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エウレカ

 それは戦闘と呼べるようなものではなかった。

 一方的な蹂躙だ。

 かつて下山田莉煌斗しもやまだりおとだった草まみれの怪物は、またたくまに両腕を斬り落とされ、心臓を刺し貫かれてしまった。いまは膝から崩れ落ちた姿勢で絶命している。

 鐘捲雛子の剣技は、必要以上に冴えていた。


 彼女は刀を鞘に納めず、抜き身のままこちらへ戻ってきた。

「次は?」

「次? 誰のこと? もう十分だよ」

「そう」

 刃についた血液を振り払い、流れるような動作で納刀。シスターズの世話をするかたわら、剣術の研鑽も続けていたようだ。

 俺は落ちていた腕を一本拾い、主任への手土産とすることにした。明らかに元の人間の腕より太いし重たい。質量保存の法則とやらは、一体どうなっているのだろうか。


 森から出ると、先ほどのヘリコプターが滞空していた。下降して来ないところをみると、出迎えではあるまい。やはり監視が目的なのであろう。

 俺たちが戻ってきたのを確認して満足したのか、ヘリコプターは旋回してセンターのほうへ行ってしまった。


 俺は歩を進めながら、誰にともなく尋ねた。

「あいつの居場所は分かってたはずなのに、なんで遠巻きに眺めてたんだ?」

 鐘捲雛子は応じない。というより、最初から返事をする気もないようだ。

 代わりに応じたのは餅だ。

「変異するのを待ってたの。彼はそうなるべきだから」

「なぜ?」

「なぜって? 変なこと聞くのね。たとえば氷。放っておくと溶けてしまうでしょ? 持ち上げたものは、手を離すと落ちてしまう。それと一緒」

 俺は溜め息を噛み殺した。

「それは難しい思想の話なのか?」

「逆。簡単な自然の話よ」

「自然の話なら、なぜ君の意志で変異させたんだ?」

「あなたをビックリさせたくて。それに、放っておいてもどうせそうなるんだから、早いか遅いかの違いでしかないわけだし」

 意味が分からない。

 まあたしかに、彼が変異するのは避けられなかったかもしれない。かといって、あえて強制させることもなかったろうに。


 それはいいとして、遠くからサイレンの音がするのはいったいなぜだ……。

 また施設で問題発生か?


 察知できるのは、とんでもない量のサイキック・ウェーブが放出されているということだけだ。

「戻るのは少し待ったほうがよさそうだ」

 俺は率直に告げた。

 危険には近寄るなと故人も言っている。

 鐘捲雛子はしかし首を縦に振らなかった。餅の判断を待っているようだ。

 その餅は思案顔で髪をいじっている。

「そうね……。ちょっと面倒なことになってるかも。でも行ってみないと、なにが起きてるか分からないじゃない?」

「好奇心は猫をも殺すらしいぜ」

「猫が可哀相」

「近寄らないほうがいい」

 すると彼女は、にっと笑みを見せた。

「でも私たち、猫じゃないじゃない?」

「理解してくれ。注意深い猫でも死ぬくらいだから、それ以外のヤツはもっと簡単に死ぬって話なんだ」

「それでも私は行くから。二宮さんはここで待ってたら?」

「勝手にしてくれ」

 カッコつけて死ぬより、デートの約束を守るほうが何倍もいい。

 銃の残弾もないから、こっちにはなんらのアドバンテージもないしな。少しマシな点があるとすれば、人より器用にサイキック・ウェーブを扱えることくらいか。


 俺が棒立ちになっていると、ふたりは本当に行ってしまった。

 ま、彼女たちは俺より強い。そのふたりがみずからの意志で行ったのだ。あとは自己責任でどうぞとしかいいようがない。


 俺は怪物の腕を投げ捨て、畦道に腰を下ろした。

 何度見ても、春の田園は風情があっていい。ただ長方形に区切られた土のエリアが並んでいるだけなのに。

 俺にとっては心の原風景だ。学生時代、高校へ通う電車の窓からは、こんな田畑ばかりが見えたものだった。

 日差しも、風も、空気も、なにもかもがやわらかい。

 昔はそんなに春が好きじゃなかった。年度の変わり目ということもあり、変化が多すぎたせいだ。いまは特に変化もない。びっくりするくらいなにも。


 俺はしばらくぼうっとしながら、遠方のサイレンの音を聞いた。

 永遠にこうしてはいられないことは分かっている。メシも食わねばならないし、寝るときには布団もなければならない。いつかはどこかへ帰ることになるのだ。草まみれの腕と一緒に野宿するのはゴメンだ。

 俺もセンターへ戻るべきか……。


 *


 戻ってみると、センターは虐殺現場キリング・フィールドと化していた。あたりに職員の死体が散乱しており、激しい戦闘の形跡さえ見られた。

 それに、俺の気のせいでなければ、キャンセラーが完全にオフになっている。

 これが原因で外部から介入があり、警備ロボットが暴走した、と考えるのが妥当なところか。となると、もはや俺ごときでは止められない状況だ。


 二階の窓から声がした。

「あ、二宮さんだ。おーい。いま来ないほうがいいよー。例の肉人形マリオネットが大量発生してるから」

 佐々木双葉だ。状況は分かったが、あまり切羽詰まった様子には見えない。

 とはいえ、警備ロボットが暴走したからには、いずれ自衛隊が駆けつけてくることになる。いや、駆けつけてくるならまだいいが、いきなりミサイルをぶち込んで証拠隠滅という可能性も考えられる。

「被害状況は?」

「知らないよそんなの。とにかく廊下は危ないから」

「君の部屋は平気なの?」

「ドア閉めてれば大丈夫」

 ドアのある部屋でよかったな。

 俺は草まみれの腕を、植え込みの中へ投げ入れた。違和感なく溶け込んでいる。


 さて、どうしたものか。

 職員が襲われたのだから、介入した誰かは、このセンターに不満を抱く人物ということになるだろう。あるいは別の意図があったか。

 少なくとも、スイッチがオフである以上、誰かが意図して事件を引き起こしたのは間違いない。そいつを探し出して話を聞く価値はある。


 俺は佐々木双葉に尋ねた。

「ところで、さっきここを誰か通らなかった?」

「あ、あのふたり? 通ったよ? 前にビルで会った人たちだよね?」

「そう」

 そういや顔見知りだったな。

 俺は質問を変えた。

「キャンセラーは? いつオフになったの?」

肉人形マリオネットが暴れるちょっと前だね。それでおかしいなって思ってドアの鍵閉めたんだよね。あたし、グッジョブだわ」

 逆を言えば、サイキック・ウェーブを感知できない職員たちは、なんらの準備もナシに殺害されたというわけだ。


 俺は警備員の死体から警棒を回収し、窓から事務所へ入り込んだ。

 フロアの職員たちは例外なく死体になっている。乱暴に引き裂かれているせいで、ちょっとした地獄絵図だ。

 餅は生きているだろう。サイキック・ウェーブを感じる。しかしそれ以上に、警備ロボットたちのサイキック・ウェーブも凄かった。かなりの数だ。二十体ほどあった警備ロボットがすべて起動したのかもしれない。


 さて、主任のクソ野郎はどんな状況だろう。

 とっくにミンチにされてたりして。


 廊下へ出たが、少女たちからの襲撃はなかった。俺の存在には気づいたようだが、サイキック・ウェーブで害意がないことを伝えると、おとなしくなった。じつに便利な機能だ。


 執務室のドアをノックすると「入って」と陽気な返事が返ってきた。残念ながら、まだミンチになっていなかったらしい。

 主任はソファで満面の笑みを浮かべていた。だいぶイッてるツラではあるが。電波野郎みたいなケーブルまみれのヘッドギアをつけている。

「戻りました。下山田さんは始末しましたよ。銃はお返しします」

 俺は向かいの席へ腰をおろし、ニューナンブを返却した。

 手土産を置いてきてしまったが、まあそれは証拠を求められてからでもいいだろう。

 主任はなんとか余裕ぶっているが、いまにも爆発しそうな様子だった。食いすぎてゲロを吐く直前みたいだ。

「そう、終わったの? お疲れさま。それより、これ見てなにか言うことない?」

「ずいぶん個性的なファッションだなぁ、と……」

「パーソナル・メッセージ・キャンセラーっていうの。試作品だけどね」

 キャンセラーが必要? つまり主任はサイキック・ウェーブに悩まされている、というわけだ。だったらスイッチを切らなければよかったのに。

 俺は特にコメントする気もなかったので、少し肩をすくめて会話を促した。

 彼の主張はこうだ。

「いやー、僕ね、気づいちゃったんですよ。無能な人間に仕事を任せるくらいなら、僕がやったほうが早いんだって」

「そこを堪えて下に任せるのが管理職では?」

「分かったようなクチ聞くじゃない? ま、聞き流してあげますよ。僕ね、いまかなり仕上がってるんです。あの薬、ずいぶん効くんですねぇ。見えます? ココ。僕のレベル出てるの。レベル15だって。凄いなぁ」

 彼の言う通り、ヘッドギアの液晶には「15」とあった。ときおり「14」になるが。本人からは表示が見えないはずだが、なんらかの形で情報がフィードバックされているのであろう。

 キャンセラーで抑え込まねばすぐさま変異するレベルだ。いつ身体がぶっ壊れてもおかしくない。

 ヘッドギアが機能している間は均衡を保っていられるのかもしれないが、逆を言えば、そいつが故障した瞬間に主任の人間性は消し飛ぶ。つまりいま、こいつは自分の弱点の説明をしていることになる。

 俺はつい溜め息をついた。

「警備ロボットはなんのために?」

「決まってるでしょう! 警備ですよ!」

 自信満々で応じるところを見ると、こいつがサイキック・ウェーブで認証したのだろう。

「警備? 誰が襲ってくるんです?」

 すると主任はピクリと眉を動かした。

「それは……誰でもです! 誰でも敵になりうる! あなたも例外じゃありませんよ!」

「拳銃はちゃんと返したでしょ? それに、主任を攻撃したところで一円にもならないんだ。俺はそんな無駄なことしない」

「そう。あなたはそういう人間だ。信じてやってもいい」

 ま、こいつに限っては無料でヤってもいいんだが。そういう俺のボランティア精神は、こいつには伝わっていないはずだ。

「ところで、なぜ職員を?」

 俺がそう尋ねると、彼はぎょっとした表情になった。

「いや、違うんですよ。ちょっとした事故で……」

「事故?」

「あんまり大きな声で騒ぐから、ロボットたちが興奮してしまって」

 つまりは人災ということだ。コントロールの効かないものを職場に持ち込んで、あまつさえ暴走させるなんて。

 俺は腰をあげた。

「なるほど。ま、俺には関係のない話だ。そろそろ失礼しますよ」

「うむ」

 妄執に取りつかれて手に負えなくなっている。これは間違いなく自衛隊に始末されるだろう。そうなる前に施設を離れなければ。


 *


 自室へ戻ると、スマホにメッセージが来ていた。機械の姉妹からだ。内容は一行。ただ「撤収してください」とあった。

 クライアントからの要求じゃ仕方がない。素直に従うとしよう。二千万が待っている。

 これも脱走といえば脱走になるのかもしれないが、薬の過剰摂取による変異の懸念もないわけだし、素性も分かり切っているのだから、センター側も特に困らないだろう。すでにこの脱走を止めようとする職員も存在しないわけだし。


 荷物をまとめていると、佐々木双葉が入ってきた。

「え、なにやってんの? なんで戻ってきたの?」

「ああ、彼女たちなら襲ってこないよ。きちんと敵意がないことを伝えればね」

「マジ? つーかなに? 帰るの?」

「だって研究どころじゃないでしょ? 職員みんな死んじゃってるし」

 すると彼女はガシと肩をつかんできた。

「分かる! あたしも行くから、ちょっと待ってて!」

「はい?」

「一緒に行くから! 家泊めて? ね?」

「いや、家に帰るわけじゃないんだけど」

「いいから」

 一方的にそう告げて、彼女は部屋を飛び出した。

 よほど金に困っているようだ。

 ま、俺はいいけど。各務珠璃がなんというか、だな……。


(続く)

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