ウソから始まる捜索隊
根っこ広場。
逆さ虹の森の動物は、生まれるとすぐに、この場所へ連れてこられます。そこで親が自分の子であることを宣言することで、正式に森の一員となることができるのです。
森の一員として生きるにあたり、大事なことは、ウソをつかないということ。特に、命を認めてもらったこの根っこ広場でウソをつくことは、ご法度とされていました。
破った場合は、事情のあるなしに関わらず、根っこが伸びてウソつきの身体を捕えます。その状態で更にウソを重ねたり、ついたウソそのものが重かったりすると、根っこの締め付けは強まり、非を認めて謝らない限り、肉が叫び、骨が砕けても解放してはもらえないのです。
アライグマくんは、ややみんなから離れた位置に移動しました。
ここにいる全員、一度は根っこがウソつきを襲う現場を目撃したことがあります。
根っこの動きは、普段、じっとしているものと同じとは思えないほど活発。それに、みんなが巻き込まれるのを防ぐため、距離をとったのでしょう。
――アライグマくん、本気なんだ。
みんながかたずを飲んで見守る中、アライグマくんが声を張り上げます。
「どんぐり池。そこに、御心にかなうどんぐりを捧げることができれば、クマの旦那は助かる! 絶対にだ!」
まずは大前提。
同じことを更に三回。アライグマくんの声が、木々の間に響き渡りました。
根っこは動く気配を見せません。
アライグマくんは続けての質問。
「この逆さ虹の森の中。どんぐり池に捧げられるどんぐりは残っている!」
またしても、根っこは動かず。つまり、これもまた本当のこと。
アライグマくんはみんなの方を見て、ニヤリと笑います。
「や、やった。アライグマくん。ありがとう!」
「礼をいうのは、ちょっと早いぜ、クマ」
クマくんの言葉をさえぎる、アライグマくん。
「キツネが処方したもの。意識は奪えても、傷の治療には使えねえものなんだろ? 傷みも続くし、依然、危険な状態なわけだ。だったら、森の中をチンタラ探す時間がもったいねえ。もっと範囲を狭めないと」
「およしなさいな。アライグマくん。根の締め付けは生半なものじゃありませんわよ」
ヘビさんが忠告しますが、アライグマくんは構わず、問いを続けます。
「御心にかなうどんぐり。それは『オンボロ橋』の向こう側にある!」
オンボロ橋。それは森を東西に二分する、大きな川にかけられたボロボロの木の橋でした。
ずっと昔、動物と一緒に暮らしていた人間が架けたものと言われるそれ。クマさえも通れるほどの大きさを持っていますが、手入れができるものは逆さ虹の森にはいません。
必然、雨と風にさらされて傷んでいくばかりの橋は、岩から岩へ渡した綱も、橋桁となっている板も、ところどころがちぎれかけ。
今や、安全に通行できるのは、せいぜいリスちゃんくらいの大きさまで。それ以上となると、命がかかった度胸試しの範疇に入ります。
そのため、利用するものは少なく、多くの動物が自分の生まれた東か西で、生涯の大半を過ごしていました。
アライグマくんの言葉が終わるや、不意に地面が揺れました。
同時に、キツネくんたちの頭上にある根っこが、ずりずりと勢いよく動きます。
パラパラと泥がこぼれ落ち、頭に降りかかるのを防ぎ終わった時にはもう、アライグマくんが、伸びた根っこに縛られて宙づりになっていたのです。
ミシミシと音を立てて、締め付ける根っこ。顔をしかめているアライグマくん。
「アライグマくん、大丈夫!?」とみんなが心配そうに声をかけます。
「ちっ……思ったよりもきついが……まだだ。あんなもんじゃしぼり込めたとはいえねえ。こっからだ」
アライグマくんは更に言葉を紡ぎます。
オンボロ橋よりも手前のこちら。細かく分けた区域ごとに、どんぐりのありかをはっきりとさせんがためです。
「ひんからから、ひんからから。
急募。急募。どんぐり池に捧げるどんぐり探しを手伝ってくれる方。
『ブナ横丁 三丁目』へ急行願います。指示は現地にて受けてください。
ひんからから、ひんからから」
コマドリさんの声が、再び逆さ虹の森に響き渡ります。
ブナ横丁 三丁目。そこが、どんぐりが未だ、陽の目を見ずに眠っているところ。アライグマくんが根っこ相手に、質問を繰り返して割り出した場所だったのです。
アライグマくんは、「最後の木の一本まで、しぼってやらあ」と息巻いていましたが、それが虚勢なのは、明らかでした。
情報の精度をあげるために、ウソをつき続けたアライグマくんの身体は、いまや無数の根っこに締め付けられ、かろうじて頭を出しているばかり。
「はっ、はっ」と荒く息をしなければならないほど、苦しがっていたのです。
キツネくんたちは、アライグマくんを制止。手分けをして、ブナ横丁 三丁目を漁っていました。
「さあさあ、どんどん拾ってくださいまし。わたくしが審査いたしますわ」
最終的な判断を任せられたヘビさんは、ブナ横丁の中心でとぐろをまきながら待ち構えます。
この森にいる動物たちで、ヘビさん以外に、あのどんぐりの味を知るものは、もはやいません。みんなすでに、病気、寿命、人間に狩られるなどして、世を去っていたからです。
今、こうしてどんぐりを探しているみんなは、いずれもヘビさんの友たちの忘れ形見なのです。時には命をかけたケンカを繰り広げたこともありましたが、今となっては懐かしい思い出でした。
ヘビさんは、空にかかる逆さ虹を見上げます。
西に傾きかけた陽の光を浴びても、なお七色を誇る、不思議な光景。その逆向きのアーチは、普段にも増して、こちらへ垂れ下がっているように思えました。
まるで虹全体が、森全てにかかろうとしているかのようです。こんなことは、今まで生きてきたヘビさんも、はじめて見るものでした。
今日はいつもと、何かが違う。それをヘビさんは、ひしひしと感じていました。
アライグマくんが、身体を張ってしぼってくれたこの地点。よほどうかつな真似をしなければ、クマくんの願い通り、御心にかなうどんぐりは見つかることでしょう。
今現在、陣頭指揮に当たっているのは、どんぐり探しの第一人者。へそくり溜めに定評のあるリスちゃんです。ひときわ大きいブナの木のてっぺんから全体を見下ろし、指示を飛ばしていました。
状況に応じて、木から木へ飛び移りアドバイスしていく様を見ていると、若さを感じずにはいられません。
キツネくんも頑張りますが、やはり力の面ではクマくんに軍配が上がります。
すでに地表面に転がっているどんぐりは、皆無。ならば深く固い土の中へ、可能性を見出していくことになります。その時、クマくんの爪と太い腕こそが大きな武器へと変身をとげるのです。
すでに100とも200ともつかない、どんぐりたちが姿を見せ、そのいずれも一度はヘビさんにしゃぶられていました。しかし、いずれもリスちゃんの持って来た、自慢のへそくりと五十歩百歩。ただのどんぐりの域を出ません。
ヘビさんは目を閉じ、15年前に味わったどんぐりをもう一度、思い起こします。
――そう、やはり『臭い』ですわ。肉を食べる食感もさることながら、新鮮な血と、どろりとしたとろけそうな油。あれが合わさった臭いを持つものでなくては……。
「わっ」と遠くで歓声が上がり、ヘビさんはまなこを見開きました。同時に、怪訝そうな顔をします。
なぜなら、自分が先ほどまで脳裏に思い描いていた、血と油の臭いが、強烈に鼻の奥を突き刺して来たからです。
「妄想の続き?」とも思いましたが、こうしてじっとしている一秒、一秒ごとに臭いがきつく、はっきりとしてきました。近づいているのです。
――間違いない。みんな、よく頑張ってくださいましたわ!
やがて木々の間から、ぞろぞろと姿を現す動物たち。
その先頭に立つのはキツネくんとクマくんの両名でした。二人とも前足にびっしりと土をこびりつけ、努力の跡が垣間見えます。
「これを」と、クマくんが目の前に転がしたどんぐり。見た目には他のものと大差ありませんが、ここに集まった一同はしきりにくしゃみをしたり、鼻をむずむずと動かしたりしています。
妄想ではありません。この場にいる誰もが、かの臭いを鼻腔の奥へ吸い込んでいる。
もはや疑いようはない。それでも、集まったみんなを納得させるため、ヘビさんは差し出されたどんぐりを、口の中にくわえこみました。
少ししゃぶっただけでにじみ出る、血のりをまぶした油の香り。おのずと細長い身体全体へ広がっていく高揚感。こりっと牙を立てると、あの柔らかい肉質からあふれ出る汁が、食道ばかりでなく気管の中にも潜り込み、くつくつと温かくたぎってくる……。
「ヘビさん、大丈夫ですか?」
キツネくんの声掛けに、うっかりどんぐりを飲み込みかけていたヘビさんは、我に返りました。ゆっくりと口を開け、どんぐりを吐き出します。
「確かめました。これこそ、私たちが求めていたものに、相違ありませんわ」
その言葉に、集まった一同は湧きましたが、これで終わりではありません。
森の北端。どんぐり池に捧げて、森の神様にクマの旦那の全快を願わねばいけないのです。
みんなはそのまま移動する態勢に移りましたが、ヘビさんがうなります。
「アライグマくんにも連絡いたしましょう。今も彼は、根の締め付けが相当身体にこたえているはず。どんぐりが見つかったことを伝えて、ぜひ彼にも立ち会ってもらわなくては」
「私がいくわ」
ちょろちょろと進み出たのは、リスちゃんです。彼女がいなければ、ここまで効率よく発掘を進めることはできなかったでしょう。
「ヘビさんは神様とやらに、一度お目にかかっているんでしょ? 案内役としてついていってあげた方が良いと思う。大丈夫、すぐに追いつくから」
「分かりましたわ。お任せしましょう」
すでに小さくなっていく皆の背中を追い、這っていくヘビさん。それとは反対方向、根っこ広場へ向かって、走っていくリスさん。
いっそう赤みを増した空に、逆さ虹もまた、ひと回り大きく広がっていました。