74.先行部隊
ダンジョン物と言えば侵入者視点もあってこそだと思ってる。
「なんだこの寒さは……」
直前の報告ではいつもと変わらないと聞いていたのに、都市の内部へと足を踏み入れた瞬間とんでもない冷気に襲われた。
壁を一枚隔てるだけでこうも気温が変わるなど流石ダンジョンだと言ったところだが、常に建物の間を強風が吹いているのも頂けない。
冷たい風はそれだけで体温を急速に奪っていくし、目や唇からも水分を奪っていく。
「報告と違う! 一旦退くぞ!」
「宜しいのですか?」
「ここを突破するには装備も燃料も足りないからな、仕方あるまい」
副長のベネットの確認に頷き答え、そして部下を引き連れて僅か数分でダンジョンを囲うように築かれた簡易の拠点に舞い戻る。
「おや、アデリーナ殿? お戻りが早い様ですが、何かございましたか?」
拠点の防衛を任されている神殿騎士の呑気な様子に苛立ちが募る。
「何かあったかではない、報告とダンジョンの様子がまるで違う。今のままでは装備も燃料も足りない」
「そんな馬鹿な……最後に確認したのはたったの数時間前ですぞ」
「……その間にダンジョンの改装が行われてしまったのでは?」
副長の指摘に「都市の内部に一人も残さなかったのか」と拠点防衛の責任者を睨み付ける。
「知らない内に改装されぬよう、あの悪霊の都市には幾人かの人員を潜ませておる! そうだな?」
「はっ! その通りです! ……しかし何かあったのかも知れません」
「連絡しろ!」
「了解です」
暗に仕事をサボったのではないかと疑われてしまった責任者は、その顔を真っ赤に染めながら傍に控えていた部下に振り返る。
上司からの指示を受けたその部下が目を瞑り、自らのこめかみに指を当てる様子を見て、念話持ちだと推測する。
「……誰とも繋がりません」
「なんだと?」
「ふむ、潜入した全員が殺され、そしてダンジョンが改装を行ったと見るべきか」
「それしかありませんな」
ダンジョンはたまに、何処か遠くから侵入者達を監視しているのではないかという動きを見せる事がある。
恐らくだが、潜入させた協力者達は最初からダンジョンに居場所がバレており、邪魔になったつい先ほど殺されてしまったと見るべきだろう。
そしてこの数時間の間に彼らが殺され、ダンジョンに大規模な変化があったのなら――
「――迷宮の主が帰還したか」
「ではやはり、ルツェルンのあれは……」
「あぁ、神核と隻眼の主導権争いと見るべきだろう」
そして、勝者は神核か……あれだけ派手に全世界へと自らの存在を喧伝したのだから当然と言えば当然か。
隻眼の戦争を終えて帰還神核が、自らの本拠地に侵入者していた人間を皆殺しにして、そして更なる侵入者に備えてダンジョンの増強を行ったか。
「隊長、今まで集めた情報はもう当てにならないのでは?」
「そうかも知れんが、このまま放っておいては更に手が付けられなくなる。装備と燃料を本国から補充したら即座に攻略に動く」
「情報を外に伝えられず、そのまま全滅するかも知れませんが?」
「我々が全滅したという情報を得られるだろう」
派遣した戦力、装備、物資では足りなかった……いや、何一つ情報を漏らさずに虐殺できるだけの何かが神核のダンジョンにあると推測ができる。
本国の連中だって馬鹿じゃない。我々規模の部隊が何も残せず全滅したとなったら、その情報を元にアウソニア連邦に所属する国家全てを巻き込んだ大連合の設立を呼び掛けるだろう。
もしも攻略できれば文句はなく、情報を持ち帰れるのであればそれでも構わない。全滅したとしても我々人類には次がある。
「だから大丈夫だ。安心してここで死ね」
「了解です」
「……」
私達の在り方に気味が悪そうにしている責任者の男を鼻で嗤い、また同時にこんな男しか寄越さない事実に本国が如何に神殿から軽んじられているのかが窺える。
「っ、アデリーナ殿が動かないのであれば我々が先にダンジョン入りしましょう」
「何を言っている? 貴殿はここの防衛責任者だろう?」
拠点と言ってもテントが幾つかあるに過ぎないが、それでも防衛責任者であるお前がダンジョンに突撃してどうする? そんなに私に見下されたのが腹に据えかねたか?
「いやなに、我々はちょうど防寒具や燃料を多く持って来ておりましてな」
「ではそれを我々に譲って貰えないか?」
「いけませんいけません、これらは信者達の大切な寄付によって齎された物ですので」
「しかし貴殿はここの――」
「すぐに見て帰って来るだけだ! そのうちすぐに私達の齎した情報に感謝する事になるだろう」
それだけを言って出て行ってしまう愚物の背を見送り、その姿が見えなくなったところで大きな溜め息を吐き出す。
「……宜しいのですか?」
「……仕方ないさ、指揮系統が違うのだから」
「左様ですか」
「彼らが本当に情報を持ち帰れるのか、それとも全滅してしまうのか、本国から物資が届くまで見守ろうじゃないか」
確かあの愚物が連れて来ていた人員もそこそこの質と規模を持っていた筈だ。
指揮官がアレという部分であんまり期待は出来ないが、それでもあの規模の部隊が全滅したのなら我々も相応の警戒と覚悟が必要になるだろう。
それに一人残らず殺し尽くしたとして、必ず何処かに人間の痕跡という物は残るものだ。先行した部隊が何処で何をしていたくらいは探索中に分かるだろう。
アデリーナに愚物呼ばわりされた神殿騎士は見事に地表部を突破できるのか――!?




