻略したチームやクランが出始めた。
その次の階層である第五階層にいるゴーレムからは、魔石の他にも高品質の鉄鉱石がドロップすることから、それを使用した武具を作るために鍛冶場からは日夜問わず煙が出続けている。
どうやらハーゲンはその作業中のようで、娘のクレカが受付をしていた。
「あ、いらっしゃいシグさん。防具の受け取りですね」
「はい。それと採寸と見繕いをお願いします」
「ありゃ? 体系が変わっちゃったの?」
「俺じゃなくて……」
「私のです」
当初はパーティ資産と言って購入するように促したが、組んでそこまで経っていないシグのパーティにそこまでの貯蓄はないとルナに指摘された。
こういうところは鋭い彼女に、森林ではゴブリンやグラスウルフやオークと言った、今までとは違って殺傷能力が高いモンスターがいることから、もしものことが合ってはいけないと説明をした。
また湿地で稼いで各自が揃えるべきであるという提案も、それならば自分が支払うことで実入りの良い森林に潜った方がいいといって拒否もした。
ちなみにこのポケットマネーは、昨晩のアンケートの謝礼としてヘカテもらったガルドである。振り込まれたときに、パーティメンバの武具の弱さを遠回しに指摘するメッセージもされていた。
つまりこのお金を使って購入しろということかと憶測をすると同時に、オラクルによって肯定された。
それ以外に使うと呼び出される可能性があることから、シグはその通りにしようと考えた。
彼にとってはあぶく銭であるからタダでよいと考えてはいたが、それを知らない二人にしてはシグ個人の資産である。
少しずつ天引きや、ハーゲン武具店の利用を条件を出して納得してもらうことにした。
また事前にガルドの上限を決めて、各自にお金を渡して武具の更新をしてもらおうと思ったのが、ルナと違って慎ましい性格のヒルデが遠慮する可能性がある。
そのことから二人で行くようにと提案をしたのだが、シグから出されるということで、一緒に選んでほしいということから今に至る。
「見繕い終わったよ。明日の朝までに調整しとくから」
「はい、では早朝受け取りに行きますね。シグさん、ありがとうございます」
「別にヒーラーの防具は探索に必要な出費だから気にするな」
「明日の探索は頑張りますね!」
ニヤニヤしながら見てくるクレカに、そうではないとくぎを刺すシグと、それに不満そうな顔をしているヒルデ。
受け取った鎧や盾を装着して、何か不具合がないかを確認する。
問題なかったことで、装備を仕舞う。
「じゃあ、ここで解散だが送ろうか?」
「私はちょっと残って見学させてもらいますね。ルナさんも後で来るって言っていましたし」
「そうか。じゃあまた明日」
ルナが来るなら二人で行けばいいのにと思いながら、笑顔で返事をしたヒルデを残して店から出て行った。