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金だよ、金

 白い壁、白い床、白い天井、そして硬質な白色の蛍光灯――。

 研究室だ。

 俺たち「感染者」はそれぞれデスクにつき、研究者に言われるまま、赤色ランプをつけたり消したりしていた。

 手は使わない。

 使っていいのは、精神の発する波「サイキック・ウェーブ」だけ。

 そして俺のランプはずっと消えたままだ。


 ここに集められたのは「フェスト」と呼ばれる奇病の感染者たちだった。

 とはいえ感染症というのは政府の言い分であり、実際はもっと違う現象だ。

 まあ事実を知っているものは少ないし、口を滑らせると消されかねないので、俺も奇病かのように振る舞っているが。


 他のデスクでは、無邪気な感染者がランプを点灯させ、歓喜の声をあげたり、ガッツポーズをとったりしていた。

 研究者は事前にこう説明した。

「フェストは、ときに人格へ影響を与えることもあります。しかし我々が調査した結果、うまくコントロールできれば、有用な能力となりえることが判明しました。いわば、皆さんは、新たな可能性を秘めた存在なのです。私たちとともに、明るい未来を切り開いていきましょう」

 クソ演説だ。

 俺は金だけが目的で来た。参加すれば各所から金が出る。定職についていない俺にとっては、たとえ寸志でもありがたい。


 SFみたいにヘッドギアをつけられたりはしていない。無地の患者着で、ただデスクについているだけ。

 デスクの一部は透明なパネルになっており、内部に赤色ランプが見える。じかに触ることはできない。スイッチもナシ。あくまでサイキック・ウェーブで操作しなければランプは点灯しない。

 隠された部分には、きっと波に反応する「サイキウム」という石が置かれているはずだ。こいつを強く反応させると、そこから電気を取り出せる。

 つまり、人間の精神による発電が可能というわけだ。いや、人間でなくともいい。なんなら生き物でなくともいい。石さえ反応すればなんだっていいのだ。

 とはいえ、人間ひとりが踏ん張って、ようやくランプが点くかどうかという電力だ。自転車でもこいだほうが効率もよかろう。


 白衣の研究者が近づいてきた。

「どうでしょう? つきませんか?」

 気の毒そうな態度だが、きっと悪意はないのだろう。

 俺も頭をぽりぽり掻いた。

「いやー、どうも今日は不調みたいです」

「大丈夫ですよ。ムリなさらないでください。コントロールには時間がかかりますから」

 きっと純粋な研究者なんだろう。

 事情を把握しているのは、上の人間だけだ。


 参加した感染者は二十名弱。

 その中には、見知った顔もあった。佐々木双葉。ランプを点灯させて「やったー」などと喜んでいる若い女だ。以前は「サターン」と名乗っていた。

 今朝、エントランスで受付をしていたとき、いきなり話しかけられてビックリした。彼女も、知り合いを見つけてテンションがあがったのだろう。


 *


 ここは静岡市にある「特定事案対策センター」なる施設。

 敷地はあまり広くなく、建物自体も二階建ての地味なコンクリート製だ。


 一階エントランスから入った限りでは、まるで市役所のような印象を受けた。

 ベンチがあり、受付があり、奥で職員たちが事務処理をしていた。植木鉢には観葉植物。


 政府はいま、人格破壊を引き起こす感染症「フェスト」の治療法を研究するため、民間から感染者を集めていた。

 感染者とはいうが、すでに頭がどうにかなったヤツではダメだ。少なくとも会話の成立するものでなければ。今朝も手遅れの感染者が家族に連れてこられ、職員によってそのまま別の場所へ移送されてしまった。


 さて、俺はただ研究に協力しに来たわけではない。

 じつのところ、別の組織から送り込まれたスパイなのであった。

 とはいえ、俺は優秀でもなんでもない。スパイごっこなんてムリに決まっている。俺の役目は、ただ参加者として内部に入り込み、見聞きしたことをそのまま報告するだけ。あとは賢いヤツがなんらかの作戦を立て、この研究に対してリアクションを起こすことになっている。


 この「フェスト」なる現象、もとはといえば政府の研究が引き起こしたものであった。

 はじめ、ある研究者が、人体からサイキック・ウェーブなる波が出ていることを発見し、さらには、その波が生命の進化に影響を与えていることをつきとめた。個人の意志が、生命の進化を促しているというわけだ。

 これに政府も助成金を出すようになり、内容にまで介入を始めた。エランヴィタル・プロジェクトの始まりだ。かくして研究がエスカレートした結果、オメガ種なる次世代の人類が誕生した。

 しかしその研究は、必ずしも称賛にあたいするものではなかった。

 人体実験まがいの研究が横行していただけでなく、大規模なサイキック・ウェーブの発生により、研究所そのものが壊滅するという被害まで引き起こした。オメガ種が地上へあふれ、市民は次々とサイキック・ウェーブにあてられた。


 政府はこの事実を隠蔽するため、実際は感染症ではないのに、感染症と公表していた。まあ一口に「政府」といっても、下部組織がカルト教団と手を組んで好き放題やらかした結果ではあるのだが。そこへ税金をぶっ込んでいた手前、なんらの情報操作もせずにはいられなかったのであろう。


 まあいい。

 とにかく、今回も不正行為が横行する可能性がある。

 俺はそれを監視するための尖兵というわけだ。

 なにせここの「主任」は、エランヴィタル・プロジェクトにも関与していた人物だ。彼は処罰されることもなく、こうして主要ポストにおさまっている。またなにかやらかさない保証はない。


 *


 ランプの点灯試験が終わると、施設から「スコア」が発表された。

 誰は何点、誰は何点と点数をつけて、みんなの前で発表するのだ。点数がどうだろうが報酬に差が出るわけでもないのに、参加者たちはゲーム感覚で大盛りあがりだ。みんな数字に弱い。


 佐々木双葉がニヤニヤしながら近づいてきた。

「あっれー? 二宮さん、どうしちゃったの? 点数、ゼロだって。ずいぶん鈍ったんじゃない? あ、もしかして、まだ本気出してないだけ?」

 彼女はトップの52点。

 考えもナシに力を使って、勝ち誇ったような態度だ。前髪をあげてちょんまげのようにしているが、そのまげをつかんでやりたい気分だ。

「俺、本番に弱いタイプみたいでさ」

「えー、マジ? もしかして、もう人生下り坂なんじゃない? てか、ごめん。あたしが凄いだけかも。ヤバすぎ」

 周囲の視線も違う。トップを見る目。そして最下位を見る目だ。

 中には「ビリじゃなくてよかったー」などとつぶやいているものもいる。

 こんな数字で人の価値を決めつけるなんて……。


 やや離れた場所で監督しているクソ主任が、こちらを不審そうな目で見ている。俺が手を抜いたのがバレているのだ。彼は俺の正体を知っている。

 彼としても、俺のような人間を、この研究に参加せたくはなかったろう。だが、通ってしまった。おそらく部下に人選を任せていたためだ。管理職というものは、雑務を部下に任せるものだ。彼は正しいことをした。


 ランチタイムとなった。

 弁当を出され、会議室のような場所でメシ。


 だんだん打ち解けてきた参加者たちが、少しずつ雑談を交わすようになっていた。なにせ一週間もあるのだ。ずっと誰とも会話しないわけにもいくまい。

 ま、俺は会話なんてしなくてもいいが……。


 弁当を選んで席につくと、となりに佐々木双葉が腰をおろした。

「ちょっと聞いてくれる? あのあと大変だったんだから」

「えっ?」

「あたしんち、親もう死んでんだけどさ、いちおう姉貴はいるわけ。そしたらなんか結婚しててさ。邪魔だからどっか行ってくれっていうの。どこ行けっていうの?」

 いきなり身の上話が始まってしまった。

 まだ打ち解けていないメンバーたちが、もそもそと食事をしながらこの話を聞いている。

 俺はフタを開け、割り箸を割った。人類の至宝、唐揚げ弁当だ。一週間ずっとこれでもいい。

「どこ行ってたの?」

「ネカフェとか漫喫とか転々としてさ……。まだ家ないの。ね、二宮さん、どこ住み? スペース空いてない?」

「空いてない」

「は? 冷たくない? どうせいい家住んでんでしょ? ちょっと泊めてよ」

「いや、若い女性が簡単に……」

「あーそういうのナシ。やめて。あたし、そういうんじゃないから。二宮さん、あたしのことそういう目で見てたワケ?」

 いきなり機嫌を損ねてしまった。

 だけどムリだ。どっちにしろ空いていない。いや、スペースそのものはあるが、そういう問題じゃない。こっちだってお断りだ。

 俺は思わず溜め息をついた。

「メシがさめる」

「はいはい」

 自分の得にならないと見るやすぐこれだ。

 まあいい。俺には唐揚げがある。五つもある。神はいい仕事をしたぞ。この地上に鶏をお作りになったんだからな。


 すると、気の弱そうな女性がおそるおそるといった様子で口を開いた。

「あの、おふたりはお知り合いなんですか?」

 みんながこちらを見ている。

 ただでさえ会話が少ないところへ、トップと最下位がデカい声で会話をしていたのだ。みんなの注目を集めてしまったのだろう。

 俺が返事をするより先に、佐々木双葉が応じた。

「ま、知り合いっていうか、ちょっとアレっていうか。でもほんのちょっとね。そんな深い仲じゃないよ」

 自分よりだいぶ年上の相手に対して、敬語さえ使わないとは。しかし悪気はないのだろう。彼女にとっては、これがフレンドリーな態度なのだ。

 女性も「はぁ」と曖昧な返事。


 すると、髪型だけ頑張った雰囲気イケメンみたいな若者が、こちらも見ずにつぶやいた。

「二宮さん、たしか前に動画に出てましたよね?」

「はい」

 俺は唐揚げを食いながら返事した。

 以前、ミステリーツアーと称した罠にかかり、例の地下研究所へ誘導されたのだ。脱出するためSOSの動画を配信した。

 いちど電子データとして拡散してしまえば、個人では消すこともできない。だからデジタルタトゥーなどと呼ばれる。

 男は体を斜めにして、こちらを見るか見ないかギリギリの視線でこう続けた。

「あれ、なんだったんですか? なんか政府に閉じ込められてるっぽいこと言ってましたけど。悪質なネタ動画?」

「ホントに閉じ込められてたんですよ」

「えー、でもフツー、政府がそんなことします? 事件になってないとおかしいじゃないですか?」

「まあ、そうですね」

 どう考えても失礼なのはこの男のほうだが、みんなはなんとなく男に同調しているふうであった。彼の発言にいちいちうなずいている。

 まさか、俺がゼロ点だったから、それで低く見られているのか? あるいは点数に関係なくナメられているのか? まあナメられるのは得意だが。


 すると小太りの男が、興奮気味に身を乗り出した。

「え、じゃあ、あの動画の女の人とも知り合いなの? 芸能人?」

「ああ、各務さんのこと? ツアーガイドですよ。いまはヨソで働いてます」

「えー、そうなんだ。すっごい可愛かったから、アイドルかと思っちゃった」

 各務珠璃は、俺たちをハメたツアーガイドだ。

 まあたしかに、外見だけはよかった。おかげでそのルックスだけであらゆる交渉を推し進め、最後はなかば自滅した。いまは心を入れ替えていると思うが。現在の職場では、お偉いさん方に飲みに誘われて大変みたいだ。


 雰囲気イケメンが話を戻した。

「もしかして、ここでも動画撮ってんじゃないんですか? 視聴数稼いで小遣い稼ぎですか?」

 半笑いで挑発してくる。

 だが所持品は、すべて個室に置いてきた。それは全員一緒のはず。スマホさえ持ち込めない。動画を撮る方法があるなら教えて欲しいくらいだ。

 俺は思わずふんと笑った。

「ま、小遣い稼ぎってのは当たってるかな」

 小遣いというか、生活費だ。

 まだ貯金はある。しかし一生暮らせる額じゃない。定職につかないとガリガリ削られてゆく。こうして金をもらいながらタダメシを食えるというのは、じつに素晴らしいことだ。なにせ唐揚げが五つも食える。


(続く)

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