75.先行部隊その2
無能視点(直球の悪口)
「むっ、本当に寒いな……」
サヴォイア家が治めていた都市に入った途端に吹き付ける冷たい強風を顔を顰め、急いで雨風を凌げる場所を確保しなければと部下達へと指示を出す。
「周囲の建物を占拠しろ」
「進まないのですか?」
「ふん、少しずつ人員を分けて進み、ダンジョンから挟み撃ちされぬよう、帰路を確保するよう動くのはダンジョン攻略の定石ぞ」
「了解しました」
確かそんな感じの事を聞いた事がある気がする……程度の知識ではあったが、そう間違ってもいないだろう。
とりあえず周囲の建物の確認と占拠が終わるまでは、ここで焚き火でも起こして暖まる必要があるな。
「誰か火を――」
「ぎゃああああ!!!!」
「何事か!?」
突然響いて来た悲鳴に飛び上がり、急いで背後を振り返ってみれば、ダンジョン都市の出入り口から一番近い建物より部下の一人が慌てたように出て来るところだった。
建物を占拠するという任務を放棄して、いったい何をしているのかと眦を吊り上げて怒鳴りつけようとした直前――部下に続いて大量のアンデッドが溢れ出て来る。
「なぁ!?」
「助けびぎゅっ」
生きたまま無数のアンデッドに食い殺されていく部下の一人を視界に収め、突然の事に固まって動けない。
そんな私達を正気に戻したのもまたアンデッド達だった。部下を食い殺した者共だけでなく、周囲の建物の窓や玄関から溢れ出るように次々とその数を増やしていく。
「て、撤退!」
「ダメです! 出入り口が塞がれています!」
「この都市には東西南北に門があった筈だ! ここから一番近い東門を目指す!」
「了解です!」
アンデッドの群れに追い立てられる様にして我々はその場から逃げ出した。
奴らの足がそこまで早くないのは幸いだったが、焚き火を起こす為に広げていた装備や燃料を僅かばかり失ってしまったのは痛い。
建物の調査に出ていた部下達はもれなく全員帰って来てはいないし、彼らが持っていた物資もまた戻ってはいない。
「おのれダンジョンめ!」
荒れる息を整えながら恨み言がつい口から漏れてしまう。
私の輝かしいダンジョン踏破に初っ端からケチを付けおって、絶対に許せん!
「団長、不味いことになりました」
「なんだ?!」
「東門が見当たりません。それどころか以前の調査と街の地形、建物の配置が異なっているようです」
「馬鹿な……」
部下からの報告に絶句してしまう。それはつまり我々は袋小路に入ってしまったと言っているようなものだからだ。
東門からの脱出を目指して走って来たのにそれが無く、仮にあったとしても既存の地図では辿り着く事は出来ない。
今自分達の現在位置が何処で、ここからどう進めばダンジョンから出られるのかも定かではないという。
「団長!」
「今度はなんだ!」
「複数人が高熱で倒れました!」
「ええい! 次から次へと!」
この極寒の環境で体調を崩すのも分かるが、いくら何でも早すぎるであろう!
「周囲の建物は使えそうか!」
「いえ! どれもアンデッドが居座っています!」
「ぐぬぬ……」
「野営しかありますまい」
「分かっておるわ!」
どの道これ以上は無闇に動く事は出来ない。
周囲の建物に対する見張りを置いて、とりあえずは一晩を明かす準備を進める。
野営の準備が出来次第、夜になるまで周囲の建物や地形の把握に努めなければなるまい。
むむむ、建物も使えない上に建物に対する警戒をしながら寒い屋外で世を明かさねばならないとは何と悪辣なのか。
「何とか建物を使えないか? 風を凌げるだけでも大分違うと思うのだが?」
「……比較的アンデッドの数が少ない建物に潜入し、家主を暗殺するような方法であれば可能性はあるかも知れません」
「ではやれ」
「……了解です」
何か言いたい事がありそうな部下を追いやり、念の為に自分は後方で周囲を護衛に囲まれながら建物の占拠を見守る。
数人の部下が建物の中の様子を見守り、屋内のアンデッドに動きが無いことを確認するや否や即座に音もなく侵入していく。
固唾を飲んで結果を待っていると、少しして何かが倒れる音が断続的に響き、そして直ぐに静かになる。
「――屋内の掃除に成功したようです」
「そうか! では行くぞ!」
建物の中から活動を止めたアンデッドが運び出されたのを確認し、即座に一番に建物中に入っていく。
やはり相変わらず寒かったが、吹きつける強風が遮られるだけで随分とマシになった気がする。
造りも民家にしてはそんなに悪くなく、暖炉も使えそうとの事で野営するよりはずっと楽に過ごせるだろう。
「では私はここを使う。何かあればドアをノックしろ」
「……は? お一人で使われるのですか?」
「当たり前だろう? 護衛の者は中に入る事を許可するが、それ以外の者まで入れては手狭になるだろう」
コイツは何を当たり前の事を聞いているのだ。
「高熱で倒れた者たちは如何されますか」
「自らの体調管理も出来ない無能まで構ってられる余裕はない。装備と物資を受け取り、そのまま放っておけ」
「……了解しました」
全く、それくらい言われんでも理解して動かんか。
「……にしても、なんだ? やけに身体が重いな」
まさか体調管理のなってない無能共に病でも伝染されたか? ぬぅ、もうちょっと早く建物を占拠させて避難すれば良かったわ。
というより熱を出した者が出た時点で、誰か一人でも逸早く提言すべきであっただろうに。全くもって使えん。
「さて、では我らはアイツらが周辺の調査を終えるまで作戦会議を――」
側近や護衛に対して言葉を重ねる途中で、急激な浮遊感に襲われる。
「ハッ――!?」
しまった! 落とし穴だ! 建物の床に仕掛けられていたのだ!
「う、うわあああ!!??」
「お、落ちる!」
「誰か! 誰か私を助けろ!」
落とし穴にしては深すぎる! このままでは即死だ!
「死にたくな――」
必死に泣き喚く私の周囲を悪霊共が取り囲み、一斉に何かが吸い出されていく。
「死に、たく……は……」
もしかすれば、大地に激突する前に魂を吸われて逝くのは幸運だったのか、それとも不幸だったのか……今となってはもう分からない。
「直ぐに引き返したかと思えば全く違う顔ぶれになって戻って来て驚きましたけど、また更にビックリするくらい考えなしの行動が目立ちますね」
【これじゃあ参考になんねぇなぁ】
次のアデリーナ達は突破できるのか否か!