89.逆文字のルーン
出来る事が増えていくとワクワクするよね。
【逆文字のᚨの効果は〝拒絶〟――他者からの干渉を跳ね除ける】
そう言ってアークは私を立ち上がらせ、そして手を離したかと思えばまた手を伸ばす。
首を傾げながらも、ダンジョン機能で身綺麗にして、伸ばされた手を握ろうとして――何かに激しく弾かれる。
【見た目で分かりやすいデモンストレーションだろ? 自ら干渉するのは問題ない】
なるほど、逆文字のᚨを使用しても自ら他者に触れる事は出来ますが、他者から触れられたりするのは拒絶できると。
しかしながらᚨの本来の効果は〝交流〟――他者とのコミュニケーションを効率的に、または強制的に行わせるものです……その反転した効果が手を弾くだけな訳がないでしょう。
「分かりやすく私の手を弾いたのは理解しましたが、実際にはどのように使えるのですか?」
【偽神と戦った時の事を覚えてるか? あん時ちょっと覗き見られただろ? ああいうのを防げる】
「なるほど」
アデリーナが神を降ろした時、私は何者かに見られた感覚がしました。
【神々は平気で他人の心をこじ開けてくる。そいつが何を考えているのか、どんなモノを重視しているのか、弱い部分は何処か――息をするように一瞬で丸裸にしてくる】
アークは続けて、心を丸裸にされた人間は脆いと、容易く取り込まれて神々を信仰する様になるのだと語る。
【奴らに何も与えない、施しも受けない、そういったルーンだ】
「なるほど」
【後はまぁ、いつも通り工夫次第だな】
まるで心を閉ざすようなルーン文字ですね。戦闘中に使えば容易に次の手を読まれる事は無くなるでしょうし、相手からの干渉を防げるとなれば使い所は多いでしょう。
これはどんな悪用が出来るのか、考えるだけでも楽しいですね。
【次にᚱの逆文字だが、これは〝停滞〟を表す】
「使い勝手が良さそうですね」
【あぁ、敵の足止めにも使える】
「それもありますが、これはもっと悪用が出来そうです」
川を堰き止めたり、物流を滞らせたり……パッと思い付くだけでも色んな使い道があります。
「……もしかして、ダンジョンはルーン魔術で造られたのでしょうか?」
【あ? ……あ〜、かもしれねぇなぁ】
ダンジョン機能の幾つかはルーン文字の下位互換と呼べる代物です。
特に《配置》などは分かりやすくᚱの影響が見て取れる。
「まぁ今は余計な考察は忘れましょう。それよりも新しく手に入れたルーン、そしてその逆文字を教えてください」
【ったく、マイペースな奴だなぁ……】
呆れながらもアークは私のおでこに指を当て、そこに文字を描いた。
【これはᚦ――意味は〝巨人〟だ】
アークの言葉を全て聞き終えるよりも前に、目線がどんどん高くなっていく。
ほんの一瞬の苦しさの後に服は破け、天井を突き抜けて上の階に顔を出す。
「……あの、色々と大変な事になったのですが……」
【分かりやすくてイイだろ?】
「分かりやすければ何でも許される訳ではありませんよ」
【でまぁ、だいたい予想が出来るとは思うが、これの逆文字は〝小人〟だ】
足に何かが触れ、それがアークの指だと理解した時にはもう私の目線は元の高さまで戻っていました。
【大きくなる、小さくなる、単純だがやれる事の幅が広がへぶぅっ!?】
DPを込めた拳でアークの顎を打ち抜き、痛みに悶絶する彼の横で修復した衣服を着込んでいく。
【おまっ、DPで殴るのは卑怯だろ……】
「それで? 次のルーンはなんですか?」
制服の襟から髪を梳くい出しながら、アークの抗議の声を無視して問い掛ける。
【…………ᛏは〝向上〟を意味する。ただの強化ではなく、向上だ。刃物なら切れ味が増すし、矢ならさらに遠くまで飛ぶ。その存在を昇華させる。】
単純に強度を高めるという訳ではなく、その存在の性質を向上させるルーン文字ですか……シンプルに腐らない効果ですね。
武器や防具には刻んでおいて損は無さそうですし、あるいは私やダンジョンに刻んでも良さそうです。
【逆文字は〝低下〟だな、これもただ弱体化させる訳じゃねぇから上手く使えよ?】
「相手への妨害……以外に使い道がありそうですね」
そもそも戦闘中に相手にルーン文字を刻む事自体が現実的ではありませんし、単純に敵の戦力低下を狙う為の文字ではありませんね。
罹った病や盛られた毒の効果を弱めたりといった、自らの不利を打ち消す為に使えるでしょう。
他にも私自身の存在を弱めて気配を消すのにも使えそうです。
【まぁ、一度に複数の文字を教えても使いこなせねぇだろ? 焦らずゆっくり習熟していこうや】
「そうですね……」
【? なにしてんだ?】
アークの言葉に生返事をしながら、袖を捲り上げる。
「ルーン文字を刻もうかと」
【自らを触媒とするのは構わねぇが、失敗したらどうする? 習熟度が上がって出来る事が増えたら?】
「その時は切り落として生やして刻み直します」
【……そうかい】
先ずは簡単な効果のみを狙って刻み込み、具合を確かめて、そして慣れて来たらさらに上位の概念を込めたルーンを刻み直せば良いでしょう。
とりあえず最初は単純に握力や腕力の強化から実験してみましょう。それが上手くいけばもっと複雑に、腕という概念自体の向上を。
他にもᚱを刻むのは単純に脚で良いのか、それとも違う場所の方が良いのかも確かめたいですね。
心肺機能を向上させるは胸に刻むのが? それとも内蔵に直接? 考え出したらキリがないほど何だかワクワクとして来ました。
逆文字の応用も研究したいですね。どれも有用な効果ばかりですから。
【……ま、本人が楽しそうならそれでいいか】
自分の身体で実験しないと使用感とか分からない事もあるからね(目逸らし)