どんぐり池の伝説
「どんぐり池」と聞いて、リスちゃんもクマくんも目を見開きます。
この逆さ虹の森の北の端に、それはそれは、きれいな水が湧いている池が存在していました。波が立っていない時には、のぞき込んだ者の姿をよどみなく映す、美しさをたたえた水底には、森の神様が眠っているとか。
その神様の御心にかなうどんぐりを捧げ、心の底から願う時。あらゆる願いが叶えられると言われているのです。
「オヤジ殿のけが、僕たちには治せなくても、森の神様なら治せるかもしれない。僕自身、神様の姿や、願いがかなったところを見たことはないのだけど……」
「そんなの迷信でしょ」
リスちゃんがキツネくんに向けて、ひらひらと手を揺らします。
「どんぐり池の話を聞いた時、私だって試したことがあるわ。何十、何百のどんぐりを沈めたか、今となっちゃ分からない。
それでも願いが叶った試しはなかったわ。ああ、私のへそくり……」
根っこの天井を見上げて、自分の世界に入り込んでしまうリスちゃんでした。
「そ、それにもう他のみんながどんぐりを溜め込んじゃって、ほとんど森には残っていないと思う。叶うかどうか分からないのに、これ以上、危なくなりそうなことは」
「ところがどっこい、ですのよ」
集まった三匹の中央で、細長い身体を持ち上げて、クマくんの言葉をさえぎった者がいました。
ヘビさんです。自慢の長い身体を生かし、ここまで音を立てずに入り込んできたのでした。
突然の登場に、驚きの声をあげる三匹ですが、そのそれぞれを、くるくると見回しながら、ヘビさんが続けます。
「お三方が半信半疑なのも、無理からぬことですわ。最後にどんぐり池が願いを叶えたのは、15年も昔のこと。お三方どころか、父母さえ生まれているか微妙な時なのですから」
ヘビさんは語ります。
15年前にも、人間と縄張り争いの違いはあれど、やはり大けがをしてしまったクマがいたとのこと。
明日をも知れぬ命となってしまったクマを見かねて、その家族と知り合いがどんぐり池に願いをかけるべく、どんぐりを集めました。
しかし、山ほどのどんぐりは、いずれも願いを叶えるに至らなかったのです。それを聞いた当時の年寄りたちは「神様の御心にかなっていない」と、口々にうわさしたとか。
神様の御心にかなうどんぐり。
それは外固くして、内柔らかなる肉のごとし。かじると血の香りをかもす、重き身体を持ち合わせるとのこと。
そのためには肉の味を知る者たちが、実際にかじって調べるよりありませんでした。当時の若かりしヘビさんも、それに参加したそうなのです。
そしてクマの一匹が、ようやく見つけ、願いをかなえたのだとか。
「一度、口に含ませてもらいましたが、あの味、香り、忘れられませんわ。ネズミさんをいただくのとはまた違う、個性の強すぎる油の臭い……たとえでっぷり太っているものをいただいても、あそこまでの香りを感じたのは、あの時が最初で最後でしてよ」
ヘビさんがうっとりとした表情で語りますが、他の三匹はなんとなく想像してみるしかありませんでした。
「どんぐり探し、私も参加いたしますわよ。味わったことのないあなた方だけでは、判断に困ってしまうと思いますわ。おじさまのご様子を見るに、あまりもたもたしていられないでしょう。ならばさっそく……」
すすす、と音もなく這うヘビさんは、リスちゃんが用意したどんぐりの山へ近づき、パクリとその一角を口に入れてしまいます。
ほどなく、ぴゅぴゅぴゅっと、口から一粒ずつ吐き出してつぶやきました。
「う〜ん、どうにもはずれみたいですわね。やはり舌にあわない……」
「ちょっ、私が必死に溜めたへそくり捕まえて、その言い草はないんじゃないの!」
リスちゃんはヘビさんの唾液まみれになったどんぐりをにらみ、笹の葉を振り回して抗議します。
それに対し、ヘビさんは「あっかんべー」とばかりに、先端が割れた舌をちろちろと出しました。
「ですから、今は御心にかなうどんぐりを、一刻も早く探すのが問題でしょうに。あなたの目利きを自慢する場じゃありませんのよ? これだから若い子はプライドばかり高くって」
「むきー! 私がこれを溜めるのにどれだけ苦労したかも知らないくせに。そんな言い方があっていいわけ……」
「うるさいわ! 女二匹!」
雷を落とすような大声が、頭上から降ってきました。
みんなが頭上を見ると、そこには根っこに足をかけた、アライグマくんの姿があったのです。
「ようやくたどりついてみれば、ぎゃあぎゃあと見苦しい。
俺もヘビごりょうさんの意見に賛成だ。今はクマの旦那を救うのが優先。リス、ここはがまんしろ」
「むうう、みんなで寄ってたかって、私を悪者みたいに」
リスちゃんはまだ不満むんむん。笹の葉をいらだたし気に、くるくると手元で回しています。それを「まあまあ」とキツネくんがなだめました。
「今はクマのオヤジ殿を助けるために、力を貸してくれないかな? そのあとだったら僕も手伝うからさ、減っちゃった分のへそくりのどんぐり、探しにいこ? ここにあるより、もっと立派なものが見つかるって」
「そういう問題じゃないんだけど……」とリスちゃんはため息をつきましたが、やがてぶんぶんと身体を震わせました。踏ん切りをつけるように。
「いいわよ、協力する。けど、へそくり集めは手伝わなくていいわよ。自分で溜め込むから意味があるんだし」
「で、でも、どのあたりを探せばいいかな? さっきも言った通り、森のどんぐりはほとんど残っていないだろうし……」
クマくんの不安げな声を、アライグマくんは鼻で笑いました。
「ふん、ここがどこかということを忘れているんじゃないのか、クマよ。かの『根っこ広場』だぜ? ウソをつけないことで有名な……だろ?」
「アライグマくん。あなた、もしかして」
狙いに気がついたヘビさんを、アライグマくんが止めます。
「いいってことよ。旦那の命がかかってんだ。アライグマ一匹、『ウソつき』になることなんざ、大した問題じゃねえ」