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 主任はスーツだからいいが、俺は患者着でうろついているから、職員たちから怪しまれている。

 まあいい。

 いっぺん施設外へ出て、俺たちは裏側から入り直した。

 同じ施設内なのに、完全に隔離されている。

 主任がカードをかざすと、ロックが解除された。鋼鉄のドアの向こうは一本道の通路。

「勝手に入っていいんですか?」

 俺が尋ねると、彼は不快らしく強い声を出した。

「いいんですよ! 私がいいって言ってるんだから!」

「そうですか」

 あの助手にバレたらまたガミガミ言われそうだが。ま、それは俺の知ったことじゃない。


 さらにドアを開くと、金属製の階段が見えた。下へ進むたび、キャンセラーの圧が高まってくる。主任はなにも感じないのかもしれないが、こっちは拒まれている感じがして気分がよくない。

 カンカンと鳴る足音が、だだっ広いエリアに反響した。

 ライトも最小限だから、奥がよく見えない。

 まあヘタレの主任が無警戒に進んでいるわけだから、特に危険もないのだろう。


 下までおりると、機械油のにおいがした。いかにも工場といった感じだ。

 壁際には、ずらーっと並べられたカプセル状のロボット。本当に、薬とかで使われている縦長カプセルそっくりだ。そいつに四本の足をつけたような形状をしている。カプセルだけでも、成人男性の身長ほどの高さ。中身は見えない。

 警備ロボットという話だが、武器はついていないようだし、あまり強そうに見えない。

「これが例の?」

「ええ、まあ……」

「サイキック・ウェーブで操作すると?」

「そうです」

 俺の質問には答えるが、主任は自分からはなにも言い出さない。この期に及んでまだなにか隠しているのか。

 俺はカプセルをよく観察してみた。

 それらはただ置かれているだけではなく、金属製の太いフレームでガッツリと拘束されていた。サイキック・ウェーブで動くということは、外部からの干渉でも動いてしまうのかもしれない。それにしてはあまりに厳重な気もするが。

「どんな感じなんです?」

「えっ?」

「こいつが俺たちを守ってくれるんでしょ? つまり戦うってことですよね? 武器は?」

「武器というか……まあ、全部中にあります……はい」

「サイキック・ウェーブで動くってことは、俺の命令で動くんですよね? 俺があとで自暴自棄にならないよう、いまのうち全部教えといたほうがいいですよ」

 すると彼は、ぎょっとして目を見開いた。

「ま、待ってください! そんなことしたら、あなただって無事じゃ済みませんからね!」

「しませんよ。そうならないためにも、詳細を教えてくださいって言ってるんです。そんなに危ないものなら、よく分からないまま使えないでしょう」

「もし変なことしたら、自衛隊が飛んできますから!」

「分かったから、使い方を教えてくださいよ」

 ムキになりやがって。

 かといって、ほかに頼める相手もいないのだろう。薬を服用した感染者に操作を任せるわけにはいかないから、あとは俺か佐々木双葉しかいないのだ。

 主任は渋々といった様子で、あるカプセルの脇に立った。表面には「26」とペイントされている。他のカプセルにも番号が振られているが、連番ではなく飛び飛びだ。全部で二十体はあるだろうか。

 手招きされたので、俺もそこへ近づいた。

「いまから認証してもらいます。あなたの出したサイキック・ウェーブだけに反応するように」

「認証?」

「ロボットの後頭部へ向けて、サイキック・ウェーブを出してください。どんな内容でも構いませんから」

 後頭部というか、背面には、白地に赤で「認証用」と書かれたパネルがあった。

「そう言われても、こんだけキャンセラー効いてたら、波も出ませんよ」

「限界まで近づいたらなんとかできませんか?」

「はぁ」

 このパネルに頭をこすりつけろってのか?

 どうしてもキャンセラーの出力を落としたくないらしい。

 主任がカードをかざすと、構内スピーカーから電子音声によるアナウンスがあった。

「管理者権限を確認。26号の認証を開始します。認証用パネルに、オーナーのサイキック・ウェーブを照射してください」

 俺は言われた通りに頭をくっつけ、挨拶代わりのサイキック・ウェーブを放った。外側から強く抑えこまれている感じはしたのだが、なんとか押し返した。

「サイキック・ウェーブの照射を確認しました。解析中」

 その後も定期的に「解析中」を連呼。

 やがてブーッとブザーが鳴った。

「解析が完了しました。正式な登録のため、再度、管理者権限の提示をお願いします」

 主任はしかしカードをかざさなかった。

 神妙な表情でこちらを見ている。

「あの、ひとつだけ約束してくださいね。私の指示があるまでは、絶対に使わないって」

「使い方さえ聞いてないのに、そんな約束できるわけないでしょ」

「してください、それでも」

「まあ、できる限りは」

 要求がいちいち勝手過ぎる。

 主任は溜め息をつき、カードをかざした。

「管理者権限を確認。26号をスタンバイします。危険ですので、離れてお待ちください」

 俺たちは距離をとった。

 するとカプセルを拘束している金属フレームごと上昇を始め、どこかの通路に入り込み、すぐに姿が見えなくなった。

「消えちゃった」

「搬入口に出ているはずです。私たちも戻りましょう」


 *


 俺たちが搬入口から入り直すと、倉庫のようなエリアに、ぽつんとカプセルのいるのが見えた。フレームはない。

 下からリフトで出てきたようだ。

「で、これはどう使えばいいんです? そろそろ教えてくださいよ」

 主任はしかしまだ渋っている。

「強い危機感をイメージとして照射すれば、起動するはずです」

「ここでやるんですか?」

「そうなりますね。動かせませんから」

 正確な重量は不明だが、人が運べそうな重さには見えない。フォークリフトでもなければ運べないだろう。

 俺はひとしきりカプセルを見てから、こう尋ねた。

「で、俺はずっとここにいることに?」

「夕方ごろには、ここにいていただけると助かりますね。ただ、それまでは自由にしていただいて構いません」

「キャンセラーは?」

「オフにはできませんので、またさっきみたいに近づいて波を照射してもらうことになると思います」

「分かりました……」

 まあやむをえないだろう。変異した連中は、とんでもない強さのサイキック・ウェーブを有している。それを撒き散らし放題にしておいたら、他の感染者の症状にも影響が出る。

「で、これ、俺はどう操作すればいいんです?」

「操作というか、勝手に動いてくれますんで」

「へえ、AIですか」

「ただ、ターゲットの選定だけはオーナーである二宮さんにお願いします。パネルに波を照射するときに、敵が誰なのかを刷り込んで欲しいんです」

「ミスったら大惨事じゃないですか」

「ですから、そこだけは間違いのないよう、くれぐれもお願いします」

 こいつの顔がチラつかない保証はないんだが。

 まあいい。

 そのときはそのときだ。

 主任はすると、「では、そのときにまた」と行ってしまった。

 カプセルの中身は、かなり危ないブツのはずだ。もしいま俺が起動させたら、たぶん自衛隊がすっ飛んでくる。ヘタするとここら一帯を焦土にされてしまうかもしれない。火葬してもらう手間が省けるが。


 などと突っ立っていると、弁当の配達を終えたらしい鬼塚明菜が通用口へやってきた。

「あ、二宮さん! よかった! もう会えないかと思ってた!」

 ポニーテールを揺らしながら小走りでくる。

 歳は三十近いはずだが、なんだか可愛く見える。

「今日も配達?」

「そう。よかったら、ちょっと話さない? 外にバイクあるから、そこで」

「いいよ」

 軽く応じたふうに見せかけたが、内心舞い上がっていた。俺も会いたいと思っていたのだ。


 施設は封鎖中ということだが、俺は特に断りもなく外へ出た。たぶん見つかったら怒られる。

 とはいえ、昼前の、春の穏やかな田園風景に囲まれていると、細かいことはどうでもよくなってくる。柔らかな日差し、うす青い空、ちぎれ雲。

 鬼塚明菜はエプロンのポケットからアルミの塊を出した。

「あの、これ、よかったら食べて? おにぎり。あ、ちゃんと手袋つけてにぎったから大丈夫。うち弁当屋だし、そういうのちゃんとしてるから」

「ありがとう。いま食べていい?」

「うん。助けてくれたお礼ね。あたし、おにぎり得意なんだ」

 もしかして俺、窃盗犯だとは思われていないのでは。

 実際、盗んだわけじゃない。借りただけだ。

 アルミホイルを開くと、塩にぎりが出てきた。あまり大きくない。しかも具ナシ。だが、塩と米だけの素朴な味わいが、春の陽気とよく合う。

「うまい」

「ホント? よかった。好み聞いてなかったから、中になにも入れなかったけど」

「ぜんぜん。うまいよ。ありがとう」

 クソ、結婚してぇな。

 だが俺は気づいている。彼女は既婚者だ。指輪をしている。ここで夢を見ると、あとで泣くハメになる。いや、泣かないかもしれないが、アダルトサイトの世話にはなるはずだ。人間とはいえ、しょせんは俺も動物なのだ……。

 俺が食べているのを、彼女はずっとにこにこしながら見ていた。人妻がこんなに無邪気な態度とは……。

 いや、いかんぞ。絶対にダメだ。他者の幸福を侵害してまで、俺は人生を楽しみたいとは思わない。そんなんだったら、万年アダルトサイトのむっつり野郎で結構だ。

「これお手拭き。あ、ゴミはちょうだい。持って帰るから」

「悪いね、なにからなにまで」

「大丈夫。助けてくれたお礼だもん」

 ホントに人懐こくて可愛い。

 こういうぐいぐい来るタイプに弱いんだよな。いや、彼女としては、来てるつもりもないのかもしれないが。俺の人生は勘違いだらけだ。


 急に会話が途絶えた。

 鬼塚明菜はしきりに前髪をいじっており、その手にはやはり指輪が見える。

 しばらくすると、彼女はこう切り出した。

「あのー、気を悪くしたらごめん、だけど。二宮さんって、なにかの病気なの?」

「えっ?」

「カッコがさ、入院してる人みたいだから……」

「あー、ええと、病気っていうか、あのー、ここでやってる研究に協力してて」

「研究?」

「政府のプロジェクトらしくて」

 この「特定事案対策センター」がなにをする場所なのか、彼女も把握していないようだ。というより、センターの正体はどこにも公表されていない。誰にとっても「謎の施設」というわけだ。

 今回の研究がフェスト関連であることは、外部に漏らすべきではあるまい。

 俺自身、ホンモノのフェスト患者ではなく、似たような「なにか」だし。

 彼女は小石を蹴飛ばした。

「じゃあ、終わったら帰れるの? どこ住んでんの?」

「埼玉」

「あ、関東だ。ちょっと遠いんだね」

「でもちょくちょくこっち来てるよ。いろいろ用があるから」

 彼女は笑みを浮かべているものの、しかし露骨にテンションがさがっていた。

「用? 誰か、会いたい人でもいたり、とか?」

「えーと、親戚の子みたいな……。というより、身寄りのない子がいて、そういう子を支援してる人たちと協力してて」

「へー、意外。仕事はなにしてるの?」

「基本はIT関連だけど、まあ、その時々で、依頼があればなんでも……」

 なにがIT関連だ!

 この無職め!

 俺ってヤツは、また恥ずかしいウソをついてしまった……。

 彼女もだんだん元気がなくなっている。

「ITってパソコン使うやつ? ふーん。すごいんだ。都会だし。あたし、高校もロクに出てないからさ、難しいこと分かんないけど……。あ、でも、ネットはするよ。SNSとか。二宮さんは?」

「情報収集には使うけど、SNSはほとんどやってないな。友達もいないし」

「あはは。でもモテるんじゃない? パソコンで都会って言ったら、合コンとかでモテそう」

「いやいや」

 無邪気で可愛いんだけど、イメージが貧困すぎる。都会でパソコン使ってるサラリーマンなんて山ほどいる。むしろそうでないサラリーマンを探すほうが大変じゃないだろうか。

 ま、俺はそのサラリーマンですらないという過酷な現実を直視せずにいるわけだけど。IT関連でもないし。昼間から部屋で缶ビールを飲んでる二十代後半の無職。終わってる。

 彼女は「さてと」とヘルメットをかぶりだした。

「じゃ、そろそろ行くね。付き合ってくれてありがと」

「こっちこそ、おにぎりありがとう。おいしかったよ」

「えへへ。またね」

「また」


 手を振って、俺はバイクを見送った。

 バルバルというやかましいエンジン音が遠ざかってゆく。

 なんだか逆に虚しい気持ちになってしまった。もしかして仲良くなれるかも、なんて思っていただけに、互いに溝があることを確認してしまうと、なんだか微妙な空気感になってしまう。

 溝というか、俺がウソをついたせいで勝手に気まずくなっただけだが。しかし彼女のテンションもおかしかった。まあ彼女は既婚者だし、いずれにせよあまり近づき過ぎないほうがいいかもしれない。


 けれども、おにぎりはうまかった。

 まだ口の中に、ほんのりとあまみが残っている。


(続く)

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