ずっと待っているから
君を待っている。君が転生してくるのを、ずっと。@短編101
僕はずっと待っている。
この世界でない、別の場所で僕と君は必死で生きていた。
戦争が何十年も続く地獄のような場所だった。
学校に行くこともない、寝る所も食事もまともに食べられない・・
真の地獄だった。
僕は・・剣は高くてお金が無いから木を切り、簡単に壊れないように薄い鉄板を巻いて、30センチ先を尖らせて、両先を尖らせた木を十字に通した槍もどきを手にし戦地を駆け巡る。
君はリュックに包帯と薬をパンパンに詰め、左手には小型の盾を持ち一緒に付いてきて。
小さい頃からずっと、二人で戦地を渡り歩いた。
17歳に小さな教会の残骸で、ふたりきりで結婚式をしたんだ。
道に咲いていた花を一輪僕の胸に挿し、ブーケ代わりに一輪左手に握って、右手は僕の腕に添えて。
儚い人生が分かっていたから、君が欲しかったんだ。
そして、二人の子供も。
「ああ・・あなた・・・置いていきたくないよ・・・」
君の掠れて途切れる言葉に、僕は笑う事しか出来なかった。
腹に2本の矢が刺さっている妻。治療などもう無駄だろう。してくれる人もいない。
僕まで泣いたら、妻はうまく天国に行くことが出来なくなる。
僕に囚われ、天国に行けず、悪霊になって転生出来なくなってしまう。
「大丈夫。僕ももうじき君のところに行くから。先に行って待っていて」
笑え、僕。笑え。
苦しいところなんて見せるんじゃない。死に行くのを怖がる妻を安心させるのが男だろう?
僕の背にも数本の矢が刺さっている。僕も間も無く死ぬが、妻を見送るまでは死ねない。
「うん。待ってる・・」
妻が目を閉じ、しばらくして呼吸が止まる。
たった3日の夫婦だった。
心から愛した君。
いつか平和な時代で巡り合おう、僕は・・・目の前が暗くなって・・・・
あの花が、僕と君の縁だ。
あの花が、記憶を戻してくれる。
なんて名だっけ、あの花は・・・
「ありがとうございました」
花を抱えた客が嬉しそうに歩道を行くのを見送り、店内に戻る。
僕は昔の記憶を持つ転生者だ。
そして妻だった君を待っている。
あの花の名前は・・小さい青い花・・
もう朧げな記憶で、いまだに思い出せない。
あの花がきっかけで、きっと妻も思い出す、はずなんだが・・
だから僕は花に関わるバイトをしている。ずばり、花屋だ。ありきたりだが、これが一番的を得ているだろ?
バイト代も微々たるもんで、いつも財布はピーピーだ。
正直妻も転生しているか、分からない。
最近僕を好きだという子が現れて・・気にはなっているのは確かだ。
妻だったらいいなと思い、花屋に来てもらった事もあるが、反応は特に無かった。
まあ店内にあの花がなければ意味は無い。僕も花が何だったかを忘れているんだし。
新しい人生を受け入れ、もう君を忘れるべきなのかもしれない。
それでも。
それでも。
僕は期待しているんだ。
この世界で、この戦争のない平和な世界で、ふたり幸せになりたいと。
前世よりも長生きしている。今僕は20歳だ。
昔とは全く風貌も違う。前世は北欧系みたいな感じだったが、今は見まごう事無き日本人体型だ。
この時代に生まれていたとして、同世代?もしかしたら外国に住んでいるかもしれない。
地球規模でおおよそ78億人いるそうだ。探せるわけがない。
それでも。
「逢いたいよ」
つい、声になった。
青い空を見上げて・・・前世のささやかな結婚式を思い出す。
綺麗な花が咲いてたよ
これにしよう
花婿さんも、ほら
うん、格好ついたかな?ふふ
綺麗な青だね
小さな花がいくつも付いている
君の瞳の色みたいだ
忘れないわ
今日の事
僕もだ
まあ、忘れる事は無いわね、この花は・・・・
「あ、ああ!!ああ・・!」
「きゃっ?」
僕は思わず声を上げた。
気付かないうちに側に誰かがいて、声で驚かせたがそれさえ気付く事はない。
今思い出したのだ。
花の名前は・・勿忘草。
君は『忘れないわね』って言ってた。
僕は忘れてしまっていたけどね。男は花の名前なんて忘れてしまうもんなんだよ。
「勿忘草だ・・・忘れてたけど・・フェアギスマインニッヒト」
日本語では勿忘草。俺の前世ではvergissmeinnichtと呼んでいた。
「ドイツ読みね、勿忘草」
「・・え?」
側にいる人物に、僕はようやく気が付いた。
眼鏡を掛けた真面目そうな顔の女性。
「忘れちゃった?ルドルフ」
「ベルタ・・?」
足元には鉢植えの勿忘草があった。
彼女も花に関わる処にいれば、いつか僕と会えると思ったそうだ。
だから大学で植物の研究を専攻したと。
僕よりも賢いのは変わらない。前世でもそうだった。
今彼女の歳は僕よりも2つ上だ。先に死んだ弊害か?
イケメンの背の高い大学生が花屋でバイトしていると聞いて、僕だったらいいな〜なんて思ってやって来たとか。
いや僕なんてイケメンじゃないでしょ。前世では確かに美男子だったけど。
「それをいうなら私だって。眼鏡だし」
「そんな事はない、ベル」
眼鏡を外してやると、長いまつ毛に栗色の瞳が輝いている。
「ルド、もう、返してちょうだい。見えないわ・・・あなたの顔が」
僕はちらちらとこっちを気にして見ている店長に声を掛けた。
「この花の鉢、後で買います!!」
そして花を2本ちぎり、ひとつは彼女に持たせて、もうひとつを胸につけようとすると、
「ルド、私が」
花をそっと僕から取り上げて、胸に付けてくれた。
僕は彼女の手を取る。
「青い空だな。あの日みたいだ」
「うん、綺麗な空ね」
二人で空を見上げる。
この世界は平和だ・・・
建物の瓦礫もないし、死体も無い。
風に乗って焼肉の匂いもする。
大勢の人々が歩いて、車の騒音もするが、前世を思えば楽曲のようだ。
「忘れなかったけど、忘れてごめん」
「それ、どういう事?」
勿忘草なのに忘れた僕に、君は声を立てて笑った。
奇跡はあるんだ。
僕と同じく君も僕をずっと思っていてくれた。
それからの僕たちの行動は早かった。
在学中だけど結婚をしたんだ。
新婚3日目で死んだ恨みというか。
新居には・・
僕が忘れないように庭には勿忘草が植えられた。
はは!もう忘れないって。信用してよ、ベル。
・・・君を諦めて、他の子にしようかなんて思った事は、墓場まで持っていく所存だ。