小章三 ルキルース
リティル達を深淵へ送り出したノインは、ルキルースを訪れていた。
「やあ、ノイン、来ると思ってたよ」
ノインが断崖の城の玉座の間に姿を現すと、待ってましたとばかりに、玉座からルキが飛び降りてきた。
「うちの風達がすまない」
「退屈しなくていいよ。それで?どうするつもりかな?」
話の早い幻夢帝に、ノインはフッと微笑んだ。
「リティルに、誰も殺させるわけにはいかない。セリアはいるか?彼女の助けがいる」
セリア?とルキは難色を示した。確かにセリアは、ずいぶんしおらしくなっていたが、力までもが落ち込んではいなかったはずだが?とノインはルキの言葉を待った。
「フラッフラだけど、あんなのでも役に立つのかな?」
「インファの為だと言えば、やる気も起きるだろう」
「フフフ、君のそういうところ、好きだよ。あのじゃじゃ馬は、隙あらば風の城に戻ろうとしてしょうがないからね。仕事でも与えておけば、ちょっとは静かになるかな?」
ルキがそういうか言い終わらないかで、廊下に続くアーチを越えて、セリアが玉座の間に走り込んできた。
「ノイン!インファには会えたの?あなた、行ってきたんでしょう?」
「いいや。オレは行っていない。セリア、身代わり宝石を量産できるか?」
飛びついてきたセリアを引き離しながら、ノインはまったく普段通りの様子で本題を切り出した。
「え?ええと……誰かから生命力を奪い取れば作れるけど……」
ノインがインファに会いに行っていないことも予想外で、その上更に予期せぬ事を言われてセリアは戸惑っていた。彼女の顔色は正常に戻っていて、まだ少しやつれてはいるものの、大事ないようだなとノインは内心安堵していた。
「提供者は誰でもいいのか?」
「……ええ。何?どういうこと?」
「予知夢を見たのだろう?オレの意図するところ、わからないか?」
「ああ、なるほどね。でも、それ自体を止めるんじゃなくて、あえて止めない方向?」
足下にいたルキは、ニンマリと笑った。
「リティルも、やりたくてやるわけではない。城の皆には、抵抗するなと言っておくが、治まらない者も多い。オレ達は誰も死ぬわけにはいかないからな」
ごもっともと、ルキはニヤリと笑いながら頷いた。
「止められないの?」
「未来を変えることは難しい。オレ達が干渉したことで、そこへ至る道筋は変わっても結末は変えられないかもしれない。だが、足掻くことをやめるわけにはいかない。オレの役目は、一家をリティルの手から守ることだ」
「ルキ様!ミリスにもう一度会えない?」
「セリア、ミリスがわかるのは、未来のことだけだ。これ以上問うても、彼女を困らせるだけだ。リティルが暴走しないことが1番だが、リティルが暴走するのはインファを狩る前だ。彼を狩ることがきっかけではない。彼女の話だけでは引き金は不明だ。今オレが思いつけるのは、暴走したリティルに誰も殺させないということだ」
セリアは泣きそうな不安な顔をしながらも、頷いた。
「リティル様には内緒なのよね?」
「そうなる。だが、オレがずっとそばにいる。たとえ、第1犠牲者になっても」
「……インジュが戻ってきたら、ここに来させて」
セリアは俯いたまま、腹を決めた声でそう言った。
「インジュでなければならない理由は?」
「気兼ねがないからよ!吸い取られる方、結構キツいの!インファだって、意識……失った事、あるし……」
顔を上げたセリアは、最初は威勢がよかったが、最後は尻すぼみだった。
「インジュは戻らない」
「え?」
「インジュは性格的に、インファから離れない。その役、オレがやろう」
セリアにとってはとんでもない申し出で、彼女は機敏にノインから距離を取ると、ワタワタと両手を振った。
「えっ!ダ、ダメ!ノイン、リティル様のそばにいるんでしょう?戻れなくなるわよ?少し残ってるけど、10個は作らないといけないんだから!」
フッとノインは微笑んだ。そして、彼は「フロイン」と妻の名を呼んだ。
ノインの体から、インジュに似たキラキラ輝く金色の風が立ち上った。風はノインの両肩に、そっと後ろから手を置く女性の姿に落ち着いていった。
日の光に照らされたような、キラキラ輝く金色の波打つ髪がゆったりと、彼女だけの風になびいていた。
女神――その言葉がとてもピッタリくる、豊満な肉体を持つ、雄々しいオウギワシの翼を生やした美しい風の精霊だった。
ノインは肩にある、存在感だけはしっかりあるフロインのその手に触れながら、神々しく微笑む妻に微笑み返した。
『わたしの霊力は無尽蔵よ。霊力を補充すれば、ノインはそれを生と魔の変換で生命力に変えられるわ。ノインは大丈夫よ』
「そういうことだ。気兼ねはいらない」
同時にセリアに視線を戻した2人は、生命力を吸い取られるという苦行を前に、まったく臆した様子はなかった。
そんな2人の様子に、セリアは「そうだけど……」とため息交じりにつぶやいた。
「こんなことインファに知られたら、怒られちゃうわよ!」
「黙っていればいい。彼は死んでいる。知るよしもない」
ノインは余裕の表情で、フフと涼やかに微笑んだ。
「もおおお!わかったわよ!ガッツリ吸い取るから、覚悟してね?ノイン」
「気兼ねはいらないと言っている。セリア、インファの生命力で作った宝石は使うな。新たに作ればいい」
ノインの態度は、ずっと柔らかいままだった。彼の肩に手を置いているフロインは、ここではない風と光の中にいるようだった。
2人で1つみたい……セリアは、なかなか姿を現さないフロインと、何者にも断ち切れない信頼を結んでいる彼等夫婦が、時々羨ましかった。
風の王の守護鳥・フロイン――リティルの守護する原初の風の半分から具現化した、肉体という概念の希薄な精霊獣だ。ノインには、可愛いオウギワシと言われたり、幽霊女房などと呼ばれていた。
ノインと結んだ婚姻と、リティルの中にある本体である精霊の至宝・原初の風との間を自由に行きして、2人を助けているのだった。