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新しい体

 鬼塚明菜は、デートの延期をあっさりと承諾してくれた。のみならず、オススメの居酒屋まで提案してくれた。弁当屋の近くに繁華街があるらしく、入ってみたい店がいっぱいあるのだという。

 よくよく考えたら、彼女のほうがここらの情報に明るいのだ。任せたほうがいい。

 デートというより飲み会になりそうではあるが。


 とはいえ、これで安心して就寝というわけにはいかない。

 俺たちがセンターに宿泊するときは、シスターズの暮らすぶち抜きのフロアで雑魚寝することになる。すなわち、シスターズが群がってくるのだ。

「お帰り! ね、チョコは? チョコ!」

 まっさきに突撃してきたのは、ベリーショートのボーイッシュな少女。アッシュだ。

 ここへ来るときはいつもチョコを与えているから、今回ももらえると思ったのだろう。しかし悪いが、仕事帰りなのだ。

「ごめん。今日はないんだ」

「ないの? いいよ! じゃあハグ!」

 無邪気に抱きついてきた。やや離れたところで座っている餅が殺気を放っているが、アッシュはお構いなしだ。

 身体からケーブルを伸ばした機械の姉妹も近づいてきた。

「お疲れさまでした。報酬は口座に振り込んでおきましたので、のちほどご確認ください」

「ありがとう」


 行政の研究に一週間参加するだけで二千万。それだけ聞けばウマい話だったが、実際は怪物に襲われて殺されかけた。まあまあ妥当な額だったというわけだ。あとは主任の精神状態がまともなら、百万前後の金が入ってくる予定だ。

 金が溜まったらどこかに家でも買って、シスターズたちの別荘にしてもいい。外出が許可されているとはいえ、山でピクニックするだけでは不満もたまるだろうし。


 機械の姉妹は事務的な態度のまま、こう続けた。

「明後日の仕事なのですが、二宮さんも参加しますよね?」

「たぶんね」

「おそらくシスターズも投入されることになると思います。そのときに、『45-NN』を推薦してもらえませんか?」

「餅を? なぜ?」

 できれば同行させたくないのだが。少なくとも鐘捲雛子は反対する。

 機械の姉妹の回答はこうだ。

「もう気づいているとは思いますが、いま私たちの体内に『13-NN』の精神が宿っています。姉妹で分担しているのですが、餅の負担率が特に高くて……。精神が、本体の許容量を超えそうなのです。このままではさらに変異して、また崩壊してしまう可能性があります」

「えっ?」

 以前も肉体が弾け飛んで死んでしまった。また同じことが起こるというのか。しかも餅の体で。

「いずれもたなくなると予想されます。そこで、現地に彼女を投入し、新たな肉体を確保して欲しいのです」

「新たな肉体って……」

「例の警備ロボットです。現存しているのは十八体。最低でも六体の肉が必要ですね。もちろん多ければ多いほど助かります」

 しかしそうなると、あの肉体に宿っている精神を消し飛ばすことになる。用が済んだら消される命とはいえ……。

 いや、待った。その前に確認しておく必要がある。

「そもそも、衛星の彼女が生きていることを、なぜ黙っていた?」

 すると機械の姉妹は珍しく視線を泳がせた。

「彼女を消去するという前提で作戦が動いてましたから……」

 まあそうだ。衛星からの干渉を排除するため、彼女の人格を消去しなければならなかった。ほかに選択肢もなかった。

 抱きついていたアッシュが顔をあげた。

「お願いだから怒らないで。あの子、ひとりで泣いてたんだ。だからどうしても助けたくて。ボクたち、姉妹だから……」

「怒らないよ」

 俺はアッシュの頭をなでた。

 気持ちは分かる。俺だって助けたかった。ただ、あのときは状況が切羽詰まっていたこともあり、とにかく状況を終わらせるのが最優先だった。

 ふと見ると、さすがというべきか、機械の姉妹はすでに平静を取り戻していた。

「各務さんには事情を説明し、了解も得ています。しかし鐘捲さんにはまだ説明していません。とっくにバレてはいますが……」

 鐘捲雛子は毎日ここでシスターズの世話をしているのだ。気づかないはずがない。

「分かった。けど、現地ではどうすればいい? 向こうのシスターズは殺さないほうがいいのか?」

「はい。せめて一体は原形を留めているのが望ましいですね。手足がないのは構いませんが、内臓と頭部は無事でなければ」

「つまり、爆死する前に回収しろってことか」

 主任は起爆装置を持っている。ヤケになってスイッチを入れられたら、どの個体も四散してしまう。先に主任をぶっ殺したほうがよさそうだ。

 俺はそこで、ふと作戦内容を思い出した。

「あー、いちおう命令では、ぜんぶ駆除しろってことなんだが……」

「別個体ということにして連れ出せば問題ないでしょう」

「あとで乗り込んできた役人が死体の数を数えるぜ。あいつら、数字が合ってるかどうか必ずチェックするからな」

 もし仮にミンチになっても、詳細に検死して骨の数までチェックするはずだ。もし一匹でも野放しになってしまったらアメリカのメンツまで潰すことになる。それくらい繊細なブツなのだ。

 機械の姉妹は、しかし肩をすくめてみせた。

「ご安心を。主任は先日も一体起動させていますが、レポートには記載していませんから。過去に地下で発生した暴走事故も、すべてもみ消しています。もともと数が合わないんですよ」

 主任の不正に助けられるわけか。

 そして当の主任は、なにか釈明したくともできないザマになる。

 なにせ、センターにいる変異体ミュータントはすべて駆除しろとの命令だ。まとめて駆除させてもらう。


 *


 ふたりから解放された俺は、壁際のベンチで紙コップ入りのコーヒーをすすっていた。

 こうして眺めていると、まるで託児所だ。赤ん坊もいる。その母親役もいる。アッシュはクッションを蹴ってひとりでサッカーをしているし、機械の姉妹はケーブルをつないでじっとなにか通信している。そんな姉妹の姿を、さめた目で見ている餅。

 保護者役の鐘捲雛子は、エプロンをつけてシスターズの衣服をたたんでいる。昼間モンスターと戦っていたのに、もう日常業務に戻っているとは。タフすぎる。


「なんなの、ここ。見慣れた顔ばっかだけど」

 佐々木双葉が紙コップ片手にやってきた。

 見慣れた顔というか、シスターズはほぼ同じ顔をしている。のみならず、彼女を殺そうとしたプルートもそうだ。同じ遺伝子を有している。

「シスターズの家だよ」

「いや、まあ、そりゃ分かりますけど……。あっちのセンターと関係あるの?」

「ほとんど関係ないよ。こっちはこっちで独立してやってる」

「あたし、いつまで住めんの?」

「各務さんか鐘捲さんが怒るまで、かな」

「マジか……」

 びっくりするほど消沈している。

 そんなに金がないのか。

「明後日の仕事、君も参加するか?」

「仕事? またあそこに戻るってこと? やりたいけど、あたし銃なんて撃てないし」

「でも戦闘は得意でしょ? サイキック・ウェーブへの耐性もあるし、うちは大歓迎だよ」

「ここの職員とかになれないかな。住み込みで働けるんでしょ?」

「なら鐘捲さんに聞いてみなよ」

 俺はそうアドバイスし、コーヒーをすすった。

 佐々木双葉は溜め息だ。

「いやー、でもあの人怖いしなぁ……」

「口さえ滑らせなけりゃ大丈夫だよ」

「あたし、よく滑らせる」

「うむ……」

 ダメだな。

 斬られることはないと思うが、たぶんソリが合わないだろう。というより、鐘捲雛子本人が心を閉ざしている以上、誰とも合うことはないだろう。まあ合わないなりにセンター長とはうまくやっているみたいだが。


 *


 その後もジョン・グッドマンは戻ってこなかった。どこに住んでいるのかは知らないが、車で帰ったのかもしれない。まさかあのバンで寝泊まりしてるってことはないと思うが。


 睡眠中、シスターズが妨害してくるということはなかった。悪夢もない。実家に帰省して親戚一同で雑魚寝しているような安心感があったからかもしれない。


 翌朝、俺はシャワーを浴び、みんなを起こさないよう一階エントランスに入った。そこはちょっとした待合室になっており、テレビもある。

 俺はインスタントの茶を入れ、朝のニュースを眺めた。

 司会をつとめているのはお笑い芸人。タレントの不倫や、危険な煽り運転、国会での論争などを報じていた。が、あのセンターでの惨状は完全ノータッチ。まあ政府も自衛隊を出し渋るくらいだから、表沙汰になることはないのであろう。

「おはよう」

 ふと、通路の奥から鐘捲雛子がやってきた。足音も気配もないから、急に出てくるのでびっくりする。サイキック・ウェーブもほぼ発していない。彼女はすでに着替えを済ませており、あまり長くない髪をおさげにまとめ、エプロンまでしている。

 こっちは浴衣のままだというのに。

「おはよう。早いね」

「朝の鍛錬があるから」

「まだ強くなるつもり?」

「余計なお世話」

 仰る通りだ。彼女は妹を守れなかったことをいまでも悔いており、飽くことなく強さを追い求めている。そしてその強さは、実際に俺たちの命を救うこともある。

 彼女も茶を入れ、ひとつ間をあけてベンチに腰をおろした。

「面白いニュースでもあった?」

「なにも」

 今日は珍しく話しかけてくる。いつもはこっちが話しかけて、彼女のほうは簡潔な回答を返すだけなのに。あとは俺がチョコレートを持ち込んだときに、甘やかすなと怒られるくらいか。そのときはずっとぶつぶつ文句を言われる。

 彼女は静かに茶をすすり、こう切り出した。

「餅ちゃんのことなんだけど……」

「うん」

 言いづらいのか、彼女は両手で紙コップを握ったまま、テレビの向こう側を見ている。

「明日の作戦に、連れて行きたいんだ」

「えっ?」

「昨日、お風呂場で……。ええと、あの子、甘えん坊だから……私が手伝ってるんだけど、ぜんぶ教えてもらったの。いま中身が別の子になってて、体を餅ちゃんに返したいから、代わりの体が欲しいって」

 言ったのか。

 ヘタすると処分されかねないのに。真実を打ち明けたということは、彼女は鐘捲雛子を信用したということだ。

「二宮さん、どうせ知ってたんでしょ? 機械ちゃんとコソコソなにかやってるもんね」

「事実を知らされたのは昨日だよ」

「協力してくれるよね?」

「もちろん」

 俺だって餅に戻って欲しい。たとえ俺のことを恐怖したままだとしても。そしてなにより、衛星から戻ってきた彼女に新しい体を与えてあげたい。体を奪われるほうからすれば、じつに理不尽なことだとは思うが。

 俺たちがやらずとも、誰かが警備ロボットの命を奪うのだ。ただ死体にするよりも、命をつなぐほうがいい。

 いや、いいかどうかは本当は分からない。分からないが、それで納得するしかない。

 鐘捲雛子は、俺の顔色をうかがうようにじっと見つめてきた。

「な、なに?」

「また餅ちゃんに嫌われると思うけど……」

「覚悟してるよ。ムリになついて欲しいなんて思わない。俺のことが嫌いなままでもいい。なにか楽しいことさえ見つければ、あの子も充実した人生を送ることができるんだ。彼女にとって、そっちのほうが大事だよ」

「うん」

 俺がチョコを持ち込んだときに彼女が怒るのは、シスターズの健康を考えてのことだ。中には赤ん坊もいるから、栄養のバランスには気を使っているようなのだ。いつも姉妹を気にかけている。だから厳しくなるのだ。

 少し厳しすぎる気もしなくもないが。


 ともあれ、今日のうちに銃のチェックでもしておくとしよう。Cz75を握るのは久しぶりだ。手足は吹っ飛ばしてもいいらしいから、せいぜい狙えるようにしておこう。


(続く)

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