65.悪魔の――
久しぶりの更新でござる
――ダンジョン新生
《迷宮の種》と呼ばれる物によって行われる、ダンジョンの外で新たなダンジョンを創造し、本体のダンジョンの玉座と繋がっていなくても保有するDPが尽きるか、最深部に設定したフロアにある擬似心臓を破壊させるかしない限り維持できるダンジョンとしての自分の分身を創る為の手段――
「――の、筈だったんですがね」
この場に創造されたのはたったのワンフロアのみ。
擬似心臓である一抱え程もある宝玉の姿は見当たらず、代わりに恐らくアークの同類であろう青い炎で目隠しをされた黒い女性の頭部が隻眼のマスターの背後に現れる。
今現在も領域の奪い合いをしている為に分かりますが、この新たに造られたダンジョンは罠やモンスターの類いすら存在していない。
――では何の為に?
「はぁ、はぁ……お前、マスターになってどのくらいだ?」
「……まだ半年も経っていませんね」
「だったら冥土の土産に教えてやる。俺をここまで追い詰めた褒美だ」
ギチギチと、カッターナイフの刃を伸ばしながら相手の次の行動へと備える。
どうやら勇者達とは完全に隔たれてしまったみたいですが、アークとはまだ微かに繋がりが感じられます。呼べば出て来れるでしょう。
問題は今度は私の方がダンジョンとの繋がりを絶たれてしまった事ですね……コチラもダンジョン新生を行った方が?
「ほう、何を教えてくれると言うのでしょう」
「ダンジョン新生は何も自らの分身を作るだけじゃない。こうして飢餓状態のまま生み出し、自分と相手を同時に閉じ込める事で――お前を喰らう事ができる」
「……」
ようやく自らの体調の変化……倦怠感や頭痛が生じている事に気付き、力が入らず震える手を顔の前に翳す。
先端の方から薄らと向こうが透けて見える自らの手を認識し――なるほど、どうやら今この瞬間にも私という存在は隻眼に啜られている様ですね。
「では全て奪われるよりも前に、貴方を喰らい返すしかない様ですね」
「させると思うか――」
ダンジョン新生によって生まれたこの場所も で侵犯し、私がアークとの接続を手繰り寄せながら駆け出すと同時――隻眼のマスターが自らの片目を抉り取った。
「――【悪魔の眼差し】ッ!!」
瞬間――このダンジョンの壁や床、天井までビッシリと無数の何者かの目が現れる。
(あぁ、やられたな……)
冷静な頭がそう考え、ダンジョンとしての直感がそれを肯定する。
これはおそらく隻眼の権能――どんな能力を有しているかは分かりませんが、確かにダンジョン内でないと発動は難しいですし、発動できたとしても効力は落ちるでしょう。
この方、どうやら本気で腹に据えかねているようで、まだダンジョン歴半年ほどの新人を潰すのに全力ですよ。
「【デスカウント――ッ!!】」
それでも私は最後まで諦めない――私の全てを覗き見る視線を踏み潰し、折ったカッターナイフの刃を四方八方に飛ばしながら本体へと迫る。
「【――スリー!】」
残った片目からの妨害――スロットマシンの様に高速で換装される魔眼により、私の進路は阻まれる。
「【――トゥー!】」
隻眼のダンジョンとマスターの声が重なって聞こえるカウントが進む度、何故か私は懐かしい視線を強く感じてしまっている。
「【――ワン!】」
後もう少しでアークと再接続できる――それでも私の刃は隻眼には届かず、隻眼のカウントは終わってしまう。
「……どういう事だ?」
魔眼による爆破を直前で回避したところで聞こえてきた困惑の声。
声の主である隻眼のマスターは呆然とした様に私を見詰め、想定外の事態が起きた様な雰囲気です。
ですが周囲を囲む目は依然として私を凝視し続け、カウントが終わると同時にそれらからの視線も一際強くなったと感じたのですが……気のせいだったのでしょうか?
「何故だ? どうしてお前は無事でいられる?」
やはり何かしらの攻撃だったようですね、それらが失敗に終わったと……新米ダンジョンである私ならまだしも、数千年の歴史がある老舗ダンジョンのマスターも権能の発動に失敗する事があるのでしょうか?
「まさか失敗したのか?」
【いやマスターよ、権能は確実に発動している――が、あの娘には効いていない様だ】
「……お前、何者なんだ?」
何者なんだと聞かれましても、後輩の新米ダンジョンマスターですとしか自己紹介のしようがありませんね。
【――ダオラァ!! やっと入り込めたぜチクショウめ!】
「アーク、遅いですよ」
【お前が俺様が入れるくらいの領域をさっさと奪わねぇからだ】
「さいで」
もう少しで再接続できそうだと思ってはいましたが、まさかアークが通り抜けられる程度の大きさの穴を用意しなければならないとは思いませんでしたね。
まだまだダンジョンについて知らない事ばかりです。
【お? ……なんだ、権能を発動されちまってたのか】
「えぇ、ですがどうやら私には効かないようで……アークは隻眼の権能について何かご存知で?」
【記憶が抜け落ちててさっぱりだ! 本人達に聞いてみたらどうだ?】
「との事ですが、貴方達も一緒に考察してみませんか?」
などと言いつつ、自らの舌に刻み込んだᚨの文字を発動させる。
現在進行形で私と本体のダンジョンに加えて、新生したこの場の奪い合いをしながら抗うのは至難の業でしょう。
そうでなくとも、呆然とした彼は私のルーン魔術の発動には気付いていなさそうですけど。
「これは彼の有名な大悪魔の視線を、人類に思い出させる力だ……大悪魔の眼差しは全ての情報を見通し、そして単純に魔眼の性能が上がるだけでなく、大悪魔に直接視線を向けられた人類はその恐怖に耐え切れずショック死してしまうはず。それは異世界の勇者とて例外ではない」
あぁ、なるほど……つまりは恐ろしい存在に意識を向けられてしまった恐怖で発狂死してしまう感じですか。
「それなら効かないのも無理はないですね」
【ほう? そりゃどうしてだ?】
面白がるように、まるで分かり切った答えが返ってくるのが分かっているかのようにニヤニヤと下品な笑みを浮かべるアークに呆れつつ。
何を言われるのか、警戒しながらも興味を隠せていない隻眼のコンビへとなんて事はない返答をする。
「――私がアークに見られたくらいでビビる訳がないでしょう?」
【ぶはっ!】
その返答に耐え切れず笑い転げるアークと、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように固まる隻眼。
大声で下品な笑い声を上げ続けるアークと違って、先に現実に戻って来たのは相手のマスターでした。
「……コイツはお前のダンジョンではないぞ?」
そういって背後の、隻眼の本体であろう悪魔を指し示す隻眼のマスターにこれまた簡単な返答をする。
「――大元は同じでしょう?」
【ぶわっはっはっは!!】
「アーク、五月蝿いですよ」
意味が分からないと、まるで私がおかしいのだと言わんばかりの視線を投げてくるアチラ様も、何時までも笑い転げているアークも、どちらも鬱陶しいですね。
「疑問が解けたなら、次はコチラの番ですよ」
「っ! ププラ! 来るぞ!」
笑い転げていたアークに拳骨を一発お見舞いし、アークが通って来た穴――正確には奪ったダンジョン領域から大量のスケルトンを召喚して魔眼からの妨害を防ぐ盾とする。
【準備はイイか?】
「えぇ、何時でもどうぞ」
アークがそっと、その両手で私を後ろから抱き締める。
普段の繋がりよりも更に深く……お互いが溶けて、混ざり合うように一つになっていく。
――ドンッ
世界中の生命に、その鼓動を感じ取った。
【このままでは不味いぞ!】
「クソがァ!!」
ドッドッドッドッドッ――
段々とその鼓動は大きくなり、ついに魔眼の盾となっていたスケルトンの残骸から俺様は現れる――
「――【悪魔の心臓】」
心臓の権能とは如何に!?




