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異世界転移するようです

 男は困惑したいた。

 その理由はいくつかあるが、強いて言うなら二つが挙げられる。

 一つ目は、目が覚めると見知った場所ではなく真っ白な空間であること。

 そして二つ目、自分が何者であるのかを思い出せないということ。

 それらを頭の中で整理しようと、ウンウンと唸りながら腕を組み考え事をしていると、ぱん、と乾いた音が鳴り響いた。

 目を瞑りながら思考の渦に囚われていた男はびくりと肩を震わせると同時に、音の正体の方向へと目を向けた。

 そこには胡散臭い笑顔を浮かべた女性がいた。


「おはようございます。シグさん」


 シグと言われた彼は、そういえば自分はそういう名前だったなということを思い出しながらも、新たな疑問が生まれた。


「それは俺のネットゲームの名前であって、リアルの名前じゃないはずだが」


「凄いですね。仕事が終わって栄養補助食品を食べながら帰宅。その後にすぐゲームの世界へとダイブして睡眠して一日を終えてまた一日が始まる」


 プライベートはないのかと肩を落としながら、一昔前に流行した小説を思い出したシグはもしかしてと思う。

 女性もその通りと言わんばかりに、胡散臭い笑顔をやめてシグへと視線を向ける。


「お察しの通りです。あなたは過労死で生涯を終えました。私は女神ヘカテ。あなたの魂を迎えに来たものです」


「それではテンプレート通りと言うことでしょうか?」


 過労死して異世界へと旅立つ。

 よくいちゃもんを付けるシーンなど存在するが、神にとっての人間は人間にとって蟻のような存在に、選択肢なんて与えられるわけがないと察したシグは、小説での創作みたいなのもあるんだなぁと思った。


「創造でしかないと思っているのでしょうが、あなたの世界では意外と起こっていることですよ?」


 その心を読んだかのように、ヘカテはノンノンと人差し指を横に振る。


「世界は幾重にも存在して、ごくまれに起こる歪みが起こる。わかりやすく言えば、神隠しや密室殺人と言ったものでしょうか。その歪みによって空いた時空の穴によって、別世界へと旅立った人は多くいます。宇宙人って言ったら理解できますよね」


 なるほど、そういうことか。と、合点のいったシグはヘカテの言葉の続きを待つ。

 わざわざ死んだという前置きを置いて、創造作品を否定し別の世界の存在を説明をするということは自分に用事があって、それを説明するためにわざわざ目の前に現れたのだと。

 拒否権は当然ないのだろうと、も。


「あなたの世界にあるMMORPGっていうんですかね。あの世界を見るのが私好きなんですよ」


 Massively Multiplayer Online Role-Playing Game。大規模多人数同時参加型オンラインRPGで、略してMMORPG。

 数多くの職業の中から一つを選び、自分がその仮想空間の世界の一人の住民として生きる物語でシグが30年近く続けているゲームだ。

 30年といっても同じゲームではなく、何年かの周期で新しいゲームへと移住はしているが。


「それでですね、私もそういう世界を作りたくて世界を作ってはいるのですが、いくら作っても私の求めている世界ができないんですよね」


 いくら作ってもという言葉で眉を(ひそ)める。

 それを気にしないといった感じでヘカテは話を続ける。


「やっぱりMMORPGっていったら素晴らしい連携を魅せてボスを倒していく。これは外せないと思うんですよね。それが自分が作った世界で何度もいろいろな形で実現できるってのは素晴らしいと思いませんか? ですが……ちょうどいい戦闘が今始まりましたので、見てもらった方が速いかもしれませんね」


 パァと明るい雰囲気で手を合わせたヘカテだが、ため息をつきながらガックリと肩を落としながら、中空で何かしらを操作しているのだろう。

 人差し指でいろいろと突きながら最後に親指を使って広げる動作をすると、二人の前に巨大なモニターが出てきた。

 そこに映りだされたものは、薄暗い空間の中、赤いひげがついている海賊帽をかぶった骸骨とそれに相対するかのように、多種多様な鎧や武器を持った4名の男女の姿だ。

 リインフォースやブーストといった数多くの言葉を放った3名の男女は、一斉に骸骨へと飛び掛かっていく。


「やっぱり今回もダメそうですね」


 3名は武器がガッガッと鈍い音を鳴らしながら、骸骨を叩き続ける。

 骸骨の持ったカトラスによって傷をつけられた男の傷口に緑色の光が包み込む。

 するともともとなかったといわんばかりに、その傷跡は消えていく。

 その光景を延々と見ていたヘカテだが、やっぱりか。と、残念そうな顔をする。

 すると骸骨は雄たけびを上げたかと思うと、周辺の地面に青く淡い光の粒が浮かびあがるとターバンを巻いたカトラスと弓を持った一回り小さな骸骨が2体ほど現れた。

 その2体の骸骨は、お(かしら)に群がっている男女にはめを向けず、カタカタと音を鳴らしながら後方にいる1名の布の服の女性へと走り出した。

 恐怖に刈られたくぐもった声で後ずさる女性は、すぐに壁に追い詰められてめった刺しにされる。

 糸を切られた人形のようにその場に倒れた人間だったものは、ガラスが割れた音とともに消えていった。

 その後は一方的な虐殺のような戦いが始まる。

 一人は後方から放たれた弓矢を受け、痛みで体を震わせると同時にカトラスによって首を切断。

 一人は弓を持っている骸骨を倒そうと走り出すが、カトラスにより背後を見せたな愚か者と言わんばかりに斬りつけられ、残った一人の男はため息を吐いて殺してくれと言わんばかりに持っていた自分の身長同等の大剣を地面に落として、その場から消えていった。


「いや何この茶番……っと失礼しました」


「面倒でしょうからそのままでいいですよ。ひどいでしょ?」


 女神と知ってから立場をわきまえていたシグだが、反射的に出た砕けた口調に謝罪をする。

 それを気にしないとヘカテは先ほどの戦闘について同意を求めてきた。


「構成がひどすぎる。アタッカー3枚にヒーラー1枚。火力が足りるなら問題ないが、どう見ても無理だ」


 MMORPGを真似た世界を作ったという言葉から、クラスの存在や部屋の構造からしてダンジョンのようなものだろうと想定して発した言葉である。

 ブォン、と何かが起動するような電子的な効果音とともにシグの目の前に数多くの映像が浮かび上がる。

 そこにはステータスやクラスの概念といった、データベースが表示されている。

 黙々とそれを読破していくシグだが、一つのデータを見ると眉をあげると疲れたかのように山根(さんこん)を指で押さえた。


「なんでタンクというジョブがこんなにも使われていないんだ」


「10の世界を創作したのですけど、どの世界でもタンクというジョブは不人気でして。今見せている世界ではナイトは攻撃スキルがない不遇クラスってなってます」


「不人気ってのは同意するしかない。俺の世界でも即シャキものだったな」


 ダメージを受け入れる器のダメージタンクのネット用語で、略してタンクと言われているジョブ。

 敵の攻撃を受けることに徹することによって、ヒーラーと呼ばれる回復を行えるクラスの負担を減らし、アタッカーと呼ばれる高火力の攻撃を持っているジョブを引き立てる。

 また、マッチングシステムが機能しているダンジョンでタンクを選ぶとすぐにシャキンッと金属同士がこすり合うような音が鳴ることから、皮肉等も込めて即シャキと言われている。

 ちなみに、山根を指で押さえた理由はダンジョン階層攻略の円グラフだ。

 そこに表示されているジョブに、タンクという役割を持っているジョブであるナイトがほぼいないことに呆れる様子を見せたシグだが、先ほどの年齢層や自分が生きていた世界のことを思い出した。


「タンクっていうものが存在するのが当たり前だと思っている俺にとっては、タンクというものは必要不可欠に見える状況でも、そういうものがないやつにとっては違うのか」


「そういうことです。やっぱりあなたを選んで正解でした。それで、あなたの性格上こういうことも必要でしょう」


 一時期流行していた創作作品を知っているシグは、ヘカテが何を求めて自分をこの場に呼んだのかを一瞬で理解する。

 説明をしなくて助かったと言わんばかりに明るい声で同意をするヘカテは、ポイポイと何もない空間から取り出した武器をシグ周辺に落としていく。

 タンクというジョブが好きな彼はすべてのゲームでタンク一筋だ。

 そして、どういう状況で何をしてほしいのか。それを知るためには別のジョブを触らないといけないと考えてしまう廃人でもあった。

 その無理が(たた)っての過労死。

 しかし生前の性格というものは死んでも治らないものだ。

 いつの間にか設置されていた藁人形のカカシに放たれ攻撃の数々。

 シグの性格を知っているヘカテは、彼が満足するまでこれまたいつの間にか置かれていた椅子に座って葡萄のジュースを優雅に飲む。


「それで、いわゆるチートというものですが……残念ながらありません」


 当たり前でしょうと言わんばかりのヘカテに、チートのスキルで活躍しても、そのクラスに憧れる人間はごく一部であると知っているシグは黙って頷く。


「ですが、こちらの世界の常識や痛みに対しての耐性は当然つけます。が、あくまで耐性があるだけで痛いものは痛いですし、死ぬときは当たり前に想像以上です。年齢も若くしておきますね」


 シグの目の前に新たなに様々な情報が記載されている映像が浮かび上がって、どんどんと文字が追加されていく。


「それと、あちらの世界ではヒットポイントやマジックポイントなんて目視できませんので、マジックポイントが見えるようなユニークスキルやインベントリを付与はしときましょうか」


 有無を言わせずに物事を進めていくヘカテに、ここで女神の怒りを買うことはよくないと思ったシグは、黙ってそのステータスやスキルの詳細を確認する。


「VITとSTRが高くて他が低い感じ……王道だ。ちなみになんで攻撃スキルがないのかの説明は?」


「攻撃スキルがあったらタンクをしない輩が多いからです。だから火力の高い攻撃スキルはとっちゃいました」


「この浄眼というのは?」


「意識をすれば左上にマジックポイントの残量を確認することができて、なおかつ鑑定眼を合わせた特殊な魔眼です。これくらいはサービスしないと……っと、こんなもんでしょう。確認が終了次第飛ばしますね」


 字幕が出るならカタカタカタ。ターンッ! だろうなと思わせる動作に苦笑しながら、目の前にある浮かんでいる情報を見る。


【名前】シグ 【ジョブ】ナイトLv.1 【年齢】20

 STR:D

 AGI:E

 VIT:D

 INT:F

 DEX:E


【スキル】

 ランパート プロボック シールドバッシュ インベントリ-U 浄眼-U


 ゆっくりと沈みゆく意識の中、霞がかかっていくヘカテの口元には明け方の三日月のような笑みが浮かんでいく。


「私を楽しませてくださいね」

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