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 センターの地下には射撃場がある。誰も使っていないが。

 これからのハードな仕事に備えて、俺はCz75を一時間ほど撃った。結果は……まあ急にどうこうなるものではないようだ。

 腕の疲労感も強いので、筋トレもしておいたほうがいいかもしれない。


 部屋へ戻ると、珍客が顔を見せていた。

 以前、ともに研究所に立てこもっていた小田桐花子だ。春らしいパステルカラーのカーディガンを羽織い、ミディアムヘアをツインテールにしている。見たところ元気そうだ。

「あ、二宮さん。久しぶりぃ」

 愛想よく手を振ってくれはしたが、どこか戸惑っている感じだ。

 俺は会話に応じるため、彼女へ近づいた。

「久しぶり。珍しいね」

「うん、ちょっとね。青村のバカが逮捕されたって聞いたから……」

 そういえば逮捕されたままひとりだけ釈放されてなかったな。短気は損気とはよく言ったものだ。

「あの人なら、そのうち出てくるはずだよ」

「そうなんだ」

 なんだかじろじろ見られている。

「なにかついてる?」

「ううん。ただ、ちょっと顔が……」

「えっ?」

「怖くなったっていうか……。あ、ちがくて。もしかして痩せた?」

「そうかも」

 すさんだ生活を送っていたから、少し人相が悪くなったかもしれない。険しい表情をしていた自覚はある。しかし、今後はそんなこともなくなるはずだ。ここにいると穏やかな気持ちになれる。さんざん拳銃ぶっ放したあとに言うことでもないが。

 彼女は会話に詰まったらしく、すぅと息を吸いながら部屋を見回した。

「なんか人数増えてる」

「いろいろあってね。しばらくこっちにいるの?」

「まだ決めてない」

「そう。ま、ゆっくりしていきなよ。みんな自由にしてるし」

 会話が続きそうになかったので、それで切り上げようとした。

 が、彼女は「待って」と俺の腕をつかんだ。かなり緊迫した表情だ。

「なにか?」

「ちょっとアレなんだけど……下で話せない?」

「いいけど」


 *


 生活エリアを離れ、一階へおりた。

 が、そこでは佐々木双葉がテレビを見ていたので、俺たちは玄関から外へ出た。

 春の昼前の清々しい天気。

 日の光も強すぎず、暑くもなく寒くもなく、じつに快適だ。

 少し離れた駐車場ではジョン・グッドマンが半裸でバンを洗車していたが、会話を聞かれるような距離でもなかったので、俺たちはそこで妥協した。


 小田桐花子は言おうか言うまいか迷っている様子だったが、何度かうなったのち、こう切り出した。

「二宮さんさ、気づいてる?」

「なにが?」

「青村さんのこと……」

「サイキック・ウェーブを使えるってこと?」

 本人は隠しているようだが、観察していれば分かる。少なくとも俺には。

 彼女はぎょっとした表情になっている。

「えっ? それホント?」

「あ、えーと、じゃあ別件か……。あとは、ギターも弾けないのにギタリストを自称してることくらいしか知らないけど」

「それはあたしも知ってる。でも、そっか。二宮さんも知らないのか……」

 悩んでいるところ悪いんだが、ちゃんと説明してくれないと、こちらはうんともすんとも答えようがない。

 彼女は渋々といった様子でこう続けた。

「あたしら付き合ってたじゃん? でもさ、あいつ、ちっともあたしに興味もってなくて」

「そうなの?」

「ずっとさ、大統領のこと好きだったみたいなんだ。あいつ、仲間内で最初に遭難したじゃん? だから最初の半年間、大統領とふたりきりだったみたいで……。片思いしてたんだって」

「本人がそう言ったの?」

「うん。寝言で怪しいこと言ってたから、叩き起こして聞き出したの。そしたら白状して」

 意外というべきか、妥当というべきか……。

 大統領というのは、オリジナルの五代まゆを複製し、サイキック・ウェーブで進化させた「オメガ種」だ。研究における「唯一の成功例」でもある。厳密に言えば、俺たちと同じホモ・サピエンスではない。

 いまだに寝言で口にするということは、よほど思いが強かったのだろう。

 小田桐花子は溜め息をついた。

「それでね、あたしも悪かったんだけど、いろいろ言ってたら『もういい』って怒って家出ちゃって。そのままなの。で、久しぶりに各務さんに連絡とったら、逮捕されたっていうから、なんか心配になっちゃって……」

 となると、彼女は青村放哉がビルに乗り込んできたことさえ知らないのかもしれない。

 あの男が大統領に好意を寄せていたとはな……。大統領の最期に直面したとき、だいぶショックを受けていたのには気づいたけど。

 彼女はムリして余裕ぶった笑みを浮かべ、こう続けた。

「でもなんか納得した。サイキック・ウェーブに目覚めたってことは、あの人らと仲良くなれるってことでしょ? たぶんあいつもそうだったんだ……」

 裏側に敵意のようなものを感じなくもないが。まあ仕方あるまい。彼女にしてみれば、自分と付き合っていた男が、じつは自分に興味がなく、オメガ種のことを思い続けていたのだ。

 小田桐花子はいきなり地団駄を踏んだ。

「あーっ! もーっ! 急にイライラしてきた! あたし、なんであいつの心配してんだろ。もう別れたのに」

「いや、分かるよ。俺だって心配してる。あれでも仲間だしさ。でもすぐ出てくるよ」

「いつ?」

「それはまだ分からないけど……」

 ついでに言えば、いつ俺の私物が戻ってくるのも分からない。早くしてくれないと、またデートを盗聴されるハメになる。あきらめて新しいのを契約すべきだろうか。


 *


 小田桐花子が部屋へ戻ったので、俺はそのままジョン・グッドマンのところへ近づいた。

 ホースから飛ばした水で虹を作りながら、満面の笑みでバンを磨いている。ずっとだ。もしかして朝からやっていたのだろうか。というより、センター内で見かけないところを見ると、やはりこのバンで寝泊まりしているのだろうか。

「お、二宮どの! いい天気でござるな! ニンニン!」

 筋肉ムキムキで毛むくじゃらだ。

 これくらいのタフガイなら、ひとりで巨悪に挑めるかもしれない。ただし、刀ではなくアサルトライフルで武装する必要があるだろう。ランボーだって銃器は使う。

「精が出ますね」

「なんの。ただの趣味でござるよ」

 まあ趣味なんだろう。少々度が過ぎているようにも思うが。

「ちょっとアレなこと聞きますけど……。前に、俺ら一緒に立てこもりましたよね? あのとき、最初どんな感じでした?」

「んー? 太陽が恋しかったでござるな」

「先にいたメンバーは、みんな仲良くやってました?」

 青村放哉と大統領の関係を聞き出そうと思ったのだが、さすがに急ハンドルすぎたか。

 ジョン・グッドマンも不思議そうに目をしばたたかせている。

「仲は……正直そんなによくはなかったでござるよ。異様にピリピリしていて。小田桐どのがひとりで盛り上げていた印象でござる」

 記録によれば、第一回のツアー客は全滅している。第二回の生存者が青村放哉。第三回が鐘捲雛子。第四回が小田桐花子。そして第五回がジョン・グッドマンと少年。第六回が俺たちだ。

 あの当時、鐘捲雛子は妹を失ったばかりで、かなり殺気立っていたことだろう。

 遠回しに聞くのが難しかったので、俺は思い切って本題に踏み込むことにした。

「青村さんと大統領って、どんな感じでした?」

「んげふっ、げふっ」

 いきなりむせやがった。

 これはなにか知ってるな……。

「な、なんの話でござる? 拙者、よく分からんでござるよ。ニンニン」

 怪しいくらいの高速で車体を磨き始めた。

「まあ言いづらいならムリにとは言いませんけど。あの人、いまだに引きずってるみたいなんで、なんとかしたいなって思ってるんですよね」

 とか言いつつ、八割は下世話な好奇心なのだが。

 するとジョン・グッドマンも手を止めた。

「ううむ、そうでござるな。拙者も少し気がかりでないと言えばウソになるでござる……」

「ふたりは付き合ってたの?」

「いや、そこまで親密ではなかったようでござる。どちらかというと、青村どのが一方的に思いを寄せている感じで、大統領は避けていたように見えたでござる」

 大統領はあくまで中立的な立場を取りたかったわけか。あるいは別の理由があったのかもしれないが。単に好みのタイプでなかったとか。

 ともあれ、叶わぬ片思いだったということだ。

 なんとなく雰囲気はつかめた。

 俺が納得して話を切り上げようとすると、ジョン・グッドマンはさらにこう続けた。

「二宮どの、これは内緒の話なのでござるが……」

「ん?」


 *


 部屋に戻った俺は、コーヒー片手にぼうっと地面を見つめていた。

 微妙な話を聞かされてしまった。


 例の研究所では、大統領のコピーも大量に製造された。それらはすべて「失敗作」であり、言語による対話さえできず、人間を見かけるや襲い掛かってくるという厄介な存在だった。

 ジョン・グッドマンとコンビを組んでいた少年は、そのマネキンを狩り、手足を切り落として性欲の処理に使っていた。異常と言っていい行為だ。

 そして、なぜ少年がそんなことを始めたのかというと、青村放哉がやっていたのを見かけたからだそうだ。

 少年がそういう行動に出ていたことを、俺は青村放哉から聞かされた。だから彼は、しれっと自分のことを棚にあげ、少年のことだけ告発したことになる。

 いったいどういうつもりだったのだろうか。

 悪意だろうか。いや、俺の勝手な印象だが、ただの悪意ではなかったように思う。種を越えた行為についてどんな感情を抱くのか、反応を見られていたような気がする。


 ともあれ、彼がとった方法については肯定できないが、青村放哉は、興味本位ではなく、かなり本気でオメガ種に入れ込んでいたようだ。

 思えば、俺と餅の関係もずいぶん茶化された気がする。


 顔をあげると、ふらっと鐘捲雛子が近づいてくるのが見えた。

 少し間をあけてベンチに腰をおろし、こちらへ顔も向けずこう切り出した。

「新しい仕事、受けるの?」

「そのつもりだけど」

 ここの管理人だけあって、さすがに情報も早い。

 アメリカ派からの仕事をこなせば、俺たちをハメた悪人を成敗できるのだ。個人でやるよりはるかにいい。いいように殴られっ放しじゃカッコがつかない。

 彼女は呆れているのかと思いきや、意外なことに乗り気だった。

「じゃあもっと上手に戦えるよう準備しておいてね。足引っ張られるのイヤだから」

「君も出るのか?」

「出るよ。あの子たちを傷つけようとするヤツがみんな死ぬまで、私は戦うから」

「……」

 ひとりでも巨悪に挑みそうなヤツは実際にいるようだ。

 彼女は遠方を睨むような目になり、こう続けた。

「しっかりやってよ。私の後ろを預けるから。青村さんはしばらく出られないと思うし」

「長くなりそうなの?」

「対立してる派閥が、警察に圧力をかけてるみたい」

 警察も大変だ。同じ組織から真逆の圧力をかけられて。ま、問題を起こしてしまった以上、しばらく出られないのは仕方あるまい。

 さて、そうなると、俺と鐘捲雛子のふたりでワンチームということになる。ハードな仕事に当たるなら、もう少し頭数が欲しいところだ。それも銃を扱えそうなメンバーが。思い当たるのはひとりしかいないけど。


 *


 夜、屋上で景色を眺めていると、五代まゆが来た。

 満月だ。

 流れる雲が淡く月へかかっては通り過ぎる。上空は風が強いのかもしれない。遠からず地上でも春の嵐が吹くのだろう。


「眠れないのか?」

「べつに」

 互いに無地の浴衣だから、病院の患者が集まっているように見える。

 俺は鉄柵に寄りかかっている。

 彼女は身長が足りず鉄柵に寄りかかれないから、両手でしがみつく格好になった。

「神さまは見えた?」

「えっ?」

 予想もしていなかった質問を投げられて、俺は思わず彼女を二度見してしまった。

 彼女にふざけた様子はない。ごく真面目な顔で、闇に閉ざされた景色を見つめている。

「前に言ったでしょ? 宇宙から神さまが見えたって」

「それは死んだ人間の残像だよ。たぶんなにも考えちゃいない。エネルギーを反射するだけのエリアだ」

「なんでもいい。私には神さまに見えたんだから」

 もちろんだ。信教の自由はある。俺も彼女の思想をどうこうするつもりはない。

 すると彼女は、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。幼さの残る顔立ちではあるが、表情は子供のそれではなかった。

「でもね、私は嫌い。消し去ってやりたいくらい」

「戦うのはオススメしないな。また宇宙にぶっ飛ばされるぜ。今度はうまく衛星に拾ってもらえるとは限らない」

「分かってる。でも嫌いなの。嫌い」

 力が入っているらしく、眼球が血走ってきた。

 サイキック・ウェーブもざわめいている。ただし、爆発しないよう、ちゃんとコントロールしている。「13-NN」と呼ばれ、恐れられていたころの彼女とはもう違う。きちんと成長している。

 俺は彼女の頭をなでた。

「なにか、俺にできることはあるか?」

「ない」

 つめたい返事だ。

 けれども、あまえる子供のように抱きついてきた。

「もうじゅうぶんしてもらったから。これからは姉妹で力を合わせて、自分たちでなんとかする」

「強くなったな」

「まだだよ。早く大人になって、あなたと一緒に戦うんだから」

「……」

 俺はまた彼女の頭をなでた。

 ただし、かわいく思ってなでたわけではない。単に言葉に詰まったのをごまかすためだ。

 一緒に戦おうと思ってくれるのは嬉しい。しかし俺は、彼女を現場に出したくなかった。きっと彼女は、その能力で誰よりも殺すことになる。殺して、血液を吸い、死の花を咲かせる。

 できれば戦いから遠ざけたい。姉妹とともにホットケーキを食べていたときの顔を思い出すと、どうしてもそう思ってしまう。

 彼女はすっと距離をとった。

「そんなに哀しい感情を向けないで」

「勝てないな。これでもコントロールしてるつもりなんだけど」

「ぜんぜんできてない。私が教えてあげようか?」

「お手柔らかにね」

 俺はもう寝なさいとばかりにポンポンと背中を叩いた。

 彼女は不服そうだったが、数歩進み、しかし「大事なこと言うの忘れてた」と振り向いた。

「私とお話ししてくれてありがとう。私、あの水槽の中で、みんなに無視されたまま死ぬんだって思ってた。ついでにカッコよく救い出してくれてたら、もっと好きになってたかも」

「悪いと思ってるよ」

「冗談だってば」

 からかうように笑って、彼女は行ってしまった。

 シスターズはシスターズの人生を歩み始めている、ということだ。

 俺も立ち止まってはいられない。するべきことをしなくては。


 トラックのヘッドライトが近づいてきて、ガタガタ音を立てながら施設の前を過ぎ去った。

 その後はジージーと虫の鳴き声がするばかり。

 顔を上げれば、雲間に輝く月が見える。

 もしこの星に神がいるのだとしたら、そいつもきっと月を見上げていることだろう。こんなにいい月を見ないわけがない。もっとも、同じものを見ているからといって、同じように感じているとは思わないが。

 このあと俺たちは、敵対する連中の命を奪い、精神を地中へ送り込むことになる。その活躍を、せいぜい見守ってもらうとしよう。


(終わり)

シリーズはまだ続きますが、「祝祭の怪物 ~かみさまのかたち~」はここでおしまいとなります。次の更新はしばしお待ちください。

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