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神々の宴(1/5)

「俺が異世界では娼館の主な訳」のアナザーストーリーです。本編のヒロインの一人、ラミアのお話で、本編よりも前の話に成ります。久々の休暇に、かねてから考えていたお祭りに行こうとして行動を開始したラミアの結末は。

 本編をお読みでない方にもお楽しみいただけるとは思いますが、本編第1話位までの前提か設定編を見ていただいているとより楽しんでもらえるかと思います。先にこちらを読まれた方は、本編を読んだ後にもう一度読んでいただくと、2度美味しいかと。

 では、ラミアの旅をお楽しみください。


「今度の休日はどうするの?」


と声をかけられたのは、白銀の髪の毛に、緑がかった碧い眼の利発そうな娘。


「御祭りを観に行くわ!」

「お祭り?何か有ったかしら」


「神々の宴よ、知らない?カリアルの有名な御祭り」

「カリアル!近いとはいえここからだと1日がかりじゃない。ラミア、本気で行くつもり?」


「もちろん、だって開催は4年に1度。次の機会なんて有るか判らないもの」

「あーあ、食べ歩きの相手は別に探すか。じゃ、お土産よろしくー」


 言われたラミアの方は、休日の準備に向けて余念がない。


「よし、これで持っていくものは揃えたし、たぶん宿は取れないから野宿の用意と。後は隊長に馬の貸出しの許可を貰う、と…」

と言ったところで少しトーンダウン。


「御祭りを観に行くって言って許可してもらえるかしら?ここは学術的な探究心を持って見物に行くみたいな申請書の方が…」


 色々と悩んで書き上げた申請書を持って、隊長の部屋のドアを叩く。


「ラミア、入ります」


 部屋の真ん中にある大きな机には、山積みの書類と格闘中のこれも白銀の髪の女性がいた。


「ラミアか、なんだ」


 女性は机から顔も上げずに話している。


「シリカ隊長、今度の休日に遠出と馬の利用の許可を頂きに参りました」

「遠出?」

「はい、ちょっとカリアルの方へ」


 それを聞いた手を止めた隊長は、書類の間から顔を出して、


「何しに行くんだ?」


と言って申請書を受け取りながらラミアを見て話す。


「カリアルの御祭りを観に行きます」


と言ってから、まずったと思ったラミアだったが、隊長に面と向かっては本心で話すしかない。だって、隊長はあのヴァルキュリアなんだから。


「御祭り?何が面白いんだい」


 そこで、ラミアはカリアルの神々の宴の事と、特に最終日の巫女総出の群舞の素晴らしさを、説明しているうちに、熱を持って語っている自分にはたと気がついた。


 そして、それを聞いていた隊長は、


「そうか、それはさぞ楽しみなことだろう。許可は出すので日程表を提出しておいてくれ」


といって、また書類に埋もれていった。部屋を出たラミアと言えば、まだドキドキしている胸に手をやって、息を落ち着けている。そしてそのドキドキ感がワクワクに変わっていくことを実感していた。


 出発当日、厩舎に馬を借りに行くとそこには三頭の馬が用意されていた。そのうち一頭には野外装備品が積まれている。馬丁に確認すると、


「あれ?ラミアさん、隊長と一緒にお出掛けに成るのでは無いんですか?」


 えー、聞いていない!と心のなかで叫ぶが、この状況が変わるわけでもない。色々と考えながら自分の荷物を馬に載せていると、シリカ隊長がやって来た。


「ラミア、待たせたね。では行こうか」


の一言で出発の運びとなってしまう。


 ヴァルキュリアの隊長と一緒に出掛ける。それも二人っきりで、1週間も。これは耐えられそうにないかも。などと考えているラミアを見ずに、隊長は話し始めた。


「ラミア」

「はい!隊長!」

「今回は任務で、カリアルに行くことになる」


 え、何で祭りが任務になるの!


「あのー、どの様な任務なのでしょうか?」

「お前は、神々の宴の発祥を知っているか?」


「はい、約70年前に帝国に併合されたカリアル地方が、連合側に残された地方と併せて、古代神を祭ることにより、地方の一体感保つ、という目的で始まりました」


「そうだ、当初は神官と巫女が国境を越えて練り歩く程度だったが、開催を重ねる毎に規模が大きくなり、今では行列に参加しているものは誰でも一緒に国境を越えるまでに成っている」


「それが今回の任務とどう繋がるのですか?」


「我々は民間人に変装する」

「でも、この髪の色ですぐに帝国貴族だとばれてしまいますよ」

「ばれて良いんだ。帝国貴族の姉妹が観光で祭りを観に来た、という設定だ」


 帝国の、貴族の、姉妹が、観光で!?


 私独りの時は野宿と考えていたが、この設定では宿を取る形になるだろう。ここは、経費で落ちることを祈るしかない。


「で、任務だが、行列に紛れて連合への強行偵察、及び帝国内へ侵入した不審人物の摘発だ」


「強行偵察ですか」


 国境で巫女の総踊りを見る筈が、それを越えて連合に行ってくる事になるとは。そんなラミアに構わず。


「あと、風俗、文化、人々の、意識など調査すべき内容は多々あるがな。あと、私の事はシリカ姉さま、呼ぶように」


 隊長を、お姉さまと呼ぶー!と頭のなかがでんぐり返っているラミアに、


「ほら練習だ、呼んでみろ」


と簡単にいう。


「シリカ、お姉さま」

「硬い!お前には姉が沢山居ただろう、そんな感じで呼んでみろ」


 頭が真っ白に成ったラミアは、自分の姉をイメージして、


「シリカ姉」

「よしいいぞ、やんちゃな妹にせがまれて、祭りにやって来た姉、しかっり者の優しい姉。うん、しっくりくる」


 しっくりこなーい!と心のなかでは叫びつつも、ぶつぶつと呼び方の練習をするラミアであった。


 カリアル地方に近づくにつれて、街道を通る人並みも増えてきている。また、警備の増援と思われる部隊の移動など、賑やかさは街道にまで伝播しているようだ。


 ラミアは、例の件を確認しておかないと、と思い重い口をあける。


「シリカお姉さま、宿はどうなさるおつもりですか?」


「ラミアの予定表では、野宿になっていたと思うが」


「いえ、設定で貴族の娘の観光旅行、かつ連合側にも滞在となると、野宿は如何なものかと。とは言え、今から手配しても果たして空いているか疑問ですが」


「そうだな、連合側では宿が取れた方が安心だが、そこかしこで一晩中宴をしているのではないのか?そこに紛れ込むのもありだな。いや、そこにお邪魔させて頂く事も出来るのではなくて?ラミア」


 隊長は、私の姉…設定を頭に刷り込みつつ


「それも有るかとは思いますが、私の調べた限りでは、こちら側で全日程期間の宿を押さえておいて、途中連合側にもいきたい趣旨を伝えると、向こう側の宿も手配してくれるような所も有るようです。どちら側も全日程分プラス手数料を取られるとの事でした。ただ、そういった宿が何処かは判りませんが」


「そうか、そうだな。その辺はあたってみて確認しよう」


 結構アバウトなんだ、隊長って。


 等と話ながら会場近くの村に着く。街道沿いの村の入り口では、帝国の兵士が検問を行っているようだ。


「御祭りに行かれる方は、こちらにお願いします。それ以外の方は、そのままお通りください」


と、観光客を分類している。そこそこ集まった所で説明が始まった。


「皆様は、このカリアルの神々の宴をお楽しみに来られたと思います。ここで、幾つかの注意事項を説明しますので、お守り頂き祭りを楽しんで頂きたいと思います」


と言って、まず一般的な注意事項から話が始まる。そして、


「と言った辺りまでは、普通のお祭りでもご存じの事と思います。これから、このお祭りにおいての特別な注意事項に移りたいと思います。ところで、巫女の行列に参加して連合側の神殿も見学されたい方はどれくらいいらっしゃいますか?」


 私達含めて半数くらいの手が上がる。


「はい、特に今手を上げた皆様に注意頂く内容となります。それは…」


 要約すると、国境は何時でも越えて良いわけでなく、巫女の行列に参加してと、最終日に国境の上で行われる、奉納の舞の最中だけ。また、越境時には手荷物以上の物は携帯してはいけない、と言うことだった。


「…と言う事を守って頂いて楽しく祭りをお楽しみください。何かあったら、お近くの兵士に聞いてください。祭りに関しては、世話役のかたが腕章を付けているので、その方にお聞きください。なにか質問は?」


「連合側に行った時に、帝国のお金は使えるんですか?」


「良いご質問です。帝国内に留まっていられる方は、帝国通貨。連合内では、この祭りの時に暫定的に発行される、カリアル通貨をお使い頂きます。帝国通貨との両替は帝国内でしか出来ませんので、ご注意を。後、このカリアル通貨は祭りの間のみ帝国側でも使えます。他は?無いようでしたら、御祭りをお楽しみください」


と説明が終わってしまった。


「シリカお姉さま、宿の件どうなさいますか?」

「説明員が言っていただろう、腕章のものに聞けと。我が妹は耳がないとみえる」


と言って村に入って腕章をした人物を探すが何処にもいない。神殿まで行ってやっと見つかった位だ。だが宿については、この村のキャパは既に越えて、神殿で対応しているがそれも厳しいとのこと。大きな神殿のある隣町ならもしかしたら、と言われるくらい。


 となると隊長の判断は早い。馬と荷物を預かって貰えるところと、カリアル通貨の両替所、更に野宿に適した場所を聞き出して、神殿を後にする。


「祭りの流れは、1日目が国境で、2日目が連合、3日目が帝国、最終日が国境だったな」

「はい、お姉さま」


「帝国側での巫女行列の往く順は?」

「この村の神殿、そして少し北にある村の神殿、最後に一番東よりの町にある大神殿の

順になります」


「国境の催事場はここが一番近いんだな」

「はい、町よりはと言う程度ですが」


「よし決めた」


 隊長、じゃなくて、シリカお姉さまの決めた行動方針は、馬は預けて今夜は夜営、翌日以降は装備も預けて、軽装で国境の開催場から後を追う形で動く、また、連合側では現地の状況に併せて対応。と言ってしまえば行き当たりばったりなものだった。


 この人って、やっぱりアバウトなんだ。


 そのまま馬を預け、野営の準備も終わるとやることがなくなる。焚き火で食べ物が焼けるのを待つしかない。


「ラミアはこの祭りに何で固執するんだい?」


 突然の振りに、


「姉が沢山居ましたので、姉達の得意なことを色々と教えて貰いました。戦死した2番目の姉が踊りが得意で、事有る毎に踊りや色々なお祭りでの踊りの話をしてくれて…彼女が一度は観てみたい、と言っていた’神々の宴’については特に印象に残っているんです」


「踊りか、私の姉達からは武術一辺倒だったような気がする。ただ、研ぎ澄まされた武術の動きは踊りにも似た美しさを持つ、と聞いた記憶は有るが…」


と言って遠い目をしている。


 パキッと薪のはぜる音に気が付いて、


「もう十分だろう、食べるか」


 食事が終わってしまうとやることが無くなってしまう。


「よし、食後の腹ごなしに、一戦剣を交えるか」


「シリカお姉さま、誰かに見られたりすると少し体裁が」


「それもそうか、じゃ踊りを教えろ。たしか得意ときいてるが」


 えー、踊りを、教えるー。それもヴァルキュリアと名高い隊長にー。ここはもう意を決するしかない。


「シリカお姉さま、ここカリアルの神殿の踊りは…」


 姉の受け売り含めて、カリアルの各神殿での踊りの特徴等を動作を交えて説明する。飲み込みの早い隊長は、簡単な仕草にはちゃんとついてこられる様に成った。


「…と言う感じで、各神殿での手の動きに特徴があります。そして、最終日の群舞では全神殿の手の動きと併せて、最終日独特の足の振付が付くそうです。が、姉はそこが解らないので、来てみたかったようです」


「踊りも剣技に劣らずハードなものなのだな。汗をかいた、水浴びでもしよう」


 近くの清流に行って汗を流す。月明かりのなかでは、何もかもが幻想的に見えてくる。一糸も纏わぬシリカ隊長の肌の上に紋様が見えたので、思わず聞いてしまった。


「あのその紋様は?」


「ああ、これか?連合のヴァルキュリアにつけられた傷だ。致命傷には成らなかったが、3ヶ月ほど寝たきりにさせられた。ここまで綺麗に切られるとなんとも言えんが、後少し深かったら、内臓をぶちまけていたそうだ」


 傷を擦りながら、


「あの時は、戦姫成りたてで武功にはやっていたきらいもあったが、この一撃で知らしめされたよ」


「…」


「昔の話だ。其の後、研鑽して今はヴァルキュリアの称号を貰ったが、あの時生かして貰った感はどうしても拭えないんだ」


「良かったです。でなければこうしてお話しできませんから」


「まあな、この世の生業とは言え、人と切り結ぶ事への虚しさを伝えたかったのでは、とこの頃思えてくるのは、彼女の境地に近付けたからだと…、そろそろ上がるか」


 そして、焚き火に戻りどちらからともなくお休みを言って寝てしまう。朝、起きるとシリカさんは、昨日の踊りの振りを練習していた。


 野営をたたんで、装備を預け軽装で国境の会場へ向かう。無論、両替は忘れていない。取り敢えず国境沿いに会場を目指すが、特に立札以外に柵や壁などは設置されていない。警備をしている兵士を見付けたので聞いてみると。


「国境と言って柵などを作ってしまうと、動物達の往き来に支障が出てしまい、自然のバランスが崩れると言うことで、人間向けの立札のみに成っています」


 まあ、国境なんて国家間(人間同士)の認識でしかないことは確かだが鹿の親子がのんびりと連合側に渡っていくのに対して、こちらは国境線に沿って、遠回りをせざるを得ない状況は虚しさを覚えるだけだ。


歩いていると、連合側の兵士にも声をかけられる。


「帝国のお嬢さん、後一時間くらい歩けば会場に着きますよ。カリアル名物オレンジのジャムを使ったお菓子が有りますから是非試してくださーい」


と国境の向こう側から声をかけてくれる。


 のどかだ。


 連合は敵対国家なのだが、ここではそんなことは感じられない。


 お礼の声をかけて、先へ進む。


 個人同士では特にいがみ合う必要もないが、国家となると別だ。


「なぜ、戦争をするのでしょう?」


 考えてきたことが、口に出てしまった。

それに対して、


「この世界の理に合わせての口減らしなのかもしれないな」


 口減らし、そう姉たちが率先して戦場に向かったのは、男の子が産まれない我が家での口減らしの為。それを大義を持って行うのが、国家間の戦争。


 今まで、ぼんやりと理解、いや判っていて目を反らしていた現実が、輪郭を持って目をそらせない様に置かれたようだった。


「どうすれば…」


「この理に抗うだけの意思を持って行動して、それを支え会う仲間と一緒に進んでいく。それが出来れば、何かが変わるかもしれないが、その未来がはたして良いものかどうかは別だ、みんなにとってだが」


 結論は無いものなのだろう、自分がそれに関わるだけの器でも無いだろうし。


 会場までの道中は、静寂が支配していた。


 少しずつざわめきが、風に乗って流れて来る。


 木々の間に、櫓のようなものが見え隠れしてくると、もう会場は目の前だ。


「お姉さま、やっと着きましたわね」


「ええ、思ったよりかかったわ、直接来た方が近かったようね」


 国境を見ておこうと言い出した本人の言とは取れないが、聞き流しておこう。


「多分、屋台などが出ていると思いますわ。何か口にしましょう、お姉さま。先程のジャムのお菓子も有るでしょうし」


 姉妹ごっこも段々板について来た気がする。

目の前に3段に成った舞台が、そびえている。ここで巫女たちが群舞するのかと思うと、胸が高鳴ってくる、が任務も忘れてはいけない。


 舞台上では、数名の巫女が舞台の具合の確認で振りをつけて踊っている。あれは、マルクト神殿の巫女に違いない。手首の動きに特徴があるのですぐにわかった。あっちの巫女はハルミナ神殿の、こっちは…全部の神殿から一人づつ来ているようだ。


 とすると、最上段にいる娘は何処の神殿の巫女だろう?既に舞台の確認は終わった様で、踊りだす気配はない。


 ずっと見いっている訳にもいかないので、屋台の方に向かおうと横を向くと、ニコニコとしてこちらを見ているシリカ姉さまがいた。


「気は済んだかい?」


「はい、お待たせしてしまいました、お姉さま」


 我ながら、すらすらと出るようになっ来たと思う。昨日、隊長の話を聞いてより身近に感じられる様に成ったからかも。そう言えば、隊長は末っ子なのかしら?


「あちらに何やら屋台が御座いましてよ、早く参りましょ」


「我が妹ながら、食欲の方が優先と見える」


と呆れた姉を演じながら着いてくる。


 我々は、会場の裏手から来たようで、演舞台の廻りはかなりひらけているが、その向こうの丘まで屋台等がひしめいているのが見える。

そして、それに群がっている観光客も。


 少し目をやると、国境線の向こう側にも同様な屋台や風景が見える。


「これでは、最終日は数万人規模の人で賑わいますわね」


「よし、ここではぐれた場合は、今出てきた森のあの高い木の下で待ち合わせましょう。一時間位の余裕を見てからで構いませんよ」


「はい、お姉さま」


 この取り決めが後で役に立つとは思いも因らなかったラミアであった。


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