君に出会った日
番外編です。
子どものすすり泣く声がする。
耳を澄まして音の主を探す。
木の下に座り込んで泣いている少女を見つけた。
何故か気になり、姿隠しの魔法を解いて声をかけてしまった。
「どうした?親とはぐれたのか?」
「ううん、逃げて来たの」
おっと、穏やかではない話か?
「なんで逃げて来たんだ?」
「だって、勉強しろ勉強しろって急に言い出したんだもん。でも私はお友達と一緒に遊びたいの」
そう言うことか。
「勉強が終わってから遊んだら良いんじゃないのか?」
「ううん、もう遊ぶ時間ないんだって。マナー教育とか貴族としての教育以外に、聖女としてのお勉強もしなきゃいけなくなって時間が足りないんだって。でも私、聖女になんてなりたくない……うっ、うっ」
この子か……。
あっ、まずい!泣かれる。
「あっ、あのさ、これやるよ」
そう言って、少女の手に小さな包みを乗せた。
「これ何?」
「開けてみろよ」
言われた通りに包みを開き、親指と人差し指で掴んで光にかざし、サファイアブルーの瞳をキラキラさせて見つめた。
「きれい……」
「飴だよ」
「飴ってこんなにきれいなの?食べるのもったいない。宝物にする」
「いやいや、食べろよ。置いといたら溶けてしまうぞ」
「だってせっかく綺麗なのにもったいない」
「王都に行けばその辺のお店でいっぱい買えるぞ」
「そうなの?」
食いついた。やっぱり子どもだな。
「ああ、聖女になったら王都の学園に通うんだろ?買いたい放題だな」
「そうなんだ……聖女様って無駄遣いしていいの?」
意外にしっかりしてるな。
「いや、無駄遣いはダメだな。言葉を間違えた。買いたい放題じゃなくて、10個ぐらいは買えるな」
「そっか」
嬉しそうに笑った。
そして、海の底を思わせる青い瞳が、手に持った飴と俺を交互に見て言った。
「お兄さんの瞳と同じ色!綺麗ね!」
「そうか……」
そんなことは言われたことがなかった。
そもそも人と話すことが殆どなかった。
俺は存在しないはずの人間だから。
ソラネル領の教会で聖女が見つかった。
その噂はすぐに国中に広がった。
それに伴い、またモーヴェが動き出した。
王は動けない。俺は自由に動ける。存在しない人間だから。だから俺が聖女の周辺を見張りに来た。
聖女が利用されない様に、巻き込まれない様に。
離れたところから見張るだけのはずが、行きがかり上とは言え、姿を見せ、話までしてしまった。
そろそろ離れた方がいいな。
立ち上がろうとした時、声がかかった。
「王都に行ったらお兄さんとまた会える?」
「無理……いや、お前が望めば会えるかもな」
「そっか、じゃあ、またね」
そう言って笑って手を振った。
「ああ、またな」
思わずそう返していた。
*****
「エレオノール=プロストと申します。エティエンヌ様が先生を訪ねるようにとおっしゃっていました」
変わらないサファイアの瞳が俺をじっと見つめる。
先だってモーヴェ公爵から聖女を守るために極少人数の信用できるもの達だけが集められた。
エティエンヌと担任のユベールが見守ることに決まりかけていたが、気付いたら俺が教員として学園に潜り込める様に頼んでいた。そしてエティエンヌに聖女を俺の元に案内して欲しいと頼んだ。
彼女は最初俺を見た時、ハッとした表情をしたまま固まっていた。
覚えているのか?
何か気にしている感じはするが、結局何も言わなかった。
覚えていないのか?
「いえ、すみません。その、私の勝手なイメージなのですが、本当に本当に勝手なイメージなのですが、もっと砕けた言葉を使ってそうだな〜と思いまして……」
やはり覚えているのか?
「いえ、お会いしたことはないです。本当に単なるイメージです」
やはり覚えていないのか?
結局わからないまま、彼女は部屋を後にした。
「どう思う?」
レイモンに声をかける。
「何かを感じてはいるのでしょうが、おそらく覚えていないのではないでしょうか?」
「そうか……」
いや、別にいい。
本来の目的は見守ることだ。
俺を覚えている必要はない。
……でもなんというか少し面白くはないな。
<1年後>
「サージュ先生、こんにちは」
「ああ、また来たのか」
「はい、また来ました。あら?これって……」
気付いたか。
「何だ?ああ、それか。生徒が置いていった。食べたければ食べてもいいぞ」
「……生徒って女子ですか?まあそうですよね。男の子が先生にお菓子あげたりしないですよね」
変なとこに食いつかれた。
「食べないのか?」
「だって、その子が「先生のために」持ってきたお菓子を、私が食べるわけにはいかないじゃないですか」
「……男だ」
「ふうん。男子が飴を?」
なんなんだ!
レイモンに買ってこさせて、そこに置かせたんだが、男は男だ。嘘ではない!
いやいや、なんで俺は言い訳してるんだ?
「別に無理して食べなくていいぞ」
「いただきます!手洗って来ま〜す」
なんなんだ。
「この包み紙、懐かしい〜」
そう言いながら、取り出した飴を窓に向かってかざし、青い瞳をキラキラさせた。
「きれい……」
あの日と同じ仕草に鼓動が高鳴る。
「私、子どもの頃、まだまだ遊びたい盛りなのに聖女のお勉強もしないといけなくなって、反抗してお家を飛び出したことがあるんです」
「……そうか」
「泣いてた私に通りかかったお兄さんが飴をくれたんですけど、その時も同じ翠色の飴でした」
「……そうか」
「そのお兄さんも先生と同じ、とても綺麗なエメラルドグリーンの瞳で、なんとなく面差しも似てて……」
思い出したのか?
「でも先生ではないですね」
……は?
「だってあのお兄さんは髪の色が茶色でしたもん」
えっ?
「先生のそんなに綺麗なワインレッドの髪を忘れるわけないですもん」
どう言うことだ?
いやっ!待て!そういえばそうだったか?
昔は存在を隠すために、国民に一番多い茶色に染めていたのだったが、ある程度強くなった時にレイモンから「気晴らしにどうか」と勧められて今の髪色にしたのだったか……そうか、彼女に会ったのは色を変える前だったのか。
あまりに昔過ぎてすっかり失念していた。
背を向けたレイモンの肩が震えている。
あいつ、わかってたな?
俺だと告げるか?
でも、それを言ってしまえば髪を染めていることがバレてしまう。
本当の色はなんだと聞かれても答えるわけにはいかない。
……卒業するまで言えなくなってしまった。
「先生?」
「あっ、いや、なんでもない。さっさと食べろ」
「は〜い、ふふっ、美味しい」
……嬉しそうに食べてるし、まあいいか。
でもレイモンは後でシメる。