小章 深淵
深い闇の底から、誰かの声がする……
「インファ、目を覚ませ。そなた、危ないところであったぞ?」
――あなたは……誰ですか?
「この場所を任されておる者だ。インファよ、そなたに問う。力が欲しいか?」
――いきなりなんですか?思い出しましたよ。あなたは、オレを暗殺した者ですね?
「ハハハハハ!まあ、細かいことは気にするな。どうだ?挑戦してみぬか?もっとも、挑戦するか死ぬかしか、道は残されておらぬがな」
――一択ではないですか。オレに選択の余地はありません
「生きる方を選択せよ。美しき無様な風の精霊よ」
――わかりました。潔く逝きます
「待て待て待て!なぜそうなるのだ!」
――誰かの思惑に乗るのは、気分がよくありません。それに、風の王の息子が、死を受け入れられないでどうします
「気高い男よ。まあ、待て。死を選択するのは話を聞いてからでも遅くなかろう?」
――仕方ありませんね。オレが迷魂としてリストに載る前に、お願いしますよ?
こうしてインファは、声に誘われたのだった。
『――というわけで、ここに来たわけですが、オレはいつまでここにいればいいんですか?』
「なんだ、そんなことか。それはそなたが、生き返るまでだ」
『生き返るなど、物騒なことを言わないでください!そもそも、暗殺する必要がありましたか?オレの体、返してください』
「そなたのあの脆弱な肉体がじゃまだったのだ。仕方なかろう?それにしても、そなた、筋が悪いな」
『なぜ、できると思ったんですか?むしろ、そっちのほうが疑問ですね。そんなに器用ではありませんよ?』
「そのようだ。ワシの見込み違いだ。気に病むな!」
『口が悪いですね。地味に凹みますよ』
「ハハハハハ!そう言うな。これが成功すれば、そなたの不具合すべて正せる」
『それも、風の王が気がつくまでですけどね。外ではどれほどの時が経っているかわかりませんが、今のオレは風の獲物です。見つかる前に復活しなければ、父の手で狩られてしまいます』
「そうだな。15代目は正しい風の王だからな。息子に甘い顔はせぬだろう」
『その上優しいですからね。素ではオレを殺せませんよ。オレの為に、父の心を壊すことは回避せねばなりません』
「では、ほれ!精進せい。……15代目か、気になる男よ」
『触らない方がいいですよ?父は特殊ですから』
「そのようだ。だが、あのままというのもな」
『親方、どうにかできますか?』
「見てみぬことには……そなた、父のことより自分の心配をせい」
『あなたが話題を振ったんですよ?』
「ハハハハハ!そなた、父と息子のことになると饒舌だな」
『そんなことはありません。あなたの話題の大半が2人のことだからです』
「ほほう?では、奥方との馴れ初め、そろそろ聞かせぬか?」
『イヤです』
「ハハハハハ!そなたの宝石、戻るまで城にあるとよいな」
『……戻れたら、迎えに行きますから、問題……ありません……』
「そなた……そんなに落ち込むことはなかろう?意外な弱点だな」
『集中したいので、放っておいてください』
姿の完全に透けたインファの前には、円形のレンガ造りのプールがあった。その中で燃える金色の激しい炎に向かい、インファは両手をかざして瞳を閉じた。彼の傍らには、腕を組んでいるらしい大柄な男性の影があった。