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人生の岐路

 佐々木双葉、鐘捲雛子らと合流し、施設の外へ出た。

 本部からは、少し離れた場所へ車を寄越すと言ってきた。だから俺たちは施設を出て、そちらまで移動することにした。

 指定のポイントまでは少しある。

 俺は歩きながら鐘捲雛子に尋ねた。

「本当はなにしに来たの?」

「私に聞かないで」

 返事はじつにそっけない。

 歩いていると、短いおさげ髪が揺れて、一見かわいい風貌に見える。しかし目つきが鋭すぎるし、刀まで携えている。あまり談笑に適した相手ではない。

 俺は話し相手を変えた。

「餅……じゃなかった、五代さんは、質問に答えてくれるかな?」

「いいよ」

 にこにこしている。のみならず、その必要もないのにこちらへ近づいてくる。

「本当は、なんでここに来たの?」

「あなたに会いたかったから」

「ちょくちょく会ってると思うけど」

「ぜんぜん足りない。独り占めしたかったし」

 人を困らせて喜んでいる顔だ。

 俺はしかし反論しなかった。もはや別人格であることを隠そうともせず、こうして大胆にも乗り込んできたのだ。理屈なんか通じない。言葉で諭したところで、本人が満足するまではおさまるまい。


 一台のバンがやってきた。運転手はジョン・グッドマン。自称「忍者」の巨漢だ。彼が座っていると、バンの運転席さえ狭く見える。

「お疲れさまでござる。各務どのがお待ちでござるよ。ニンニン」

 こんな忍者いないだろ、という話はもう飽きるほどした。しかし言動を改めないところを見ると、彼はこのスタイルを気に入っているのであろう。ここまで強い信念を見せられては、もはや尊重するほかあるまい。

 俺は「ありがとう」と告げて適当な座席へ腰をおろした。

 餅は当然のように俺の隣へ。

 残りのふたりはバラけて座った。


 さて、しかしこれで終わりでないことは分かっている。

 俺のクライアントは、あくまで機械の姉妹だ。なのに各務珠璃が待っているという。センター長さまが、いったい俺になんの用だろうか。どうせまた危ない仕事を斡旋してくるつもりなんだろうけれど。


 餅が寄りかかってきた。

「いい天気だね」

「そうだな」

「一緒にお出かけしたい。ふたりきりで」

 無茶を言う。シスターズの外出は、センター長が認めた場合にしか許可されない。当然、保護者として鐘捲雛子もついてくる。しかも政府からはフェストの感染源とみなされているから、特別な場合を除き、人の多い場所へ行くことが禁じられている。山へピクニックに行くのがせいぜいだ。

「いつか君たちを自由にしてやれればいいんだが」

「そういうのいいから。私を大人のレディとして見て?」

 たぶん本気じゃないはずだ。いや、本気かもしれないが、ほとんど勘違いだろう。最初に対話したのが俺だったから、雛鳥のインプリンティングのように刷り込まれてしまっただけだ。

「レディとして扱って欲しいなら、レディらしく振る舞って欲しいもんだな」

「は? 意味不明。どこがダメなの?」

「まず、許可なく人の寝室に立ち入らないこと」

 すると彼女は、抗議じみた目を向けてきた。

「もしかしてバカにしてる? 大人が一緒の布団で寝ることくらい知ってるけど?」

 誰に聞いたんだ、そんなこと。

 後ろで鐘捲雛子が咳払いしたのが聞こえた。

 ただの誤解だ。まだ斬らないで欲しい。

「いいか? 仮にそうするとしても、必ず事前に同意を求めるものなんだ。そうしないのは子供だからな。いや、子供だって言いつけは守る。できないのは犬や猫だけだ」

「ひどい!」

「ひどい目に遭わされたのは俺のほうだよ。とにかく、マナーを守れないヤツは大人じゃない」

「誰が決めたの?」

「さあな」

「説明できないの? 自分だって分かってないじゃない。分からないのにそんなこと言うのズルだから。あなたも子供」

「……」

 俺は反論できなかった。理論的に封じ込められたわけじゃない。ただ、子供だと指摘されて、本当にそうだと思い直したのだ。

 成人しているから酒は飲むし、悪いことをしたら逮捕もされる。が、それだけだ。他は子供のころとあまり変わらない。俺は本当に成長できているのだろうか……。

 俺が考え込んでいると、餅はさらにくっついてきた。

「ごめん、怒らせちゃった?」

「いや、違うんだ。君の言う通りだと思ってね」

「ホント? 私、正しい?」

「たぶんね。ただ、人に正しさを委ねているようじゃ、大人とは言えないよ。そして俺も、ロクな大人じゃない」

「なにそれ……」

 子供相手に本気で応じている自分が情けなくなる。


 会話が途切れた拍子に、沈黙が訪れた。

 聞こえてくるのは車の駆動する音だけ。

 窓の外にはのどかな風景。


 やがて、餅は小声でぼそりとつぶやいた。

「私、神さまを見たよ」

「えっ?」

「宇宙にいたとき……。あそこね、なんにもないの。寂しくて、不安で。太陽は眩しいけど、ただそれだけだし。月もじっと浮かんでるだけ。だけどね、地球だけがざわめいて見えたの。おっきな波に包まれてて。私、あそこに戻りたいって思った。みんなのいる場所」

 死んだ人間の残像が、やはり地磁気のように地球を覆っているわけか。そしてそれは、月にも太陽にも存在しない。

 とはいえ、それは神などではなく、過去の生命の痕跡でしかなかろう。堆積した化石燃料みたいなものだ。

 彼女はこう続けた。

「でも神さまは嫌い。そいつは私の体を壊して、宇宙に放り出したヤツだから……。でも、帰りたかったの。ひとりはイヤだったから。宇宙はあんなに広いのに……広すぎて、すごく窮屈だった。あんなところにいたくないって思って……早く誰かとお話ししたかった。それだけなの。これってワガママなこと?」

「いや、ワガママじゃないよ」


 彼女は実験の道具だった。水槽の中で培養されて、人格を上書きされて――。やがてその能力の高さが発覚すると、今度は危険だからと忌避された。まるで怪物モンスターのような扱いだ。誰もが彼女を道具として利用しようとし、対話など試みもしなかった。

 彼女の視界に入った大人たちは、例外なく悪人だった。少なくとも彼女にとっては。

 俺はそんな扱いを受けたことがないから、彼女の気持ちを真に理解できるわけではない。せいぜい、子供のころ、休日になっても親が遊びに連れて行ってくれなかった記憶を拡大して考えるしかない。

 俺のショボい体験でさえ、当時は不満に感じたものだ。

 生まれてからずっと道具としての扱いしか受けてこなければ、頭がどうにかなってしまっても不思議ではない。それでも彼女がまだまともに見えるのは、上書きに使われた人格が「五代まゆ」のものだったからかもしれない。

 ともかく彼女は、不安定な気持ちを、ギリギリのところで堪えている。いや、ギリギリどころか、一線を越えつつあるが。

 俺は中途半端な態度に出るべきではない。どんな言動であろうと、彼女の生き方を左右することになる。完全に手を引くか、人生を引き受けるか、そのどちらかを遠からず選択しなければならない。


 彼女は腕にしがみついて、ただおとなしくしている。

 発せられる波からは、安心しているのが伝わってくる。定位置を見つけた猫のように。


 もし、俺が彼女の人生を引き受けたとしたら……。鬼塚明菜はどう思うだろうか。

 三人でうまく付き合えるなら、それが一番楽だ。しかし普通に考えて、なんらかの戸惑いを生じさせることは間違いない。

 いずれ、どちらかひとりを選択することになるかもしれない。

 話の重さだけ見れば、両者には天と地ほどの差がある。

 五代まゆを自称するこの少女は、俺を特別視するあまり視野が狭くなり、妄信的になってしまっている。まともに判断力も育っていない。一方の鬼塚明菜は、大人だし、自分の意志で判断できる。誰かと仲良くなりたいなら、俺以外にも選び放題だろう。救済すべき相手ではない。

 とはいえ、だ……。

 少女は、いまは真に孤独というわけではない。彼女にはシスターズもいる。各務珠璃や鐘捲雛子だって、一応は理解者だ。俺がいなくとも多くを学べる環境にある。

 なにより少女は、俺の恋愛対象ではない。あくまで庇護が目的となるだろう。彼女の成長を待っていたら、間違いなく俺は婚期を逃す。

 人生をかける覚悟が求められている。


 餅が顔をあげた。

「悩んでる? 私のせい?」

 サイキック・ウェーブから察知されてしまったか。

 こうしてしおらしくしていると、本当にかわいげがあるのだが。

 俺はなるべく笑顔を作り、こう応じた。

「正直言うと、君のせいでもあるな。けど大事なことなんだ。もう少し悩ませてくれ」

「でも……」

「どうでもいい相手のことなら、こんなに悩んだりしないよ。そうじゃないから真剣に考えたいんだ。君は気にしないでいい」

「そっか。うん」

 ただ、自分でもこういう態度がよくないとは感じる。ちゃんと考えてるよ、というポーズだけ見せておいて、あとで「やっぱりバイバイ」という結論を出したら、必要以上に傷つけることになる。

 相手が大人ならそれでもいいかもしれない。が、彼女はまだそこまで成長できていない。成長する機会を奪われ続けてきた。


 俺はいま、安全圏から憐れみをかけている格好だ。そのこと自体は別にいいと思う。余裕がなければ、人は人に優しくできない。できるヤツもいるかもしれないが、そんなのは生まれついての聖人だろう。俺はそうじゃない。

 理想論は美しいが、だいたいは泥臭い方法をとらざるをえない。

 余裕のあるものが、不足しているものに施す。それ以外にない。ただし、施すのは「全部」ではなく「部分」だ。足りない部分だけ。逆に俺が彼女に救われることもあるだろう。


 まあともかく、すぐに答えを出せるようなことじゃない。鬼塚明菜にも相談しないと。妙なウソでごまかそうとすると、あとでさらにウソが必要になる。


 *


 やがて目的地へ到着した。

 進化ダイバーシティ研究センター。官民共同で運営される第三セクターだ。官民とはいうが、民間だけが資金を提供し、行政からは監視を受けているだけだが。

 外観は、さっきまでいた特定事案対策センターとよく似ている。面積はずいぶん小さいが。どこにでもある地味なコンクリの建造物だ。


 餅はすぐに収容され、センター長の執務室へは残りのメンバーで向かうことになった。

 その道すがら、ずっとおとなしかった佐々木双葉が近づいてきた。

「なんか重い話ししてなかった?」

「ちょっとね」

「どういう関係? え、まさかとは思うけど……」

「違う。ただ、複雑な事情を抱えてるから、なんとかしたいと思ってるだけで……」

 すると彼女は「ふぅん」と不審そうな目でこちらを見た。

 怪しまれる筋合いはないのだが……。


 執務室には各務珠璃が待っていた。雰囲気はほわほわしているが、政府を相手に交渉を取りまとめている辣腕のセンター長だ。シスターズがここで平和に暮らせるのは、彼女の努力によるところが大きい。

 業務中らしく、スーツ姿だ。

「お帰りなさい。ご無事でなによりです」

 にこりと柔和な笑み。

 素晴らしいスマイルなのだが、俺たちはいちどこれに騙されている。味方であろうと気を抜くことはできない。

 ジョン・グッドマンは車を車庫へ入れているから、ここへ来たのは俺と佐々木双葉と鐘捲雛子だけだ。その三人とも誰も返事をしない。

 各務珠璃は構わずこう続けた。

「佐々木双葉さんは、はじめまして、ですね」

「あ、はい。はじめまして、です。どうも」

 妙に緊張している。

 まあ俺も鐘捲雛子も少しピリピリしているから、その雰囲気に引きずられてしまったのかもしれない。

 しかし、だ。俺が警戒するのはいいとして、なぜ鐘捲雛子までこんなに殺気立っているのだろうか。彼女はここに住み込みで働いているのだから、センター長とはしょっちゅう顔を合わせているはずなのに。

 各務珠璃はスマイルをキープしたままだ。

「さて、さっそくですが、政府から依頼が来ていまして。センターにいる変異体ミュータントをすべて駆除して欲しいとのことです」

 おいおい、それは自衛隊がやるんじゃなかったのか?

 いくら人家が少ないとはいえ、国内でミサイルなんてぶち込んだら大問題ではあろうけども。

 汚れ仕事は下請けにやらせる、というわけだ。まあそれでメシが食えるんだから、こっちは文句を言う筋合いもないが。

 でも俺、このあと二千万で豪遊しないといけないんだよな。

 すると、鐘捲雛子が厳しい態度でこう尋ねた。

「シスターズも出すの?」

「それは現在検討中です」

「私は反対。出すべきじゃない」

「判断は政府がします」

 冷たい態度のように見えるが、各務珠璃は事実を伝えているだけだ。それに、彼女は要望があればできる限り聞き入れようとする。これから政府と折衝して、シスターズを出さない方向で話を進めてくれるだろう。実際どうなるかはともかく。

 俺はふっと笑った。

「で、いつなの? じつは明後日、デートの予定があるんだよね。その日は避けて欲しいな」

 各務珠璃は笑みを浮かべていたが、ぴくりと眉を動かした。

「まさに明後日に」

「じゃあパスだ。俺は参加できない」

「それが、政府はあなたをご指名でして」

「は?」

 政府に俺のファンでもいるのか?

 いや、アンチかもしれないな。

 各務珠璃はこう続けた。

「今回の作戦に先立ち、現地に二宮さんが潜入していたことは政府も把握しておりまして」

「誰だよバラしたの。あくまでプライヴェートな仕事だぜ?」

「あちらの主任が、上へ報告をあげたようです」

 そりゃそうだ。あのキョロキョロ野郎が飼い主にお伺いを立てないわけがない。俺があそこにいることは初日にバレた。

 彼女は憐れむような笑みを見せた。

「そういうわけでして、現地の状況に詳しいエージェントを、引き続き投入して欲しいと」

「こちらに選択権があるようには聞こえないな」

「はい。強制はできませんが、ぜひ二宮さんにお願いしたいと思います。できればデートの予定は延期していただいて……」

「……」

 せっかく連絡先を交換したのに、まだひとつもやり取りしてなかったから、その口実にはなるが……。

 渋っていると、彼女はこう続けた。

「ダメでしょうか? 受けてくれたら、特別にオマケをおつけしますけど」

「オマケ?」

 いや、それはマズい。アレな記憶がよみがえる。アレというか、まあ、楽しい記憶でもあるが……。ダメだ、ダメだ。それだけはマズい。

 すると各務珠璃はいっそう目を細め、本日最高の笑みを見せた。

「なにを勘違いしているのか分かりませんが、もちろんお金ですよ。二宮さん、お好きですよね、お金」

「そ、そうだよ。お金が好きだよ。なんでも買えるしね」

「なんでもはムリだと思いますが」

 笑顔のまま辛辣なことを言う。

 俺は咳ばらいをし、こう応じた。

「とにかく! 具体的な額を示してくれ。その上で検討する。それと、仮にいくら積まれようと、俺のデート相手が首を縦に振らなかったら絶対に受けない。こちらの条件は以上だ」

「構いません」

 ご理解いただけてなによりだ。この仕事が、鬼塚明菜とのデートより重要とは思えないからな。店の選定もしなきゃならない。俺は忙しいんだ。


(続く)

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