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30.お風呂って気持ち良い

小説には謎の光も不自然な湯気も無駄に泡立ちの良いシャンプーも無いので皆さんの想像力が全てです()


「コチラです」


 お嬢様のお付きらしいメイドに案内され、屋敷の奥まった区画にある大きな両開きの扉の前へと案内される。

 私達が近付くのに合わせて待機していた別のメイド達が扉を開け、その直後にさも当然だという様子でお嬢様が入っていく。

 一瞬だけ躊躇した私を見逃さず、リサという女性が微笑みながら背中を押してくるのが少し気持ち悪い。


「入ってすぐのここは仕切り、さらに進むと休憩所、その奥が脱衣所よ」


「……そうですか」


 いったい何の意味があるのかは分かりませんが、確かに薄らと残っている幼い頃の記憶でも家のお風呂は広かった覚えがありますのでお金持ちの特徴というやつでしょうか。

 脱衣所の前にさらに空間を設けるのはまだ分かりますが、休憩所は流石によく分かりません。入浴を終えたらさっさと部屋に戻れば良いと思うのですが。

 それに待機している使用人の人数も多く、たった数人が入るにしては大掛かりだと思ってしまっても仕方がないでしょう。


「貴女、変わった衣服を着ているのね? それも異世界の物かしら」


「……えぇ、通っていた高校の制服です」


「! 勇者様は学生だったのね? 学校ってどんな場所? やはり楽しいのかしら?」


「どうでしょうね」


 別に楽しい場所ではありませんでしたが、母親とその彼氏から逃げるという意味では非常に助かったとも言えますね。

 自分の家から離れる口実を考えなくても良いというのは手間が省けて便利でしたし、彼らが乗り込んで来ても人目があるという事は私の身を守る事に作用してくれました。

 ですがそれだけです。私の身を守る場所であったからといって心地良い場所という訳でもなく、むしろ面倒事は数多くありましたので相対的にマシだった……というのがより正確かも知れません。


「私もいつか学校に行ってみた――っ?!」


 慣れた手付きでスカートの横に付いたチャックを降ろし、それだけで重力に従って落ちたそれをそのままにセーラー服と肌着を脱いでいく。

 そうして下着だけの姿となったところで、私以外の周囲が何も言わずに固まっている事に気付きました。

 彼女たちの視線を辿ってみますと、どうやら私の身体にある傷跡を見てショックを受けている様ですね。


 パッと見るだけでも火気や薬品による火傷の跡に、ガラスや刃物による傷痕などが身体中を覆っていますので仕方がないかも知れません。

 なんなら後ろからは肩甲骨の辺りに煙草を押し付けられた根性焼きの痕も見えるでしょうし、いっそ貧相とも言える痩せぎすの女がその様な暴行の跡ばかり身にまとっているのはお嬢様には刺激的だったのかも知れません。


「わ、わたっ……ぇっ、そん……なっ、つもり……じゃっ……」


 どうしましょう、完全にパニクってますね。


「気にしないでください」


 と言ってみたは良いものの、完全に周囲の人間の私を見る目が変わってしまいました。

 困りましたね……この身体でずっと過ごして来たせいで失念していたのが悪いのですが、これでは会話で情報収集どころではありません。


「お嬢様、少し落ち着きましょう」


「で、でも私っ……!」


「いいですから。……すいませんが勇者様、お嬢様は体調が優れないのでご一緒できません」


「……えぇ、構いませんよ」


 裸のまま狼狽えるお嬢様にバスローブを羽織らせ連れて行くメイドと、自分自身も裸のままどうしようかと視線を彷徨わせるリサを眺めては気付かれないように小さく溜め息を吐く。


「リサ様、私の事は良いのでお嬢様に付いてあげて下さい」


「……いいの?」


「えぇ、私も一人で入りたい気分でしたので」


「……そう、分かったわ。ありがとう」


 テキパキとバスタオルのみで身体を隠して休憩所の方へと向かったリサさんを見て――なるほど、こういう時に利用するのかと感心をしてしまう。


「人の身体を見てドン引きするとは酷いとは思いませんか?」


【俺様はお前の身体好きだぜ?】


「言い方が気になりますが、一応お礼を言っておきましょう」


 浴室へと入り、私一人だけになった事を確認してからここには居ない同居人に愚痴を吐く。

 返ってきた下手な慰めの言葉に微妙な気分になりながらも、それが純粋な善意である事は何となく分かりますので許しましょう。


「にしても、本当に上手く行きませんね……」


 軽く掛け湯を行い、その場にあった石鹸で適当に髪や身体を洗ってから湯船に浸かると同時に愚痴が漏れる。


【まだダンジョンを出て初日じゃねぇか、焦る事はないぜ? 今日はゆっくり風呂を楽しめば良い】


「……そうですね、湯船に浸かるなんて数年振りです」


 いつも学校から帰宅後に、母親の彼氏が帰って来る前に急いでシャワーだけを浴びる生活が続いていましたからね。

 こうやってゆっくりと足を伸ばしてお湯に浸かれるなんて贅沢は何時ぶりでしょうか……あ、髪を纏めるの忘れてました……もう面倒なので今日はこのままにしておきましょう。


「ま、今回の罪悪感を利用すれば情報提供してくれるでしょう」


【また悪辣な事を考えてらぁ!】


 ゲラゲラと頭の中で響く笑い声が煩いですね。


「まぁ、目下の課題は彼らの私への印象ですかね……」


【どういうこった?】


「暫く路上生活をしていたらしい、はぐれ勇者が傷だらけ……ここからどの様に私の過去を想像して接して来るのかで今後の対応が変わりますよ」


【そうなのか?】


「えぇ、出来るだけ同情心を誘いたいところです」


 それがそのまま彼ら彼女らの心理的な弱点となりますし、というか無理に探さなくても私と相対した時に躊躇してくれればそれで良いので。


「あぁ〜、邪悪なダンジョンに操られた悲劇の勇者とかどうですかね〜」


【溶けてんなぁ】


「お風呂が気持ち良いので」


【そうか、良かったな】


「アークも一緒に入ります?」


【復活したらな】


「そうですか、楽しみにしておきますね」


 あぁ、それにしても……お風呂ってこんなにも気持ちの良いものだったのですね。

都市を丸ごとダンジョンにしてもお風呂だけは残しておこうと心に誓った悠里ちゃんであった。

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― 新着の感想 ―
お風呂は必須だね。今後も桃色空間を合法的に出せるようになるし。 でも、お風呂を沸かす労力はどうするんだろう? ダンジョン能力でチョチョイと出来るのかな?
[一言] 勘違いが加速しちゃうー(笑) ピンチからの悠里さんの印象操作がしやすいチャンス!
[良い点] お風呂は日本人の魂! 転移してからつけられたと誤解されても転移前に虐待を受けていたと知られても同情を誘えそうですね! あぁ~身体の傷という事実と客観的視点での邪推で悲劇の勇者がクリエイトさ…
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