76.観察
お前の事をずっと見ているぞ!
『結局あの方々は戻りませんでしたね』
『全滅したのだろう』
あれから数日後、最初に顔を出して直ぐに戻った女性の部隊が再度ダンジョンに侵入して来ました。
監視機能で観察する限り、きちんと統制の取れた部隊で、また指揮する女性の方がとても聡明である事が窺えますね。
『周囲の建物に火を放て』
『はっ!』
このように突飛な指示を出しても部下達は疑問を挟まずに即座に行動し、そしてまた指示のその先を理解しているのか、火を放った後は全員が自然と防戦の体勢を取っています。
【コイツらは何をしているんだ?】
「潜んでいるアンデッドの炙り出し、火攻め……そして罠の確認でしょうね」
量産された低位のゾンビやスケルトンであれば炎に巻かれるだけで致命傷でしょうし、建物の中に隠れ潜んでいた存在も外へと出て来てしまうでしょう。
現に建物から飛び出して来た瀕死のゾンビ達を、侵入者達は危なげなく処理していっています。
そしてここがダンジョンである性質上、火を付けられる事でバレてしまうものがあります。
『――建物の中は無傷です!』
そう、ただの放火ではダンジョンは傷付かない。
『木材部分もか?』
『そうです』
『では建物も全てダンジョンの一部であり、何らかの罠があると判断すべきだろう』
ただ都市を落とした名残り、取り壊されないまま放置された遺構とは考えず、わざわざダンジョンの一部とされた事に意味がある筈と女性は部下達へと持論を述べる。
建物内それ自体が袋小路にも牢屋なり得ること、仮に籠城しても後がないこと、籠城を突破された時に城や砦と違って民家は脱出が難しいこと、狭い屋内での戦闘で混乱状態の最中にトラップを発動されては危険なこと、そういった事を丁寧に説明していく。
困った事にそれらは全ては正解としか言えず、火を付けるというたった一手でここまで看破されるとは思いませんでしたね。
『業腹だが、探索中はダンジョンの思惑通り野営するしかあるまい』
『了解しました。土魔術を使える者たちは温存させます』
『そうしろ』
ふむ、彼女たちの会話から察するに、その『土魔術』とやらで強風を凌げる壁でも作成できるのでしょうか。
恐らくできるのでしょう。そして壁が出来たのなら火を起こす際の燃料も少しばかりですが、節約できる筈です。
「なるほどなるほど、こういった手順であれば対処は出来るのですね」
【人間も侮れねぇなぁ】
「そうですね、数日前の愚物を基準にしていると今の彼女のような人間に出し抜かれてしまいます」
人間は誰か個人を基準にしても、基準にした人物とは何もかもが大きく掛け離れた別の誰かが大量に現れる種族です。
考え方としては「自分が出来るのであれば、相手も出来る」「自分が出来ない事も、相手は出来る」「自分の上位互換は必ず多く居る」とするのが油断しなくて良いのではないでしょうか。
『むっ、ダンジョンの呼吸が変わったな』
『分かるのですか?』
『あぁ、直感だが正解の道が変わったな』
ほら、そう言っていると私には理解できない感覚でコチラが地下へと続く階段を切り替えたのを感じ取った様ですよ。
『……隊長、ダンジョンの地形が現在進行形で動いています』
『詳しく話せ』
そして部下達も優秀、と……片目を閉じたまま上司の女性へと報告した方は、上空から俯瞰して見たとしか思えない地図を描き出していく。
正解の道を変更にするにあたって必要な処置でしたが、変更前と変更後の二種類をしっかりと見た様ですね。
恐らく魔眼か何かだと思うのですが、自らの視点を任意の場所に置ける能力なのでしょうか。
『二つを見比べるに、恐らく最初はここら辺に次への道があり、そこに我々が近付いた為にここへと変更したのであろう』
正解です。
【バレてんな】
「ふぅむ、魔眼でダンジョンの地形変更を目視確認されるとは……」
これは次からの課題ですね。こういった上空からの覗き見にはどう対処すれば良いのでしょうか。
【おい、普通に攻略が進んでるが良いのか? 流さなくて】
「彼女達は優秀な侵入者です」
【? そうだな?】
「つまりは、この世界についてよく知らない私にとって優秀な教材でもあります」
この世界にいったいどれだけの魔眼や魔術があり、それぞれがどんな能力を有して、どんな使い方が出来るのかといった知識は私にはありません。
地球の道具が無いように、この世界特有の道具などもあるでしょうし、それらを駆使された場合にどんな結果が出るのかが予想できないのです。
そんな私にとって、彼女達のような現地の優秀な侵入者はデバッガーみたいなものですね。
【なるほど、泳がせて塞ぐべき穴を見付け出して貰おうって事か】
「勇者達で本番を迎えるよりはマシですね、改装が終わった後で良かったと考えましょう」
まぁ、いざとなれば容赦なく殺すんですけどね。
しかしながら、それまでは彼女達の手札を出来る限り晒して貰います。
彼女達は勇者や本軍が攻める前の情報収集のつもりかも知れませんが、人類側の情報を収集しているのはコチラも同じです。
どんな状況でどんな対応をするのか、どんな思考のもと、どんな行動を起こすのか、それらに必要な技術や能力はなんなのか、全てを観察させて貰いますよ。
「ここまで期待値を上げたのですから、あんまり失望させないで下さいね」
【めちゃくちゃな事を言ってやがる】
そうですね、せめて立体パズルは突破して、さらにその先のエリアまで来て欲しいですね。
悠里ちゃん「過酷な環境を用意するだけで、それに対処するべく手札を晒してくれるので有り難いですね」