80.顔が見たい
ぶわはははは!
【ぶわはははは! ぬるい! ぬる過ぎるぞ!】
「な、なんだコイツはぁ!?」
急造の罠を踏み潰し、溢れ出るアンデッドやゴーレムを蹴散らし、何故か次々と出て来る人間共を駆逐する。
立ちはだかる者は真っ先に頭を握り潰し、恐怖で立ち尽くす者は壁に叩き付け、恐れて逃げ出す者は背後から手のひらでペシャンコに押し潰す。
遠くからチマチマと魔術や弓矢で攻撃してくる者は、我がマスターの反撃に遭って死亡する。
【やはりまだダンジョンとして復旧はしておらんようだな!】
「ねぇ、繋がったから分かるでしょ? ここに玉座はないよ?」
我がマスターの言う通り、このまま隻眼の領地を荒らしても神核の玉座には辿り着けん。
【勢いで突っ込んでしまったからなぁ!】
「……」
【冗談だ! 笑え! ぶわははは!】
相変わらず我がマスターは冗談が通じぬ奴だ!
もっと人生は面白可笑しく生きねば息苦しかろうて! ……おや、今しがた気付いたが、ダンジョンマスターに“人”生は合っているのだろうか?
まぁよいか! ぶわはははは!
【笑いはさておき、隻眼の領地を奪う意味はある】
「神核から剥ぎ取れたりするのか?」
【その通りよ、吸収したばかりでまだ完全には同化しきってはおらぬ。縫合されたばかりの傷口に手を入れ、千切り取ってしまうが如く】
「なるほどね」
隻眼の奴が完全に神核と同化するにはもう暫くの時間が掛かる。
取り戻したばかりの肉体が己に馴染み、繋がる、それまでに奪い合い取ってしまえば良いのだ。
【それに隻眼は我が領地と近く、全て奪う事が出来ればマスターの悲願も果たされよう】
「……そうだね」
我と隻眼、この二つの領地が合わされば雄大な大山脈を股に掛ける巨大ダンジョンの誕生である。
守りやすく攻めづらい、その上周囲の主要国の水源を幾つか握る事にも繋がるのだ。
我がマスターが復讐したいと願う公国だったか帝国だったかにも強く出られるだろう。
【それはそうと……神核めに体よく扱われている気がするな】
「事実そうでしょ。隻眼に残ってた人間を誘導させて、ボク達に処分させてるよ」
【ぶわはははは! 愉快愉快! 一手で幾つもの利を得る采配見事也!】
邪魔な人間共を処分でき、我らの足止め、リソース削り、手札の確認、様々な利点を一度に得る事が出来るのは素晴らしい!
これを実現するには言う事を聞いてくれない人間共を、自らの正体や考えに勘づかれない様に誘導する頭が必要な事を考えれば……
【神核か、もしくはそのマスターか……かなりの切れ者と見える】
「パズルとか得意そうだよね」
うむうむ、しかも人間共を丁度いい時間差で派遣してくる余裕まであるときた。
少人数で我の足止めなど到底無理だが、ダンジョンの広さによっては多すぎても無駄になるだけ。
その機微を理解し、上手く調整しておるわ。
【さてさて? 人間共が尽きた頃に尊顔を拝見できるだろうか?】
「隊長、一旦休憩を取りましょう」
「……そうだな、各自順番に休憩を取れ」
他に道が無いため、やむを得ず鏡張りの空間へと進んでまだ半日も経ってないというのに既に私たちは疲労困憊だった。
何処からか漂ってくる匂いに眠気を誘われ集中力を削がれ、絶えず乱反射する光と甲高い音が知らず知らずのうちに身体へと深刻なダメージを与えている。
全周囲が鏡張りなせいで道が分かりづらく、目を凝らそうとすれば容赦なく原色の光が網膜を焼いてくるのだ。
休憩しようにも視覚、聴覚、嗅覚を常に刺激され続けるため休めず、目を瞑り、耳を塞ぐなどの行為はダンジョン内では自殺行為でしかない。
それに長時間こんな狂った空間に居たせいか、目を瞑っても瞼の裏がチカチカと光り、耳を塞いでも頭の中で羽虫が騒がしく飛び回っている錯覚がする。
「うぅ、気持ち悪い……」
もう部下たちは限界だった。それにどうやら何度も同じ場所をグルグルと歩かされている様で、先に進む事も、後ろに戻る事も出来ない。
私の能力を知ったからか、何時しかこの空間内に大量の油が注がれ、足首まで浸かるほど満たされている。
これでは焦熱剣で無理やりダンジョンの壁を破壊して突破する事は難しい。部下たちまで巻き込んでしまう。
そして最悪な事に問題はこれだけではない。
「暑い……」
「誰か水をくれ」
鏡張りのエリアに入ってから急激にダンジョン内の湿度と気温が上昇し始めたのだ。
地表の都市部でこれでもかというほど極寒を印象付け、防寒具や燃料を用意させておいての高温多湿な環境に吐き気がする。
如何に侵入者を消耗させ、心をへし折るかという点に重きを置いたような悪辣で性格の悪い罠だ。
こうなると分かっていれば、防寒具や燃料のスペースに水を多く持ち込んでいたものを。
「今はどこら辺だ?」
「最初に足を踏み入れたのがここで、そこから大分歩いて幾つもの部屋を超えましたが……今我々が居る部屋の周囲がグルグルと動いているのか、全く進んでいません。今居るこの部屋も足を踏み入れるのは三度目です」
「そうか」
頭の中で現状を思い浮かべ、まるで自分達が立体パズルの一ブロックに閉じ込められ、一向に外に出られない姿を幻視した。
やはり、ダンジョン内は人が居座らねば自由にその身を変化させる事が出来るという事か。
「聞けお前ら」
数秒ほどで考えを纏め、部下たちの注目を集める。
「これから班をさらに細かく分ける。危険だが、これからは二人一組で行動してもらう」
「なるほど、ブロックを幾つか動かせないようにするのですね」
「その通りだ」
斥候の一人が書き出した図を皆に見せながら、今このエリアは立体パズルの様な動きをしている可能性を示唆する。
それを防ぐために、幾人がバラバラのエリアへと赴く必要があると。
「一ブロックでも動かせなくなれば、立体パズルを解くのは難しくなくなる。二人一組で行動すれば動かせなくなるのは三ブロックだ。ダンジョンが呼吸を必要とするならば、その影響はたかが三ブロックに収まらない」
どうやってダンジョンの呼吸を維持しつつ、我々の妨害をするのか。
これまでの人類の経験上、ダンジョンが途中で道順を変えたとしても、内に残る人間に出口かゴールへと続く道を用意しなければならないのは分かっている。
「この中で一番脱出できる可能性がある斥候チームが撤退を目指し、私を含む残りの四人はそれぞれ別れて先に進む――いいな?」
「「「「「了解です!」」」」」
よし、とりあえずはこれで良い。これで僅かでも情報を持って帰れる可能性が出来た。
「――最期に神核がどんな顔をしているのか、見たいものだな」
ひっでぇダンジョン()