78.続々と
アデリーナの本格的な攻略が始まりました。
「こんなところか」
先へ続く道を閉ざしたダンジョンの壁を破壊し、人が通れる空間をこじ開ける。
「隊長、たった今第二班から第四班より撤退するとの報告が入りました」
「そうか」
念話を使用した部下からの報告に軽く頷き応える。
先に進めるのは私率いる第一班とカルロが率いる第五班だけか……いや、私が無理やり道をこじ開けただけで、本来ならば第五班だけが先に進める筈だったのだろう。
このダンジョンに挑むには最低でも五人、現実的に考えるなら五小隊分の人員を用意せねば先に進む事すら困難という事か。
「では本格的にダンジョン探索を始める。警戒は常に怠るな」
「了解です!」
階段を下り、地下へと降りていくと鼻にツンと来る異臭が充満している地下道へと出た。
わざわざ下水道にダンジョンを作ったのかと呆れたくなるような有様であり、地面も汚泥にぬかるんでいてお世辞にも足場が良いとは言えない。
斥候を担当する部下は一際辛そうにしており、彼の嗅覚による索敵や罠感知が使用不能になった事が察せられる。
彼の斥候技能は嗅覚のみではないが、それでも手札を一つ封じられた事に変わりはない。
「暗視は大丈夫か?」
「大丈夫です。先導します」
ダンジョン内自体が薄ぼんやりとした灯りを放ってはいるが、先を見通せるほど明るくはない。
壁役を先頭に、そのすぐ後ろに斥候を、魔術師と神官を真ん中に、私と剣士が最後尾の布陣で進む。
程なくして道が途切れ、下水に浸からねば先に進めない環境となる。
「悪辣だな、レイスは?」
「一々追い払うのが面倒なくらい居ますよ」
神官からの報告に苦々しい顔をしてしまう。
それ程までに悪霊が多いのであれば、あまり病魔の元となる下水などに浸かりたくはない。
けれど魔術で下水を凍らせたり、足場を作るなんて力技が出来るほど魔力に余裕がある訳でもない。
「布で目と鼻を覆え、全員に賦活を掛けたらそのまま進むぞ」
「了解です」
必要最低限の対策だけを施してそのまま進む事にした。
「くっせぇ〜」
「我慢しろ」
「だって目にも沁みるんだぜ?」
「ダンジョンの罠なのだから、仕方あるまい」
前方の部下たちの会話に注意すべきか悩んでいると、突然自分の危機感知が何かに反応した。
「気を付けろ、何か来るぞ」
即座に無駄話をやめ、全員で違う方向を向いてそれぞれの死角をカバーし合い、警戒の体勢を取る。
次第に地響きと共に何か大量の水が流れる音を斥候が感じ取った。
「……なぁ、それってさ」
「多分、そうだろうな」
全員が同じ嫌な想像を思い浮かべると同時に、後方から無数のアンデッドを巻き込んだ濁流が押し寄せるのが視界に入った。
「全員私の後ろに!」
「はっ!」
剣を大上段に構え、精神を統一して魔力を練り上げる事に集中していく。
意識を心の奥底へと送り込み、眷属神たる火雷神の加護を掬い取る。
私の周囲に淡く光る金色の火の粉が舞い上がり、刀身が温度を上げ続け赤熱してはやがて陽炎の様な貌となる。
「焦熱剣――ヘヴンフレイムッ!!」
準備が終わると同時に私たちの目の前まで迫って来た不浄の洪水へと、勢いよく剣を振り下ろせば――激流が縦に真っ二つに裂かれるのに遅れて、その場の全ての水分が一瞬で蒸発する。
余波と余熱で目に見えぬ全ての不浄が祓われ、眷属神の神聖な加護により潜んでいた悪霊達もその全てが消滅した。
後に残るのはドロドロに溶け、ガラスのようになった通路から見える下層部分のみ。
「丁度いい、このまま下に進むぞ」
ガラス状になり、神聖な力で脆くなったダンジョンの床を踏み割り率先して下の階へと降りていく。
特に敵も罠も存在しない事を確認してから、手を振り上げれば部下たちも後に続いた。
「最初からこうすれば良かったのでは?」
「馬鹿を言うな、逃げ場もなく、逃げようにも胸まで水に浸かっている状態では素早く動けないからやむを得ずこうしたに過ぎん」
このダンジョンがどのくらいの規模まで成長しているのか分からないのに、最初から全力の力技で推し通っていてはすぐに力尽きてしまう。
ろくな情報も得られないままに撤退を選択する事になるかもしれない。
「この地点の記録はしたな?」
「はい」
「では撤退する時はここで天井に穴を空けるとしよう」
恐らくダンジョンによって塞がれるだろうからな。
「地上みたいに地形変更されませんかね?」
「だからこそ、座標の記録をするのだ」
ダンジョン内では方角などの感覚が鈍る事があるが、それでも今居る地点が都市全体を俯瞰して見た時にどの程度の場所かという記録ができる者が居る。
いくらダンジョンがどのような手段で地形変更をしようが、壁も天井も関係なく同じ座標を目指せばいずれ地上に出られるだろう。
「当然の事だがマッピングも怠るなよ」
「心得ております」
まぁ、こちらの方はすぐに役に立たなくなるだろうがな。
【ここがルツェルンとやらか?】
「そうみたい」
ボクを肩に乗せる筋肉達磨――ラピスラズリのように青く燃える長髪と、全身を覆う漆黒の鎧が特徴的な大男の声に応える。
「本当に誰も居ない……ねぇ、ここまで来ておいてしつこいと思うけど、本当にヤル気?」
【ぶわははは! あれだけ派手にぶつかっていたのなら弱っているだろう今が好機よ!】
「マスキュラーはそればっかり」
ボクの心配する声を豪快に笑い飛ばして、マスキュラーとボクが名付けた悪魔――【鎧筋のダンジョン】はᛏのルーン文字が刻まれたルビーの宝石を握り潰し、そのまま大地へと拳を叩き付け――
【この一撃を以って神核への宣戦布告とする――ッ!!】
――都市を丸ごと呑み込むような大穴を生み出した。
ついでに他のダンジョンも攻めて来ました()




