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神様の目覚め

 リスちゃんは小さい身体を生かし、冷え始めた土の上をひた走ります。

 どんぐり探しに、動けるものはほとんど参加したことで、森の中はいつもよりもずっと静かな状態。自分のかすかな足音さえ、大きく響いているような気がします。


 ――それにしても、あいつがあんな役を買って出るなんてね。


 リスちゃんはアライグマくんのことを考えていました。

 口も悪けりゃ態度も悪い、この森きっての悪ガキというのが、ほんの少し前までのリスちゃんの評価でした。

 どんぐり探しの時に話を聞いたのですが、アライグマくんも両親を早くに亡くし、自分ひとりの力で生きていかねばならず、だいぶ苦労したようです。だから舐められないように、強く相手に当たって、口調にもトゲが含まれることがしばしばなのだとか。


 親を亡くしているのは、リスちゃんも同じです。父も母も、娘である自分に生きる術を教えてくれてしばらく経った後。朝方にいつものように外へ出かけて、二度と戻って来なかったのです。

 いきなりひとりぼっちになったリスちゃんは、そのぽっかり空いた穴を、みんなとのふれあいで癒そうとしました。いたずらは、その手段のひとつにすぎません。

 乱暴に走ったか、いたずらに走ったか。

 それしかアライグマくんと自分が違う点はないのです。


 ――ま、ちょっとは見直したかな。



 リスちゃんが根っこ広場に着いた時、アライグマくんは根っこに絡まれたまま、ぐったりしていました。

 およそ数時間、吊るされたままだったのです。ずいぶん体力を使ってしまったことでしょう。

 あの時、ブナ横丁 三丁目に区域を絞れた後、アライグマくんに、根っこに謝って自由になることをみんなが勧めたのですが、彼自身が拒否したのです。


「ちょっと休んだら、追加で詳しい話を聞いてみるさ。そのためにもこのままの方がいい」


 どこまでも意地っ張りな言葉でした。


 リスちゃんは、あの根上がりの中へ放置していた笹の葉を取ると、アライグマくんの鼻先をこしょこしょ……。


「ぶえっくしょい! えーい、ちくしょう!」


 大くしゃみのアライグマくん。パチパチと目を見開いて、あたりをきょろきょろ。やがてリスちゃんを見据えました。


「やっほー、生きてるう?」


 冗談八割。本気二割で話しかけるリスちゃん。


「けっ、人の昼寝を邪魔しやがって、よくいうぜ」


 少しは顔色が良くなりましたが、その声は内容に反して、絞り出すような弱弱しさです。


「見つかったよ、どんぐり。クマくんが最後に頑張ってくれたの」


「ほお、やるじゃん。これであいつも自信をつけてくれりゃいいんだがな。せっかく力もタッパもあるっていうのに、それがビビりじゃもったいねえ」


「仕方ないじゃん。おじさんがあんな目に遭っちゃったんだし……でも、大丈夫だよ。神様がいらっしゃるんだったら、おじさんの傷も治る。そしたらみんなでまた、ゆっくりできるって……」


 その時でした。

 ずず、と音がすると、リスちゃん目掛けて、一本の根っこが鞭のようにしなりながら迫って来たのです。

 あっと思った時には、すでにリスちゃんはその小柄な身体を縛られ、アライグマくんの横に並ばされていたのです。

 突然のことに、リスちゃんは理解が追いつきません。


「えっ、えっ? なんで? どうして?」


「お前、いたずら好きから、ウソつきに心変わりか?」


「わけのわかんないこと言わないでよ。でも、なんで? おじさんの傷、治るはずだよね?」


 根っこの更なる追及はありません。ウソはないということです。


「となると、お前のさっきの言葉でひっかかりそうなところは……」


 アライグマくんが少し考えて、やがてくっと顔を上げました。


「『みんなでまた、ゆっくりできる』」


 その言葉から一拍おいて。

 新しい根っこが、アライグマくんの元へ伸び、その顔を締め上げます。踏みにじられた布切れのように、肉がしわを成してこわばります。アライグマくんがうなりました。


「ぐうう……まじかよ。申し訳ありません、木々様。恐れ多くも重ね重ねウソをついてしまいました。なにとぞ、なにとぞ、お許しくださいませ」


 アライグマくんの声音は、一気に神妙なものとなり、木々たちに許しを乞います。

 すると、一本ずつゆっくりと、根っこたちがアライグマくんから外れて始めました。一気に解放されないのは、ウソを重ねたゆえに、未だ根っこたちに疑われているかのように思われました。

 それでも、だいぶ楽になったらしく、先ほどよりもわずかに余裕をもって、口を開きます。


「さっきから気になっていたんだが、リス。お前の身体についた臭い、それが御心にかなうどんぐりのものなのか?」


「うん。ヘビさんがいっていた一品よ。確かに、鼻が曲がってしまいそうだった……木々様、出過ぎたことを申しました。これよりは誠実に言葉を紡ぎますので、なにとぞ」


 拘束がゆるみ、リスちゃんは地面に降り立ちました。そのまま一本一本、絡んだ根をほぐされていくアライグマくんを見上げ、待ちます。

 ヘビさんたちに、二匹で追いつかなくてはいけない約束でした。


「実をいうとな、リスよ。お前が来る前から、似たような血と油の臭い、かすかにしていたんだよ。いや、あれはどちらかというと……鉄、か?」


 アライグマくんの顔が少し引きつります。まだ、根の拘束は完全に解かれてはいませんでした。


「遅い……」


 ヘビさんがとぐろを巻いたまま、また舌を出しました。

 すでに全員は、どんぐり池の前に集まっています。たわんだ落ち葉が何枚か浮かぶ水面は、うわさに違わぬ美しさを保ち、一同の全身をきれいに映し出しています。

 リスちゃんとアライグマくんの姿はまだ現れません。木立の間を縫って吹き寄せる風はじょじょに冷たさを待ち、震えながら待機している動物たちが、すでに何頭か。

 本来ならば、自分の巣穴の中でぬくぬくしながら、身体の熱を守らねばいけないものもいます。

 それが、クマくんの願いと、奇跡を目の当たりにせんがために、無理を押しているのでした。自分たちの労苦が、報われる瞬間を信じて。


 ――彼らに、これ以上、辛い時間を過ごさせるわけにはいかない。


 ヘビさんは、くるっと身体の向きを変えると、正面からクマくんを見据えました。



 指示を受けたクマくんは、どんぐり池の真ん前。みんなに囲まれながら、じっと池の面を眺めていました。

 深呼吸しながら、一歩、水の中へ踏み込みます。一足早く、夜の冷たさをたたえた水は容赦なくクマくんの肌を苛めますが、止まるわけにはいきません。


 ――よろしくて? クマくん。どんぐりは池の中心、その底に捧げねばなりませんの。あなた自身の手で。


 ざぶんと、肩まで一気に浸かりました。すかさず、水をかいて泳いでいきます。

 じっとしていたら、そのまま凍えてしまいそうでした。けれども、泳ぎ始めたらこちらのもの。暖かみを帯びた身体が、寒さを弾き始めます。

 元より、泳ぎは得意なクマくん。すぐに池の中心部にたどり着きます。


 ――池の中に潜りなさい。そうすると、底に大きな穴があるはず。そこにどんぐりを投げ入れるのですわ。


 思い切って顔をつけ、池の中へと沈んだクマくんですが、光がしっかり届かないのか。黒い地面しか見えません。

 息を継ぎ、もう一回。それでもかなわず、もう一回……。

 水面に顔を出すたび、みんなが自分を見守っている姿が目に入ります。誰一人、去ろうという姿勢を見せず、静かに自分に期待してくれている。

 クマくんにとって、何よりありがたい応援です。


 ――そうだ、みんながいてくれるんだ。ビビっているひまなんかない……!


 自分を奮い立たせ、今一度、池の底へ。今まで見ていなかった方へ、身体を向けます。

 ありました。延々と広がっているかと思った池の底の一部が、ぽっかりと大きく空いているのです。クマくんの身体がかろうじて入るかどうか、といった大きさのその穴からは、かすかにあぶくが立ち上っています。


 ――やっぱり、神様がこの中に。


 クマくんはどんぐりを握りしめながら、穴のすぐ近くまで潜っていきます。のぞき込んで見ましたが、底は見えません。


 ――どうか、お父さんの傷を治してください。お願いします。


 願いを込めたどんぐりが、クマくんの手を離れました。

 ほんの少しの間、穴のふちで頼りなく浮いていたどんぐりでしたが、湧き出るあぶくが触れたとたん、「がぼっ」と音を立てて、勢いよく穴に吸い込まれてしまいます。

 ほどなく、地面が揺れ始め、つられて池の水全体にも振動が。あの穴から出るあぶくの量も、急激に増していきます。


 ――来る! 何か、出てくる!


 反射的にクマくんは、全速力で浮上にかかります。


 ざぱっと顔を出した時、池の周りにいるみんなの表情が、一様に驚きに満ちているのを、クマくんは見て取りました。唯一の経験者であるヘビさんはというと、クマくんの背後をじっと見据えているのです。

 もしや、とクマくんは自分の背後を振り返ってみました。


「柱」とひと目見て、思います。

 確かに、先ほど確認した穴から、ギリギリ出てこられるくらいの幅の円柱。それが、水面を突き抜けて見上げんばかりの高さで立っているのです。

 茶色く染まった肌には、幾本もの筋が見受けられ……?

 いえ、違います。

 これは筋ではありませんでした。ましてや、しわ、木目、皮のはがれなどでもありません。


 どんぐりです。無数のどんぐりが柱の形に集まって、こうしてみんなの前に姿をさらしているのでした。

 そして、あの血と油をたぎらせたような、鼻の曲がりそうな臭いも健在。最も近くにいるクマくんは、水から出たばかりで満足に息も吸えていないのに、つい止めたくなってしまうほどです。

 御心にかなうどんぐり。この数えきれない量すべてが、そうなのでしょう。

 間近で見る、動物業とは思えない姿に、またクマくんの心の中に「怯え」が首をもたげ始めた時。


「クマくん、願いを伝えなさい。あなたこそが、叶えるべき立場なのですわよ」


 ヘビさんが声をかけてきます。

 そうでした。たとえ、目の前にいるのが異形なものだとしても、願うことは変わりません。


「こ、こんにちは」


 水に浮きながら、ぎこちなくも挨拶をして、様子をうかがおうとするクマくん。


「お前か、回収してくれたのは? おかげで、かけらがすべてそろった。感謝しよう」


 神様から言葉が発せられ、クマくんは驚き、ヘビさんをのぞいた周りのみんなも、ざわつき始めます。

 なぜなら神様から出た声は、質や高さに至るまで、クマくんのものと全く同じだったからです。それでもクマくんは、何とか言葉をつなげます。


「お、折り入って、頼みがあるのですけど……」


「折り入って、頼み?」

 

「はい、僕のお父さんがケガをしてしまい、それを治してほしいのです。お願いします」


「どこにいるのか?」


 またクマくんの声で、神様が淡々と尋ねます。


「ええと、根っこ広場の三丁目にある、ウドの根上がりの下に寝かせています」


「調べる」と神様はつぶやくや、その身体を空に向かって、更に伸ばし始めました。

 その体高の急激な伸長に、周囲の者がどよめきます。盛大に水しぶきをあげる勢いを持ちながら、その身から、どんぐりの一粒も落としません。

 あたりの木々を超える高さまで伸び、いったん動きを止める神様。


「確認……記憶……投射」


 それはクマくんにしか、聞こえないような小さいつぶやきでした。

 神様はぶるぶると身体を振るわせると、不意にピカッと、一回だけ強く光ったのです。思わず、一同は目をつむってしまい、次に視界が回復した時には、もう神様は先ほどの背丈に戻っていたのです。


「修復した。完全に」


 短く、クマくんの声で告げる神様。

 けれども、実際に目の当たりにしていない以上、手放しでは喜べません。すぐに根っこ広場へ引き返し、確かめなくてはいけません。そして、いまだ姿を現さないリスちゃんとアライグマくんの両名も迎えて……。

 みんなはぞろぞろと支度を始め、クマくんも池からあがって胴震いをしかけた時。

 神様がまた口を開いたのです。


「だが、無駄だったかもしれない。もうじき、お前の父は死ぬ」


 だしぬけの言葉に、クマくんを始め、みんなは耳を疑います。


「お前の父だけじゃない。リスが一匹、アライグマが一匹……そしてお前も、その他も、みんなみんな、死が迫る。逃れられない死が迫る」


「な、何を……」


 

 頭が追いつかず、クマくんがつぶやきましたが、神様はそのままザブンと、池の中へ沈んでしまいました。


「ひんからから! ひんからから!」


 コマドリさんの声が上空から降ってきます。みんなは頭上を仰ぎ見ました。

 逆さ虹は、もう七色全てを見ることはかないません。それほど大きく、いえ森そのものに近づいていたのです。

 そこを横切るコマドリさんが告げます。


「緊急事態、緊急事態! 人間たちがやってきた!

 鉄砲担いでやってきた! 大勢、大勢やってきた! 今にも、今にも、撃ってきそう!」


 その直後。

 森全体に無数の銃声と、誰かの絶叫が響き渡りました。

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