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アンダーグラウンド

 帰宅を希望する参加者が現れたが、職員たちは許可を出さなかった。警察に通報したものもいたらしい。もちろん警察は来ない。

 俺は構わず寝た。

 ドアはぶち壊されていたから、彼らの騒音を防げなかったが、ワーワーやってくれていたほうが、むしろ余計なことを考えずに眠れるというものだ。


 *


 翌朝、誰もが寝不足であった。

 快眠したのは俺と佐々木双葉だけ。

 廊下にはまだ血痕があり、肉片も転がっていた。死者は計五名。これを掃除するだけでも大変であろう。


 軽い朝食を済ませると、俺たちは講習室へ集められた。

「えー、本日は、昨夜起きた事案についての説明をさせていただきます」

 マイクを握ったのは、主任ではなく助手であった。


 クソ長いので要約するが、センター側の主張はこうだ。


一、末期のフェスト患者が、虚偽の申告により紛れ込んでしまったこと

二、当該人物が発症し、本事案を引き起こしたこと

三、本事案が、他の感染者の健康状態に影響を与えた可能性があること

四、法令に従い、本施設を封鎖すること

五、センター側の対応は適切であったこと


 参加者は「ふざけるな」だの「帰らせろ」だの怒号を飛ばしまくっている。「あの薬、大丈夫なの?」とも。警察の対応が渋いことへも苦情が出た。

 助手は困惑顔だ。

「以上は、あくまで現時点における当センターの見解でありまして……。もちろん、のちほど個別に対応の場を設けたいと思っておりますが、なにぶん状況の整理が追いついておりませんので……」

 職員も徹夜で対応していたようだ。

 主任の首が物理的に飛ぶ日もそう遠くないかもしれないな。


 *


 その日は試験も講習もナシとなった。

 というより、昨日の片付けがまだ終わっていないのだ。

 俺は自室のベッドに寝転がり、アダルトサイトを開いて機械の姉妹へいちおうの報告をした。72点おじさんが変異したこと、薬が過剰に投与されていたらしいこと、地下になにかいること、などなど。

 彼女の返事は、しかし「分かりました」とそっけなかった。


 佐々木双葉がひょいと顔をのぞかせた。

「ひまーっ!」

「……」

 ドアがないのでノックしろとは言わないが、せめてもう少し遠慮がちに入ってきて欲しいところだ。

 まあ俺としても、報告が終わったらあとは暇になるが。

 彼女はずかずかこちらへやってきた。

「またえっちなの見てるの? 二宮さん、ホントむっつりだね」

「勝手に覗くんじゃない」

「なに? 恥ずかしいの? なんか中学生みたい。ちょっと男子ぃー」

 なんだこのテンションは……。

 彼女は無遠慮にベッドに腰をおろした。

「でさ、昨日のどうだった? 連絡先交換した?」

「は?」

「あの弁当屋のお姉さんといい感じだったじゃん! どうだった? どこまで行ったの?」

 どっちが中学生だよ。

 俺は思わず吹き出した。

「少し世間話しただけだよ」

「はぁ? 名前は? 連絡先は?」

「名前は聞いた」

「コレだわ。むっつりの根暗だから」

「君は人の人格を攻撃して楽しいのか?」

 すると彼女は、きょとんとした顔を見せた。

「え、もしかして傷ついちった?」

「当然だろう。繊細なんだよ」

「あたしもエイリアンって言われて傷ついた」

「悪かったよ」

 まあこっちは傷つくほどではないが。正直、鬱陶しい気分ではあった。彼女が来ると、ひとりで思索する時間が持てない。


 かと思うと、彼女は急に口を閉じた。

 足をぷらぷらさせながら、室内を見回している。

「二宮さん、ちょっと相談していい?」

「なに?」

「神さまっていると思う?」

「えっ?」

 小学生のころは、誰かとそんな話をしたかもしれない。しかし大人になるにつれ、この手の話題は避けるようになった。

 佐々木双葉は、責めるような目でこちらを見た。

「バカにしてる? こっちは真剣に聞いてんの」

「いや、あまりに質問が難しすぎるよ。これまでいろんな人間がその問題に挑んできたけど、誰ひとり存在を証明できてないんだ」

「そうじゃなくて、二宮さんはいると思うの? どうなの?」

「俺? べつにどっちでもいい。いようがいるまいが世界は変わらない。仮にいたとして、どうせ出てきちゃくれないだろうし、きっとなにも特別なことはしないはずだ」

 それ以上のことは言いようがなかろう。俺の本心はどうあれ。

 彼女は不服そうだ。

「なんか偉そう」

「結局のところ、認識の問題なんだから、判断する主体である俺たちが決定するしかないんだ。偉そうで結構」

「もし……もしだよ? いまは神さまが眠ってるだけで、人の力で起こせるとしたら?」

「起こす?」

「それか、地面の中に埋まってて、それを引きずり出せるとしたら?」

「……」

 急に怖くなった。

 いったいなにを言い出すんだ……。

 彼女は冗談を言ってるふうではない。

「昨日さ、あのおじさんから取り出したサイキウム使ったら、ちょっと見えたの。地球の奥のほうに神さまがいて……。なんとなく理解し合えそうかなって」

「神……」

 あらゆる物質は、最終的に「鉄」となって安定するらしい。

 地球のコアも、どろどろに溶けた鉄だと言われている。その鉄を神だと主張されても、どうにもしっくり来ない。もっとも、人類はいま金属で回路を組んで知能を作ろうとしてはいるが……。

 そもそも、サイキウムでキマりながら見た映像について、真面目に議論する価値があるのだろうか。

 この施設はキャンセラーでガチガチに拘束されているから、俺たちのサイキック・ウェーブはどこにもつながっちゃいない。スタンドアロンで、オフラインの、ロンリー・プラネットだ。どこの誰にも触れることはない。ましてや地球の奥など。


 いや、とはいえ……。

 サイキウムによって得られた映像ということは、彼女の見た「神さま」は、72点おじさんの記憶の一部なのだろう。ランプ点灯試験の最中は、地上のキャンセラーも停止する。そのときおじさんの中に「神」らしきものが紛れ込んだ可能性はある。

 やはり地下にいる誰かが、俺たちになにかを呼びかけているのか。


 俺は飛び起きた。

「佐々木さん、その神っての、案外近くにいるかもしれないぜ」

「は?」

「ここの地下だよ。感じないか? ずっとキャンセラーが稼働しっぱなしだ。試験のときだけオフになったように感じるが、それでも地下ではずっと稼働してる。そこになにかいるんだよ」

 彼女も理解したらしい。

「あ、違和感の正体それかぁ。試験の最中、ずっと変な感じしてたもん」

「ただ、そのことは主任の前で言わないようにね。秘密にしたいらしいから」

「オッケー! 任せて! あたし、口はカタいほうだから」

 ノリが軽すぎる。

 だからといって疑うわけじゃないけど……。大丈夫かな。

 彼女も腰をあげた。

「じゃ、探検しよ!」

「いや、早いよ。まだなんの準備もできてない」

「は? 準備? なにそれ? そんなこと言ってたら、いつまで経っても始まらないんだけど!」

 俺に足りないのはこのフットワークだな。だが、足りないままでいい。俺は、他人が石橋を叩くのを待ち、しかも渡らないタイプだ。たまにどうでもよくなって突っ走ることもあるが、いまはどうでもよくない。

「少し時間が欲しい」

「少しってどんだけ?」

「今日はダメだ。本部に相談したいし」

「本部? なにそれ?」

 口を滑らせた。俺がスパイだということは、誰にも知られてはいけない情報だ。ヒントになりそうなことさえ言うべきではない。

「いや、あのー、とにかく心の準備ができてない。頼むから待って」

「いいけど……。なるはやでね。ここ、暇すぎるから」

「分かってる」

 なるべく早く、か。

 それでも施設の建築図面くらいは欲しい。事前に地下の構造を把握しておきたい。データが改竄されている可能性もあるが。

 機械の姉妹なら手に入れてくれるだろう。彼女に頼んでムリなら、他の誰に頼んでもムリだ。そのときは素直に諦めるしかない。

 あるいは、例の助手を巻き込むという手もある。彼は主任のやり方に疑問を抱いている。今後の安全のためとかなんとか言えば、乗ってくるかもしれない。なにせいま、だいぶ弱っているようだからな。


 佐々木双葉を部屋から追い出し、俺はふたたびアダルトサイトへアクセスした。

「図面が欲しい」

 俺がそう打ち込むと、彼女からはすぐに返事が来た。

「いいところに注目しましたね。しかし手遅れですよ。施工会社はすでに『倒産』していますから」

「マジかよ」

「前に私たちが閉じ込められた研究所と同じです。証拠を残すと、私のようなものに探られますから。すぐさま消去するようにしているようです」

「じゃあ地下の存在は証明できないと」

「いえ、証明できますよ。水道管や電気工事のメンテナンス記録が残っていましたから。地下フロアがあるのは間違いないようです」

 彼女が優秀すぎて、俺の出る幕がない。

 俺はもう、自分の頭で考えるのをやめた。

「なにがいると思う?」

「きっとオメガ種でしょうね。電力の消費量から推測するに、キャンセラーはレベル10を超える強さで稼働しています」

「深いのか?」

「かなり。推測では、地下は一層しかないと考えられますが、その一層がずいぶん深く掘られているようです。大型のオメガ種がいる可能性もありますね」

 前回、そういうデカいのに挑んで敗走するハメになった。俺が乗り込んだところで、一撃で挽き肉にされてしまうだろう。

「俺はなにをすればいい?」

「なにも。他の参加者と同じように過ごし、他の参加者と同じようにそこから出てきてください」

 ひとつも期待されてないってわけだ……。

 とはいえ、スパイというのは基本的にこういうものらしい。危険を冒さず、合法的に情報を集めるだけでいい。

 俺にピッタリの仕事というわけだ。

「分かった。またなにかあったら連絡する」


 そしてその「なにか」はすぐに起きた。

 内線が鳴ったのだ。

「はい、二宮です」

「お休みのところすみません。主任がお話ししたいと申しておりまして、大変恐縮ですが、執務室までいらしていただけませんでしょうか」

 例の助手だ。

 実際は助手ではなく、もっと違う役職なのかもしれないが。

「分かりました。すぐ向かいます」

 俺は受話器を置いた。


 *


 執務室には、いつものふたり。しかし俺が入ると、助手はすぐに席を外した。

「どうぞおかけください」

「はい」

 ロクに防音もされていない部屋なのに、わざわざここで話す必要があるのだろうか。

 目の前のテーブルには資料が並べられていた。参加者の顔写真までついている。履歴書ではない。様々な数値が書き込まれている。

 寝不足なのか、主任は見るからに調子が悪そうだった。

「この資料、どう思います?」

「なんです? 個人情報の取り扱いの杜撰さについて、なにかアドバイスすればいいんですか?」

「そういうのやめましょうよ。前も言った通り、あなたこっち側の人間なんですから」

「そっち側になったつもりはありませんが。まずは俺に質問を投げる前に、この資料がなんなのか説明してくださいよ」

 よほど疲れているのか、基本的な行動さえおろそかになっている。

「ああ、えっと、これはですね、各参加者のスコアなどを記録したシートでして……。えー、これ見てください」

 三枚のシートが並べられた。

 初日に少し会話をした中年女性、そして雰囲気イケメン、ガタイのいい中年男性の個人情報だ。この人たちがどうかしたのだろうか。

 主任はかなりの渋面だ。

「えー、じつはですね、昨日、あんなことが起こる前にですね、こちらの皆さん、カウンセリングにいらしたんです。で、うちから薬を処方しまして……」

「それで?」

「今朝、念のためですね、職員が残量を確認したところ、すでにほとんど飲んでしまったと……」

「……」

 適量は一日一錠だったか。いったい何錠出したか知らないが、もし彼らが過剰摂取したのなら、夕方過ぎには例のクリーチャーが三体同時に出現することになる。施設を封鎖したくもなるわけだ。

 俺はもう、溜め息さえ出なかった。

 参加者同士をスコアで競い合わせていたのだから、焦った連中が即座にパワーアップするべく薬を一気に飲むのは予想できていたはず。なのにここのクソ職員どもは、煽るだけ煽っておいて、まったく対策を打っていなかった。

「どうするんです?」

「で、ですから、また昨日のようなことが……」

「いまのうち、サイキストに招集かけといたほうがいいですよ」

「しかし長時間の拘束となると、予算が……」

「じゃあ警察にしたらどうです?」

「ダメ! 警察はダメ! 入られたくないから」

 やましいことをしている自覚はあるようだ。

 ただ、警察もダメ、サイキストもダメということになると、あとは自分たちでなんとかするしかなくなる。昨日はたまたまうまくいったが、今回どうなるかは分からない。

 主任が話を進めないので、俺が代わりに進めてやった。

「また俺に対応しろと?」

「いえ、えーと、じつはうちにも秘密兵器がありまして……」

「秘密兵器?」

「警備ロボットなんですが……えー、じつはですね、それがサイキック・ウェーブで操作するタイプになってまして……」

「えっ?」

 サイキック・ウェーブで操作する警備ロボット?

 脳波コントロールできる兵器みたいなものか?

 主任は内心それを使いたくないらしく、じつに複雑そうな顔をしている。

「で、ですね、それがここの地下に保管されてまして……」

「なんでそんなものが……」

「い、いえ、言えませんよそんなこと! だからあなたも見なかったことにしてですね、あくまで今日だけ、警備に使って欲しいと……」

 とはいえ、ただの警備ロボットのはずがない。もしそれが機械製品ならば、常時キャンセラーを浴びせておく必要もないからだ。

 サイキック・ウェーブが発生していないのならば、キャンセラーを使う必要はない。なのに使っているということは、サイキック・ウェーブを発する「なにか」があるということだ。あるいは外部からの干渉を防いでいるのかもしれないが。

 主任は立ち上がった。

「そうと決まれば、さっそく向かいましょう。いったん外に出ましてね」

 まだ承諾していないのだが。

 まあ地下に案内してくれるというのなら、見てやってもいい。そこになにがあるのかは俺も気になる。


(続く)

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[一言] 危険を冒さず安全にと言った舌の根も乾かぬうちにw
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