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人民裁判

 もちろん帰って数秒で大の字だ。

 気を利かせた誰かが俺の布団を敷いておいてくれたので、まったくなにも考えずに寝た。


 ところが朝、さっそく問題が起きた。

 目を覚ますと、俺はなぜか布団で簀巻すまきにされていたのだ。

「お目覚めですか?」

 不敵な笑みでそう切り出したのは機械の姉妹。

 のみならず、餅や五代まゆ、アッシュまでもが俺を取り囲んでいる。

「事情を説明してくれ」

「昨日なにがあったのか。姉妹たちから、詳細な情報の開示請求がなされました。あなたはいま、被告という立場です。裁判長は僭越ながらこの私『8-NN』が務めさせていただきます。それでは開廷しましょう」

 機械の姉妹はノリノリだ。

 餅がビチビチと跳ねた。

「この人は悪魔よ! 私と家族になるって約束してくれたのに! あれはウソだったの? 事と次第によっては慰謝料を請求するわ!」

 たしかに言った。

 もろもろあって忘れてるかと思ったのに、忘れていなかったようだ。

 するとアッシュも手を挙げた。

「ボクのパパになってくれるって言ったよ!」

 それは言っていない。

 五代まゆも愉快そうに笑みを浮かべた。

「私と彼の間にはもう子供がいるわ」

 もしかしてプルートのことを言っているのだろうか。あの子は、彼女の記憶から捻出されたイレギュラーな存在だったと思うのだが。

 機械の姉妹は「静粛に」と演技じみた態度を見せた。

「被告、反論はありますか?」

「なんで縛られてるんだ?」

「あなたの寝ている布団の下に、あらかじめベルトを仕込ませていただきました。酔っ払って帰ってきたあなたは、まんまと罠にかかったというわけです」

「やられたよ」

 親切心で布団を敷いてくれたのかと思いきや、そんな裏があったとは。シスターズを甘く見ていた。

 餅はさらに激しく跳ねた。

「ほら! 反論あるなら反論なさいよ! 全財産没収するわよ!」

 それは困る。

「たしかに、君と家族になるとは言った。けどその後、君の精神状態が急変したこともあり、保留になったはずじゃないか」

「なってない!」

「少なくとも、まともに接することもできなかったじゃないか」

「それはこの根暗女のせいよ! 私は悪くない!」

 根暗女と呼ばれた五代まゆは、ピクリと眉を動かした。

「その件はもう片付いたはずでしょ、駄肉。いつまでもしつこい」

「どこが駄肉よ! どこからどう見ても美肉じゃないの! こうなったらあんたに慰謝料請求するわ! 全財産よこしなさい!」

「バカじゃないの? お金なんて一円も持ってないわ」

「じゃあ働いて返しなさいよ! 三億!」

 とんでもない額が請求されてしまった。

 機械の姉妹も「静粛に」と困り顔だ。

「アッシュはなにかありませんか?」

「ボク? ボクは二宮さんのこと大好きだから、チョコレートくれるなら許してあげてもいいよ。あとハグ。毎日」

 毎日ということは、まったく許されていないことになる。

 家族でなければ毎日会うこともないのだ。


 こんな不当な裁判が許されていいのだろうか。

 佐々木双葉は遠巻きにニヤニヤ眺めているし、鐘捲雛子はすまし顔で洗濯物を運んでいる。


 俺は姉妹たちに告げた。

「ほら、鐘捲さんがみんなの洗濯物を運んでるぞ。少しは手伝ったらどうなんだ?」

 すると機械の姉妹がキッとこちらを見咎めた。

「本件と関連のない発言はつつしむようお願いします。また、本施設の管理は鐘捲さんの管轄下にあり、シスターズによる介入は認められておりません」

「なん……だと……」

 家事くらい一緒にやればいいのに。姉妹たちの情操教育にもいいし。なにもせず寝泊まりしている俺に言われたくないだろうけど。

 アッシュがふたたび挙手した。

「ね、まずは昨日なにがあったのか聞かない?」

「原告の主張を認めます。被告は嘘偽りなく答えるように」

 機械の姉妹はあきらかにシスターズの味方だ。

「昨日のこと? 特になにもないよ。一緒にメシ食って、ちょっと飲んだだけだ」

 餅が激しくのたうった。

「まあやらしい! えっちよ! えっちすぎるわ!」

「なにもない! だいたい、なにかあったらあんなに早く帰ってこないだろ」

「早く済ませた可能性もあるわ!」

「君はちょっと落ち着いてくれ」

 職人が下からピザ生地を伸ばしているかのような暴れっぷりだ。見ていて不安になる。

 機械の姉妹は「静粛に」と餅の表面をぺちぺち叩いた。

「被告は証拠を提出できますか?」

「証拠?」

「ただ食事をしただけという証拠です」

「ないよそんなの」

 どうしても知りたけりゃ、街の監視カメラでもハッキングしてくれ。得意だろそういうの。

 すると彼女は、事務的な無表情のままこう続けた。

「ではここで、私から証拠品を提供します。昨日の事件の音声データです」

 事件とはなんだ、事件とは。いや、そもそも音声データとは……。

 機械の姉妹はふところからボイスレコーダーを取り出し、操作し始めた。


『まずはビール? それとも日本酒? あ、そもそも飲める?』

『とりあえずビールにしよう』

『あー、とりあえずって言った。まあいいけど。じゃあビールね。ビールください! 瓶で! ふたつ!』


 ここでピッと停止。

 間違いなく昨日の会話だ。

「被告はターゲットと接触したのち、お聞きのように仲睦まじく会話を交わし、飲酒に及んだものと考えられます」

「お、おい、盗聴だろこれ……」

「人聞きが悪いですね。お貸ししたスマホは、常にあらゆる音声を録音する設定になっていました。私が私のスマホをどう設定しようが問題ありませんね?」

「プライバシーの侵害だ」

「被告の訴えを却下します」

 分かってはいたが、この裁判長は中立じゃない。

 不当な裁判だ。

 他のシスターズはなぜか黙り込んでいる。さすがに盗聴はひどいと思ったのか。音声を聞かされて反応に困っている様子だ。

 五代まゆが神妙な顔で口を開いた。

「続き、あるんでしょ? 聞かせなさいよ」

「はい」

 機械の姉妹はふたたびスイッチを入れた。


『ちょっと酔ったかも、なんてね』

『刺身、おいしかったね』

『だよね。やっぱ海近いからね。食べ物がおいしいっていいことだよ』

『また誘ってもいいかな?』

『なんか堅苦しいんだよなぁ』

『生まれつきこうなんだ』

『ま、いいけどね。あたしは基本的に暇だから、いつでも声かけて。また次の店見つけておくから』

『ありがとう。今日は楽しかったよ』


 機械の姉妹はそこで音声を停止した。

 しばしの静寂。

 かと思うと、餅がぶるんぶるんと揺れ始めた。

「なによこれぇ! 甘酸っぱいにもほどがあるわ! ゲロ吐きそうよ!」

「吐くな!」

 いま俺は簀巻にされているから、餅が吐いたら顔面にかかる。

 アッシュも神妙な顔だ。

「二宮さん、もしかしてボク以外の子にもチョコあげてるの?」

「あげてない!」

 そもそも、どこからチョコの話が出てきたんだ? 自分が食べたいだけだろ。

 冷静に見えるのは五代まゆだけだ。

「でもさ、この音声聞く限り、ホントに食事だけして別れたんじゃない? じゃあ子供を作った私の勝ちよ。完全勝訴。敗北を知りたいわね」

 勝手に勝つな。

 餅もこれには大激怒だ。

「なにが子供よ! あんなの一人遊びの肉細工じゃない! 私なんて添い寝したわ!」

「はぁ? 私なんてベッドで馬乗りになったけど?」

「それ私の体でやったやつでしょ! つまり私の勝ちじゃない!」

「うるさい駄肉ね。また抉られたいの?」

「はい出た! 犯罪予告! 裁判長、こいつは犯罪者よ! いますぐ死刑にしなさい!」

 情報開示が目的で裁判を始めたのに、なぜ死刑判決が出るのだ。怖すぎるだろ。

 その裁判長も「静粛に」とうんざり気味だ。

「証拠品によれば、被告が食事後すぐに帰宅したことは否定できません。よって二宮さんは無罪。釈放といたしましょう」

 なるほど。あえて盗聴音声を流したのは、俺の無実を証明するためか。結果としてはよかったが、しかしほかに方法はなかったのだろうか。精神に意味不明なダメージを負ったのだが。

 しかし餅は承諾しなかった。

「異議あり! たとえまっすぐ帰ってきたとしても、心のえっちさが音声からにじみ出してたわ! つまり有罪よ!」

 無茶苦茶だ。


 ふと、呆れ顔の鐘捲雛子がこちらへ近づいてきた。

「みんな、ホットケーキ食べる? 焼いてあげようか?」

「……」

 その一言で、シスターズは一斉に沈黙。目を見開いて鐘捲雛子を見た。

 誰からも返事はなかったが、答えが「イエス」なのは見ただけで分かった。それも、裁判などいつやめてもいいくらいの勢いで。

 鐘捲雛子は、するとこう続けた。

「その代わり、二宮さんを解放してあげてね。その人が寝たままだと、いつまでもお部屋が片付かないから」

「……」

 シスターズは互いに顔を見合わせたかと思うと、布団を縛りつけるベルトを外し始めた。

 俺に対する興味は、ホットケーキ以下ということだな……。


 *


 数分後、俺はベンチに腰をおろし、黙々とホットケーキを食べるシスターズを眺めていた。

 こうしていると本当にかわいらしい。

 彼女たちは、互いに奪い合ったりしない。小さなプラスチック製のテーブルを囲み、お行儀よく静かに食べている。いつもこうだといいのだが……。

 ほのかにあまいかおりもして、ここがとても幸福な空間に思えた。


 各務珠璃が「おはようございます」と入ってきた。

 今日も今日とてスーツ姿。ここが彼女の職場だということを思い出させてくれる。

「二宮さん、少々お時間よろしいでしょうか?」

「もちろん」


 *


 彼女の執務室は、じつにサッパリとしている。飾りっ気のない部屋だ。

 デスクには紙の資料がいくらか積まれているが。いくらペーパーレスの時代と言われても、人はやはり紙に印刷してしまうものらしい。

 俺たちはテーブルを挟み、応接用のソファに腰をおろした。

「話ってのは?」

「対策本部内の派閥について、軽く説明しておこうと思いまして」

「どうせ俺たちをハメたのは、例のカルトの残党でしょ?」

 カルト教団「進化の祝祭」は、かなりの影響力を持っていた。団体そのものは壊滅したのだが、彼らの思想に共感するメンバーはまだ対策本部内に居座っている。

 各務珠璃はやわらかな表情ながらも、笑みにやや苦いものをにじませた。

「じつは現在、三つの派閥に別れています。研究を軟着陸させたい一派と、教団の影響を受けた過激な一派、そしてアメリカと内通している一派です」

 たしかにアメリカの影響は大きかった。そもそも研究が激化した背景には、教団の圧力だけでなく、アメリカの猛プッシュもあったのだ。アメリカからは技術も提供されていた。

 ともあれ、少し前までは、教団派とアメリカ派はほとんど共同して動いていたように思う。

 俺は考えもナシに語を継いだ。

「まさか今回の事件はアメリカ派が?」

「いえ、彼らが皆さんの釈放を手伝ってくれました」

「えっ?」

「そしてハメようとしたのが残りの二派です」

「……」

 それは予想外だったな。


 彼女の話はこうだ。

 アメリカは、日本の研究が一線を越えたことを懸念しているらしい。治安を心配してくれているわけじゃない。人権を無視して研究を進めれば、いずれ日本がアメリカを追い抜く可能性があるからだ。

 もし日本の技術がアメリカを上回れば、アメリカの製品が売れなくなる。たとえばあの警備ロボットのような。

 一方、残りの二派にしてみれば、外圧でモノを買わされるのは不愉快、というわけである。国内の技術を高めれば、逆にアメリカに売りつけることさえ不可能ではない。だからとにかく研究を進めたいし、問題が起きたら片っ端からもみ消したい、というわけだ。


 俺は溜め息をついた。

「軟着陸させたい一派は、それでいいの? どう考えても脱法……というか違法行為に手を染めることになるけど」

「軟着陸とはいえ、問題を『起こさない』ではなく『表面化させない』が第一義でしたので」

「なにが起きようが、バレなきゃそれでいいってか」

 思えば彼らは、研究所をまるごと埋め立ててまで事件を隠蔽した。俺も危うく巻き込まれるところだった。人の命をなんとも思っちゃいない連中だ。


 もちろん悪いのは利権に直結した上層部だけだ。現場の人間は真面目に働いている。たとえば主任の下で働いていた助手がそうだ。可哀相なことに、おそらく前回の騒動で命を落としてしまったと思われるが。

 まともなヤツから犠牲になっていく。


 俺は顔をあげた。

「それで? 今後の展望は?」

「アメリカ派からは提携を求められています。とはいえ、彼らも慈善事業で動いているわけではなく、内部での権力闘争に勝利したいがための行動ではありますが」

「結局は利権か。ま、俺たちをハメたヤツに反撃できるならなんだっていい」

 俺がそう告げると、彼女はやや不安そうにこちらを覗き込んできた。

「非合法な仕事になりますが、構いませんか?」

「なにをいまさら。パクられたらまた出してくれるんでしょ? いいよ。やる」

 この業界から足を洗ってまっとうな職に就こうと思っていたが、それは延期だ。悪いヤツにはケジメをつけさせないといけない。

 各務珠璃はそれでもなお渋々といった表情だ。

「分かりました。では受けられそうな仕事が回ってきたら、そのときはお願いします」

「オーケー」


 これが最善の選択かどうかは分からない。本当は、単にいろんなことへの回答を先延ばしにしたかっただけなのかもしれない。

 仕事で時間を埋めていけば、それを理由に思考停止することができるからだ。

 だから俺は、なにも失いたくないがために逃避した、と言えなくもない。


(続く)

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