4章[救う為始まり]第17話
少女の傷は、少年のお陰で治ったのが、このままでは、どの道危険なのは事実だ。
[クロクロ!待ってて、すぐに……]
彼女は魔神だ。
その気になれば、世界だって滅ぼせる力を持っているが、それは逆に、その気になれば誰だって救える……筈だった。
[ほっほっほ。今は取り込み中かな?破壊の魔神。]
[え……]
彼女は、自分の耳を疑った。
後ろを向くと、数メートル上空に一つの穴が空いたと思うと、そこから、杖を持った窶れた老人が現れた。
[まさか……]
[ぬかったな、破壊の魔神。その少年の治療に気を取られて、緩んだ結界の対処を怠ったな。]
老人は、ゆっくりと降り立つ。
[何の用?侵略の魔神。]
一時こそ動揺したような仕草を見せたものの、すぐに毅然とした態度をとる。
[いやなに、大した用でも無い。単に、その少年を渡して欲しいだけだ。]
[断るわ。]
それ以外の選択肢など、彼女には無い。
[ほう。だが、時に破壊の魔神よ。それは……]
老人の発する気配が、一段と禍々しさを放つ。
[ここで…その小僧諸共、殺してくれ、という事か?]
クルスも、絶大な魔力を放出し、相対する。
[あなたをここで、討ち滅ぼすの間違いよ!!]
熾烈を極める戦いが、始まる。
両者は、互角の攻防を繰り広げていた。
[どうした?最強と恐れられている破壊の魔神にしては、動きが鈍すぎるのではないか?]
クルスは、放たれた魔力と神力の融合魔法を、躱しながら侵略の魔神に近付こうとするが、有り得ない速度で飛来する魔法は、命中すれば、今のクルスでは一撃でやられかねない代物だった。
[あなたが弱すぎて、驚いてるだけよ!]
その言葉を聞いて、老人は、ニヤリと不気味に口角を上げる。
[そうか、ならばこれならどうだ!!]
いっそう巨大な暗黒の太陽を作り出すと、クルスめがけて撃ち放つ。
だが、巨大な漆黒の玉は、あらぬ方向に飛んでいく。
[何処に撃って……ッ!]
クルスは、敵の意図に気づき、急いでクロトの元に向かう。
そう、巨大な魔法は囮で、最後の準備を整える為の布石でしか無かったのだ。
クロトは、地面に広がる黒色の魔法陣に飲み込まれ始める。
クルスが張っていた。防護結界は、尽く消え失せ、簡単に沈んでいく。
[クロクロ!!]
クルスは、間一髪の所で、クロトの腕を掴み、引き上げる。
だが、それは大きな隙となり、敵に攻撃の暇を与えるには十分過ぎた。
[終わりだな。破壊の魔神!!]
[ぐ……ッ!!]
クルスは、咄嗟の判断で、クロトを飲むこもうとしていた黒い沼を、神力をぶつけて消し去り、クロトを庇うように覆い被さり、防護結界を、張り直す。自分にではなくクロトに……
無数に飛来する超高密度かつ、圧縮された魔力と神力の流星が、余すことなく全て、クルスに被弾する。
[く、あ…ぁ…]
クルスは、とてつもない痛みによって、叫び声をあげたくなるのを、必死に抑える。
[ほう。やはり頑丈だな。]
一人の少年を庇ったクルスは、治りかけていた傷が更に開き、経つことすらままならず膝をついた。
[まだ…終わってない。]
[はっ!滑稽だな。貴様一人でも逃げれば良いだろう?今ならまだそれくらいは、出来るだろう?]
確かに、幾ら魔神と言えど、世界の狭間に飛び込めば、早々には捕まらない。自殺覚悟にはなるが、今の状況なら、そうした方が、生き残る可能性の方が高いだろう。
[何を…言ってるの?目の前の勝利を前にして…逃げる魔神が…何処にいるのよ?]
それでも、それには応じず、依然として、強気な態度を崩さない。
[勇気と無謀は別物だぞ?よく考えてみろ?そこに倒れている少年を渡すだけで、事は丸く収まるのだ。ワシも、ここがお前の領域内ならすぐにでも出て行って良い。]
[口説いわよ?]
そもそも、この老害が彼を狙う理由なんて分かりきっている。この子が持つ能力は、確かに手に入れれば、無限に等しい力を手に入れられるだろう。だけど、覚醒の能力は、彼が守りたい人の為に手に入れた能力だ。ただの、私利私欲為だけの願いを叶えるものなんかじゃない!
自己満足?優越心に浸りたい?それでも良いじゃないか。たった一人の為に頑張る人生、その過程で多くの人を救う。悪くないじゃない。
[はぁ……もう良い。それならここで死ね。]
無数の黒い流星が、此方に放たれる。
[絶対に、守る!!]
クルスが、自滅覚悟の技を放とうとした時だった。
[ぬ…かぁ!]
クルスの背後から、一閃の光が飛翔する。
侵略の魔神は、回避する。
そして、クルス目掛けて飛翔した魔法は、一つ残らず霧散した。
[俺の友達に、手を出すな。]
クルスの後ろから歩み出たのは、白いコートに身を包んだ、白髪の少年だった。
[ほぅ。成程…その魔力、そしてこの圧力、完全なる覚醒とはいかないが、門が開いたか。]
クルスは、言葉を失っていた。
[……]
嘘…この力、私達と同じ魔神の力、いや、その認識は甘過ぎる、現時点では、確かに私達と互角ぐらいだけど、これが覚醒の兆しに過ぎないものだったら、これは単なる片鱗。神のその先…本当に存在するなんて……
かつて、それに限りなく近付いた者は確かに居た。だけど、辿り着けずに終わった。
[さあな、俺がやる事、俺に許された事なんて、願った事なんて、初めから決まっていたんだ。]
[ほぅ。それは、なんだ?]
[それは……]
ー誰かを守る為だけに、この力を使う事ー
力の覚醒は唐突に起きた。
彼に起きた変化は、人間の領域を越えていた。
魔神は、神に等しい力を持った人間だ。そんな力、普通の人間が手にすれば、自壊してしまうのが普通だ。ただ一人、クロトと言う例外を除いて……
クロトの持つ覚醒者は、物理法則を無視した力を発揮するものだが、その副産物として、人には扱えない程の力も、問題無く扱えるのだ。
今回覚醒出来たのは、魔神同士の戦いと言う、熾烈を極める戦い繰り広げられたからこそ、それに呼応し、門が開いたのだ。
[誰かを守る為?ふ…ふはははは!!いやいや、良いでは無いか、滑稽滑稽、愉快愉快……]
魔神は、浮遊しながら腹を抱えて笑う。
[……ッ!!]
クロトは、意に介さず動く。
[ぬ!?何処にーー]
クロトの姿が、魔神の目から突如として消える。
[こっちだ。]
魔神は、背後を見る。
[……馬鹿な。有り得ん。]
そこには、今まで少女の傍に居たはずの少年だった。
[相手に気付かれずに後ろに回り込むのは、そう難しい事じゃ無い。単に相手より、実力で上回っていれば良いだけだ。]
クロトは、超高速で移動することによって、魔神の後ろに回り込んだのだ。そう、ただ単に早く移動しただけだ。
今のは、試す意味合いもあったが、決定した。
[ぬうっ!]
[遅い。]
今のクロトには油断は無い。
相手を上回ったからと言って油断すれば、前と同じだからだ。
[ぐぅ……ッ!!]
侵略の魔神が動こうとした時には、既にクロトの拳が、老人の心臓の位置を捉えていた。
[待てーー]
[終わりだ。]
言葉を最後まで聞かず、クロトは手を下した。
単純な方法では魔神を倒す事は出来ない。その為、クロトが行ったのは、存在の押し潰し…侵略の魔神の存在そのものを、自身の存在を介入させる事で潰したのだ。
結果、魔神は消滅した。跡形も無く、だ。
クロトに発現した力は絶大だった。だが、代償無しなどと言う、上手い話は勿論無い。
[ふぅ……]
クロトが降り立つと、クルスが驚いた顔で此方に寄ってきた。
[クロクロ、その力……]
[ああ、多分おなーー]
唐突に、頭に走る激痛。それは、徐々に体全体に浸透していく。
[ッ!!クロクロ!!]
そのまま倒れそうになる俺を、クルスが支える。
全身から血が吹き出し、髪とコートの色は、元の黒に戻る。
[魔神の力を持った代償、力そのものが、クロトを拒んでる……]
こうなったら、私じゃどうする事も出来ない。溜まったエネルギーが爆発して、周辺の世界諸共……
[ぐっ……うわあぁぁぁぁぁぁ!!]
クロトが、痛みのあまり、叫び声を上げて、身をよじる。
[ッ…クロト!!]
クルスは、クロトを抱き締める。
彼女にも同じ経験があった。その時の自分には何が必要だったのか、それを考えて実行した。
[大丈夫、大丈夫だから……今この瞬間も、あなたの助けを待ってる人が…あなたが愛し、守ろうした人が待ってる……だから、負けるなんて許さない!!]
クロトは、クルスの服を掴む。
[ぐ…う、ああ!!]
クロトは、必死に暴走する力を抑え込む。
そして、徐々に自身の体から、抜いていく。
数分たった後、力の暴走は収まり、クロトは完全に意識を失った。




