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綺麗なままで殺してほしい

作者: 雨宮小鳩

「ゾンビみたいだな、お前」

小学生五年生の時に、好きだった男の子に言われた言葉。

私は生まれつき肌が弱くてあまり綺麗じゃなかった。だから、『ゾンビみたい』というのが、私の見た目を指していることはすぐに分かった。

 言われたのは二月の初旬。もうすぐバレンタインデーだったから、家では毎日チョコを作る練習をしていた。もちろん、その男の子に渡す予定のチョコだ。

 きっかけは軽い言い争い。その男の子が掃除をサボっていたのを私が注意したとか、そんな感じの理由だったと思う。正直あんまりよく覚えていない。

 その男の子からすれば、なんの気なしについ言ってしまっただけの言葉だっただろう。でも、幼い私を傷つけるには十分すぎた。だって、『お前は見た目がゾンビみたいで気持ち悪いから好きになれない』ってことでしょ? そんなことを好きな男の子から言われたら、どんな女の子だって傷付く。

お父さんもお母さんも姉も容姿には恵まれていた。それが余計に、私の自己嫌悪に拍車をかけた。彼女らなりに落ち込む私を気遣って、色々前向きな言葉もかけてくれたのだけど、正直『お前らに私の気持ちが分かるわけない』としか思えなかった。


 幸い、私が大人になるにつれて肌荒れはだんだん収まった。顔のパーツ自体は整っていたのもあって、年を重ねるごとに見た目は良くなっていった。大学に入るころには姉と同じように、頻繁に告白されるようにもなった。でも正直、その『好き』が本当に私に向けられたものなのか、私にはよく分からなかった。

 みんな簡単に『好き』とか伝えてくるけど、好きって何なんだろう。私の見た目が好きってこと? それなら私と見た目が一緒の、別の誰かでもいいんじゃない? あの日と同じ、見た目がゾンビみたいな私ではダメなんじゃない?


 こんな風に感傷に浸ってしまうのは多分、今見ている映画のせいだ。隣に座っている大好きな彼の、シャツの袖をぎゅっと握る。小学生のとき私に酷いことを言ってきたアイツよりも、ずっと優しくて素敵な、大好きな彼。彼の腕に抱かれながらソファに座って、一緒に映画を見ている時間が何よりも幸せだ。


 彼とは大学の映画サークルで出会った。彼は大学生の男にしては大人びた雰囲気を纏っていた。同年代の他の男みたいに、変にガツガツしていない。普段から身に覚えのない好意を向けられることが多かった私は、そんな彼といるときが一番落ち着いていられた。だから、なんとなく一緒にいることが多かった。

 そんな彼がある日言った。

「俺、小山さんと一緒にいると、なんか幸せかも」

 どうしてかは分からない。もしかしたら、私自身も彼に気があったというだけのことかもしれない。でも、彼のその言葉は、他の『好き』よりもまっすぐに伝わってくる感じがして、全然嫌じゃなかった。


 映画がクライマックスのシーンに差し掛かる。

『もうメアリーさんはゾンビになってしまった。ほら、見た目だってあんなに酷いし、元の記憶だってきっと残っていないでしょう。だからもう、楽にしてあげてください』

『クソ……すまない、メアリー』

 ゾンビになってしまった元恋人に主人公は銃弾を撃ち込む。


 映画が終わると、彼はそっと私を抱き寄せた。

「俺はすみれがゾンビになったとしても、ずっと好きだよ」

「ありがとう。うれしい。でも――」

 そっと彼に寄りかかり、身を預ける。このまま彼の甘い言葉に心まで預けてしまえたらどんなに楽だろう?

 でも、怖かった。『ゾンビになったあなたなんて愛されるわけがないわ』とあの日の私が囁く。彼の言葉を信じたい。嘘にしたくない。

だから――

「綺麗なままで殺してほしい」

 声になっているのか、彼に聞こえているのか分からないくらいの、小さな声でそう呟いた。


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