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クマの災難

 クマの旦那がけがをした。

 そのうわさは、コマドリさんによって瞬く間に、逆さ虹の森全体に知れ渡ることになりました。

 森の象徴と言える逆さまの虹は、今日はいっそうその色を輝かせています。


「ひんからから。クマのおじさんがおおけが、おおけが。

 ひんからから。根っこ広場の三丁目。ウドの枯れ木の根上がりで、ぐったりしながらお休み中。ひんからから」


 何かあった時、コマドリさんは森の中を飛び回り、そのよく通る声でみんなに呼び掛けるのです。

 馬のいななきにも似た「ひんからから」という彼女の声は、大事なお知らせであることを告げる、合言葉なのです。


「えっ、クマのオヤジ殿が」


 いち早く耳にし、行動したのはキツネくんでした。

 彼も去年の冬に、けがをした父親が、そのまま死んでしまった記憶があるのです。けがをした本人ばかりでなく、その家族の辛さも分かっているつもりでした。


 キツネくんは巣の奥へ潜り込むと、去年、ケガをする前の父親から教わり、溜め込んでいた薬草を取り出します。

 この汁を飲むと、痛みが安らいで、ゆっくり眠ることができるのです。父親の傷が痛むたびに、キツネくんが何度も飲ませたものでした。


 根っこ広場の三丁目。ウドの枯れ木の根上がりの下で、クマの旦那は身を横たえていました。息は荒く、ぐったりしています。

 その足元では息子であるクマくんが、右へ行ったり左へ行ったりと、落ち着きません。


「どうしよう、どうしよう、あんなに強いお父さんが……これからめいっぱいご飯を食べないといけない。その大事な矢先に……」


「おたおたするなよ、クマくん」


 クマくんが声のした方へ向くと、そこには口に束になったススキのような長い葉っぱをくわえたキツネくんの姿があったのです。


「あ、キツネくん、来てくれたんだ。コマドリさんが飛んで行ってから、そんなに経っていないのに」


「近場だったし、君のオヤジ殿には世話になったからね。他のみんなに後れを取るわけにはいかないよ。で、けがはどんな感じなんだい」


 尋ねながらキツネくんは、くわえていた草をもぞもぞと噛み始めました。

 茎が柔らかくなるくらい強い刺激を与えないと、痛みを抑える効果が出てこないからです。


「――背中に二発。人間に鉄砲で打たれたんだ。

 手足は動いて、どうにかここまでたどり着いたんだけど、それからずっと苦しんでる。

 僕のせいだよ。どんぐり集めに夢中になりすぎて、人間の気配に気づかなかった。それをお父さんがかばってくれて……うう、あの『ダーン、ダーン』って音。思い出すだけで怖いよう……」


 クマくんは身体をブルブルと振るわせます。キツネくんも真剣な顔つきで、茎を噛み続けていました。


 以前、クマの一匹がエサを求めて、人の縄張りに入ってしまったということを、キツネくんは聞かされていました。

 銃を放たれて、びっくりした拍子に暴れてしまったそのクマは、何人もの人間を傷つけてしまったとのこと。

 必死に逃げたので、けがをさせた人間たちのその後は分かりません。ただ、人間たちがこれまで以上に、容赦なく自分たちへ鉄砲を放つようになったのは事実でした。


「よし、こんなところかな。木の枝にこすりつけて……ささ、オヤジ殿、口を開けられますか? これをゆっくりしゃぶってください」


 キツネくんがクマの旦那の口元へ、汁を塗った枝を差し出します。クマの旦那は息を切らしながらも、枝の先を含みます。

 数分後。クマの旦那の息づかいが次第にゆっくりになり、まぶたも閉じてしまいます。眠りの世界へと誘いざなわれたのです。


「これで、当分の痛みは『化かした』。けど、どうする?」


 クマの旦那には、背中からの傷に加え、胸のあたりに二つ穴が空いているのが分かりました。鉄砲の弾は抜けているようですが、穴は大きくて、容易にふさぐことはできそうにありません。

 キツネくんが悩んでいると、だしぬけにクマくんがくしゃみをします。


「はっくしょん! はっくしょん!」

「おいおい、大丈夫かい? 病気か何かじゃないだろうね……くっしょい!」


 キツネくんも、つられてくしゃみ。

 いえ、違います。クマくんとキツネくん、それぞれの鼻の穴に、笹の葉っぱがもぐりこんで、こしょこしょとくすぐったからです。

 その根元は、二人の足先。地表近くに立っていた動物の両手が握っていました。


「んっふっふ〜、くすぐり、だ〜いせいこ〜。さっすがあたし。夏場にせっせと作っておいた甲斐があったわ」


 ふりふりと、笹の葉を振り回しているのは、リスちゃんです。

 夏には赤褐色だった背中が、今ではすっかり灰褐色。目のまわりも、雪をまぶしたような白い毛が生えて、冬のおめかしバッチリです。

 いつもと変わらないいたずらに、クマくんとキツネくんも、少しあきれ顔。


「あら、ノリが悪いわね。二匹とも湿っぽい顔していたから、ちょっとからかっただけなのに。おじさんは大丈夫なの?」


「ああ、今しがた眠ったところだ。分かっているだろうけど、いたずらするんじゃ……」


「りょ〜かい! いたずらしま〜す」


 キツネくんの制止を振り切り、ちょろちょろと走るリスちゃん。

 先ほどキツネくんが転がした枝の上に乗っかると、クマの旦那の鼻の穴を、笹の葉でこしょこしょっと、こすります。

 地鳴りのような大きいくしゃみ! たまらずリスちゃんは、すってんころりん。

 転がりながら、先ほどの場所まで戻ってきてしまいました。


「う〜ん、さすがおじさん。すごい勢い。だけど、まだまだ元気そうじゃない」


「でもでも、さっきまでにずいぶん、血を流していたんだよ。これから冬ごもりに備えないといけないのに、この身体じゃあ」


「ああ、そのことそのこと。お困りなんじゃないかと思って、できる限り持って来たのよ」


 リスちゃんは、根上がりの空洞からさっと出たかと思うと、根っこのそばで屈み込んだ後、小さい両腕にどんぐりをかかえて戻って来たのです、それを繰り返すこと3回。

 クマくんとキツネくんの前に、ちょっとしたどんぐり畑が広がります。


「すごい、こんなにたくさん……」


「おじさんが大変と聞いたから、地面や枝の間に隠しといた、とっておきの『へそくり』を切り崩して来たわ。お見舞いの品にね。クマにとっちゃ少ないでしょうが、もりもりかじりなさい」


 ふふん、と胸を張る小さいリスちゃん。「おお」と拝むように手を合わせる大柄のクマくん。なんともちぐはぐな格好です。

「普通は逆だよなあ」とキツネくんは心の中でつぶやきなら、しっぽでぺしぺし地面を叩いていましたが、やがてピンと耳を立てます。あるアイデアが思い浮かんだのでした。


「クマくん、食べるのはちょっとストップだ。ちょっと試したいことを考えついた」


 どんぐり畑を掘り返しだしたクマくんが手を止めます。リスちゃんも、何事かと、キツネくんを見つめます。


「そのどんぐり、『どんぐり池』に捧げてみないか?」


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