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神々の宴(2/5)


 ここカリアルの国境沿いの会場で屋台に並んでいる。今のところ人が多いと言っても屋台にあまり並ばずに物が買えるが、最終日にはどんな様相に成っているんだろう。


 片手に、勧められたカリアルのジャムを使った菓子と反対側の手には、焼き串を持つともう何も持てなくなる。が、隊長、じゃなくてシリカ姉さまの方は、屋台を回ってあれやこれやと注文を続けているようだ。


「お姉さま、私はこちらのテーブルにおりますので」


と注意を引いておく。


 廻りを屋台で囲まれた野外食堂。テーブルと椅子が用意されており、半分ぐらいに客が座っている。


 こんな感じの屋台のブロックが幾重にも連なっている。多分、国境の立札がなければそのまま連合領土まで繋がるに違いない。


 テーブルで待っていると、注文をしている本人は戻ってこずに、料理が運ばれてくる。


「姫様たちは、帝都からいらっしゃったのかのー」


「いえ、シグムントの別荘(基地)から来ました」

 

「そーかえ、楽しんでいっとくれ」


「連合側も同じような感じなのですか?」


「カリアルはカリアルじゃから、変わらんよ」


と給仕を終えた老婆は屋台に戻っていった。


 文化と祭りの趣旨からすれば、連合側も余り変わりは無いのだろう。


 いっている間にも、次々と食材が運ばれて、そろそろ二人では無理な量に成りつつある気がしてきた。


「お姉さま!そろそろお戻りに成りませんと、お食事が冷めますわー」


と声を掛けるが、果たして届いているのやら。


 まずは、お菓子から食べたいところだが、甘いものを先に取るとこの量では、って、あれ?お菓子とさっき来た何かが無くなっている。周りを見回すが、落としたわけでもない。


 さっき何かを持ってきた娘がそそくさと去って行く。もしや、と思うが席を離れる訳にはいかないし、淑女としては大声をあげる訳にもいかない。


と見ていると、シリカお姉さまがその娘ともう一人を連れて、こちらに歩いてくる。


「さあ、席にお座りなさいね」


と、言葉は優しいが凍るような冷たい口調で席を勧める。娘たちは諦めたのか、盆に乗っていたものを置いて従順に座った。


 戻ってきた食べ物以外に、更に追加された食べ物でテーブルの上は溢れかえっていた。


「招待を受けて頂いて、ありがとう。私はシリカ、こちらは妹のラミア」


 軽く会釈をしておく。先程とは180度違った優しい口調だが、彼女たちは黙っている。


「あれ、カリアルの娘さんは挨拶もできないのかな?」


 少し子供にあった口調に成っていく。


「クレメンス」

「ダーチャ」


「ようこそ、クレメンスさんにダーチャさん。少し注文をし過ぎたので、御一緒にいかがですか」


 え、何で食事を勧めてるの?この娘達(10歳前後と思われる)を懐柔しようとしてるのかしら?


「食べていいのか?」

「ええ、お食事会ですから、お話しながら頂きましょう。お二人はおともだちで?」


 さっそく、ダーチャの方は肉串にかぶりつきながら、


「二人とも施設から来たんだ。祭りがあるんで何か働けないかと思ったんだが、ダメだッんで少しおすそわけをと」


と言いながら、2本目に手を出しているのは、たくましいと言うか、図々しいと言うか。


 聞いているシリカさんは、他の焼き串を取り分けて食べている。


「普通、このようなことをしたらどうなるかは、ご存知ですよね」


「ああ、牢獄送りか、あんたは貴族さまだから、下手したら不敬罪とかで死刑かい?」


と言いながらも、食べ続けるダーチャにたいして、クレメンスは食が進まない。


「おや、お友だちは食が進まないようすですね。これが最後の食事になら…」


急に咳き込むダーチャ、それをクレメンスが介抱している。


「無いように、一つ提案がありますが、聞く気はございますか?」


 その提案は、この祭りの間従者として私達に仕えること。期間中の食事の保証と、期間終了後には、給金を与える。そして今回の事は不問に処す、というものだった。


「うまい話には裏があるって言うが、めちゃくちゃうちらに有利な条件じゃないか。何か悪いことでもさせるつもりか?」


「悪いことと言えば、既になさっているのでは?」


と浮かべた微笑みは、直視されたら背筋が凍りそうな美しさだった。流石のダーチャも固まっている。


「それは置いてい置いて、私達、カリアルに不案内ですから、案内が出来る方を雇いたいんですけど。あなた方では役不足?ですか」


 クレメンスが、何かダーチャに必死に話し掛けている、が当の本人はシリカさんの話を聞いて考えているようだ。


 デザートのジャムの菓子をつまみながら、


「どう?腹は決まって」


唾を飲み込んだダーチャが答える。


「判りましたお嬢様、謹んでその任受けさせていただきます」


 さっきとはうって変わっての口調だ。施設での教育の賜物なのだろうか?


「ほう、先程とは違い儀にかなっていますわね、何処で習らわれました?」


「8歳までは、下級貴族の分家暮しをしておりましたが、家がつぶれて施設に入れられました。クレメンスとはそこでの姉妹です。お嬢様」


「そう、クレメンスさんもそれで良いですか?」


「は、はい、お嬢様。ダーチャ共々、えっと、ご奉仕させて頂きます」


「よし、その服はなんだから、後で服を買ってやろう。その前に、このテーブルの上を空けないと、クレメンスもちゃんと食べなさい」


 あらあら、部下に対する口調になってる。


 さすがに祭りの屋台で、服は売っていないかと思えば、多分この地方の民族衣装っぽいのから巫女服の様なもの、更には帝都で流行っていそうな服まで取り揃えている。


 シリカ姉さまは、嬉々として服選びをしているようだが、この子達に合ったサイズのものは余り種類がなかった。店の主人にありそうなところを聞き出して向かうときには、既にダーチャに幾つかの荷物を持たせていた。


 そんなこんなで、祭りが始まるまでには、帝国側の屋台は全部に目をとおし終わった、と言えるくらい歩き回らされた。


 そのかいも有って、彼女たち向けの可愛らしいメイド服と何かの買い物が終わっていた。


 シリカさんは、彼女たちに体を洗って着替えてくるように指示して、この屋台のテーブルで酒を飲んでいる。


「あの、シリカお姉さま。仕事の件ですが、あの娘たちはどうなさるおつもりですか?」


「言葉のままだが?使用人として連れていく」


「体裁としてですか?それとも何か」


「知らぬか、郷に入っては郷に従えと。現地の人間の方が何事もよく知っているのだから、使って損は無いだろう」


と言って酒を飲んでいる。任務中だと言うのに、いや待て、これは私に対しての当て付けなのかもしれない。が、設定では妹の筈、何がお望みなのだろう?


 はっ、そうか、彼女たちに荷物を持たせて、フリーな状態で調査を行えるようにする、そして、彼女たちからもこの地域の情報を引き出す、では単純すぎる。


 なにか深い意味があるのだろうか?楽しそうにお酒を飲んでいる表情からは、何も読み取れない。


 さすがに私もお酒を飲むわけにはいかないので、リンゴの炭酸水を飲み続ける。


 しばらくすると、メイド服に着替えた二人が戻ってきた。


 ダーチャの髪が少し乱れていたので、ピンでとめてあげる。


「うん、可愛らしく成ったな」


 本人たちは、かしこまっているが、シリカさんは、ご満悦の雰囲気だ。


「ラミア、この後の予定は?」


「もう少しすると、祭りの開催に合わせての、催事が行われて、その後に各神殿の巫女による舞がありますわ」


「そうなの、あなたたちはそれを観ていらっしゃい。私は、終わった頃にここに戻ってきているわ」


「ダーチャを連れていきますか?」


「ダーチャも、舞、見たいでしょ。一緒に連れていってあげて」


 これは、”私は単独で調査をするから、お前はその二人から情報を引き出せ”、と言う意味に違いない。


「分かりました、お姉さまもお楽しみください。では、参りましょうか、荷物を持って頂けますか」


 二人は手分けして、何やらシリカさんが買い込んだ荷物を可愛らしいリュックに仕舞い込んでいる。あれ、いつの間にリュックも買ったんだろう。


 席で、ニコニコしながら手を降っているシリカさんを後に、遠く離れてしまった櫓まで、三人で歩いていく。


 雑踏も増してはきたが、あからさまに帝国貴族の娘がメイドを連れて歩いていると、気を使って道を空けてくれるようだ。


 それでも、かなりの時間がかかって、到着は、ほぼ巫女の踊りが始まる直前に成ってしまった。


 ダーチャが、場所を確保に走っていって、そこそこの場所に案内された。


「よくここが取れたわね」


「係りの方に、帝国貴族のお嬢様がみられた、と言ったら、ここを薦められました」


 いわゆるVIP席みたいな場所の一つなんだろう、後でその方を労って置かなければ。


 櫓の反対側にも同様なエリアが見えるので、あれも連合側のVIP席なのだろう。


 今日は各神殿の巫女が、神殿毎に序の舞を披露する筈。と浮かれていてはいけない。任務も忘れないようにしないと。


「二人とも、御祭りは初めて?」


「はい、初めてです」


とクレメンス。


「前に家族と来たのですが…」


と言い淀むダーチャ。ちょっとまずったかな。


「巫女の舞は素晴らしいから、みんなで楽しみましょうね」


と言っていると、腕章をした人物がやって来た。


「貴族のお嬢様、このカリアルの祭りにようこそおいで下さいました。帝都での評判は如何なものでしょうか?」


「このような席をあつらえて頂き感謝致します。巫女の総踊りの華々しさは、帝都でも話に上がるように成っていますが、4年に1度と言うことで、まだまだ知る人ぞ知ると言う域を出ていないのが現状ですわ」


「そのような御言葉を頂き、巫女達の励みに成りましょう。では、ごゆるりとお過ごしくださいませ」


と言って、隣のブロックの客の方に去っていった。探りか?いや、言葉通りと受け止めておこう。任務を意識すると、何か過剰な考えが先行してしまう。


 いつのまにか、音楽が周りを鎮静化させ始めている。ざわめきも、段々と散っていき、今は笛と太鼓の音が、会場を支配している。


 そこに弦の音が加わったとき、壇上に巫女たちが現れた。


 最初の巫女が序の舞を終えると、次の神殿の巫女たちに代わる。5つの神殿全部が終わると、各神殿の選抜の巫女が、それぞれソロで櫓を一周してから交替となる。


 そして、全部の舞が終わると、参加した巫女が全員櫓の舞台に上がり、神への祈りを捧げて本日は終了。あー、良いものを見た。


 ダーチャ達も目を輝かせて見入っていた。


「さあ、戻るわよ。もしはぐれてしまったら、あそこに見える一番高い木の下に行くこと。いいわね」


「はい」


とは言うものの群集で、ごった返している中を進むのだから、なかなか思ったようには進まない。


 櫓のそばから、食堂の仮設テーブルは埋まっていっているようだ。とは言え、シリカさんの待つ辺りまでは、まだまだかかりそうだ。


 やっとの思いで、たどり着いてみればそこにはシリカさんの姿はなかった。先ほど使っていた席には別の客がいるので、他の席を探して陣取っておく。


 軽い食べ物と飲み物をダーチャに買いに行かせて、クレメンスと待機している。


「何処へ行ってしまわれたのかしらね」


「探してき、参りましょうか?」


とクレメンスが、頑張って丁寧に喋ろうと努力している。


「余り動き回っても、良くないからここで待ちましょう。赤い旗3本の広場だから、先程の場所よね?」


「はい、お嬢様」


 などとぼやいていると、盆に食べ物飲み物を載せたダーチャが戻ってきた。


「屋台の方にお訊きしましたが、シリカさまは、私たちがここを後にして直ぐに出られたようです。その後はお見かけしていないと」


「そう、ありがとう」


 シリカさん、どこ行ってしまったのかしら?1時間位ここにいて様子を見るしかない、と決めたので、


「ダーチャの買ってきたもの、食べましょ」


 3皿位みんなで食べたところで、まだシリカさんは戻ってこない。クレメンスは眠そうにしている。


 仕方ない。


「ダーチャ、申し訳無いけど、さっきの待ち合わせの木の所まで行って、姉さまが居ないか見てきてもらえる?向こうに着いたら、20分位待ってみて、来なかったらこれを貼って戻って来なさい。クレメンスの面倒はみておくわ」


「わかりました、お嬢様」


と言って、メモを受け取って走っていった。


「走らなくても良いのよー」


 声は届いただろうか、雑踏に紛れてもう姿は見えない。


 クレメンスは、テーブルに頭を預けてスヤスヤと寝ている。


 この状況はどうしたものか、あ、いけない、任務を忘れないようにしないと。


 まずは、帝国通貨とカリアル通貨の為替と、屋台には両方の価格が出ているが、会場の方が両替時点よりもカリアル通貨の方が強くなっている。この後、連合側に行けば、カリアル通貨を介して、帝国と連合の相対的な経済比率が解る。


 他には?この地方の特産物であれば、基本的な価格差違が出にくいので、純粋に価格での比較が可能だ。


 小遣い帳を作る気はないが、上記のことを含めメモは取っておかないと。


 等と考えていると、ダーチャが戻ってきた。


「お嬢様、戻りました。シリカ様は居られずこれが」


と言って2つ折りの紙を渡される。裏には”ラミアへ”と書かれている。


”私は単独行動をとるので後はよろしく。最終日の宴の終了後にこの木の下で”


とだけ書かれていた。


 えー、このふたりを私が面倒見るのー。


「ダーチャ、私の手紙は貼っておいた?」

「はい、お嬢様」


 合流できない場合は、予定通りに行動する趣旨を書いてあるから問題はないとして、今日の寝床だ。


 屋台は一晩中やっていそうな勢いだが、飲み食いし続けるわけにもいかない。


「ダーチャ、野宿でも構わないから、今晩休めるところは無いかしら」


 少し考えたダーチャは、


「森の向こう側に木こりの小屋が有った筈です。そこの軒下をお借りしましょう」


「解ったわ、クレメンスを、起こしておくから、明日の朝と昼の分位の食料を買ってきて」


 祭りを楽しむ予定が、偵察任務に成って、挙げ句の果てには子守りとは。果たしてこの後はどうなるのだろう?


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