第70話 織田信長
とりあえずの方向性としては、【幸福のワイン】を要石に掛けて様子を見るということになった。
そうとなれば、【幸福のワイン】を用意しないといけないわね。確か、亜空間の工房にいくつかストックがあったわね。
私は二人にストックの確認に行くと告げて、亜空間の工房に移動した。
工房に行くと、ストックが25本あったのを確認し飛行船に戻ろうとしたところで、にゃーさん達に、知っていることを包み隠さず言うようお願いすることにした。
「にゃーさん、コンさん?」
「どうしました?」
「主様?」
「二人は、要石のこと知っていたの?」
私は単刀直入に確認した。すると、コンさんが、困ったような表情で説明をしてくれた。
「はぁ。主様はそのことを知ってしまったのですね。ところで、どこまでご存じで?」
私は、東の国で聞いたことを語って見せた。
「なるほど、わたし達が知っている事と大体一致していますね。付け加えていうのであれば、異世界に渡った方につき従ったあやかしというのがわたし達のことですね」
「えっ!おばあちゃんが作ったって……」
「はい。この器を作ったのは、確かに高祖母様です。ただ、わたし達は元から存在していました。姿を持たない影として。それを不憫に思ったのか、理由は教えてくださらなかったのですが、こうして依代を与えてくださったのです。なので、あなた様は、確かに始まりの聖女と呼ばれた方のお孫様で間違いないのです。わたし達がその証拠です」
はぁ。これで、加害者の血縁と確定してしまった。
そうなったら、サクッと解決させて気持ち良く異世界を満喫しよう。
それに、魔の森の脅威がなくなったら、安心して暮らせるようになるしね。
そうだ、念のため二人に要石の鎮め方について何か知っているか聞いてみよう。
「ねえ、二人は始まりの聖女って人から浄化?について何か聞いてない?」
「そうですね、当時姫様は要石に封じられている第六天魔王を解放してから浄化しようとしていたようですが、魔王の怒りは鎮められないほど膨れ上がっていたようで、結界によって怒りが溢れだすのを抑えることくらいしか手が打てなかったと言っていました。それと、ご自身の力が弱まってからは、後世に託そうという心づもりだったのか異界に渡り子孫を残すように考えたようです」
「そっか、それなら何故事情を残してくれなかったんだろう?」
「推測ですが、異界に渡って主の高祖父様と恋に落ち、子供を産んだ時に忍びないと思ったのだと思います。あの時の姫様はこれまでで一番幸福そうな表情をされておりましたからね。ただ、ご自身の残した秘術で、いつか誰かが向こうに渡った時のことを考えて我々に依代を与えたと」
「ふ~ん。それと、始まりの聖女だったおばあちゃんがこっちに来た時期と、こっちの聖女の伝承だと、時間的に辻褄が合わないように思うんだけど?」
「時差と言いますか、異世界に渡る際に時間がずれるようなのですよ。恐らくその所為でしょう」
ふむ。なんとなくの事情は理解したわ。
あれから時間もたっているし、少しは怒りが治まっている事を期待しておくことにしましょう。
ストックされていた、【幸福のワイン】を持って飛行船に戻って、コンさん達から聞いた話を二人に伝えた。
「まあ、自分の子供に重い役目を背負わせたくはないよな」
「そうですね」
二人は、始まりの聖女だっおばあちゃんがの心情を察してくれたみたいで、仕方ないと言ってくれた。
そして、飛行船は駆君が教えてくれた要石の側まで到着した。
というか、駆君。こんな魔の森の深くまで行っていたことに驚いた。
駆君の戦闘能力が高いことを物語っているわね。
実際に戦っているところを数回見たことがあるけど、全然何をしているのか分からなかったけどね。
駆君が、様子を見てくると言って、一人で飛行船を降りてしまった。止めようとしたけど、「近づいて大丈夫か様子を見てくるだけだ。大丈夫そうなら合図を送るから、それから降りてくるようにな」と、言って一人で行ってしまったのだ。
駆君が降りてから、数分後、現れた魔物をすべて倒してから合図を送ってくれたので、私とタイガ君は要石の側に降りた。
初めて見る要石は、一メートルほどのつるつるとした真っ黒な岩だった。
始めが肝心だと思い私は、要石に話しかけた。
「初めまして、おじいちゃん?私は、市さんの子孫の小春と言います。あなたをここから解放して、あの世?に行ってもらうように説得に来ました」
私がそう言うと、駆君とタイガ君はぎょっとした表情で言ってきた。
「小春……。なんか違うと思うぞ」
「僕もそう思います……」
「えっ?でもご挨拶って大事だよね?」
そんなことを言っていたら、要石が陽炎のように揺らめいたと思ったら何やら人影のようなものが現れた。
―――くくくっ。なかなか面白い連中だな。それに、そこの男は俺に美味なる酒を持ってくる者だな。
なんと、その人影は私達に語りかけてきたのだ。
「えっと、あなたが織田信長さんですか?」
―――いかにも。俺が第六天魔王、織田信長だ。
「ここに一人でいるのは飽きませんか?美味しいものも食べられませんし、つまらないですよね?」
―――うむ。確かに。だが、どこにも行くことはできないし、もう行きたくもない。
「どうしたんですか?」
―――くくくっ。本当に面白い娘だ。市に少し似ているな。懐かしいな。はるか昔、俺は市を一人の女として愛していた。その市を自分のものにする為、誰にも何も言わせないように、天下を手に入れようとした。だが、それよりも異界に渡ったほうが手っ取り早いと、ある時何ものかが俺をそそのかしてきた。当時の俺は、中々天下統一が捗らず、市も浅井の小倅に嫁がせるように家臣に言われて焦っていたのだ。だからなのか、楽な方に逃げてしまった。妖しい者の甘言に乗ってしまった。その結果が、これだ。
信長さんは、自嘲気味にそう語った。私は、何も言わずにただその話を聞いた。
―――こちらに渡って、最初に市を我がものにしようとしたが、家臣達に止められた。それが頭に来てな、八百万の神から奪った力が暴走して、八百万の神からもらいうけた力を使って、市が俺をこの場所に封じた。始めは、怒り狂い、周りの動物を魔に変事、周囲を瘴気で満たしていった。どの位の時が経ったのか、ある時、市と同じ気配の娘がここに来て、怒りを鎮めるように言ってきた。しかし、俺はその娘が市の血を引いていると分かり、さらに頭にきた。俺以外の男が市に触れた証拠がそこにいたのだ。怒り、瘴気を撒き散らした俺に、その娘は言った。「いつか、怒りを治めてください。あなたの愛した人は、そんなことは望んでいないのです。ただ、あなたと、周りの人々が笑って生きることが、彼女の幸せだったのです。あなたが、そのようなままでは彼女は幸せになどなれませんよ」とな。その時は、怒りに満ちでその言葉を理解することはできなかった。
―――ただ、長い時を過ごすうちに昔の、そう童の頃のことを思い出した。市がみんなが幸せに暮らせる世界を見たいと言ったあの日を。俺は、市のその言葉で天下統一を目指そうと思ったことを。それからは、徐々に渦巻いていた怒りが薄れて行った。しかし、周りに振りまいた瘴気まではそうはいかなかったがな。
そこまで聞いて、信長さんがもう怒っていないことが分かった。それに、少し寂しそうな事も。
「信長さん、自由になりたいですか?」
―――そうだな。自由になって、俺が見てこなかった世界を見て回りたいな。そして、叶うなら、あの世で市に、家臣達に詫びたいな。
「分かりました。それなら信長さんは自由です!!」
そう言って、私は要石に触れてから、要石が役目を終えて風に消えて行くことをイメージして錬金術を発動させた。
どうなるかなんて分からないけど、私はそうすることがいい結果につながると何故か感じたから。




