94.語らい
前話の最後に削除し忘れていた部分がありました。
ユーリちゃん達がゴミ掃除するのは次回くらいの予定です。
「寝たか?」
「おう、寝たぜ」
誰とでもなく声を掛ければ、先ほど眠りに就いた筈の少女の口から返事が返ってくる。
「彼女は?」
「ユーリならぐっすりだぜ」
そうか、では私の狙いは上手くいったようだ。
「で? 気付かれないように魔術で眠らせたのは俺様が目的か?」
「……そうだ、宿主が動けぬとなれば流石に出て来ると思ってな」
手の中で触媒となる香木を握り潰し、それを焚き火の中へと放り込む。
すると人の目には見えない、無味無臭の【眠りの霧】が術者以外の周囲の者を眠らせるべく漂う。
悠里には悪いが、もう少しだけ寝ていて貰いたい。
「俺様を退治するか?」
「馬鹿を言え、ここはダンジョンではない。悪魔を倒すならダンジョンに潜らなければならない……そういうルールだと知っているだろう?」
「ハッハッハッ! まぁな!」
悪魔の眷属か、悪魔の魔術か……何かが取り憑いているのは分かってはいたが、まさかダンジョンの悪魔そのものとはな。
目の前の存在が何処の悪魔なのか分からない現状では迂闊に手は出せない。
「んで、お前は〝悪魔祓い〟ってところか? 同胞の呪いがべっとりと身体に纏わり憑いてるぜ」
悪魔祓い――それは民間の出身でありながら、多数のダンジョンを攻略した者に贈られる教会からの名誉称号、もとい首輪だ。
戦争のルールを知らず、正しい手順も取らず、ただダンジョンを攻略していった私には悪魔の呪いが宿っている。
それらが暴走しないように、教会が私を管理したがっているのだ。
「いったい幾つの同胞を攻略したんだ? どんな奴らだった?」
「数は五つ、いずれも【骨片】や【肉片】と呼ばれるモノだ」
「ハッハッハッ! そいつはいい! 俺様は【鎧筋】を吸収したからな、【肉片】はあればあるほど良い! いずれ【狂骨】も手に入れる! ……で、それらは今どこに封印されている?」
「だいたい予想がつくだろう」
「教皇領か」
予想外の大物の名が出た事に内心で驚く。
その動揺が露見しないように、努めて冷静に会話を心掛けたが、上手くいったかどうかはまだ分からない。
「お前が攻略したのはどこら辺の筋肉なんだろうなぁ〜? 骨はなんの骨だ?」
「知らん」
「あーあ、めんどくせぇぜ……【鎧筋】だけじゃ本領を発揮できず、【肉片】だけあってもそれを纏める大枠がないんじゃ扱えない……どうして俺様はこんなに自分を細かく分けたんだか」
「……そんな重要な情報を漏らして、マスターに怒られないのかね?」
「いいんだよ、どうせお前こっちに手を出せないだろ?」
……この悪魔は、どこまで見透している?
「良い事を教えてやろう」
「なんだ」
「神や悪魔ってのは、当然のように人間の全てを丸裸にしてくる。隠し事なんて一切できない。嘘も通じない。警戒するだけ無駄だ」
「……」
「俺様は【隻眼】を手に入れた。前よりもずっと人間たちの事がよく視えるぜ?」
どうやら神や悪魔といった存在は、コチラの予想を上回るタチの悪い存在らしい。
「安心しろよ、ユーリには秘密にしといてやるからよ」
「……何故だ?」
「その方が面白いから」
「……」
予想外の回答に、なんと返せば良いのか分からず口を閉じてしまう。
「お前の心配事はただ一つ――ユーリが無事なのかどうか、だろ?」
「……そうだ」
どうせこの悪魔の前では隠し事はできないのだからと、少し迷った末に肯定する。
「安心しろよ、ユーリは俺様に洗脳されてたり、騙されている訳じゃねぇ。しっかりとお互いに益のある取引に応じたに過ぎねぇ」
「取引の内容は?」
「俺様を完全復活させる代わりに、果てしない自由を約束した」
「……」
さて、何処まで信じて良いものやら……コチラのカードは全て見られているというのに、私は目の前の悪魔が嘘を吐いているかどうか分からない。
神や悪魔との対話とは、ここまで厄介なものだったのか。
「これだけじゃ納得できねぇか……そうだなぁ、じゃあ本心を語るか――」
目の前の悪魔は空中に文字を描き、私がそれに警戒するよりも早く口を開いた。
「【ワタシは、この娘を何よりも大事に想っている】」
「――」
不思議と、その言葉は心の奥底にストンと落ちた。
感情や理屈を飛び越えて、私はこれが悪魔の本心なのだと理解させられてしまった。
そして、悪魔がどれだけ悠里という少女に執着しているのかも、どれだけ焦がれているのかも知ってしまった。
「それ、ほどに……」
「はっ! だから安心して任せろや」
いつの間にか口調が戻っていた悪魔に、それ以上は何も言えずに黙り込む。
「……最後に、君が何の悪魔か教えて貰っても良いだろうか」
「【神核】だ」
「そうか、君が……」
あぁ、なんという運命の巡り合わせなのだろうか……これらが全て女神とやらの思惑通りなのならば、私はかの存在を恨まずにはいられない。
「私は、どうすれば良いのだろうな……」
「さぁな、それは自分で決めるんだな」
「冷たいのだな」
「ガハハ! そりゃ悪魔だかんな! ……まぁ、どんな選択をしたとしても、俺様はきっちり受け止めてやるぜ?」
「そうか、それは助かる」
私が問答無用で攻略したダンジョンの悪魔たちも、この御仁のように話のできる存在だったのだろうか。
「お前もそろそろ寝ろよ、一番聞きたい事は聞けたろ」
「あぁ、だが……」
「俺様に睡眠は必要ねぇ、心配すんな」
「……では、お言葉に甘えよう」
私が眠っている間に殺されるのか、それとも置いて行かれるのか……もう、どちらでも構わないと思った。
アークが空中に描いたのはᚨとᚱです。