来客
そして家に帰ると風呂が偶々空いていた。母は未だにテレビを見ていたし、姉は普通に風呂を上がっていたようだ。その理由はもしかすると覗かれていた事を感じていたからかもしれなかったが、俺には関係なかった。
俺はそのまま風呂に浸かって体を温め、寝るための準備を整える。
浴室から出て俺は速攻で部屋に戻る。ここで誰かに会って何かを話したりしたくない。いつもの牛乳のルーティーンも省く。そんなもの飲まなくても問題なんてない。
俺は自分の部屋に帰ってきた。部屋の中は真っ暗になっている。そして電気をつけるが、壁紙も床も天井も全てが黒で塗りつぶされている。なぜそんなことをしているのかと言うとその方がよく眠れるからだ。真っ暗な方が光を吸収してくれて光が目に入ってこない。こんな最高の事があるだろうか。
しかし、それだけだと味気ない。ということで天井には寝る前に星を映し出すことがある。それでロマンチックな光景を見ながら寝るのも時々だと素晴らしい。ちゃんとタイマーをセットして寝れば寝ている最中も余計な光が入ることはない。
そして部屋に置いてある家具たちも黒くて光を一切発しないような物を選んでいるのだ。このお陰で俺の睡眠は最高のものを約束されているといってもいい。
寝起きを助ける遮光カーテンもいいものを選んだ。最初のバイト代はこれに使ったといっても過言ではない。なぜなら遮光カーテンを通り抜けてくる光が本当に邪魔だと思うからだ。それによって無駄に目が覚めたことは一度や二度ではない。だから俺は最初にこれを買った。そのおかげで今は明け方に無駄な光で起こされることはない。買って大満足だった品だ。
床などもしっかりと黒のカーペットが置かれ木目の床を見ることはない。ちゃんとサイズなども調整したのだ。素晴らしい睡眠をする為には労力は惜しまない。惜しまないが、今のこの状況はどうなのだろうかと思わされてしまう。なぜならこの完璧な俺の城にもどこかの監視があるかもしれないから。
これだけ労力と金を掛けた部屋を手放すのは惜しいが、正直プライバシーを守りたいという思いがある。というかそんな人に見られていると思うと、ゆっくり寝ようだなんて気持ちになれないと言った方がいいだろうか。
俺の悩みは尽きない。こんなに寝ることだけしか考えていないのに何でこんなにも邪魔ばかりが起きるんだろうか。
「寝よ」
俺は頭を振ってそんな考えを振り払い、いつものルーティーンを始める。
そして俺がルーティーンをやり始めて少しした時に、誰かが部屋をノックしてきた。
俺は絶望感に苛まれながらそのノックを無視する。そして既に寝ていると思われる様にじっと息をひそめた。ここで音を立てれば起きていることがバレてしまう。正直、今は家族の誰にも会いたくはなかった。
コンコンコン
しかしノックは諦めない。それどころはドンドン勢いは強くなっていく。誰だこんなノックの仕方をする奴は?母だったら声をかけてくるだろうし、父だったらこんな強いノックはしない。そして姉はそもそもノックをしない。
俺はこれからどうなるのかと思って見ていると、扉が勝手に開いた。そこにいたのは姉だった。
姉は夜は寝やすいということからジャージを愛用している。そして髪は大学デビューした時から明るい茶髪に染めていて、背中の中ほどまで伸ばしていた。そんな姉の表情は暗く何かに悩んでいるようでそこそこ形のいい眉を落としていた。
「どうしたの」
「何で無視したの」
「気付かなかっただけだよ」
「そう、ならちょっと付き合って」
「何に?」
「お話しましょ」
姉はそう言って扉を勝手に閉めて俺のベッドに腰を下ろす。それなりにいいやつなので座らないで欲しい。これっていいやつじゃんってそのまま持っていかれたら立ち直れなくなってしまう。
「話って何?」
俺は姉と距離を取るようにして勉強机の椅子に座る。その椅子も黒塗りのもの。更にその前にある机も当然黒塗りだ。昔から愛用しているから少し小さいが、他にいいものがないから仕方ない。
「何でそんな遠いのよ」
「別にいいだろ。それで、話って何?」
話をサッサとして出て行って欲しいという雰囲気は隠さない。兄弟にそんな気を使うことなんて何もない。
「最近さ、なんかストーカーに狙われてるみたいなんだよね」
「マジで?モノ好きもいるんだね」
「あ?これでも大学では可愛いって言われてんだぞ」
「お前ブスだなって、正面から言ってくる頭の悪い奴なんかそうそう居ないよ」
「そうだけどさ。他の女子の前でも言ってくるのよ?そりゃ多少お世辞もあるかもしれないけど、そう思ってる人もいるかもしれないじゃない」
「そういう奴に限って裏では君が一番かわいいけどねってどの女の人にも言ってるよ」
完全な想像でしかないがきっとそうだろう。馬鹿なやつばっかりだ。
「・・・まぁいいわ。それで。それを何とかする為に私の恋人役になってくれない?」
「はぁ?何で?意味わかんねえよ」
そんなラノベ的な展開は期待してねえ。というか姉に実際に言われるとマジでキツイな。
「だってその人が大学の人らしくて、私の交友関係とか皆知ってるんだもん。それで丁度いい人が思い浮かばなくって。少しの間でいいから!お願い」
姉が両手を合わせて頭を下げてくる。
「はぁ、それで何をすればいいの?」
余り気乗りはしないが姉の頼みだ少しくらいは聞いてやってもいいと思う。それに父からあんなことをされていると思うと多少は手伝って上げたいというか、優しさを見せてあげたいと思うような気分にさせられたといってもいい。
「今度数日でいいから一緒に街をぶらついて。それだけ見れば分かってくれると思うから」
「それくらいなら・・・まぁ。でも遊ぶ金は姉ちゃんが出してくれよな」
「あんた男なんだからそれくらい出しなさいよ」
「はぁ?そっちのお願いに付き合ってやってるのにそれはねえだろ」
「うぅ。分かったわよ」
「それでいつ行くの?」
「次の土曜日でいい?」
「うん、いいよ」
面倒だが、仕方ない。もしも対応せずに酷い目にあったりしたら流石に可哀そうには思うからな。多少面倒な存在だとしても昔は遊んでくれたりしたのだ。家族としての愛情はちゃんと持っている。
それにしてもどういう時にストーカーがいるって感じるんだろうか。その時にだけ俺が行けば簡単なんじゃないか?でも大学に行くのも変だよな・・・。それでも聞いてみよう。
「それでさ、どんな時にストーカーがいるって思うの?」
「それが大学にいる時と、家にいる時に良く視線を感じるかな。お風呂とか。だから家には来ないでどこかにいってるでしょ?友達の家に泊まりに行ってるんだ」
「それって・・・」
もしかして両親の仕業ではないか?と思わされる。大学は分からないが家は確実に父のせいだろう。そしてもしかすると大学の話は母が何かしているのではないか?と思ってしまう。
「何か心当たりあんの?」
「ないよ」
「そう」
危ない。気取られるだけで大変なことになってしまう。こういうことは黙ったまま、何もないまま姉が卒業して一人暮らしを始めた時に理解してもらおう。
「分かったよ。それじゃあまた今度ね」
これで話は終わりだ、サッサと帰ってもらって今日は寝よう。色々あって疲れてしまったよ。
「なんか冷たくない?もうちょっと心配してくれてもいいと思うんだけど」
「そんなことないよ。じゃなかったら一緒に出掛ける何て言わないでしょ?」
「そうだけどさ」
「今日はちょっと色々あって疲れてるんだ。だから今日は寝させて」
「・・・分かった」
姉はそう言って部屋から出て行った。
「お休み」
「お休み」
久しぶりにそんな言葉を交わした気がする。