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根性論

 その晩、予想通りに悪夢を見た。

 外部からの影響ではない。

 俺の個人的な不安が表出しただけだ。


 いちど目を覚まし、給水器で喉を潤した。

 悪夢には慣れているはずだったが、それでも起きてしまう。


 部屋へ戻り、ベッドに仰向けになってスマホを確認した。特に新着はない。機械の姉妹からもコンタクトはナシ。

 アダルト動画を閲覧する気力も湧いてこない。

 朝になれば、またランプの前に座らされ、午後はクソみたいな講習を受けることになる。やがて誰かが薬に手を出して、なにか問題を起こすかもしれない。起こさないかもしれない。

 ともあれ、一週間で俺の役目も終わる。そしたら金を手に入れて、しばらくは安心して暮らすことができるだろう。


 なのだが、俺はこの施設に対し、言いしれぬ違和感をおぼえていた。

 そもそもキャンセラーの出力がおかしい。俺にしろ佐々木双葉にしろ、せいぜいレベル5程度の出力しかない。なのにキャンセラーは、体感で常時10くらいあるような気がする。

 いったい主任たちはなにを警戒しているのだろうか。

 ランプ点灯試験のときはスイッチが切れる。だが、それでもかすかになにかを感じる。

 まさかとは思うが、ここの地下でもなにかやっているのではあるまいか。


 俺はいちおうの報告と思い、例のアダルトサイトを開き、機械の姉妹へこう報告した。

「ずっとキャンセラーが稼働してる。地下になにかあるかも」

 返事はない。

 さすがに寝てるか。実際の年齢は不明だが、身体は少女だ。大人ほど夜ふかしできないのだろう。

 いや、返事が来た。

「さびしい」

 四文字のみ。

 俺は返事さえせず、スマホを放った。


 機械の姉妹が住む本部には、ほかにも彼女の同類がいる。通称「シスターズ」。計五名。どれも研究所で作られたオメガ種だ。いや、オメガ種ではなく人間なのかもしれない。一部の研究者からは「出来損ない」と呼ばれていた。

 最近、そのシスターズの人格に異変が起きているのだという。

 ふとした拍子に、まるで別人のように振る舞うことがあるのだとか。さっきの「さびしい」も同様の現象だろう。機械の姉妹なら絶対によこさない返事だ。

 シスターズの面倒を見ている各務珠璃も、鐘捲雛子も、そのおかしさに気づいている。なのだが、当のシスターズたちは、なにもおかしくないと言い張っているらしい。自覚がないのだろうか。いや、仮に自覚がなくとも、他の姉妹の異常な反応を見れば、おかしさに気がつくはずだ。

 きっとシスターズは、なにかを隠している。


 ま、俺に与えられた仕事とは直接関係のない話だが。雇用主が完全に正気を失わない限りは。

 朝になればまともなレスが返ってくることだろう。

 シスターズの管理は各務珠璃たちの仕事だ。俺がとやかく言うべき話じゃない。


 *


 朝、スマホを見ると、「さびしい」の四文字は消え去っており、代わりに「了解しました」とだけ残されていた。ログを操作したのだろう。こんなことなら証拠のスクショをとっておくんだった。


 会議室での軽い朝食を済ませ、俺たちは支度を終えて白い部屋へ入った。

 全員がデスクにつくと、そのときキャンセラーがオフになった。いや、オフではなく、レベルをさげられただけだろうか。まだどこかでかすかに起動している気がする。


「皆さん、おはようございます。昨日同様、本日もランプの点灯試験をおこなっていただきたいと思います。光の強さに応じてスコアがつきますので、ぜひハイスコアを目指してみてください」

 研究者がそう告げると、小太りの男が挙手と同時に質問を投げた。

「ずっとこの試験? もっとなにかないの?」

「はい。じつは三日目からは、成績優秀者を対象にした新たな試験をご用意しています。そちらの参加者へは、追加の謝礼として、一日あたり十万円を支払わせていただきます」

 どよめきが起きた。

 みんな無邪気すぎる。昨日のクソ講習で、あまり興奮するなと言われたばかりなのに。金がもらえるとなると即座にコレだ。まあ俺も興奮してるけど。

 機械の姉妹は、俺に二千万払ってくれることになっている。日に十万は魅力的だが、挑戦する必要はない。ここでハッスルして目立つほうが危険だ。


 すると、さっそくランプを点灯させる参加者が現れた。「おっしゃ」やら「できた」やら、ずいぶん興奮気味だ。昨日よりもずいぶん騒々しい。

 佐々木双葉もデスクに顔を近づけて、ぐーっと集中している。ずいぶんランプが明るい。


 金の力って凄いんだな。あるいは、参加者に成功体験を与えるべく、ランプが点灯しやすいよう細工したのかも。

 俺もかすかに波を出してみた。

 ほのかに点灯。

 力の込め具合と発光の比率までは分からないが、小さな出力ではかすかな発光しかしないことが分かった。

 ざっと見渡すと、どの参加者のランプも、あきらかに昨日より明るく光っている。


 やる気の問題、か。

 人間とて、結局のところは、外的要因に反射するだけの「自動機械」のようなものだと言われている。「自由意志などない」と断言する脳科学者もいるくらいだ。まあそれはいささか言い過ぎかとも思うが。

 数字のような分かりやすいものを提示されると、即座に影響を受けてしまう。これは間違いない。


 もちろん俺だって影響を受けている。冷静ぶっていられるのは、これまでさんざん痛い目にあった「経験」と、機械の姉妹の「二千万」が抑止になっているだけのことだ。そうでもなけりゃ、俺もみんなと同じリアクションをしていたことだろう。


 スコアが発表された。

 佐々木双葉が58点でトップ。俺が11点でビリ。他の参加者も、おおむね10点代から20点代ではあるものの、昨日より5点ほどあがっている印象だった。

 ケツを叩かれた馬のようだ。

 とはいえ、これで高止まりだろう。

 もし額を百万に釣り上げても、ほとんどスコアはあがるまい。仮に一千万やら一億なら、脳の血管がブチ切れるほど頑張るかもしれないが……。


 *


 試験が終わると、また強めにキャンセラーがかかった。

 これでは唐揚げ弁当の楽しみも半減だ。


「いやー、記録更新しちった。あたし、ヤバくない?」

 佐々木双葉の自慢話が始まった。

 今日も当然のようにとなりへ腰をおろし、幕の内弁当を食っている。朝はあまりうるさくないのだが、日が高くなるとともにテンションがあがってくる。昼はそのピークだ。勘弁していただきたい。

「凄いね。今日もトップだよ」

「でしょ? やっぱあたし、こういうの向いてるっぽい」

 こういうのって、どういうのだよ。サイキック・ウェーブを使った仕事なんて、そうそうないぞ。

 すると雰囲気イケメンがまた体を斜めにして話しかけてきた。

「なんかコツとかあるんすか?」

「え、コツ? いやー、やっぱ才能かなぁ」

「えー、それズルくない? 意地悪しないで教えてくださいよぉ」

「いやー、そう言われてもなぁー。やったらできちゃったっていうか」

 人がメシ食ってるときにクソ会話するのやめてくれないかな。

 いや、それでもこの弁当はうまい。ちゃんとした弁当屋に注文してるんだろう。市民の納めた税金が、きちんとこうして市民へ戻ってきているというわけだ。

 いや、俺ちゃんと税金払ってたかな……。消費税は払ってるけど。


 すると佐々木双葉が、俺の弁当に卵焼きを置いた。

「あげる」

「どうも……」

「でさ、どうだった? 白坂さん、あたしのこと好きになってくれた?」

 なるわけないだろ。

 というより、完全に忘れていた。

「ごめん。まだ連絡してない」

「は? なにそれ? 卵焼き返して」

 そして彼女は、イラ立たしげに卵焼きを口へ放った。

 信賞必罰が徹底されているな。きっといいリーダーになれるぞ。

「自由時間になったら聞くよ。ただ、昨日はこっちもいろいろあってさ」

「偉い人に呼ばれてたんだっけ? なんか言われたの?」

「俺が0点だったから、心配してくれてさ。でも大丈夫だよ。今日は11点だったし」

 クソ主任がクソみたいな言いがかりをつけてこない限りは、こちらもウソをついてやることにする。本当はぶっ殺したいくらいの相手だが。俺もいちおうは文明人だ。話の通じるヤツには、それなりの態度で応じる。


 すると気弱そうな中年男性が、がっくりと肩を落とした。

「僕なんて12点ですよ。昨日から1点しかあがってなくて」

 とほほ、とでも言い出しそうな顔だ。

 すると顔のテカったガタイのいい中年男性が、得意顔で応じた。

「そうやって気落ちしてるから伸びないんじゃないの? 根性だよ、根性」

 こいつはたしか、45点で二位だったな。

 昨日は40点代がいなかったから、少なくとも今日だけで6点以上伸ばしたことになる。金の力の偉大さを思い知るよ。


 *


 食事を終えると、また講習。

 今回も心理学じみた話だったのだが、最後にまたカウンセリングの話が出た。

「脳の活動を安定させることで、サイキック・ウェーブの出力を安定させることができることが分かっています。緊張などで本来の力を出せていないかも、という不安を抱えている方は、ぜひカウンセリングをご活用ください。専門のカウンセラーが対応いたします」

 そして薬を処方され、スコアが爆発的に伸びる、というわけだ。

 いや、これはただの邪推だけど。


 自由時間になってから、俺は一階エントランスで地図を確認した。

 患者着でうろうろしたから、周りの職員には怪しまれたかもしれない。しかし声まではかけられなかった。ただの変わり者だとでも思ってくれると嬉しい。

 地図を見たのには理由がある。

 もし地下があるのだとすれば、そこへ通じる階段があるはずだからだ。

 とはいえ、もちろん描かれてはいない。


 地下への入口は、施設外にある可能性もある。

 いや、そもそも「地下」という話からして、俺の妄想でしかないのだが。なにもないにしては、あまりに存在感がありすぎるのだ。


 すると、佐々木双葉が猛ダッシュで近づいてきた。

「ほらやっぱり! 連絡してくれてない! なにやってんの!」

 たくさんの職員が作業中だというのに、いきなり大声を出しやがる。

「ごめんごめん。ちょっと散歩してただけでさ」

「またそうやって意味不明なこと言うんだから。ほら、部屋行こ? ちゃんと連絡して」

「するする。するから」

 ガツガツしちゃってこの子は……。

 いや、でもこれくらいバイタリティのあるほうが、生きてるって感じがするのかもしれないな。俺みたいにあれこれ条件を並べ立てて、ひとしきり比べながら生きるよりも。


 佐々木双葉は部屋の中まで入り込んできた。

 これじゃあ新婚のお姉さんに家を追い出されるわけだ。しかも俺のスマホを勝手に回収し、起動しようとしている。

「なにこれ? 認証かかってる」

「普通はかける」

「いいから開けて」

「はいはい」

 指紋認証は使わない。パスコードだ。俺は彼女に見られないよう、隠して入力した。

「コソコソしちゃってさ。じゃあ電話して」

「電話? メッセンジャーでいいでしょ」

「じゃあそれでもいいから送って。佐々木双葉ちゃんっていう可愛い女の子がいるから会ってくださいって。ちゃんと絵文字も使って」

「……」

 可愛い女の子は、こんな山賊みたいなマネしないだろ。パワープレイにも程があるぞ。

 ともあれ、俺は言われるまま、絵文字まで使ってメッセージを送ってしまった。なぜ俺が白坂太一に絵文字を……。

 彼女は、しかし満足しなかった。

「さっきちょっと見えたんだけどさー、なんかえっちなページ開いてたでしょ? なんなの?」

 アダルトサイトか。

 たしかに今朝、そいつを開きっぱなしで放っておいた。認証が解除された途端、アレな広告が大写しになってしまった。

「間違って開いちゃっただけだよ」

「ないわー。男ってすぐそういうウソつくじゃん? 見たいなら堂々と見ればいいのに」

「はい、そうです。見たいです。もう用は済んだ?」

「いや、このあとも話あるから」

「まだあるの? なに?」

「言ったでしょ、暇だって。あのビルで起きたことについて、いろいろ相談したいし。なのに昨日急にいなくなるから」

「分かったよ」

 急にいなくなったのはクソ主任のせいだ。俺のせいじゃない。

 ともあれ、ビルで起きた事件については、俺も興味があった。


 ガイアというオメガ種が、あるビルの最上階に居座り、住民ごと支配していた。佐々木双葉はそのガイアに選ばれたひとりで、覚醒してサターンを名乗っていた。一度は能力を失いかけたものの、その後、俺と同レベルにまで回復したようだ。なぜなのかは不明だが。

 いや、不明というのも白々しいな。彼女はサイキウムをキメていた。きっとそれが影響しているのだろう。


(続く)

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