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26号

 昼食を終え、俺は部屋へ戻った。

 アダルトサイトを開き、機械の姉妹に報告するでもなく、コンテンツを探す。俺は特に人妻好きというわけじゃない。もっと平和なのがいい。

 などと検索していると、廊下からひょこりと佐々木双葉が顔を出してきた。

「いやぁ、いけませんなぁ」

 ニタニタしている。

 昼飯時は静かだったのに、彼女は態度を豹変させた。

 かと思うと、当然の権利のように部屋に入り込んできて、ベッドへ腰をおろした。

「いけませんぞ、二宮くん」

「なんなんだいったい」

「あたしさぁ、じつは見てたんだよねぇ、さっきの」

「さっきの……」

 警備ロボットのことか。まあ秘密兵器なのに、主任は堂々と行動していたからな。誰かに見られても仕方がない。

 彼女はこう続けた。

「もじもじしちゃってさー、あれじゃ思春期の中学生じゃん! もっとガンガン行かなきゃ!」

「見てたのか!?」

「だから言ったじゃん。おにぎり食べてるとき、すっごい目が泳いじゃってさ。あたし、もう腹抱えて笑っちゃった。笑いすぎて少し漏れたよ」

「やめろ」

 とんでもなくウザすぎる。

 自称「恋愛上級者」みたいなツラだ。

「まあまあ、あたしの予想では、あの女、あんたに惚れてるね」

「大きなお世話だよ」

「ん? いいのかな? そんな態度とっちゃって。お姉さんが手伝ってあげるって言ってんのに」

「なにも知らないで勝手なことを。あの人、既婚者なんだよ」

 するとさすがに佐々木双葉も眉をひそめた。

「マジ? 結婚してんの? それであんなに媚び売ってんの? うわー、最悪じゃん。クソ女だよ。そういうの、女の敵だから。え、でもなんで結婚してるって分かったの?」

「指輪してたから……」

「出た! 童貞!」

 こいつケンカ売ってんのか……。

 俺もさすがにアダルトサイトを閉じ、スマホを置いた。

「なんでだよ? 左手の薬指だぞ? どう考えても結婚してるじゃないか」

「いやー、ダメだって。指輪くらい普通だから。若い女ってだけでナンパしてくるクソうぜーヤツいるじゃん? そういうの避けるために指輪するから」

「そんなの断言できないだろ」

「まあ断言はできないけど。でもこういう出入り業者ってナメられるんだよ。しかも相手は公務員でしょ? ちょっとでも隙見せると、すぐ遊ぼうとするワケ」

「ただの偏見じゃないか」

「いーや、偏見じゃないね。絶対あるから」

 公務員に恨みでもあるのか、こいつは。

 まあ俺はあるけど。公務員というか、主任とその一派限定で。

 彼女は興奮気味に続けた。

「とにかくさー、ちゃんと聞いてもないのに結婚してるって決めつけないほうがいいって。そもそも、結婚してたらあんなぐいぐい来ないよ?」

「分からないぜ。ピンチを救ったわけだから、何割増しかでカッコよく見えただけかもしれないし」

「まあたぶんそうだけど、行くしかないって。あんた、こんなことでもなきゃ女と付き合えないでしょ?」

「もっと優しく言ってもいいぞ」

「現実見なよ! ムリだから! ね? いましかないよ! あたし、応援してる! えっちなサイト見るだけの生活から卒業しよ? ガンバだよ!」

「……」

 なぜ彼女はあのビルで爆死しなかったのだろうか。代わりに、なぜか俺の心が爆死させられているではないか。この世界はクソだな。間違いない。

 俺が返事をしないので、彼女は溜め息をついた。

「あー、まあとにかくさ、ちゃんと本人に聞きなよ? ダメならダメでいいじゃん。次があるんだからさ」

「あるだろうか……」

「ウソでもいいから前向きになんなきゃ。人生進まないよ?」

「……」

 そうかもしれない。彼女だって、白坂太一にフラれたのに、こんなに前向きなのだ。俺も前向きにならなくては。いや、そうはいっても……。


 *


 午後三時になると、俺は内線で搬入口に移動するよう言われた。

 まだ早すぎるような気もするが。

 きっとまた鬼塚明菜が弁当を届けに来て、顔を合わせることになるのだろう。既婚かどうかを聞いてフラれるのはいいとして。しかし危険な戦いに巻き込むことだけは避けたい。


 五時過ぎ、鬼塚明菜が通りがかった。

「あ、またいた。先にお弁当届けてくるね」

 そんなことを言い、彼女は奥へ向かった。

 バイクでの移動中は岡持ちに弁当を入れているようだが、駐車場からは大きなビニール袋で運び込むようだ。まあ岡持ちだけでもかなりの重量になるからな。

 彼女は二往復してから、俺のとこに来た。

「なに? あたしのこと待っててくれた? でもごめん、おにぎりはないよ」

 ヤンキー少女がそのまま歳をとって、少し疲れたような感じなのに、本当に可愛く見えてしまう。きっと俺は、彼女のことを好きになってしまったのだろう。我ながらチョロすぎる。

「少し話せる?」

 俺が尋ねると、彼女は困ったような顔になった。

「ごめん。夜の仕込みがあるから。早く帰んないと」

「そう。じゃあいいや。また時間があるときにでも」

「長い話?」

「いや、大丈夫。今度にしよう」

 すると彼女は、また苦い笑みを浮かべた。

「今度、か。うん。ま、会えたらね」

「引き止めてごめん。気をつけて」

「うん。じゃあね」

「それじゃ」

 足早に行ってしまった。

 聞けば数秒で終わる話なのだが、どうしても聞けなかった。話には流れというものがあるのだ。いきなり既婚かどうか聞いたらおかしい。俺はなにもミスしていない。


 いや、感傷にひたっている場合ではない。

 いまは目の前のカプセルに集中しなければ。

 キャンセラーが稼働しているせいで、具体的な映像ヴィジョンは感知できないが、内部になにかがうごめいているのは分かる。

 まさか人間がそのまま入れられているなんてことはないと思うが。

 アメリカの衛星のように、内部に謎の生体部品でも使われているのかもしれない。


 それにしても暇だ。

 薬を過剰摂取した人間が必ず変異するとは限らないわけだから、カプセルの出番がない可能性もある。つまり、俺の時間がムダになった可能性がある。

 主任の野郎、きちんと別料金を支払ってくれるのだろうか。もしこれがタダ働きだったら、不慮の事故により、カプセルの中身が主任を襲うことになるかもしれない。


 暇になってスマホをいじる。

 充電していなかったせいで、電池が切れそうだ。これで動画なんて観たら数分でもたなくなるだろう。

「えーと、二宮さん? ちょっといい?」

「えっ?」

 通用口から、なぜか鬼塚明菜が戻ってきた。

 時間がないと言っていた気がするのだが。

 彼女は気まずそうな顔をしている。

「なんか、さっきの気になっちゃったから、話だけでも聞いておこうと思って……」

 クセなのか、しきりに前髪をいじっている。

「いや、今度でいいよ。俺もこいつ見てないといけないし」

「でも、なんか話あったんでしょ?」

「まあそうだけど、そんなにたいしたことじゃないから」

「そうなんだ……」

 しかし帰ろうとしない。帰ろうとはしているのかもしれないが、足を踏み出さない。

「その変なカプセルなんなの?」

「さあ」

「さあってなに? なんだか分からないのに見てるの?」

「主任に見てろって言われてて」

「じゃあ忙しいんだ?」

「まあね。君も帰ったほうがいいよ。忙しいみたいだし」

 少し言い過ぎたのは、自分でも分かっていた。

 彼女もむっとした表情になった。

「そうだね。帰れって言うなら帰るよ。べつにあたしに用があるわけじゃないし」

「うん」

「ホント帰るかんね? いい?」

「いいよ」

「あっそ」

 そして本当に帰った。


 心がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 話を先送りにしたのは彼女のほうなのに、いきなり戻ってきて、あんな言い方しなくてもいいだろうに……。

 俺も悪い。悪いことは認めなくもない。が、それでもやはり釈然としなかった。


 いやいや、余計なことを考えている余裕はない。

 目の前のカプセルに集中しなければ。

 心を乱せば余計な被害を出す。

 描かれたナンバーは「26」。

 地下で見た限り、「98」やら「101」というものもあった。もしこれがシリアルナンバーなのだとしたら、ずいぶんたくさん作られたようだ。なのに現物は二十体ほどしか残されていない。存在しないナンバーはどうなったのだろうか。


 ぼうっと考えていると、にわかに騒がしくなった。

「変異しました! 二宮さん、お願いします!」

 助手が血相変えて駆け込んできた。

「え、もう?」

「早く!」

「でも敵の姿を確認しないと……」

「時間ないんで! とにかく動かして!」

「えぇっ……」

 いいのか? AIが適切に判断してくれるのかもしれないが。

 彼の焦りようを見ていると、こちらも身の危険を感じる。この感情をそのままサイキック・ウェーブとして送り込めば、カプセルは戦闘を開始してくれるはず。

 かくなる上は、想像だけで敵の姿をイメージするしかない。72点おじさんのような、背の高いなめくじのような怪物。

 俺はパネルに頭をつけ、波を送り込んだ。


 ピロリンと電子音が鳴り、内部からかすかにモーターの駆動音が聞こえた。

 各種インジケーターがせわしなく明滅。

 かと思うとゴボゴボと音がして、プシューと排気。カプセル上部がゆっくりと開いた。


 現れたのは少女だ。

 それも、見慣れたオメガ種とは別種の、金髪碧眼の少女。いや、少年かもしれない。26号は立ち上がり、カプセルから出て、やわらかな裸足でコンクリートの床へ着地した。

 キョロキョロと周囲を確認している。

 敵を探しているのかもしれない。

 俺は「二階にいる」と告げたが、彼女はきょとんとしていた。だから指で上であることを示した。その指を掴まれた。

 意志が交わった。

 こちらの意志だけでなく、彼女の意志も。

 キャンセラーのおかげでなんとか心を潰されずにすんだが、おぞましい映像ヴィジョンだった。底なしの承認欲求。命令にはなんでも従う代わりに、愛されることを望んでいる。もし自分が殺されたら、その肉を食えとまで。


 彼女は背面からガスのようなものを噴出し、ヒュンとその場から飛び去った。

 俺も慌ててあとを負った。

 助手は「危ないですよ」と喚いていたが、構わなかった。


 二階へ到着すると、一体のモンスターが参加者を襲っていた。あの三人の中の誰が変異したのかは分からない。いや、ガタイのいい中年男性が死体になっているから、それ以外のどちらかだろう。

 今回のモンスターは、なめくじではなかった。林檎のような胴体で這い回る蜘蛛のような姿。

 動作はあまり速くないが、ケンケンパくらいの速度で移動できるようだ。

 林檎の上部から突き出た触手で、参加者のひとりを絞め上げている。というより、すでに死体になっているものを、さらにムキになって責め立てている。


 26号は滑るようにモンスターへ迫り、その触手にしがみついた。かと思うとアゴも裂けんばかりに口を開き、鋭い犬歯で噛み付いた。

 のたうつ林檎。

 投げ捨てられる死体。

 林檎が半狂乱で身をゆすると、26号も触手から振り落とされた。26号が急いで起き上がろうとすると、その真上から触手が叩きつけられた。顔面が変形するほどの衝撃。木っ端微塵になってもおかしくないエネルギーだ。

 26号は、しかしその触手にしがみついた。もう歯は折れてしまって武器にならない。だから強く握りしめ、力を込めてなんとか引きちぎろうとしている。林檎は苦しげに暴れるのみ。


 このままじゃ、26号が死んでしまう。

 加勢しなければ。

 俺は廊下の観葉植物を武器にしようと思ったが、持ち上げた瞬間、植木鉢が抜けそうになった。これは使えそうもない。となると、あとは椅子でも使うしかない。

 俺は手近な部屋へ侵入し、木製の椅子を借りて廊下へ戻った。

 膠着は続いている。

 俺は椅子を構え、全速力で林檎へ特攻した。衝突した林檎の胴体はぶよぶよとやわらかかった。ぐにっと深くへこみ、反動で俺は廊下へ弾き飛ばされた。


 こっちは転んだだけで特にダメージもなかったが、相手にもダメージを与えられなかったようだ。

 なんなんだよ、あのわがままボディは。


 すると、刃物を手にした佐々木双葉が、ニヤニヤしながら近づいてきた。

「なんで椅子なの? ネタ?」

「ほかに武器がないんだから仕方ないだろ」

「岡持ちは?」

「彼女ならもう帰ったよ。見てないで手伝ってくれ」

 佐々木双葉は、しかしサディスティックな笑みを浮かべた。

「んー、どーしよっかなー。なんかねー、いまいちモチベーションあがんないっていうか」

 こうして会話している間にも、26号は、触手にしがみついたまま何度も床に叩きつけられている。

「じゃあいい。俺がやるから。そのナイフ貸してくれ」

「貸さなぁーい」

「どこにあったんだ?」

「え? 給湯室だけど? でももうないよ。この一本だけ」

「頼むよ。あとはもう、君しかいないんだ」

「鉄砲は?」

「分かった。借りてくる」

「待って。あたしがやる。やるから、あとでひとつ命令聞いてね」

「命令?」

 すると彼女は、まだ話が終わってもいないのに、身をかがめてスプリンターのように駆けた。林檎の表面にナイフを突っ込み、走りながら一気に切り裂く。

 血液がざばと廊下へ漏れた。

 凄まじい量だ。触手で他人の血を吸っていたのだろうか。林檎は急速にしおれてゆき、触手も力を失った。26号は、その触手をブチッと引きちぎる。


 すべてが静止した。

 終わったのだ。

 たぶん。

「うっわ、最悪。血だらけになっちゃった……」

 佐々木双葉は返り血で真っ赤に染まっている。

 床に寝転がったままの26号も、大量の血液にまみれて溺れそうなほどだ。しかし生きている。かなり痛々しい姿ではあるが。


 26号は立ち上がれないらしく、弱々しい表情でこちらへ手を伸ばしていた。頑張って戦ったことを、オーナーの俺に褒めて欲しいのだろう。どうやら「認証」とやらは、そういう刷り込みをおこなうものらしかった。

 俺も応じるべく、彼女へ向けて踏み出した。


 しかし次の瞬間、26号の胴体がパァンと爆ぜた。

 内部から爆発したのだ。頭部や腕や下半身が分断され、バラバラになって壁にぶつかった。

 なにが起きたのだろうか。

 まさか、体内に爆弾が仕込まれていたとでも?

「ひっ……」

 いつの間にか近くへ来ていた助手が、壁にすがりつくような格好で床へ崩れ落ちた。手にはリモコンを持っている。

「これは?」

 俺が尋ねると、助手はぶんぶんとかぶりを振った。

「ち、違うんです! 終わったらスイッチ入れろって、主任が! 私は命令されただけで……こんなことになるなんて……」

 顔面蒼白になっている。

 戦わせるだけ戦わせておいて、用が済んだらコレか。あのクソ主任とは改めて「お話し」する必要がありそうだ。


(続く)

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