神々の宴(5/5)
ハルミナの神殿では、神官の詠唱に合わせての踊りから始まる。
非常にゆっくりとした踊りで、詠唱が呪術のように辺りを支配している。やがて、その詠唱が終わると、巫女たちの歌が始まる。
明るく希望と神を讃えた物だが、ここでも巫女の無表情はしっくり来ない。
そして、讃え終わると元のゆっくりとした踊りに戻る。歌が変わって、それを数回繰り返してから終わる。
何故か、余り感動を覚えない。神聖な儀式なのだから仕方がないが、まだマルクト神殿の方がましだ。
どうしても、踊りとして見てしまう自分を感じずにはいられないが、今は違和感以上の物は沸いてこない。
多分、あの姉が楽しそうに踊りを教えてくれたイメージが強いのかもしれない。姉がこの無表情で踊る巫女たちを見たら、どう思うだろう?
などと考えているうちに、儀式は終了してしまった。
クレメンスは、目を輝かして見入っているが、ダーチャは飽きてしまったようだ。
私はどうなのだろう?
いかん、任務に集中しなければ、とは言ってもシリカさんの言う不審者の摘発は、この状況では無理だし、そもそもここの駐屯部隊の仕事だ。
それに、この中で一番の不審者は我々だろう。
自分自身に違和感を感じる。
任務だからとか、帝国貴族だから、とかではなく、カリアルという場所に対して?それとも風習?その何かが私を弾き出しているような感じに捕らえられている。
たしか、70年前のカリアルの戦役の時は、連合の越境から始まった筈。そして、蓋を開けてみれば、帝国の圧勝で西半分を分割統治する形に。
もしかしたら、連合に押し付けられた?
何故。
この異質感を感じたら、手にもて余すのは想像だにつくが、国家レベルでそれを感じるかは別だ。他に何かがあるに違いない、連合だけでは手に余る何かが。
これ以上推論は進まないので、後でシリカさんと合流してから、情報交換して検討しよう。
そろそろ国境の会場への移動となる。
途中、街でカリアル地方の服を買い込んでおく。
これで、ダーチャのリュックは一杯に成ってしまった。あと、街では例のクッキーも仕入れてと。
後は、夕方から始まる総踊りを見て、シリカさんと合流するだけ。
一番楽しみの総踊りを前にしても、あまりときめいてこない。
例の三本旗の屋台の辺りにつくが、シリカさんの姿は見えない。
まだ、日の高い今でも、会場の人出は初日の倍は居そうだ。
うーん、何だか頭が固まって来たようだ、一回頭を空にして物事を見てみよう。
ここカリアルに来た目的は?
私的には、巫女の総踊りの観賞だけれど、任務としては連合とカリアルの情報収集。
そして、その結果は?
総踊りは未だだけれど、なにか違和感を感じている。街自体は、特に帝国の何処にでもある地方都市と変わらない、それは連合側においても。ただ、神殿には何か異質さを感じる、としか表現できない。
直感的な物だが、この5つの神殿が1つになると余り良くないような感じがする。
それが連合に押し付けられた理由の中に有ったとしたら。
漠然とした不安感、戦闘に望む時に感じるものとは違い、もっと大きく締め付けられるような感覚。
なんでこんな感覚に囚われてしまったのだろう?
楽しみに来た筈なのに、不安を感じてしまう。
屋台で何かをダーチャ達と食べはしたが、余り味も感じない。
このままじゃいけない!
「クレメンス、さっきの踊りはどうだった?」
「きれいでした」
「マルクト神殿の踊りとどっちが気に入った?」
「うーん、どっちも」
「ダーチャは?」
「踊りはきれいでしたが、わたしは神殿の壁画の方が面白いです」
「そっかー、私は踊りを見に来たのだけれど、神殿を回っているうちに、何か始めに思っていたのと違うなー、って感じかしているの」
「違う?」
「そう、儀式だから厳かなのは判るのだけれど、何か無機質な感じが」
「それは、お話に有った神々との約束の為なのではないかと思いますが」
「神々との約束?」
「はい、神殿の教えの中に、こんなお話が有りました」
それは、昔、神々が人間に知恵を授けていた頃、惜しみ無く知識の宝庫を人間に開いていたと言われている。
しかし、人間はそれらの知識を争う事の為に使ったので、神々は悲しまれその宝庫の扉を閉めたそうだ。
カリアルはその神々、特にググーの神を祭っていたが、後に他の神々も神殿を分けて祭るようになったと言われている。
ある時、巫女に神が乗り移り、こうおっしゃったそうだ。
「知識の喜びを知らず、検索せざる者、汝は神より遠き者なり」
神官が神に、「我ら神の子。如何様に讃えれば御降臨いただけますか?」
「ググーの名をパタンをもって呼び、XXXをなせ」
そして、神の言葉をもって、踊りと成し讃えること約束した。
「と言ったような下りがあります」
「ダーチャ、良く覚えていているわね。すごいわ」
「神殿に行く度に聞かされる5つの話の1つですから、お嬢様」
神の言葉に合わせて、踊りを造った。パタンとかXXXが何なのか解らないけれど、きっと関連した意味なんだろう。
すると、踊りは何らかの意味を持つ、知識の宝庫の扉に到達するための。
そこには感情は要らない。収穫祭の踊りと違って喜びをもって神を讃える訳ではないから。
頭では理解したつもりになれた。でも、
「他のお話で覚えているものを教えて」
ダーチャは、他に4つの話をしてくれたが、基本、戒律を守りましょう、的な内容のものであった。
「ありがとう、そろそろ櫓に移動した方が良い頃合いね」
歩きがてら、ダーチャの話から推察すると、多分神殿は、ググーの神の知識の宝庫を開くために、神との契約を踊りと理解して祭りを行うようになった。
他の神々にも同様な手立てを考えて、神殿を建て奉った。
そして、それの総合が’神々の宴’。
となると、この祭自体には余り大きな意味はなく、各神殿での踊りによって事が成されるかどうかが問題となる。
良くわからなくなってきた。
櫓に着いて場所を探す。ラルカの言っていた、小さな櫓が4つ回りを取り囲んでいた。
台上には3人位しか踊れないくらいの広さだ。
ここの担当の巫女も交替で踊るのだろう。
櫓の頂上の巫女の踊りに合わせて、踊る。そうすると、下段の巫女たちがそれに合わせて続く。
即興で創られたステップを直ぐに模して踊るにはそれなりの技量も必要だろう。
それでも、巫女たちはどんな気持ちで踊っているのだろうか?
神の知識の欠片を手にいれるため?
それとも、純粋に踊る為だけ?
なにか、自分の中で巫女の踊りに対して嫌悪感が増してきている、そんな気がしだした。
係りのものの配慮で、先日と同じ辺りに案内される。
隊長の姿は見えない。
ぼーっとしている間に、神官の詔が始まっていた。
櫓の最上段以外には、巫女の姿は見えない。
“始まるんだ”
楽器の音が会場のざわめきを排除し始めた中、言葉が洩れた。
クレメンスは見入っているが、ダーチャは櫓の絵を描いている。
一面に引き占める人々なか、巫女たちの列が櫓に上がって来ている。初めはマルクト神殿の巫女たちの様だ。
各神殿の巫女達が、下段で一通り踊ると、一部のメンバーが中段に上がり、下段の巫女達が次の神殿の巫女と入れ替わっていく。
一旦全部の神殿が終わると、曲想が変わりそれに併せて最上段と中段の巫女が踊り始める。周りの櫓でも巫女が踊っている。
下段の巫女が勢揃いしたところで、また曲想が変わり激しいものへ変わっていく。ラルカの言っていたように、最上段の巫女に全体が順に揃っていく。これだけでも圧巻されるのに全員が同時に切り替わるなど出来るものなのだろうか?
緩急をつけた曲に変わるなか、中下段の巫女達が入れ替わっていく。その度に、踊りに切れが出てくるようだ。
入れ替わりが無くなったと思われた頃、上段と中段の踊りが揃って変わったように見えた。まただ、見間違いじゃない揃っている。
確実に周りの櫓よりも早く上段の巫女に合わせている。すごい、見ている間に下段も徐々に追いつき始めている。そして、櫓全体がシンクロし出した。もう、周りの櫓で踊っている巫女は居ない。
曲想が変わっても途切れることなく、櫓が一体となって踊っている。これが、”神々の宴の巫女の総踊り”、ある意味では美しく、また、ある意味では恐ろしくもある。
ふと気がつくと、ダーチャや幾人かの周りの娘が、櫓とシンクロして踊っている。流石に巫女達程体力が無い性か、1人また1人と脱落していくが、完全にシンクロしているのは、ダーチャを見ていても確かだ。
ダーチャも体力が無くなって、倒れ込んだところを抱き抱えたが、完全に気を失っているようだ。神憑きとも思われる現象に心奪われる反面、頭の隅で警報が鳴っている。
櫓の熱気が頂点に達したと思われる頃、巫女達が大きく足を踏み鳴らして、踊りが終わる。完璧に揃っていた、感動よりも畏怖を感じてしまう。ダーチャを抱き締めて、でも目は櫓から離せない自分がいた。
「ラミア、総踊りの感想は?」
突然のシリカさんの声に、我に返った自分がいる。振り向いた先のシリカさんの顔は厳しく、櫓をみつめていた。
「シリカ姉!」
思わず、いつも姉に対して呼び掛けるような口調に成ってしまう。
「さっ、撤収するよ」
と言って、見るように促さられた先には、巫女達が足早に、先程、櫓の踊りにシンクロしていた娘達のところに駆け寄っていっている。
介抱しに来ている様だが、少し雰囲気が違うような感じがする。
ダーチャを抱えたシリカさんに続いて、クレメンスの手を引きながら、会場の雑踏の中を例の木の方に向かって抜けていく。
思ったより楽に抜けられたのは、総踊りの余韻で、ボーっとしているものが多かったからで、何か催眠効果も有るのか、踊りの余韻に陶酔しているのか解らないが、私もシリカさんに声を掛けられなければ、同じだったに違い無い。
その証拠に、手を引かれて歩いているクレメンスは、今だ心ここに有らずの感じでついてきている。
足早に森まで移動したところで、もう一度櫓を見返してみると、段上の巫女達は最後のステップを踏んだまま、石像のように固まっている。そう、櫓とそれを見ていた人達も時間が止まったかのように。
本能的に取り込まれてはいけない、という警鐘が頭の何処かで鳴っている。シリカさんが櫓の方を見ながら、こう呟くのが聞こえた。
「手に入れた、神と交わる娘を…」
シリカさんは私の知らないカリアルの秘密を知っているに違いない。でも今は一刻も早くこの場を離れたい。
今回は、国境沿いではなく、最短で馬を預けた村に向かう。
ダーチャは、シリカさんの腕の中で寝息をたてている。クレメンスも徐々に無表情が抜けていく。
あれは、何だったんだろう?シリカさんの漏らした言葉からは、巫女の選別、と言うのが考えられる。あのそれぞれ散っていった巫女達は、候補の娘にマーキングでもしていたのだろう。
やはり、シリカさんは私の知り得たこと、それ以外にも色々と知っているに違いない。
馬と装備を受け取って、帰路につくが何か後ろを気にしてしまう自分がいる。シリカさんはダーチャを、私はクレメンスを乗せて荷物運搬の馬も率いている。
質問をしたいところだが、何から聞いてよいのか、頭の中が整理できていない。
やっと出てきた言葉が、
「追手は来るでしょうか?」
前を行くシリカさんは、少ししてから、
「さあ、どうだろう?」
余り気にはしていないような口ぶりだ。
「ダーチャを取り返しに来たり…」
「まだ、彼らの物に成っていた訳じゃないから、そこまで執着はされないと思うが」
会話は途切れて、暫くは馬を進めるだけとなる。クレメンスは私の前で馬に掴まりながらも、舟を漕いでいるようだ。
ダーチャは、シリカさんの腕の中でぐったりしたままだ。
夜営の準備に入って、夕食の準備を進める。クレメンスは、場の雰囲気を感じてか一言も口をきかずに、手伝ってくれている。ダーチャも、意識を取り戻したが、まだ虚ろな感じがしている。
クレメンスが、ダーチャにスープを飲ませたり世話をしている。余り食はすすまないが、軍人たるもの食べられる時に食べておかないと。と、自分自身を納得させながら、物を口に運ぶ。
シリカさんは、ダーチャのスケッチブックを見ながら、何かぶつぶついっいるようだが、内容が解る程ではない。皿の中身は減っているので、食べることを忘れている訳では無い様だ。
最初に口を開いたのは、ダーチャだった。
「あれっ、ここは?」
「ダーチャ!」
クレメンスがダーチャを抱き締めている。抱き締められているダーチャは、ポカンとしたままだ。
「気がついたかい?」
シリカさんが、腰を上げてダーチャに近付く。
「気分はどう?」
「身体中が重くて、いたいです、お嬢様。ただ、頭は冴えているような曇っていような変な感じです」
「これは君が書いた記号だが、意味が解るかな?」
と言って、絵の中の記号を順に幾つか指し示していく。
「実行、停止、容器?繋ぐ…」
「意味は解るかい?」
「いいえ、お嬢様。名称と何かのイメージの様なものは浮かぶのですが、それが何かを説明できないんです」
「ありがとう、まだ無理はしない方がいいな」
と言いつつ、ダーチャのスケッチブックを握りしめるシリカさんには、話しかけにくい。
「例のお菓子もあるから、食べたかったら言ってね」
と、ダーチャに声をかける。それを聞いて、2人に子供らしい笑顔が宿る。もうこれは出すしかない。
子供達に配った後、シリカさんにも持っていく。
「どうぞ。この後どうなさいますか?」
「ああ、取り敢えずシグムントに戻ってから考えるとして、お前の方はどうだったんだ?」
シリカさんと別れた以降の事を、まず主観を交えずに報告する。それから、自身の感じた違和感について、
「ほう、お前は神々の知識を得るために、カリアルの神殿が拡大していった事に連合が危惧して、半分帝国に押し付けた、と考えたんだな」
「はい、70年前の経緯や、現状を見てみますと、カリアルを分断して危険を排除する、と言うのではなく、事が起きたら帝国も巻き添え的な体制に持ってこられた感が有ります」
「やはり、連れてきて正解だったな。カリアルの連中は、巫女集めと言う名目である特殊な性質を持った娘を集めているようだ」
と言って、ダーチャの方をちらりと見た。
「それを大々的に見つけるのが、この”神々の宴”と言うわけだ」
「集めた娘達は、どうされているのでしょう?」
「それぞれに宿った知識の断片を吐き出させ、それを整理して神々の知識への足掛かりにするのだろう」
ダーチャも、その一片に成る所だったわけだ。
「そして、神々の知識に到達する、という目論見ですか?」
「いいや、知的探求心だけならは、ここまで大掛かりにやる必要は無い気がする。そうだ、巫女の総躍りはいつ頃からやっているんだ?」
「姉に教えて貰ったときに、第3回の宴を観に行けなかった、とぼやいていましたから、今回が5回目だと思います」
「細々と知識を集めるのに限界を感じ、方向変換をして20年、どれだけのものが集まったのだろう」
そう、大事なことだから聞いて置かないと。
「この後、ダーチャ達をどうなさるおつもりですか」
「取り敢えず、私の従士兼メイドとして側に置いておくつもりだ。まあ、彼女達が将来戦士を目指すかは別だが、何かしらかで食っていけるようにはしてやるつもりだ」
「有難うございます、あと帝国はカリアルに対してどのようにするのでしょうか」
「彼らが成せるかどうかについては静観の態度をとるだろう。ただなにか知識を得て事を起こしそうに成ったときには、関与できるようにしておく感じかな、これは連合とも合意が取れている内容だと聞いているが」
そうか、推察とはちょっと違っていたが、連合も関わっていたんだ。
「ラミア、ダーチャの件は内密に、ただのメイドで雇った事にしておくから」
「はい、判っています」
ポケットの中に何かがあった、取り出してみるとシリカさんとお揃いに買ったブローチだった。わたしておくべきか迷ったが、
「あの、これ連合側の屋台で見つけたもので、お揃いなんです、どうぞ」
と言って手渡してしまう。
「ありがとう、こういったものには目が行かなかったな」
と言って、嬉しそうにいじりながら、胸につけてみている。
私は服の裾に付ける。
その後は、どちらも言葉なくカリアルでの出来事を思い返していた。
基地に戻ってから、ダーチャ達はシリカさん預かりで従士の見習いをしている。そして、シリカさんの口からはカリアルの文字が語られることは無かった。
後でダーチャに教えて貰ったのだが、私が気に入ってシリカさんとお揃いで買ったブローチの紋様の意味は、
『共有』
だった。
神々の宴、本編ヒロインの一人でもあるラミアのお話ですが、楽しんでいただけましたでしょうか。アナザーストーリーネタは色々と考えていますが、今のところ最後まで書けているのは、これとアーデルハイドのお話に成ります。
今後、ヒロイン達が私の話も載せてと頭のなかで後押ししてくれたら、アナザーストーリーズとかで纏められるように成る程お話が出てくるかもしれません。
取り敢えず、ラミア編お読み頂き有難う御座います。併せて本編もお楽しみください。




