91.侵攻計画
前話ではデレッデレでしたね……()
「……頭が痛い……」
ベッドの上で上半身のみを起こし、鈍い痛みを発する頭を抑える。
いつの間に着替えたのか、キャミソールの肩紐がズレて落ちていくのが視界の隅に入った。
いや、これは着替えたのではなく、上に着ていた服だけ雑に脱がされた感じですか……恐らく途中で疲れて寝てしまった私を、アークがベッドまで運んで服を脱がしてくれたのでしょう。
「記憶が曖昧ですね……」
寝る前? 意識を失う前? 自分が何をしていたのか、ハッキリと思い出せないでいる。
何か、とても感情を動かされるような事をしていた様な気がするのですが。
【今いいか?】
未だに寝惚けた頭でぼうっと考えていると、控えめなノックの音と共にアークの声が響いてくる。
「……どうぞ」
首を傾げつつ、拒否する理由もないので寝室へと招き入れる。
「わざわざノックせずとも勝手に入れば良いでしょうに」
【お前が――……いや、なんでもねぇ。それよりも体調はどうだ?】
「別に問題はありませんよ」
私がどうかしたのでしょうか? 訝しげにアークをじっと見詰めてみますが、彼は答える気がないのか、話を逸らすように私の胸元を指差しました。
【見えてるぞ】
「……」
指摘された気恥しさから手で隠して……今さら私は何をしているんだと馬鹿馬鹿しく思えて、そのままさっさとベッドの上から降りる。
ほんの一瞬の躊躇に自分自身で戸惑いながらも、アークの前で着替えを行った。何やら私の様子がおかしい気がする。
【制服……だったか? いつもの服装にするんだな】
「慣れていて動きやすく、他の衣服と違って《改造》で強化されていますからね」
勇者たちの正体が私のクラスメイトらしいという事を知ってからは、もう制服で居る必要も無いのですが……わざわざ注ぎ込んだDPを切り捨ててまで、衣服を変える必要性も無いのですよね。
一応ドレスコードなど、この世界で不自然とされない様な格好をする事は、他者の魂の記憶を読み取っているので行えますが、どうせ上からマントを羽織るのでそんなに変わらないだろうと思っています。
決まった格好があるのなら、いちいち悩んで違う服装を選ぶよりも楽で良い……私自身がダンジョン関係者だとバレたのなら、制服から着替えるのもアリですが。
【そうか、似合ってたんだがな】
「似合ってた?」
【あぁ、いや、違う服装も似合うと思っただけだ】
「……そうですか」
……まぁ、アークが喜んでくれるならまたやってみましょう。
「――また?」
私は、今なにを――
【どうした?】
「――っ、いえ、なんでもありません……その筈です……」
痛む頭を振って雑念を振り払い、最後に制服のスカートを履いてチャックを閉める。
「それよりも今後の予定について話します」
【お、もう引きこもりは終わりか?】
「えぇ、新しく得た領土、既存の領土、それぞれの防衛体制の確立にルーンの習熟、どれも絶対安心とは言えませんが、最低限のラインには届きましたので」
寝室からリビングへと移動し、テーブルの上にこの世界の地図を拡げる。
「これからの目標は〝半島の制圧〟です」
地球でいうところのイタリア半島によく似た地域を指し示し、宣言する。
【他のダンジョンではなく、か?】
「えぇ、他のダンジョンを攻略すればする程に人類側の危機感が増していき、本格的な対策を取られてしまう。その前に、未だに油断が残る今ここが好機です」
国を盗るのに十分な戦力、リソースが存在し、尚且つ相手が未だに危機感が少し足りていない今が一番都合がいいのです。
「どうせ後で敵になるのです。今のうちに潰しておきましょう」
【それなら、脳髄がある聖王国はどうだ?】
「挟み撃ちになるので避けたいですね」
確かに私たち【神核】のダンジョンがあるのは聖王国との国境です。半島全土を領土とする連邦に拘らず、そのまま聖王国に侵攻して【脳髄】も同時に狙った方が良いという意見もよく分かります。
ですが、私たちのダンジョンが連邦領土内にあるという事が大事なのです。今ここで聖王国に侵攻してしまったら、聖王国側に連邦内へ軍を進駐させる大義名分を与えてしまいます。
そうなれば、連邦も慌てて全軍を動員する事でしょう。ダンジョンの問題を国外に飛び火させてしまった失態は然る事乍ら、ダンジョン攻略後も聖王国に自国領を占領されたままになるかも知れないからです。
「なので先に連邦を攻略してしまうのです。連邦さえ落とせれば、その後に他の国に攻められても背後を気にしなくて済みます。この半島は北に山脈があり、残りの三方を海に囲まれていて防衛もし易い地形です。……内に入られると弱いですが」
最初から内にあった私たちが一番攻略しやすい国とも言えます。お得でもあります。
「そもそも連邦は既に私たちを攻略しようとする動きがありますしね」
上の方でゴタゴタしているのか、私たちを舐めているのか、アデリーナさんの様な人物を適当に使い潰す真似をしていますが。
「そして何よりも――アデリーナさんの記憶にあった【神器】とやらが気になります」
彼女の記憶を読み取り、得た物の中にあった『神器を教皇領から移送する』という情報。
神器とはそもそも何なのか、それを何処に移送するのか、どんな目的があるのか、それを探りたい。可能であるならばこれを奪取したい。
「アデリーナさんの情報では、今はまだ教皇領にある筈ですので早めに行きたいですね」
【なるほどな、理由は分かったぜ】
「ちなみにアークは神器がどんな物かご存知ですか?」
【スマホ? だったか? お前も持ってるだろ】
「これですか?」
スマホを取り出し、掲げて見せる。
自らやダンジョンの情報を取得したり、改造したりする時に使う便利な物です。
【神々と更に深く繋がる為の器物だな、どんな姿形をしていて、どんな役割があるのかは視るまで分からん】
「なるほど、ダンジョンに匹敵する何かが出て来る可能性を考慮しないといけませんね」
私がダンジョンやアークと繋がっているように、勇者たちが女神と繋がって何かしら仕掛けてくる可能性が高いですね。
勇者たちが召喚された場所は聖王国……本拠地は分かりませんが、そう遠くではないでしょう。
神器を移送するという事は連邦内ではない筈です。勇者たちの手に渡る前に奪う必要がありそうです。
「……まぁ、とりあえず最初の目標はジェノヴァとミラノです」
【ここには何がある?】
「単純に私たちのダンジョンと隣接した都市だからですね」
ここ元トリノ伯国の隣国とも言える場所です。
「ここを抑えれば、連邦内からダンジョンへのちょっかいを邪魔できます」
前線基地への兵士や物資の輸送を遅らせれば遅らせるだけ、私たちの半島侵略が楽になります。
【力技でねじ伏せるのか?】
「まさか。秘密裏に頭だけ挿げ替えます。私たちが本格的に侵攻へと乗り出した事は出来る限り悟られたくありません」
出来るならばトップをアンデッドにして、ダンジョンの配下としたいですね。
「では長旅の準備をしましょう」
【おう、頑張れや】
「……アークは楽で良いですね」
【お前に憑依するだけだからな】
食事やらも必要ないのがズルいです。
半島制圧編は今までよりもめっちゃ長くなるかも……