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戦術的敗北

 内部も死体まみれだった。

 廊下では警備ロボットに遭遇したが、戦闘にはならなかった。敵意も感じられない。いや、警戒は解いていないのだが、主任から「待て」がかかっているようだった。

 なので俺たちは、床に散らばった死体をよけながら、執務室へと向かった。


 入る前から分かってはいたが、主任のサイキック・ウェーブは飽和寸前のところまで高まっていた。映像ヴィジョンに浸食されそうだ。誰かともなく腰ベルトの小型キャンセラーをオンにした。


 ドアを開くと、ひっくり返ったガマガエルのような巨体が、部屋の半分を占拠しているのが見えた。頭に装着されたキャンセラーが食い込んで、いまにも弾け飛びそうだった。

 グゲェ、と、本当にカエルのような声が出た。

「なにしに来たんです? サイキストを呼んだ覚えはありませんが」

 皮肉のつもりだろうか。主任はそんなことを言ってきた。

 起爆装置のリモコンはデスクに置いたまま。ただし主任の手は、もうそれを操作できるような形状になっていなかった。

 俺は倒れていたソファを起こし、そこへ腰をおろした。

「政府からの依頼で来たんですよ。自衛隊の代わりにね」

「ググゥ。私を使うだけ使って、要らなくなったら捨てる、というわけですか」

 口や喉が肉で圧迫されているらしく、ずいぶん息苦しそうに喋る。

「あんたはやりすぎたんだ」

「知ったようなクチを……。ぜんぶ上からの命令なんですよ。促進剤を投与して、被検体の変化を見る。私は言われた通りにやっただけ。ま、あなたには言っても分からないでしょうね。国のシステムがどういうものなのか」

 まあ分からないだろうな。

 しかしどんな命令を受けたにせよ、こんなことをしたら問題になるに決まっている。

 主任は苦しそうだが、それでもどこか余裕が見えた。もう死ぬことは分かり切っているし、いっそ開き直っているのかもしれない。

 彼はグブグブと気味悪く笑った。

「けど、あなたもあなたですねぇ。まるで正義のヒーローみたいに乗り込んできて、私を始末しようって言うんだから」

「正義は関係ない。これは仕事だ」

「なんであろうと同じですよ。ま、いまは分からなくて結構ですよ。この言葉の意味は、あとで知ることになるでしょうから」

「……」

 どういう意味だ? あるいは悔し紛れに脅しているだけか?

 彼は巨体に似合わぬ小さな目で、こちらを見た。憐れんでいるようにも見える。

「ところで、あなたたちだけ? 自衛隊も来てるの?」

「いや、見てませんね。代わりに警察が来てて……。ぜんぜん手伝ってくれる気配もないけど」

「そうですか」

 それだけ言うと、彼は目をつむった。

 自衛隊になにか用でもあったのだろうか? あるいは警察が来て安心したのか? どちらにしろもうすぐ死ぬ身だというのに。

 もう完全に沈黙してしまい、対話に応じてくれそうもなかった。


 俺はリモコンを回収してソファから立ち上がり、部屋を出た。そして最後尾の青村放哉が、主任のキャンセラーを銃で破壊。肉は一気に膨れ上がり、部屋中に満ちた。

 センター内に満ちていた強烈なサイキック・ウェーブは、それから十秒と経たずに消失した。

 内臓や呼吸が圧迫され、絶命したのだろう。


 処分対象は残り六体。

 リモコンのスイッチを入れると、それらの気配も一気に消滅した。

 任務完了だ。


 *


 外へ出ると、白いヘルメットをかぶった警察官が近づいてきた。シールドまで持っている。現場検証を始めるにしては大仰すぎる気がするが。

 せめて「お疲れさま」の一言でもあるのかと思いきや、隊長らしき男はいきなりこう告げた。

「二宮渋壱とその一派だな? 午前十時五十二分、銃刀法違反および住居侵入の現行犯で逮捕する」

「た、逮捕? なんで?」

 我ながら間抜けな声が出てしまった。

 シールドを構えた連中がぞろぞろ集まってきた。三十名はいるだろうか。

 いや、たしかに銃刀法違反および住居侵入の現行犯ではあるが……。しかし政府の依頼でやったことだ。なぜ逮捕されねばならんのだ。

 青村放哉が肩をすくめた。

「おいおい。お前ら、俺たちの雇用主が誰か知ってて言ってんのか?」

「話は署で聞く。抵抗すれば大変なことになるぞ。おとなしく武器を捨て、投降しなさい」

 フルパワーでサイキック・ウェーブを浴びせれば、この場は切り抜けられるかもしれない。しかし警察というのは、ここにいるので全部じゃない。もし逃走すれば、このあと日本各地で追い回されることになる。抵抗すればしただけ罪状だけが増えて、結局は逃げられないだろう。

 俺はそっと銃を置いた。

 仲間たちもそうした。

 すると警官たちはここぞとばかりに俺たちを押し倒し、上から抑えつけてきた。

「テメー、痛ぇだろ」

 青村放哉の抗議もむなしく、俺たちは乱暴に腕を締め上げられて、手錠をかけられてしまった。


 主任が言っていたのは、こういうことだったのか……。


 *


 俺たちはワケも分からぬまま留置所へ移送された。

 所持品を没収され、全身くまなく身体検査され、名前の代わりに番号で呼ばれるという信じられない場所だ。実家で親にガミガミ言われているほうがまだマシに思える。

 起訴されていないので、いまは被疑者の扱いだが……。どう見ても政府にハメられたとしか思えないので、高確率で有罪にされるだろうし、なんなら二度と娑婆に戻れない可能性だってある。

 外部との自由な連絡手段がないから、鬼塚明菜とのデートもすっぽかすことになるだろう。せめて事情を説明しておきたかったのだが……。


 しかもぶち込まれた相部屋には、見るからに怪しい先客がいた。

 青村放哉やジョン・グッドマンとは部屋を分けられた。鐘捲雛子もどこか別の場所にいるんだろう。

「あんちゃん、なにやったの? 誰か殴っちゃった? それとも盗み?」

 常連客とおぼしきいかつい中年男性が、なれなれしい態度で話しかけてきた。

「ええと、それが、銃刀法違反および住居侵入の現行犯だそうで」

「なんだよ、泥棒にでも入ったのか?」

「まあそんな感じです」

 しかしこのオヤジはまだマシなほうかもしれない。

 残りは、ずっとぶつぶつ掛け算九九をつぶやいているヤツと、座禅を組んで瞑想してるヤツがいるのみ。瞑想おじさんはまだいいとして、掛け算九九のヤツは必ず七の段をすっ飛ばしている。苦手なことから逃げていたら成長しないぞ。

「八番、取り調べ。出て」

 担当の職員が俺を呼びに来た。


 取り調べでは、警察官からもろもろ問い詰められる。

 あることないこと列挙され、この事実を認めるか、認めないのか、などなど。まあ大半は事実なのだが、俺が自分の趣味でやったことじゃない。雇用されてやったのだ。しかし彼らはそんなこと聞こうともせず、自分たちの用件だけをしつこく確認してきた。

 怒鳴られたりはしないが、露骨にうんざりした態度だ。まあ現行犯で逮捕されたわけだし、冤罪でないことは明らかだから、彼らも強気なのだろう。

 ま、実際やったことは間違いないので、俺はその点だけは認めた。それがどう転ぶのかは知らないが。


 取り調べが終わると、各務珠璃が面会に来た。

 落ち着いたグレーのスーツ姿だ。

「あの、二宮さん……」

 涙目になって、アクリル板越しにこちらをじっと見つめてくる。

 見捨てずに面会に来てくれたのは感謝するが、きちんと事務的な話ができるんだろうか。

「なぜこうなったのか、事情を説明してもらえるとありがたいんだけど」

「はい。あ、その前にこれ、被疑者ノートです。中にいろいろ書いてありますので必ず活用してください。いま弁護士さんと連絡とってますので、専門的な話はそのときにでも」

「ありがとう。けど俺たち、釈放される可能性あるの?」

「それは……」

 嘘をつかないのは美徳だと思う。しかしこの態度を見る限り、どうも俺たちが有罪になるのは間違いなさそうだ。聖人君子みたいに生きてきたとは言わないが、ある程度ルールに従って行動してきたってのに。

 まあいい。このあと他のメンバーにも同じ説明をするんだろう。ここで執拗に詰めても仕方がない。

「いや、いいんだ。弁護士の対応を待つよ。それより、俺のデート相手に連絡とって欲しいんだ。予定をキャンセルして欲しいって……」

「ごめんなさい、センターが家宅捜索を受けてしまって、二宮さんの私物も……」

「あら、そうなの。ならしょうがない」

 もちろん納得いかないし、逆ギレしたい気持ちもある。ただ、あまりに急すぎて、まだ気持ちの整理がついていなかった。逮捕された実感さえない。

 すると各務珠璃は、興奮したように身を乗り出した。

「私、どんな手を使ってでも助け出しますから! だから諦めないで待っててください!」

 監視している職員から「興奮しないように。面会打ち切りますよ」と注意が入ってしまった。

 俺は少し笑った。

「ありがとう。気持ちは嬉しいよ。各務さんがその辺の調整うまいのは分かってるから、お任せします。こっちはうまくやるから心配しないで」

「はい……」


 その後、しょんぼりする各務珠璃と別れ、また相部屋へ戻った。

 年齢不詳の掛け算野郎は、今度は白目をむいて眠っていた。瞑想おじさんは座禅を組んだまま。いかつい中年だけが退屈そうに雑誌を読んでいた。

「よう、お帰り。ここ見てみろよ。黒塗りだぜ。きっと事件の関係者がここにいるんだ」

「はぁ」

 雑誌の一部が見事に黒塗りだ。なんの事件かは分からない。そもそも事件なんだろうか。まあ消されてるくらいだから、ここの関係ということなんだろう。

 それにしても、これからの数日、警察に同じことを何度も聞かれ、味気ないメシを食わされ、相部屋でも代わり映えのない毎日を送るのかと思うと、さすがに気が滅入る。


 *


「八番、釈放」

 逮捕から数日経った朝のことだ。職員から唐突にそう告げられた。

 みんな唖然としている。

「釈放?」

「そう。釈放。出て」

 そう言われても事情を理解できず、俺はついキョロキョロしてしまった。あきらかに法を犯した現行犯なのに、釈放とはいったい……。

 中年男性からバンと背中を叩かれた。

「ほら、行けよ。釈放だろ? どんな手使ったのか知らねぇが、うらやましいヤツだ。もう来るんじゃねーぞ!」

「あ、はい。お世話になりました……」


 外へ出ると、駐車場に例のバンが待っていた。運転席にはアイシャの姿も見える。

「よかった! お帰りなさい!」

 俺が中に入ると、各務珠璃は座席から立ち上がり、少女のようにぴょんぴょん跳ねた。

 大歓迎なのは嬉しいのだが、まったく理由が分からない。警察からも説明はなかった。言われたのは、ただ「お帰りください」だけだ。しかも不満顔で。

「俺だけ?」

「鐘捲さんとグッドマンさんもすぐ来るはずです」

「青村さんは?」

 この問いに、各務珠璃はやや苦い笑みを浮かべた。

「その……青村さんは、所内で問題を起こしてしまって……。あ、でもすぐ釈放されるはずです!」

 暴れたのかな。そういや夜中に騒いでるヤツがいた気がする。俺みたいにお行儀よくしてないからこうなるんだ。

「けど、なんで釈放なの? 現行犯だぜ?」

「弁護士さんが、特別に許可を受けた準公務員ということで話を進めてくれたんです。政府のほうからも少し説明していただいて……」

「いや、その政府にハメられたんじゃなかったの?」

「ええ、そうなんですけども……。内部でも意見が一致していないらしくて……」

「そう」

 どちらにせよ、鬼塚明菜とのデートは無断ですっぽかしたままだ。もう二度と相手してくれないだろう。せめて、あとで謝罪だけはしておこう。


 釈放されたのは嬉しいが、今後の予定がなんにもなくなってしまった。

 いや、そんなこともない、か。

 財産まで没収されたわけじゃないんだ。どこかに家でも買って、シスターズが遊びに来れるような環境を整えるのも悪くない。餅や自称五代まゆとも話をつけないといけないし。

 生まれ変わったつもりで、今後はまっとうに生きるとしよう。


(続く)

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