82.偽神化
最初の街の騎士団長が使おうとしてたやーつ
「そちらはアウソニア連邦からですか?」
神官の遺体を丁度いい場所に運びながら尋ねてみる。
「あぁ、本格的にダンジョン攻略に乗り出す前の偵察みたいなものだ」
偵察みたいなものとか言ってますけど、彼女って偵察で潰して良い人材ではないと思うのですが……彼女以上の存在が後ろに多く控えている?
「私はルツェルンからここまで来たんですよ」
「……とすると、あの戦いの場に?」
「えぇ、他の勇者と一緒に居ましたよ」
やはり私達の戦争は知られているみたいですね、都市が一つ消滅する事態に鳴ったのですから当たり前と言えば当たり前ですが。
そのルツェルンからここに戻って来たのも本当ですし、戦いの場に他の勇者達と一緒に居たのも本当です。嘘は吐いていません。
「やはりここが神核だと?」
「気になるじゃないですか」
自分の留守中に何か起きてないかとか。
「どちらが火をつけます?」
「上司として私がやろう」
「分かりました」
おお、油まみれのせいか遺体がよく燃えますね。
魔術を使った素振りも無かったのに、何処からともなく火を出すのはやはり神の御加護とやらなんでしょうか。
「話の続きですけど、見たところ貴女はとても強そうじゃないですか」
「勇者殿にそう言って貰えると嬉しいな」
「なのにそんな貴女が偵察ですか?」
「あー、なんと言ったら良いのか……」
どうやら彼女の上司というか、国の上層部は「いくら神核と言っても生まれたてでしょ?」と甘く見ているようです。
脳髄や隻眼と同じように、また数千年の時を掛ければ封印、ないしその一歩手前まで行けるだろうと楽観視しているのだとか。
だからこそ、強く神核の危険性を訴えるアデリーナに「そこまで言うならお前が攻略して来い。無理そうなら偵察に留めろ」と雑な指令が下ったと。
そのため彼女はある程度の情報は部下達を撤退させる形で送りつつ、自らが特攻して死ぬ事でダンジョンの危険性を実感させたい。
「なるほど、そちらも大変ですね」
ついでにᚨの影響でごく自然に、当たり前のように内情を喋ってくれるのは助かりますね。
「あぁ、私の中にある加護が囁くのだ――今の神核はダメだと」
今の? 以前の神核なら問題ないと?
確かに以前は下水道に一部屋あるだけでしたが、正直なところ生前の人格を残し、また悪魔の中心部である神核は無条件で危険視されるものと思っていました。
そうではないのなら、いったい何がダメなのでしょう? マスターを得たこと? でもそれは他のダンジョンにも、隻眼にも言える事です。
「何がダメなんですか?」
「……さて、こればっかりは漠然とした伝わって来ないからな」
直接尋ねてみますが、そこまで万能ではないのですか。残念です。
まぁ、とりあえずはアウソニア連邦は私達を楽観視している、神々は私達を既に警戒している、これらの情報が得られただけでも良しとしましょう。
「さて、ではそろそろ進みましょうか」
「そうだな」
遺体を燃やし尽くし、その骨の幾つかを小さな瓶に詰めた彼女を促して部屋の中央まで進み出る――その瞬間、床一面にᚱの文字が浮かび上がる。
「な、なんだ!?」
「これは……」
ふふっ、狙い通り! やはりルーン魔術は罠としても使える!
「ぐっ、転移の罠など聞いた事ないぞ……」
【お? 新手か?】
やはりこのルーン魔術は便利ですね。隻眼のマスターもやっていましたが、ダンジョン機能の配置と違って侵入者も転移させる事ができる。
同じダンジョン内でないと発動するか分からない部分はありますが、それを差し引いても魅力的な力です。
今もこうして厄介な者同士を引き合わせ、対立させる事が出来ている。
「どうやらダンジョンに転移させられた様ですね、そしてアレが――」
「ダンジョンの悪魔だろう」
そして私の舌に刻まれたᚨも仕事をしてくれる。
嘘さえ吐かなければ多少の違和感や疑問は、このルーン文字が抑え込んでくれる。
私が転移させたのも本当で、目の前の大男が恐らくアークの同類であるのも本当……ただし後者は誘導しただけで断言はしていない。
それだけでアデリーナは完全に私と共闘する気でいる。
「勇者殿、どうする?」
【お? 勇者とな?】
「私は直接戦闘はそこまで得意ではないので、前衛は任せますね」
「承知した」
程々に消耗した彼女をぶつけて相手ダンジョンの手札を一つずつ確認して、ついでにある程度あの大男を疲弊させたところでアデリーナは処分しましょう。
「――【偽神化】」
その呟きと共にアデリーナを中心に、とてつもない力の奔流が発生する。
多大な量の神素を降ろしたかと思えば、それらが全て神聖な焔へと変ずる。
彼女から発せられる力と熱気に当てられて、周囲のダンジョンの壁がドロドロと融解し始め、そして近くに居るだけで私の肌までもがジリジリと焼け爛れていく。
――あぁ、見られた。
そして同時に彼女を通して、やけに虫唾が走る視線を感じる。
それは女神、あるいはそれに連なる者共の視線であり、私の内側から無尽蔵に嫌悪感と憎悪を煽り立てる。
「……そうか、勇者ではなかったか」
おそらく降ろしたと同時に啓示でも受けたのでしょう――私の前に立ち、【鎧筋】へと向けていた刃を下ろしながら彼女がそう呟き、私達と等間隔になるように距離を取る。
「――【悪魔の羽衣】」
そしてまた、【鎧筋】のダンジョンもアデリーナを本気で屠るべき敵と看做したのか、続いて権能を発動した様です。
「ダンジョンが二体、か……」
「【ぶわはははは! 聖騎士が一人に勇者かダンジョンか分からない女が一人と来た!】『なんでいきなり使うかな』【マスターも感じたであろう? あの聖騎士はかなりの加護を、力を授かっている】『それは知ってるよ』【そしてあの正体不明の女よ、不確定要素になり得るアレをまず先に速攻で潰してから聖騎士よ】『……分かったよ、早めに終わらせてよね』【ぶわはははは! 分かっておる分かっておる!】」
一人二役のように会話する【鎧筋】の声をアデリーナも聞いていたのでしょう、身体の向き、重心が少しばかり私の方へと偏る。
このまま何もしなければ二対一の状況となり、非常に不利を強いられるでしょう。しかしながら、これはある意味でチャンスです。
ᚱで逃げても構わないのですが、この世界の上澄みと有力ダンジョンの本気のほどを同時に身をもって確かめる事のできるチャンスです。
いざとなればᚱで逃げ切る算段もある。ここで私が敗北して失うのは隻眼の領地だけで、次は実力のほどを知った相手に対して念入りに準備して奪い返しに行けば良い。
「アーク」
【やるんだな?】
「えぇ、ここで逃げてはいけないと思うのです」
【ったく、我がマスターは向上心に溢れてやがるな】
聖騎士とやらは消耗、鎧筋に疲弊は見られませんが一対一で真正面からぶつかる訳ではなく、そしてここは私のダンジョン内という圧倒的なアドバンテージがある。
この状況でさえ、真正面から彼ら彼女らを打ち破れない様では徒党を組んだ勇者とは戦えない。
にしても酷いですよね、神様が勝手に「アイツはダンジョンだよ」と教えるなんてズルいです。
というより、私が敵を騙そうと演技をしてもあまり上手くいっていない様な気がしますね。最初のお嬢様方相手には通じましたけど、領主や騎士団長には途中から怪しいと見抜かれていたみたいですし。
まぁ、アレです、上手くいかない事のイライラは全てゴミ共にぶつけてしまいましょう。
「――【悪魔の心臓】」
悪魔の心臓が鼓動を打ち、前回よりもより強く、大きく世界へと響く。
「これが――!」
「【出やがったな】『出たね』」
身構えているところ非常に申し訳ないのですが――
「――無理そうなら普通に逃げるんですけどね」
私のその呟きに、アークが脳内で吹き出した。
先ずは当たって砕けろ!無理そうなら素直に撤退して嵌め殺すぜ!




