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万能完璧天才医者は治さない

作者: フカイン

他人の病気の前に自分の設定直せって言われそうな天才医者のお話。

 ここはとある領主が治めるとある街。

 その中でメインストリートから横道にちょこっと入ったところにある小さな診療所、それが俺の住んでいる場所。

 しかし、小さいながらも医療器具から薬品の充実ぶりは王都の貴族向けの病院を上回っている。

 わかるかなー? この見た目はみすぼらしくとも中を開ければどこよりも優れた施設っていうギャップ。シャレオツじゃない?

 もちろんシャレオツな診療所だから身体にいいハーブティーとかも出しちゃうし、菓子屋顔負けのクッキーとかも出しちゃう。料理できるってめっちゃかっこいいでしょ? すごい出来る男って感じがしてさ。尤も、それ以外は実に普通なんだけど……。

 で、そんな小さな診療所を1人で営んでいるのがこの俺。何が出来るかというと、それはそれは、もう何でも治せる。致命傷から不治の病、解呪不能と言われた呪いから永続的な肉体の変質、あとは心の病なんかもいける。言っちゃうと、死のうが魂が崩壊しようが本人が生きたいと強く願うなら、受肉してから復活なんてことも出来ちゃう。

 俺は万能完璧天才医者なのだ。


 しかして世には治していいものと悪いものがあるのだが……。

 人の世って難しい。


 さてさて、それでは俺の日常をご紹介しましょう。

 とある日、時刻は朝の6時半。時計は高いですけどありますよ。1週間に1回くらい街の時計塔見て合わせにいかないとダメだけど。さてそんな朝早くに俺はドアを叩かれて起こされたわけだ。そこまでして俺を呼ぶのだから、もしかしたら急患かもしれませんね? 対応する為に急いでドアを開けますよ。

 するとそこにいるのはいつもの常連さん、この街の役人でした。熱が出ちゃったらしいです。そんで仕事行かなくちゃならないからすぐに治して欲しいと。

 いやね、毎度説明してますよ? 風邪薬飲んで2日も休めば治んだ方が、俺の究極完全治療受けるより安く済みますよと。それでもどうしても仕事行かなくちゃならないらしいです。体調悪いの堪えて働いているのが上司にバレると、無理矢理ここに行くように言われて、治ったら治ったで周りに迷惑かけたからとその日は無給料で働くことになるからとのこと。

 確かにそんな人が前にいたけどさ。

 まぁ、大変なんですね。ハーブティー飲みます? あ、急いでいるからいらない。そう……。


 でもな! 俺の日常語る上で、こんな薬で治せちゃうただの風邪引きなんか至高神医者の俺にとってはどうだっていいんだよ!

 ただ来るのがちょっとした病気怪我の人達ばかりで、これから話に出るような人の噂を教えてくれるのがなんだかんだで街に詳しい役人だったりじっちゃんばっちゃんだったりするわけ。


 その役人曰く、この街に不治の病と診断されて医者から匙を投げられた少女がやってきたらしい。

 もしかしたら! もーしーかーしーたーら、俺の出番があるかもしれない、かっこよく参上してこんなのなんでもありませんよと言わんばかりに治せるかもしれない。ということで軽くその少女について調べましたよ。少女の症状を、ってね。

 そしたら、その少女この街で仲良くなった少年がいるらしい。毎日少年が甲斐甲斐しく少女とお話したりいろんなものを持ってきて気持ちだけでも元気になって欲しいと頑張っているんだって。

 あー。これは勝手に治しちゃいけないやつですわ。

 どうしてって、こうした毎日の中で少女と少年は仲を深めていくんですよ。遠くない必ず訪れる永遠の別れ、ある日気付く愛情、別れの日が近づくほどそれは強くなって、1日1日を大切な日にしようと過ごしていく。そしてついにやってきた少女の死。少年はボロボロに泣きながら1度は心打ち崩れるのだが、少女を永遠に忘れないと誓うことで立ち直ることができる。

 そして尊い永遠の愛に対して少女の墓の前で観衆がエモいエモいと拍手するの。

 ところでエモいって何? 無敵崇高医者はちょっとおじさんだから若い人達の言葉わからない……。

 少女、治療に来てくれないかなー。でも勝手に治しちゃったりするとまた叩かれるからなー。あと、イカすシャレオツ診療所見つけづらい治療費高いからなー。

 まぁ、来てくれることを祈っておきましょう。俺はいつでも待ってるぞ!


 さて別の日。腰が痛いというじっちゃん曰く、この街に生まれながらにして解けぬ呪いを受けた少女が来たらしい。聞くに親が禁呪に手を出してしまい、その禁呪の契約の代償として子が永遠に呪われることに。

 うぅっ……、かわいそう……。少女悪くないじゃん! 親ひでえやつだな、くそっ!

 ちょっと街中で見かけること出来たけど、全身に火傷の痕のようなものがあって、時々痛そうにしてた。あと時々何もないところを振り向いたりしてたから幻視や幻聴もあるのかもしれない。それでも気高く生きようとする少女の振る舞いよ。いやー、心が震える。同じように感銘を受けた人がいるのか、彼女にはたくさんの人を連れていた。頑張ってみんなで1人の少女の呪いを解こうと旅をしている感じかな。わかる、わかるよ。勇気凛々医者もちょっと荷物まとめたくなったもの。

 ところで呪いを解けるかどうかで言いますと。バッチリ解ける。

 だって俺、神聖完成医者だもの。

 でも出しゃばって解いちゃいけねえんだよなー。

 彼女の人生は呪いと共にあったようなもの。これを一瞬で、はい解けましたとかやっちゃうと、彼女の人生全部無になっちゃうの。プロフィール欄に呪いを受けてますだとかわいそうだとか、それを解く為に努力してますとかなら観衆はエモいエモいって手を叩いて応援してくれるんだけど、解けましたってなると誰も見向きもしないからね。あと、少女の周りにいる人達があんなに頑張っているのに、俺が出しゃばるなんてもう無粋。

 旅の果てに俺の診療所見つけたことになんねーかなー。でもなー、俺の知ってる人は知っている診療所ホント知ってる人しか知らねーからなー。

 まぁ、見つけてくれることを祈っておきましょう。でも、正体隠して一緒に旅に出ようかな……。


 んでんで別の日だ。それはそれは口が悪いばっちゃんがうちに来た日だ。症状? 言ったでしょ、口が悪いって。このばっちゃんが俺の悪口を他所で言ってることも知ってるぞ。もう、陰口が大好きなんだ。今日だってただの世間話、話す相手がたまたま俺しかいなかっただけ。営業時間中ですよ! もー、これを治すにゃ、毒薬ぐらいしか思いつかない。

 そんなばっちゃん曰く、この街に獣の姿をした化け物が来たらしい。あー、やだやだ怖いわ。これじゃ街も安心して歩けない。衛兵駆除してくれないかしら。あと、お茶のおかわりいいかしら。と。

 んもー、話聞かなきゃそのまんまにしてたけど、聞いちゃったからには様子見に行きましたよ! 俺は最強無敵医者だからね!

 今回は直接話を聞いてわかりました。肉体変化で狼の姿になってしまった元人間ね。おそらく呪いの類かな? 狼の顔に全身毛深くふさふさしてたけど、しっかり二足歩行してたし話も出来ました!

 狼人間曰く、昔は山奥の村の木こりだったそうだが、森の精霊の怒りを買い今の姿になってしまったらしい。それでその姿からか村から追い出され、いろんな場所で忌み嫌われて荒んだ人生を送っていたそうだ。

 大変な人生だったんだな……。でもそれも今日で終わりだぜ? なんせ俺は万事解決いsy。

 と言おうとしたところで小さな女の子がとてとてと近寄ってきて、おじさんおじさんと言いながら狼人間に抱きついたじゃないでしょうか。あらかわいい。

 そしてその可愛らしいお嬢さん、俺を見るにおじさんはこんな見た目だけどホントはいい人なんだよ、私を助けてくれたんだよと聞いてもいないのに必死に説明してくれる。微笑ましいねえ、かわいいねぇ。

 なるほど、じゃあもう治しません!

 あれでしょ? 獣の姿になってしまった元人間。人の心を失いかけていたところで、なんとなく助けた女の子との毎日の中で人の心を思い出してきたんでしょ? それを見て観衆はケモいケモいって手をクラップさせながら喜ぶんでしょ? わかるわかる。

 ところでケモいって何でつか……。聡明全知医者でもちょっと若い人の言葉はわかりませぬ……。

 で、今日はそちらの可愛らしいお嬢さんにお洋服買ってあげられないかと、あわよくば美味しいご飯食べさせられないかと勇気を出してこの街に!

 あ、俺ですか? 俺は小さな診療所営むちんけな医者ですよ、へへっ。

 でも美味しいハーブティーとクッキーだけは自信あるので、旅の思い出に俺の診療所どうっすか!?


 はい、別の日です。お便りを1通頂きました。

 PN.ちょちょちょさん。

 突然のお便り失礼します。私は先日貴方様のことを知りました。あなたは唯一治せる立場にありがながら多くの患者を放置していると聞きます。それは貴方様が多くの人間を殺していると同義じゃないでしょうか? そう思うと私は貴方様に対する怒りが湧いてきます。人の心があるのならば、その命を救うべきでしょう。私が貴方様がその使命を理解できることを望んでいます。

 ……。

 うるせーーーーーーーーー!!!

 丁寧な物言いで他人否定しておけば、事を荒立てないとでも思ってんのかーー!

 改善点はこうですよとわざわざ添えてくるのが腹立つわ。

 これでもね、俺だって若いころはバリバリなんでも治してたよ。でもね、人の為にと思っていたのにね観衆から叩かれるんだよ。エモくないエモくないと手で叩いてくるの!

 エモいってなんだよ……。俺の知らない単語で罵るなよ……。

 わかる? 誰かが一言発したことで、その話題についてみんな自分はどう思うよって正論顔で情報の付けたし付けたしして、ドンドン補強されたご指摘が完成していくその様子が。

 俺は公正平等医者! 診療所来て、治療費出してくれたら治すの! いろんな人の話の真ん中取ったら今の状況になってるの!

 くそっ、イライラしてきたぜ……。ハーブティー飲も。あっ、落ち着く……。


 そして別の日。この日はお昼過ぎぐらいまで平和。でも一応商売だから体調管理が出来なかったのを上司に怒られて突き出された役人さんでも来てくれないかな。

 と思っていたところでちょうどですよ、ドアを開ける音が聞こえてくるのは。

 ご来店ありがとうございまーす! 今日はどのようなものをお探しですか!? ハーブティーですか!? クッキーですか!?

 とはしゃぐ俺とは対照的に沈痛な面持ちをした冒険者風の男が入ってくる。

 あ、腕がない……。冒険でなくしちゃったのね。

 冒険者曰く、仲間と共に旅をしてドラゴンの巣に挑戦していたら、たどり着く前に罠にかかって腕を落としてしまい、挑戦は断念、復帰は無理だろうとパーティから離脱してきたそうだ。でも、冒険者としての夢は諦めることができず、いろいろなところを渡り次いで俺のところに辿り着いたらしい。

 ドラゴンに挑戦するって言うことは相当の腕前だったのね……。うぅ、悔しかっただろうね……。

 大丈夫かな。腕がなくて悔しいけど冒険者諦めることになりましたの方がエモいエモいって褒めてもらえると思うけど。

 え、冒険者を続けたい気持ちがとても強くて、他の生き方が考えられない?

 でも、大丈夫? 確かに元通り生やせるけど、片腕でも強いとかになった方がかっこいいかっこいいって褒めてもらえるよ?

 え、両腕の方が出来ることが多いからそっちの方がいいって? た、確かに……。

 で、でも! 今流行りの魔法技師のところで義手にしなくて大丈夫!? そっちの方がシャレオツシャレオツって褒めてもらえるよ!?

 え、自分の身体で1からやり直したい? え、本当に? 本当にーー???

 でも、治療費がちょっと高くて! あ、今までの冒険で得たもの全部売った金があるのね。1からやり直したい気持ちは本物だと……。

 えー。

 もう、治しちゃう! 無敵最強究極完全天下無双天才完璧万能医者治しちゃうよ!

 いや! 治させてください!

 いくよ? はい! よし治しましたー! どうだ、シャアオラァ!

 それが君の新しい腕だよ。さぁほら、このティーカップ持ってみて。持てるから。

 そしてハーブティー飲んで! 早く! 美味しい? え、美味しいって!?

 ありがとう! あと、これクッキーね! 食べて食べて! え、美味しいって!?

 よっしゃあ! 100点! ホント今日は来てくれてありがとう!

 ありがとーーーーーーーーーー!!!


 どうだったかな? これが俺の日常。

 ホント世の中って難しいよね。そもそも手を叩く観衆なんだって言うんだよ。だから俺は明日からもビクビクしながら治したり治さなかったりを見極めながら過ごしていくよ。

 もし、仕事前に熱が出たとか腰が痛くなったりとか世間話したくなったらこじんまりした診療所見つけていらっしゃい。

 天才完璧万能医者はお待ちしております。

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