表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

エイリアン

 なにか新たな発見でもあるかと思ったが、しかし彼女の話は個人的な内容に終止していた。

 街にオメガ種が溢れ出し、市民の一部は建築中のビルへ逃げ込んだ。その後、彼らはビル内に定住し、ひとつのコミュニティを形成した。彼女もそこに住んでいた。

 つい数ヶ月前の話だ。

 彼女の話はこうだ。メシの調達が大変であったこと、時間帯によってはトイレが大混雑したこと、そのくせ誰も掃除をしないこと、末期のフェスト感染者が暴れると面倒であったこと、などなど。

 集団感染した不法占拠者の「あるある話」みたいな内容だ。そんなケースはもう二度となかろうけれど。


 さんざん個人的な話を聞かされた挙げ句、最後は「白坂さんとのセッティング、頼んだからね!」と念押しされて、俺は部屋へ戻った。

 確認のためアダルトサイトを開くも、特に進展はナシ。

 ひとりになり、やることもなくなると、途端に心が虚無になった。


 ここへ来る前、俺はシスターズの住む「進化ダイバーシティ研究センター」へ立ち寄った。機械の姉妹と打ち合わせするためだ。

 その時点で異変はあった。

 俺と特に仲のよかった「餅」というシスターズがいる。しかし彼女は、ビルで敵の変異種ミュータントにつかまり、凄惨な拷問を受け、人格の上書きまでほどこされた結果、俺のことを避けるようになってしまった。

 なのだが、俺が打ち合わせを終えて帰ろうとすると、おそるおそるといった様子で近づいてきたのだ。

 俺が「どうした?」と聞くと、彼女はふるふると首を左右にふった。用件を言わない。けれども、服をつかんで離さなかった。まるで甘えん坊の子供みたいだ。頭をなでてやると、彼女は顔をあげ、こちらを見た。きっと子犬のような顔をしているだろうと思った。

 が、まるで違った。

 彼女の表情は、少女のそれではなかった。罠にかかった獲物に満足するような、肉食獣の笑みだ。

 しかしそれも一瞬の出来事。

 彼女は手を離すと、さっさと部屋へ引き返してしまった。


 あれは俺の知ってる餅の顔じゃない。

 別の誰か……。


 *


 翌日、また試験が始まった。

 スコアの上位三名だけが別室へ案内され、残りの俺たちはまたランプ点灯試験だ。


 デスクに座らされ、ひたすら赤色ランプを見つめる。目がどうにかなりそうだ。いや頭も。

 開始早々、トイレ休憩や、喫煙所へ行く参加者も増えた。みんなやる気をなくしているのだ。どうせ自分たちは頑張っても上位へ行けないのだと。

 やる気という意味では、俺も似たようなものだった。自販機で缶コーヒーを飲み、田園風景を堪能してから、またテストルームへ戻った。


 人だかりができていた。

 昨日、12点だと落胆していた中年男性のデスクだ。ランプがまばゆく発光し、研究者たちも「凄いですよ! 新記録です!」などと興奮している。

 その本人は、しかしロボットのような顔でランプに集中している。

 過度に集中しているからだろうか。顔つきがまるで違う。たったの一晩で、人はこうも変わるのか。十万という額を聞いても1点しかあがらなかったような男が。

 すると、研究者のひとりが無邪気に言った。

「カウンセリングの効果、出てますね」

 つまり、ここのカウンセリングとやらを受けたわけだな……。


 試験が終わり、スコアが発表された。

 カウンセリングを受けた男のスコアは72点。もちろんトップだ。というより、普通に考えて危険なレベルの波が出ている。ランプに集中しているからいいものの、別のことに使い始めたら人格や身体が変異しかねない。

 そして二位以下は、いまだ30点にも満たない。それでも全体的な点数はあがっている印象を受ける。10点代がほとんどいなくなり、20点代に集中しているのだ。やる気は感じられなかったのに。

 俺は9点で最下位。加減をミスった。15点くらいを狙ったのだが。微調整が難しい。


 *


 昼休みとなり、上位三名と合流した。

 多くの参加者は、上位三名がどんな試験を受けたのか興味があるようだった。

 ガタイのいい中年男性が、揚々とこう演説した。

「なんか、機械に向けてサイキック・ウェーブを出すとさ、スクリーンに想像した通りの映像を出せるようになるんだよな。これって超能力なんじゃねーのかな。SFみたいっていうか。ま、楽しいからさ。みんなも来るといいよ」

 とんでもない得意顔だ。

 今日72点を叩き出したモンスターがいると聞いたら、どう思うんだろうな。きっと明日はそちらのテストに参加することになるが。


 一方、佐々木双葉はあまり元気がなさそうだった。

「二宮さん、ちょっと聞いてよぅ……」

 溜め息ばかりついて、食事が進んでいない。

「なに?」

「あたし、やっぱダメだって。頭ん中ぐちゃぐちゃしてさ。ぜんぜんまともなイメージが出せなくてさ。なんかAIが描いた絵みたいなの。たぶんサイキウム、キメすぎてたせいだと思うんだけど……」

 スクリーンにはさぞかしサイケな映像が投影されたことだろう。

 俺は思わず笑った。

「いいんじゃないの? 思った通りの映像なんでしょ?」

「なに笑ってんの? 研究者に『なんですかこれ?』なんて聞かれてさ。『もっと集中してください』って。あたし、なんも言えんかったわ……」

「それは研究者が悪いよ。どんな映像だろうが、心は心なんだから。人の内心に踏み込んでおいて、その正体を聞くほうが失礼だよ。ここがアメリカだったら訴訟沙汰だぜ。心は心なんだから、堂々としなよ」

 すると彼女は、ガッと勢いよくこちらを見た。

「え、マジ? そういう考え方、アリなの?」

「アリだよ。研究者がよくないよ。君は君なんだから、それをどうこう言う権利は誰にもないよ」

「だよね! やっぱそうだよね? あたし、自分の気持に素直なだけだもん。二宮さん、やっぱ分かってる! 卵焼きあげる!」

 さっきまで箸でつつきまくっていたものを、容赦なくこちらへよこしてくる。

 まあいいけど……。

 だが、ここで一言多いのが俺の悪いところだ。

「そもそも、他人と分かり合おうとするところからして間違ってる。他人なんて、所詮は意味不明な生き物なんだからさ、互いにエイリアンとでも思うしかないよ」

「は?」

「え?」

「いや、あの……。二宮さん、あたしのこと、エイリアンだと思ってるってこと?」

「まあ、たとえばの話だけど……」

 言葉のチョイスをミスったのは、言ってる途中で気づいた。ただし相手がスルーしてくれれば問題は起きないはずだった。

 彼女はスルーしなかった。

「ま、そうだよね。あたし、エイリアンなんだから、映像がぐちゃぐちゃでも当然だもんね」

 そして俺にくれたはずの卵焼きをパクリ。


 それにしても、脳内イメージをスクリーンに照射する試験とは……。

 じつはちょっと気になる。

 スクリーンに出るということは、立ち会った全員がそれを見るんだろう。もし凄惨な映像を出してしまったり、卑猥な映像を出してしまったら、どうなるのだろうか。あくまで研究の範囲だし、お咎めナシか。


 佐々木双葉は、とんでもなく渋い表情で味噌汁をすすった。

「ところで白坂さんの件、どう? 返事来た?」

「来たよ。よく分からないから断っておいてってさ」

「は? よく分からない? なにそれ? ちゃんと説明したの?」

「したよ。けど、すればするほど引いちゃってさ」

「なんで?」

「知らないよ。きっと好きな人でもいるんじゃないかな。分からんけどさ」

 すると彼女は完全にやる気を失ってしまい、ガックリと肩を落とした。

「なんか食欲なくなっちゃった。二宮さん、残りあげる」

「残り……」

「捨てたらもったいないじゃん」

「分かったよ。置いといて。あとで食うから」

「うん。ごめんね」

 そうしてひとり、会議室から出ていってしまった。

 まあ気の毒ではあるのだが、しかし俺もベストは尽くした。というより、白坂太一から「なんで絵文字w」「ちょっと気持ち悪いです」という哀しいツッコミを受けてまで頑張った俺のガッツも褒めて欲しい。やれることはやった。


 *


 午後、講習に参加。

 これはスコアに関係なく全員参加だ。

 怒りをおぼえたら少なくとも五秒は我慢しろだの、ゆっくり深呼吸しろだの、常にカメラで撮られていると意識しながら行動しろだの、アドバイスを受けた。とはいえ、内容はほぼ初日と同じ。飽きてしまって寝ている参加者もいる。

 話の最後に、研究者はこう締めくくった。

「昨日、カウンセリングを受けた参加者が、本日の試験で72点という好成績を残しました。心の安定がスコアとしてあらわれた好例だと思います。よろしければ、皆さんもお気軽にカウンセリングを受けてみてください。係員までご相談いただければ、すぐにご対応いたします」

 以上、解散。


 *


 休憩所には、ほとんど人がいなかった。

 みんなカウンセリングに殺到したのだろう。こうして自販機の前でくつろいでいるのは、俺と佐々木双葉だけ。

「なんなの、カウンセリングって。あたし、絶対受けないわ。どうせホントのこと言ってもバカにされるし」

 サイケな抽象画をバカにされたのがまだ許せないらしい。たぶんカウンセラーは別部門から来た専門家だとは思うのだが。

 俺は缶を置いた。

「ま、カウンセリングってのはあくまで表向きの説明で、参加者に薬を出すのがメインだろうね」

「薬? それってキマるヤツ?」

「キマらないと思うよ。あのおじさん、キマってるようには見えなかったし」

 おじさんとは言うが、老けているように見えるだけで、まだ三十代前半くらいかもしれない。となると、そろそろ二十代を終えようとしている俺なんかに、おじさん呼ばわりされる筋合いもないか。

 それはいいが、薬と聞いてキマるかキマらないか聞いてくるとは。いったい彼女のコンプライアンスはどうなっているのやら。

 まあ政府が後押しするプロジェクトで、信用ならないカウンセリングが堂々と行われている以上、コンプライアンスについて語るだけ虚しいところではあるが。


 *


 夕飯ののち、シャワーを終え、俺は自室へ戻った。

 機械の姉妹のご好意により、例のアダルトサイトは利用し放題になっている。あとで使わせてもらうとしよう。

 とはいえ、いまは正直そういう気分でもないのだが。


 12点だったおじさんは、たったの一晩で72点のおじさんに変貌してしまった。十万円を提示されても1点しかあがらなかった人物が、カウンセリングで60点もブチアゲたことになる。明らかに異常だ。

 処方された薬は、どう考えてもまともなブツではなかろう。


 俺は時計を見た。午後九時を少し過ぎたところ。

 消灯は十時。

 健康的な生活を強制されている。


 しかし俺は、正直、寝るのが怖かった。

 よくない夢ばかり見る。

 心臓がバクバクして飛び起きる。シスターズを殺す夢、殺される夢、あるいは死んだはずの少女が問い詰めてくる夢。そんなのばかりだ。外部から干渉を受けているわけではない。俺自身の焦燥が原因だ。

 ベッドに仰向けになり、俺はただぼうっと天井を見上げた。


 ウーとサイレンが聞こえた。

 どこかでなにか起きたのだろうか。ずいぶん近くから聞こえるが。

 続いて構内放送があった。

『緊急放送、緊急放送。施設内に不審人物が侵入しました。各員はすみやかにドアを施錠し、身の安全を確保してください。繰り返します。施設内に不審人物が――』

 事前録音された淀みないアナウンスだ。

 つまり、あらかじめ想定していた事態が起きた、というわけだな。


 俺は身を起こし、ドアを施錠した。

 こんなので防げるのかは不明だが。

 静岡市内の警察は機能している。誰かが通報すればすぐに駆けつけてくれるだろう。あとは部屋でおとなしくしていれば自動的に解決するはずだ。

 素直に警察が来てくれれば、だけど。


 廊下から声が聞こえた。

「違う! 違うんだ! 僕はね! 僕はこんなことをするつもりじゃなかったんだ! 誰か聞いてくれ! 誤解なんだ!」

 声を張り上げているのは、あの72点おじさんのようだ。

 まさか、不審人物というのは彼のことなのか?


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ