67.撤退
きちんと完食しなきゃね!
「なんだ!? 何処から湧いて出て来やがった!?」
そんな声を上げるのは和久井だ。住民を避難させようというより、邪魔な奴らを排除しようとする動きに戸惑いが生じている。
それも無理はない。先ほどまで隻眼のダンジョンというビッグネームにしては少ない数の敵しか相手をしていないと思っていたら、ここに来て急に敵の数と質がどっと増えた。
まるで今までは片手間に相手にされていただけで、本命との戦争に方が付いたから本腰を入れて俺たちを排除する事に決めたかの様だ。
それに隻眼のダンジョンにアンデッドは出ないという話だったのに、今ではそこら中にアンデッドがゴーレムと連携して街を、人々を襲っているのだから笑えない。
「桜庭! この調子だと本当に神田さんが危ない! やはり戻るべきだ!」
「俺たちが抜けたら住民の避難に支障が出るだろ!」
「それは……ぐっ、クソ!」
松井は神田さんの事が本当に大好きだな! ただこの状況で真っ先に心配したとはいえ、住民達の避難を優先させる程度の良心や正義感、優先順位を見誤らない頭はあるようだ。
だがしかし、俺も正直なところ神田さんが心配だ。それは好きだからとか、この状況で彼女の身が本当に安全なのかとか、そういった以前に――アークさんが何か信用ならないからだ。
根拠も無い直感、ただの勘でしかないし、一度は相手の言葉を信じてしまったのに、何となく心がザワザワする。
「勇者様方! ここは引きましょう!」
「レザーさん! でも!」
「我々は物資の殆どをダンジョン内に置いて来たままです! つい最近までダンジョン攻略中だったせいで万全とも言い難い! そしてここは、この街はもうダンジョンに呑み込まれている!」
なんだそれ、聞けば聞くほど俺たちに不利な状況だって嫌でも理解してしまう。
「その上市街で非戦闘員を庇いながらの乱戦など、消耗するだけして全滅です! 近くに居る住民だけを連れて撤退して下さい!」
「しかし!」
「この戦いにはもはや勝利条件など無いのです!」
クソっ、どうしてこうなった隻眼の関係者らしき人を神田さんとアークさんが討ち取ったと思ったのに、やはり彼は別に隻眼本体やマスターでは無かったのか?
「だったら俺は神田さんの方へ行く!」
「行方不明だった勇者様の事だね? 一人では行っていけない――あぁ、桜庭くん着いて行ってくれ! ここは私が何とかしよう!」
「げっ、了解です」
「おい桜庭、なぜ嫌そうな顔をするんだ? 俺か神田さんのどちらかに含むところでもあるのか?」
「ないよ」
面倒なので訝しげな表情をする松井を軽くあしらい、そのまま神田さん達と別れた場所まで同行する。
神田さんが心配なのは俺も同じだし、アークさんの存在が気になるのもあった。
「……居ない?」
思わず漏れた呟き。
「やっぱりもうアークさんが避難させたのかな?」
「いや、どうだろう……」
松井の疑問に生返事をしながら、周囲を見渡してみても神田さんとアークさんの痕跡が何処にもない。
まるで、突然その場から転移したかのような――そう、あの隻眼の関係者のように。
「考えすぎ、か……?」
「っ! 桜庭!」
松井の焦ったような声にハッとして顔を上げれば、今まで気配すら無かったはずのゴーレムとアンデッドの数々……ヤバいな、人の心配をしている場合じゃない。
「神田さんはもう避難したんだよ! それよりも俺たちも早く逃げるぞ!」
「でも神田さんが!」
「少なくともここには居ないんだから、また最寄りの街で再会するかも知れないだろ!」
「ぐっ……分かった!」
短いやり取りで無理やり松井を説得させ、俺たちもこの地獄へと変わっていく湖畔の都市から脱出するべく動き出した。
【――てのが今の勇者達の状況だな】
「やはり物資を奪われたままで、連戦のように市街地での護衛対象を含んだ乱戦は荷が重かったですか」
勇者達が本当はどのくらい強いのか分かりませんが、権能――【悪魔の心臓】を発動した私よりも遥かに強いと仮定したとしても、流石に民間人を巻き込むような戦い方は出来なかった様ですね。
一人だけ……えっと、アークと喧嘩していた和久井さんでしたか? 彼はそこら辺あんまり気にしない様に思いましたが、非戦闘員には少し優しいようです。
やはり力だけあっても日本の高校生だった彼らに、一般人を敵ごと殺すような真似は難しいのでしょう。
【で? これからどうする?】
「そんなの決まっているじゃないですか――」
何を分かり切った質問をしているのでしょうかこの悪魔は。
「――完食するに決まってるじゃないですか」
特に今は心身共に疲れ果てているのですから、栄養は沢山必要だと思うのです……あぁ、勇者達は出来たらで構いませんよ。
今はまだ彼らを狩れるとは思っていませんし、情報も足りませんし。
それにまだ敵であるダンジョンだとバレていませんからね。
「では私は少しの間だけ寝ますね」
【あぁ、おやすみユーリ】
ベッドの上で微睡みながらそう言えば、とても優しい男性の声と共に温かな手が私の髪を撫でる――そこで私の意識は眠りに落ちました。
そしてその日、湖畔の都市ルツェルンがダンジョンの手によって陥落した事が全世界を駆け巡る。
最後の最後で更新が滞ってしまってごめんね!
これで一応隻眼迷宮編は終わりだよ!
明日の更新で舞台裏を挟んで、明後日からダンジョン防衛編となります!
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