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小章六 リティルの精神世界

 リティルの中で、ずっと攻防が繰り広げられていた。それは、リティルがまだ風の王になる前まで遡る。

優しさで傷つくリティルを守ろうと、殺戮に手を染めようとするオオタカとオオカミを、鎖は封じ込めてきた。

インと共に次代へ繋げると誓って作り出した”リティル”の為に。

 養父を殺され、力に恐れを抱いた幼いリティルを、養父と入れ替わるようにリティルの中に目覚めたオオタカとオオカミは、暴力で守ろうとしてしまった。狩ることでしか幼子を守る術を知らない彼等と、リティルとの溝は深まるばかりで、傍観していたレルディードは、手を出さざるを得なかった。

レルディード自身、ここにまだ存在していることに、初めは戸惑っていた。なぜなら、リティルを造る儀式の時にはすでに、死んでいたのだから。それがまた、目を覚ますなど彼自身も思ってもみなかった。その理由はおそらく、不完全な状態での融合の中断だろう。意識を取り戻して、レルディードは驚いた。リティルはまだ、13才の子供だったからだ。本来なら、青年と呼べる年に風の王として目覚めるはずだった。インがそう言っていたのだから。融合は不完全だった。故に、殺戮の衝動も融合しきっていなかった。風の王のオオタカと、ウルフ族の闘志が形を得たオオカミ。本来存在しないはずのオオカミが、リティルの中に殺戮の衝動として目を覚ましてしまったのだ。

 血肉を糧に生きる獣と鳥。御せば、リティルは何者にも負けない力を手にできるだろう。

しかし、まだ心が未熟なリティルには、強すぎる彼等を御することはできなかった。そればかりか、恐れてしまった。

「力は、使い方次第だ。なぜ、そんなに恐れるんだ?」

物心ついたときから、死と戦いが身近にあったレルディードには、リティルの恐れがすでに理解できなかった。力があれば、死なない。力を欲し続けたレルディードには、贅沢な恐れに他ならなかった。

こんな心で今まで生きてこられるほど、守られてきたリティルが、腹立たしく羨ましかった。だが、インがこうやってリティルを慈しみ育てたのだ。それには意味があるのだろうなと、興味があった。

「怖いんだ。奪っちまうことが、怖いんだ!1度でも奪ったら、オレは、オレは化け物になっちまう!」

化け物?レルディードは、リティルと対峙した心の中で、怯えて蹲るまだ子供のリティルの背中を見つめながら、散々殺してきたオレは、化け物なのか?と思った。

手の汚れていない綺麗なリティルが、こんな心で、どうやって殺しを生業とする風の王になれるのか、それを導けないレルディードは途方に暮れた。こんなリティルから離れる選択をしたインの行動が、とても信じられなかった。リティルがもし野生の猛禽だったなら、親に見放された時点で死んでいる。そうでなくとも、野生の猛禽は産まれてから1年生き残る確率は低いというのに。

「イン、あなたはひな鳥は、勝手に狩りを覚えると思っていたのか?猛禽の雛も、親鳥からそれを学ぶんだ。オオカミもそれは同じで、オレも、殺しは仲間から習ったんだ。その役、あなたがやらないで、誰がリティルを導けるんだ?」

インを失い、そんなリティルを拾って育ててくれた養父の死で、目覚めたオオタカとオオカミは、狩りを教えようとしていた。しかし、リティルは養父が殺されたというその事実に、過剰に命を奪うことに抵抗を感じていた。

心は恐れだらけなのに、外ではケンカ三昧で、その頃のリティルは呆れるほどアンバランスだった。それを、リティルの内側にいる者達は誰1人導けずに、途方に暮れてしまった。

それでもリティルは、徐々に成長していった。

 レルディードが、オオタカとオオカミをその身で縛ろうと思ったのは、リティルが虐殺から生き残った幼い子供を引き取ったからだった。家族や仲間を殺されてしまったその子の為に、リティルは内側で暴れる殺戮の衝動達に、真っ向から抗うようになった。なぜ拒絶されるのかわからずに、オオタカ達は哀しみを募らせていた。レルディードは、彼等とリティルとの溝をこれ以上広げないため、なぜ封じられるのか理解できない彼等を、強引に封じ込めた。それ以外に、リティルを守る方法を思い付かなかった。

 それから、憎まず、怒らず、優しさを持って命と接するリティルを、息を潜めて見守っていた。インに見つかれば、共に逝こうと言われてしまうと思って、リティルの心に戻ってきたインをも偽って。

よく、あんな心で命を奪えるなと、リティルを奇妙に思いながら、表情筋の死んでいるようなインを笑顔にしたり、慈悲だ慈愛だと言われて、笑顔を振りまけと強要されているリティルを、鎖の姿で観察し続けた。

産まれては消えていく命の為に、心を砕き続けるリティルは、脆く傷つきやすかった。それを支える、シェラとインファ。リティルを奮い立たせるインの生まれ変わりのノインが、守っていた。

リティルの傷を感じるたび、殺戮の衝動達は騒いだ。彼等は純粋に、リティルの心の守護者だった。レルディードは、そんな彼等を押さえ続けた。


 今回のこの暴走は必然だ。

殺戮の衝動の思考は至極単純だった。そこへ、リティルの過去2回の暴走で、断ち切られた鎖のレルディードは、彼等と混じってしまった。レルディードの思考が、彼等に影響を与えてしまったことは確かで、インファの不在で、精神の弱ったリティルは彼等につけ込まれたのだ。

彼等の想いは単純だ。彼等はただ、リティルが理不尽に傷を負わないようにしたいだけだ。

それが彼等の正義だ。

ただ、単純で純粋だったために、その正義は破滅しかもたらさなかっただけだ。

暴走と混乱。

やめろ!止まれ!と、リティルが叫ぶ声が聞こえていた。リティルの為にと行動していた彼等は、なぜそれをやめなければならないのかわからなかった。インファに、リティルと話せと言われたことで、何となく間違いを犯していることを理解した。

そして、彼等はリティルに捨てられる!と恐れてしまった。

ときに潔く、迷わずに断罪するリティルの姿を、彼等は知っていた。けれども、それがどういうときなのかを、彼等は理解していなかった。獣と鳥である彼等には、それを理解するだけの思考回路がなかったのだ。

 そして、暴挙ともとれる甘えで、インファに縋ってしまった。

インファの精神をリティルの中へ引きずり込んで、我々とリティルとの仲を取り持てと、唖然とするようなことを思い付いた。

それには、レルディードも驚いた。リティルと鎖によって隔てられていた彼等は、リティルを慕いながら、同時に酷く恐れていたのだ。そうしてしまったのは、長らく封じ続けて、対話の機会を奪い続けたレルディードの罪だった。

リティルの絶望は深かった。体の主導権を取り戻せずに、リティルは声の限り叫ぶしかなかった。

「やめろ!インファを、殺さないでくれええええええ!」

リティルの魂の叫びは、彼等を鈍らせ、インファはリティルにやっと近づけた。

しかし、インファの行動はリティルの望みとは違っていた。

「インファ!逃げろインファ!逃げてくれ……!」

絞り出すように叫ぶリティルに、インファが言った。

『聞いてください!オレが復活するためには、あと少し父さんの風が必要なんです!このままでは、オレは消滅するしかありません。先に逝っても、いいんですね?』

レルディードは、咄嗟にリティルを止めていた。リティルはあのとき、事もあろうに風の王の証に手をかけていたのだ。それをインファに与えてしまえば、確かに彼等の正義は崩れ去る。風の王が正義である彼等が、風の王でなくなってしまえばその行いは正義を失う。

彼等の暴走を止め、なおかつインファにリティルの風を与えられる。一石二鳥だったが、レルディードは止めるしかなかった。リティルの意志が阻害されたその瞬間、せめぎ合っていた彼等は体を再び掌握し、インファを弾き飛ばしていた。

「インファ……!」

炉に叩き落とされて、動かなくなったインファの姿に、リティルの精神が大きな傷を負うのを、レルディードはその腕の中に感じていた。

「レルディード、インファにこれを、渡してやってくれ」

リティルの覚悟を決めた声色に、レルディードはゆっくりと視線を顔に合わせた。

「リティル、それで止まったとして、その先をどうするんだ?インファがどういう存在なのか、おまえ、理解してるんだろ?」

インファは、風の王の副官。そういう存在として、産まれた、産まれさせられた精霊――。

レルディードにしてみれば、インファという存在は憐れだとしか思えない。生きる意味も目的も他人に決められ、抗うことの許されない道具。だのに彼は、その運命を1度も悲観せず憤ったことはなかった。それはなぜなのか、レルディードはその思考すら奪われているのだと思っていた。

「どうしようもねーんだ。オレは……不完全な王だった。それだけだ。インファを……16代目にする。風の王の証が、あいつを生かす!生かしてくれる!もう、オレに左右されないで、生きていける!」

インジュに背後から襲いかかられ、彼等は先にインジュの排除に取りかかった。レルディードは、インジュの意識があるうちに、リティルを説き伏せなければならなくなった。

インファを16代目の風の王に?それは、誰も望まない結末だ。背中を押すわけにはいかなかった。

「おまえ!インファをまだ利用するつもりか!あいつが受け取ったとしても、おまえがいなけりゃどのみち生きられないぞ!インファは、そういう精霊だろうが!」

「わかってるさ!けど、風の王の証に賭けるしかねーだろ!オレとあいつが死んだら、城のヤツらは何人死ぬ?何人生き残ってくれるんだよ!イヤだ……皆に、生きてほしいんだ……!オレ達は精霊なんだ!精霊ってだけで、オレなしじゃ生きられねーヤツがこの城にはいるんだ!インファは、その筆頭なんだ!あいつの死を食い止めれば、犠牲はオレだけですむんだよ!」

「オレだけ?無常は道連れになるじゃないか!リティル、おまえの命はすでにがんじがらめなんだ。おまえという王が消える時、おまえの築いたすべてが消え去るんだ。それが死だ。わかってるだろ?だからおまえは、救い続けてきたんだろ?だったら、おまえ自身も救え!自己犠牲じゃない方法で、救ってみせろよ!」

そう言ったレルディード自身、どうやって止めればいいのか策があったわけではなかった。掴んだリティルの肩は、細かった。レルディードは、細いと感じてしまった。

19才。リティルは19才のレルディードの姿だ。レルディードが死んだのは、25だった。リティルよりは逞しかったと思う。

不完全。

リティルは、計画通りなら25のレルディードの姿で王となるはずだった。

――イン……あなたが、手放しがたかったはずだな

必死に、風の王を全うするリティルを、風の城の皆が支えていた。その皆を、リティルは守ってきた。守ってきたリティルは、自分自身の守り方を知らなかった。

それを、インは気がついていた。だから、ノインをリティルのそばに送り込んだのだ。風の王・インという存在を捻じ曲げてでも。

ノインはずっと「イタズラに傷を負うな」とリティルを諭してきた。けれども、リティルにはそれが理解できなかった。

『リティル様!』

思わずリティルを抱きしめていたレルディードは、声の主を見た。

セリア?あの姿、意識体?リティルも同じ事を思ったらしい。レルディードは、腕を振り払われていた。

「セリア!ダメだ!オレの為になら、使う必要なんてねーだろ!おまえは、インファの妃だろ!」

声は聞こえなかっただろう。セリアは笑った。まるで、姉のような顔で。

『リティル様、戻ってこなくちゃダメよ?』

リティルがギリッと奥歯を噛んだのが、レルディードにはわかった。すべてを焼き尽くし迫る、宝石たちの煌めき。追われて逃げ惑うオオタカとオオカミをリティルは風で捕らえると、体の外へ自身の風を与えて解き放った。そして、レルディードを背に庇い、襲いかかってくるまばゆい光と対峙した。一切の躊躇いなく。

「セリア!」

高温の光となったセリアの意識を、リティルは抱き留めていた。放して!と藻掻くセリアを、リティルは風で包んで押さえ込んでいた。セリアの意識が、宝石の煌めきに灼かれないように守ったのだ。

「レ、ル――ディー・ド……イン……ファに・オ、レの、風……を」

セリアの光に精神を灼かれながら、リティルはレルディードに蓮の花の形に結晶した、自身の風を投げて寄越した。

「死・ななか――ったら、ま・た、会、おう――な……」

頽れるリティルの腕の中に、綺麗なままのセリアがいるのを、レルディードは見た。動かないセリアを放したリティルは、全身が陶器のようにひび割れていた。

地震が起こったかのように揺れ始めた世界。リティルの精神世界が崩壊を始めたのだ。だが、リティルはキッと諦めない瞳で虚空を睨むと、金色の荒々しい風を操った。

激しい風に顔を庇ったレルディードが気がついた時には、リティルの姿も倒れていたはずのセリアの姿もなく、ただ、優しい木漏れ日の差し込む森の中に、1人佇んでいた。なぜか懐かしいと感じる森だった。

「凄いヤツだよ、リティル。あの土壇場で、すべて救ってみせるなんてな」

――死ななかったら、また会おうな

そう言って、リティルは笑っていた。生きることを諦めないと示されて、レルディードは、何が何でもリティルを救わなければならなくなったのだった。


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