第33話 狂信者
「駆君、王子様の側まで行ければいいんだよね?」
「ああ、そうだ。だが時間がない。人を避けている時間はなさそうだ」
「まかせて!考えがあるの」
私はそう言って、鞄から携帯に便利なように折りたたみ式に改良した空飛ぶ箒を取り出して組み立てた。折りたたみ式にした分を補うように耐久値は高めに考えた素材で作られているので、もともと使っていた空飛ぶ箒よりも重いものを運べるようになっている。
組み立てた箒の柄に乗り、浮かんだ状態で二人に言った。
「三人は座れないから、タイガ君は私の後ろに乗って、駆君には悪いけど柄にぶら下がった状態で飛ぶから、掴まって!」
「非常事態だから仕方ない。タイガが乗ったら飛べ。それから柄に掴まる」
「乗ったよ!」
「よし、飛ぶよ!」
そう言ってから更に高く飛んだところで、駆君が柄に掴まった事を確認して、第二王子のもとに向かって飛んだ。
会場に集まった人たちの頭上を一気に飛んで、第二王子の元に到着した。
そこには、ジョエルさんと、騎士団長のガルドさんが王子を守るようにしてひと塊りになっていた。
その向かいに、騎士達に押さえられたローブの男が何かを叫びながらもがいていた。
「―――王子を生贄に、本物の聖女を!!始まりの聖女様の正しい後継者―――!!紛い物は―――」
「黙りなさい!!それは根拠のない妄言です!始まりの聖女は、正しい方法を残してくれました。それが異世界からの召喚です。王族を生贄にする方法など存在しないのです!!」
「それは、王族に都合が悪いから隠ぺいされているだけだ!王族を生贄にすれば、本物の力を持った聖女があらわれる。今の偽物の聖女などでは、結界の維持が精々だ!本物の聖女であれば、魔の森自体を浄化してくれるはずなのだから!」
「それは、無理なことです。始まりの聖女ですら、完全な浄化が出来ず、力を後世に残すことと、万が一のために異世界から力のあるものを召喚する術を残すことが精一杯だったのですよ」
「それこそ、王族が都合よく残した記録だろう!!」
ジョエルさんは、ローブの男と言い合いになっていた。
なんだか、聞いてはいけないようなないような気もするけど、今は非常事態よ。
「小春は、そのまま飛んでろ。その方が安全だ」
そう言って、駆君とタイガ君は箒から飛び降りてしまった。タイガ君はそのままの勢いで第二王子の元に駆けだしていた。駆君は、第二王子を背にするようにして、周りを警戒するようにあたりを見回していた。
「アル!」
「君は?」
「説明は後だよ。今は僕の役目を果たすだけだよ」
「まさか、タイガなのか!それにその姿は?」
「説明は後だって、それよりも狂信者はローブの男だけではないみたいなんだ」
タイガ君は、第二王子にローブの男以外にも仲間がいると告げていた。そこに、ガルドさんが驚きの声を上げた。
「何だって!タイガその情報はどこから得た?」
「それも説明している時間がないんです。騎士の中に妖しいそぶりの者はいませんでしたか?」
「騎士の中だと!?」
「はい。恐らく、騎士の中にも狂信者がいると思われます」
「騎士の中で、今まで妖しいそぶりの者はいなかったと思うぞ?」
「それでは、最近騎士団で人事異動や途中入団など顔ぶれが変わったりなどは?」
「そう言えば、正教会で守護騎士の任に付いていた者で、任期が終わって戻った者達ならいるが……」
「誰ですか?」
「ファニスと、もう一人いたな?」
そう言って、騎士団長は近くにいたファニスさんに確認をした。
「はい。俺と、今王子の側にいるアトレです」
その言葉を聞いたタイガ君はすぐに第二王子を振り返った。すると、アトレという騎士は懐から何かを取り出して王子に付き付けようとしていた。
それに気が付いたタイガ君はとっさに、王子の身を庇うようにして間に入った。
私はその光景を頭上からただ眺めることしかできなかった。すべてがスローモーションのように見えたけど、体は全く動かなかった。視界の端には、駆け寄る駆君の姿が見えていた。
タイガ君は王子を庇うようにして、アトレという騎士と王子の間に身体をねじ込んだと思ったときには、尖った水晶のようなもので横腹を刺されていた。
男は、すぐに水晶のようなものをタイガ君から抜いて地面に叩き付けた。破片とタイガ君の血が混じり合っていくのが見えた。
「この餓鬼!お前が邪魔をしなければ!!だが、お前の身は神聖な儀式を穢した罪で魂を引き裂かれて死ぬだろう!!しかし、お前のしたことは許されない!!」
そう言って男は、血を流しているタイガ君に掴みかかろうとしたが、駆け寄ってきた駆君に横から殴りつけられて昏倒した。
「おい!早く医者を!それと、その男を縛っておけ!!」
男を殴りつけた駆君はそう言いながらタイガ君に駆け寄った。
男は、騎士達に縛りつけられながらも朦朧とした様子で「呪いだ、魂を割かれる痛みは死んでからも苦しみ続けることだろう」と呪いを吐きだすように言い続けた。
その光景を見て、私はようやく動くことを思い出した。
のろのろと、箒から落ちるように降りて、ぐらぐらする頭では何も考えることはできず、ただタイガ君の側にしゃがみ込んで、彼の真っ白になった顔を見ることしかできなかった。
「ぼく、は…。これで、やく、めを―――」
「しゃべるな!傷に障る。お前は助かるから、あきらめるな!」
「これ、で、ぼくの、やく……めもおわ、る。きみも、こ、れで、―――かいほうさ」
「だから、お前は死なない!傷が治れば今度こそ自由になれるんだ!」
「かけ、る――は、やさ、しい――から」
「違うから!本当に死なないから!俺は知ってるから!」
「ほん――とう?」
「ああ、だから安心しろ。小春、回復薬ありったけ出してくれ」
すごく血が出ていて、もう駄目だと思って、私は二人の会話を何も考えられずに聞き流していた。駆君に揺すられて、「小春。大丈夫だから回復薬を」と言われて、鞄からありったけの回復薬を乱暴に取り出して、これでもかと言わんばかりにタイガ君に掛けまくった。
「こはる、さん―――。びしょ、ぬれだよ――」
タイガ君がそう言って、微笑んでから気を失って、駆君に「もう大丈夫だから」と言われるまで一心不乱に回復薬を掛け続けた。




