95.野盗
ヒャッハー!
「むっ!」
「……今日はお客様が多いですね」
【んだ? 人が沢山近付いて来るな】
大した気配ではありませんし、野盗か何かでしょうか。
傍から見て老人と小娘が一人ずつなんて、彼らからしたら格好の獲物だったのでしょう。
「おっと〜? こんなところでジジィと小娘が何してんだぁ?」
ガサガサと音を立て、周囲の木々の隙間から薄汚れた身なりの男達が顔を出す。
彼らは手に不揃いの武器を持ち、これ見よがしにチラつかせてくる。
「不用心だぜぇ〜? ジジィと小娘が二人だけでこんな人気のない林道を歩くなんてよぉ」
「けひひ」
【無言で襲って来ないってこたぁ舐められてんな】
アークの言う通り、完全に舐められていますね。
何か交渉したい事があるのでしたら別ですが、そうでないのならわざわざ反撃される可能性を生み出す必要なんてありません。
こうして姿を現し、嗜虐心を満たす為だけに口を回す様子から、彼らは私達がすぐに降伏するとでも思っているのでしょう。
「二人共脱げ、んでジジィは自害して女はこっちに尻を向けろ」
その発言を聞いた瞬間、ジンライから殺気が漏れ出るのが分かりました。
しかしながら野盗の彼らには感じられなかったようで、未だヘラヘラとした情けない顔を引っ込めようとはしません。
【どうする?】
「(決まりきった事を――)」
脳内でアークに返事をしながら、袖口からカッターナイフを取り出す。
「待っ――」
ジンライの制止の声を振り切り、真正面に居た男の首を切り飛ばす――噴出する血飛沫の雨の下を素早く移動し、反応の遅い幾人かの喉に刃を滑らせる。
喉仏を横一文字に切り裂かれた男達がくぐもった悲鳴を上げながら倒れ伏し、そこでようやく全体に動揺が走った。
「なっ!? テメェら殺れ!」
「チッ、仕方あるまい!」
焦ったような頭目の指示、ジンライの不快感を滲ませた声。
後ろはジンライに任せ、私は前方から迫り来る者たちへとルーンを描く。
「――ᚦ」
私の指先にはᚱが刻まれている。それによって宙に描いたルーンは直接相手へと移動する。
「ぶぎゃっ!?」
「お゛ぅ゛え゛!!」
額に刻まれたᚦが発動し、頭部のみが巨大化した事でバランスが取れずにひっくり返る者が続出する。
出来の悪い人形のように、頭部が重すぎで自立できなくなった彼らは許しを乞う様に土下座の体勢に、あるいは犬が降伏する様に腹を晒す。
無防備なまま地面に強かに頭を打って気絶する者も居れば、重い頭を持ち上げようともがく者、三半規管が狂って吐瀉物を噴き出す者と様々。
実験は成功。他人であろうと、部位ごとに指定してルーンの効果を発動できる事が分かりました。敵の足を止める事はついでです。
「な、な、なんだこれはぁ!?」
岩のようにデカくなり、的が大きくなったにもかかわらず身動きの取れない者たちなど単純作業の様に殺せる。
針を刺すように、こめかみにカッターナイフを突き入れるだけ……目玉がグルンと上を向き、眼孔から血の涙が溢れ出る。
カッターナイフを引き抜けば、生じた穴からピュルピュルと血が噴き出した。
続けること八回――抜き出した刃に絡まる脳漿を振り払い、ほっと息を吐き出す。
「――渋めの味、ですね」
ソウルオーブも不味くはない。効率良く栄養が補給できて文句はありません。
けれどこうして、自らの手で、実の詰まった生の魂を啜るというのは全身が震える程の悦びを私に齎してくれる。
鼓動が速まり、血流が勢いを増し、体温が上がって瞳が潤む。
熱の篭った吐息を吐き出し、潤んだ瞳で最後に残った頭目を見詰めた。
「ひ、ヒィ――!! 悪魔だ――ッ!!」
酷い言葉を吐き、そのまま背を向け走り出す彼へと一歩踏み出す――
「――そこまでだ」
そんな私の肩を、ジンライが掴んで止める。
「……なんですか?」
「……お前は容赦が無い上に、残虐すぎる。こんな死に方は見た事がない」
チラリと彼の背後を確認してみれば、残りの野盗は全員心臓を一突きされて死んでいた。
「貴方も殺しているではないですか」
「彼らはそれだけの事をしてきた。私たちでは彼らを次の街まで移動させる手段がなかったし、襲われた時点で野盗を殺すのは合法だ。推奨さえされている」
「はぁ、そうですか」
「……だが、こんな殺し方はあんまりだ」
彼の視線の先には、無駄に頭部が大きな変死体が転がっている。
「せめて、人らしい姿で殺してやれ……」
そう吐き出すように懇願する彼は、何か酷く傷付いた様な顔をしていた。
「何故、貴方がそんなにも心苦しそうなのですか」
「……人生の先輩として、子どものお前に苦言を呈したに過ぎん」
「そうですか」
視線を、頭目が逃げた方へと向ける。今さら追い掛けて殺してもDPはそんなに得られないでしょうし、何よりも何故かジンライが止めてくる現状では難しいでしょう。
仕方ありませんが、彼は諦めるしかありませんね……まるで茶碗に米が一粒だけ残ったまま下げられた様なモヤモヤはありますが。
「貴方のせいで、罪人が一人逃げてしまいました」
「……今でなくとも、彼にはいずれ罰が下る」
「もういいです」
ただの嫌味なので、そこまで真面目に返さなくても大丈夫です。
「――点火」
聞き馴染みのない言葉。それを呟いたジンライの指から火種が生まれ、辺りに散らばった遺体を燃やしていく。
ルーンとはまた違う。別系統の魔術なのでしょう。
「……すまなかった」
野盗の遺体に対し、目を瞑り両手を合わせるジンライの仕草がやけに気になった。
これもまた異形頭である()




