81.悪巧み
何やら良い事を思い付いたらしい
「さて、分断は済みましたね――ᚱ」
旅のルーンを発動し、玉座の間から一気に侵入者の背後へと移動する。
侵入者が居るエリアへの移動は、ダンジョン機能の配置を使用するよりもルーン魔術で行った方がスムーズですね。
ダンジョンの情報を持ち帰ろうとした時点で真っ先に殺す対象になるので、残念ながら貴方達はここまでです。
「なっ!?」
即座に私の気配に気付いて振り返るところは斥候を担当していただけある様です。
「どこから――」
しかしながら、それだけでは足りない――まだ十分に対応できていない斥候の喉を刃を伸ばしたカッターナイフで掻き切る。
「あ、がっ……?!」
「貴様ァ!」
激昂した剣士の上段からの振り下ろしを受け止め、鍔迫り合いの態勢のまま力づくで前へと出る。
「なっ!? 何処にそんな怪力が――」
お互いの吐息が掛かるほど近付いたところで、そっと手を伸ばして彼の胸に触れる。
「――ᚱ」
驚愕の表情を浮かべる剣士を、恐らく【鎧筋】と思われる相手ダンジョンへと飛ばす。
また即座にルーン魔術を用いて移動し、大盾を持って部隊の壁役をしていた大男と、私には使えない人間達の魔術を使う男性の背後に現れ、即座に二人の頭を掴んで転移させる。
「ぶっつけ本番ですけど、これ分かりやすく強いですね」
【お前がダンジョンと接続していること、飛ばす座標も自らのダンジョン内であること、相手がルーン魔術への対抗策を知らないこと、不意打ちであること、様々な要因が重なったが故の成功だからな】
「言われなくても分かってますよ」
ただこれ、ᚨと同じくもっと悪い事に使えそうな気がするんですよね。
そしてᚨと併用する事で、さらに面白い使い方が出来そうな予感がします。
「ルーン魔術って楽しいですね」
【まぁ、お気に召したのなら良かったがよ】
とりあえずこれで邪魔者は消し去りましたし、本命であるアデリーナという方を自由に好きな場所に誘導する事が出来るようになりました。
どのタイミングで接触するかが問題ですが、これで二つのダンジョンに同時に対応する事が出来るかも知れません。
「では、成功するかどうか分かりませんが――悪用してみましょうか」
もうどれだけ彷徨っているのか分からない――高温多湿の中で、常に五感を刺激される最悪の環境をグルグルと回っている。
時間の感覚も曖昧で、部下たちと別れてからどれくらい経ったのかも分からない。数時間かも知れないし、数日かも知れない。
何となく同じ場所を回っている訳ではないし、きちんと進んでいると直感は囁くのだが、終わりの見えない状況に久しぶりの絶望を味わう。
「生きているか?」
「……」
私に付いて来た神官の部下は緩く頷くだけで、もはや声を出す気力も無いらしい。
歩みも遅く、食べればその分だけ吐いてしまう有り様を見ればもう長くない事は察せられる。
まさか罠もモンスターも用いず、ただ地形を、環境を用意するだけでここまで人間を追い詰める事が出来るとは思わなかった。侮っていた。
しかし誰がこのような状況を、常に五感から大量の情報を送り込んで休ませないという悪辣な環境を想像できると云うのだ。
ダンジョンに潜る前から、事前情報も無しにこの状況を予想できるとしたら女神様くらいなものだろう。
「扉、か……」
どうかフェイクではない本物の扉であってくれ、そしてこの気持ち悪い空間から解放してくれ……そんな願いを込めて、色んな意味で顔色の悪い私を写す鏡張りの扉を開く。
「出れ、た……出れたぞ!」
やっとこの苦境から解放されたという喜びが一気に溢れ、年甲斐もなく大声で叫んでしまう。
しかしそんな喜びも、後ろに振り返った先で扉を跨ぐ前に力尽きたように倒れた部下を視界に収めて消え失せる。
「おい! しっかりしろ! 大丈夫か!」
何度も声を掛け、身体を揺さぶっても反応が無い。
倒れ込んだ際に、もしかしたら足首の高さまで満たされた油を飲み込んでしまったのかも知れない。
ただの水でさえ汚染され、毒を含むこのダンジョンの事だ。口に含んで良い事など何もないだろう。
「……逝って、しまったか……」
急いで油を吐き出させようと背中に手を当て、そして心臓の鼓動が全く感じられない事に気付く。
開いた瞳孔を確認し、脈を測り、呼吸の有無を確かめ……そして蘇生は難しいと判断した。
「すまない、もっと早く気付いていれば……」
私も疲労から判断能力が鈍っていたのだろう。
もっとよく近くに居た部下の様子を気にかけ、脱出できたら喜びに浸る前に彼女が倒れた事に気付くべきだった。
いや、いつもの私ならそれが出来ていた筈だ。
「酷い罠だ……」
「誰かそこに居るのですか?」
ポツリと漏れた呟きに、聞き覚えのない声が返ってくる。
「誰だ!?」
「……それはコチラのセリフなのですが?」
振り返った先――私とはまた別の扉から入って来たと思わしき黒髪の少女が、何を考えているのか分からない顔でじっと私を見詰めていた。
「貴女もダンジョン攻略に来たのか? どちらの国に所属している?」
矢継ぎ早に質問すれば、彼女は考え込むように中空を見詰め出す。
「うーん、恐らく特定の国に所属している扱いにはならないと思うのですよね」
「何を言っている?」
「私の容姿や格好を見て、何か思い当たりませんか?」
「なに?」
そう言われて改めて彼女を観察する。
ここら辺では非常に珍しい黒髪に、マントの下には仕立てが良い事は分かるが、それ以外はさっぱり分からない見た事もないデザインの衣服を纏っていた。
……いや待て、黒髪に珍しい衣服だと?
「……まさか、勇者様なのですか?」
薄く微笑んだ少女の――勇者様との邂逅に希望が生まれた私は気付かなかった。
「せめて、その亡くなった方を火葬してあげましょう」
「あ、あぁ……いや、そうですね」
少女の舌に、妖しげな文字が浮かび上がっていた事に。
ばっきゃろう! そいつがル〇ンだ〜!




