86.踊る夢その5
お次はアーク視点!
『どうしてなのよぉ! お父さんどこに行ったのよぉ!』
以前よりも老けて見えるユーリの母親が頭を抱えて泣きじゃくる。
テーブルの上には色んな紙が散乱しており、ユーリから教えて貰った日本語の知識を元に読んでみれば、それらが督促状や請求書のような物だと分かる。
家も以前の夢とは違ってやけに狭く、玄関のすぐ側に台所と浴室があって、後は真っ直ぐ進んだ先に一室があるだけのもの。
ユーリの家庭に何かしらが起きて生活環境がガラッと変わった事が窺える。
『お母さん、とりあえず少しずつ働いて――』
『煩いのよ! 貴女が居なければもっと楽に暮らせるんだからね!?』
以前より少し成長し、俺様に召喚された時から着ている物とは少しデザインの違うセーラー服を身にまとったユーリが、母親に突き飛ばされガラス戸と一緒に倒れ込む。
人が倒れ込む重い音と、ガラスが砕け散る甲高い音が周囲に響き、そして今よりも少し背の低いユーリの手指から血が滴り落ちる。
母親の手によって酷い目に遭ったというのに、ユーリは顔色一つ変えずに起き上がると、そのまま自分の手当てもせず辺りに散らばったガラス片を掃除し始めた。
『あれもこれも全部悠里のせいよ! 先生の言う通りにしないから罰が下ったんだわ!』
『……』
『あの人もそう! 私の言う通りに神水を飲まないから悪霊に連れ去られたのよ!』
自分のせいで娘が怪我しているというのに、母親はまだ何か意味不明な事をぶつぶつと呟き続けている。
地球の事情には疎いが、コイツがまともな頭をしてねぇって事は一目瞭然だった。
『うぃ〜、ただいまっと――また散らかしたのか!』
そんな嫌な景色を眺めていると、玄関を開いて見知らぬ金髪の男が入って来た。
以前の夢には一度も登場していなかったその男は、遠慮なしに家に上がり込むと、ガラス片の掃除をしていたユーリの尻を撫でながら『また成長したな』と耳元で囁いた。殺してやろうか。
無意識の内に伸ばされた手は男の頭をすり抜け、中身の詰まってなさそうな空っぽの頭蓋を握り潰す事は出来なかった。
『おいおい、またこりゃ随分と溜め込んだな』
『――君! みんな酷いのよ! 私こんなにも頑張っているのに、いっつも同じ事ばかり言ってお金をせびって来るの!』
『あー、そうだな、うんうん』
男はテーブルに広げられた紙を一枚ずつ手に取り、母親の言葉にうんざりした様に頷いた。
『じゃあ今回もバイトするか?』
『紹介して貰える?』
『あぁ、ちょっと荷物運びした後に指定の場所で薬を飲んで眠って貰うだけでいい。接客は不要だ。そういうのが好きって輩の為だからな』
『よく分からないけど、荷物を運んで寝ているだけで良いのね?』
『あー、うん、そうだねー、じゃあここにサインしようねー』
『分かったわ! いつもありがとうね! 私には――君だけよ!』
なんだその怪しすぎる話は。
『お母さん、危ないから止めましょう』
そう思ったのはユーリもだったらしい。
『なにを言っているの!? こんな美味しい話は他に無いのよ!』
『だからです。美味しい話過ぎて怪しいです。それに外食を止めて、高い服や鞄を売れば少しは楽になります』
『黙りなさい! 貴女にお母さんの何が分かるの!?』
激昂した母親が手を振り上げかけたところで、金髪の男が間に入った。
『まぁまぁまぁ、ユーリちゃん、これは当人同士が合意した話なんだ。お母さんの苦労を君も分かってあげなくちゃ』
『ですが――』
『それとも君が稼ぐかい? 君くらいの歳の子は中々買えないからねぇ、とっても人気があるんだよ』
ユーリの胸を触り、唇を指の腹でなぞりながら情欲に塗れた目で見下ろす――突き出した拳が男の頭を貫通する。
全く手応えのない現実に苛立ちが募って仕方がない。
『あぁーー!! またなのね!? またお母さんから奪っていくのね!? 若いからって調子に乗らないでよッ!!』
『うわっ!? ちょっ、落ち着いて!』
金髪の男がユーリに触れた事が許せなかったのか、母親はまるで浮気現場を目撃して悋気を起こした女のように怒り狂う。
驚き、必死に宥めようとする男には目もくれずにユーリへと掴みかかって怒鳴り散らす。
そのあまりの豹変っぷりに、意味不明な怒り方に、ユーリへの所業への怒りよりも困惑が勝ってしまう程だった。
『■■君も! ▲▲君も! ●●君も貴女目当てだった! もう死んで! 死んでよ!』
『もぉ〜、何なんだよコイツら』
娘に暴力を振るい続ける母親と、そんな修羅場に付き合い切れないとばかりな頭を掻きながら出ていく金髪の男。
『……』
ユーリはただ、表情一つ変えずにじっと耐えていた。
「アークと言えば――」
目が覚めると同時に、そんな愛らしい声が耳に入り込んで来る。
呑気に、自らの名を呼ぶその声が、自分の空っぽになった心を満たして心地良い。
未だ朦朧とし、霞んでほぼ何も見えない筈の目でじっと天井を見詰める姿は無防備で、何がなんでも今度こそ守り抜かねばならぬという想いが強くなる。
そんな大事な存在の呼び掛けに応えるべく、彼女の視界に入り込み声を掛ける。
【呼んだか?】
上から見下ろし、その愛おしい顏を覗き込む。
一瞬だけ何が起きたか分からない表情を浮かべたかと思えば、顎を引きながら目を細め、やっと認識したのか徐々に困惑したように眉根を寄せる。
夢と違い、自分だけが彼女の表情の変化をこうして間近で見る事ができるという優越感と満足感から自然と頬が緩み――
「――誰だお前」
その一言に緩んだ頬が引き攣った。
可哀想に……
ここで『ダンジョン防衛編』は終了だぜ!良かったら感想、ブクマ、評価、レビューよろしくだぜ!
次章は『半島制圧編』か『脳髄と狂骨』のどちらかになります!まだ未定!
次の更新まで暫く待っててね!




