5話 スキル、発現
ペースは仕事依存ですー
魔法学において魔法とは、精霊を用いた詠唱・魔法陣により発動される現象、と定義付けられている。
これはおよそ500年前の精霊革命の時より当たり前なものとされた。
それ以前はアザハトが支配した暗黒の時代とされ、稀に発見される古代遺跡からでしか、革命以前の様子は伺えなかった。
「無詠唱というのは無いんですか?」
ミシェルはまず、魔法とは何なりや、という事からリフリーゼに教えられていた。
「その言い方だと、魔法陣は無詠唱よ、って答えは間違ってるみたいね。詠唱や魔法陣を用いず精霊を魔法として運用は不可能とされてるわ。けど……」
そこでリフリーゼは顎に手を当て、アレは魔法と呼べるのかしら、と呟いた。
「魔法って呼べないような精霊の使い方があるんですか?」
「いえ、使い方って表現すら微妙だわ。これは赤子から3歳頃までの子供に起こるんだけど、精霊暴走って現象があるの」
リフリーゼは教本とは違うものを広げ、再確認をした。
「そう、これは魔法学ではなく精霊学の分野なんだけど、3歳までの子には暴走抑制の魔法陣を施すという法律があるの。 適切に施されなかった子供は、感情の暴走、子供には背負いきれないほどの衝撃クラスの感情の揺れが起きた際に、その子の周りで精霊が暴走するらしいの。 親とか、他人とか、物とか、自分自身とか、とにかく周りのもの全てに破壊行動を起こすらしいわ」
リフリーゼは目の当たりにした事はないが、事例はいくつも残ってる、とミシェルに精霊学の本を見せた。
「確かに……燃やすとか、切るとか、吹き飛ばすとか、一貫性が全然無いですね」
2人の間でこれは、精霊を詠唱なしに運用し魔法を発動した、とは言えないものだと結論づけられた。
「話が脱線したわね。とにかく無詠唱というのは現在確認されてないし、確認されることもないわね。だってミシェル、言葉を使わずに話せって言われて出来る?」
禅問答のような事を言いながらリフリーゼは本を棚にしまった。
リフリーゼの個人塾3日目が終わろうとしていた。
「ミシェル、明日は私の部屋じゃなくて、宿の前に来なさい。次のステップよ!」
リフリーゼはそう言うと、ミシェルに30枚はある紙を渡した。
「今回の宿題は生活魔法と呼ばれる基礎魔法をある程度覚えて来なさい。暗唱できる程って訳じゃないけど、せめてどんな魔法があるかくらいは覚えて来なさいよね。」
翌日
ミシェルは宿の前でぼうっと立っていた。
生活魔法と一言にいってもその種類が膨大であった。
衣服を清潔にする魔法や
衣服をのシワを伸ばす魔法
水の汚れを取る魔法
野菜の汚れを取る魔法
腐りを遅くする魔法
光を灯す魔法
食器などを浮遊させ操る魔法
弱い火を灯す魔法
生活魔法のうちどれか1つでも現代日本へ持ち帰れば財産を稼げそうだ、とミシェルは妄想に耽っていた。
「お待たせ! ちゃんと生活魔法は覚えてきた?」
リフリーゼはミシェルの背後から軽く腰を叩きつつ挨拶をする。
「いや、ついさっき来たばかりですよリフリーゼさん」
社交辞令とも思ってない社交辞令を軽く口にするミシェルは、前世の営業マンぶりがスキルとして扱われているのでは、などと自身の発言を省みていた。
「ふーん、そういう気遣いは出来るのね。もしかして慣れてるの?」
茶化すようにニマニマしながらリフリーゼは歩き出した。
「あ、それと。今日から私のことはリフィって呼びなさい。その方が呼びやすいでしょ?」
愛称、それはある程度気を許して貰った証であると、ミシェルは確実に異世界の交友に慣れ始めていると素直に嬉しく思った。
「分かりました、リフィ先生」
いきなり呼び捨てというのも、明るい青春を歩まなかったミシェルにはハードルが高かった。
「リフィ先生……ふふっ、いいわね! それ! そうね、これからはそう呼んでね!」
リフィは満面の笑みを浮かべながらミシェルの方に振り向いた。
「ミシェル、あそこを見て」
リフィが指差す先には、道端でローブを着た青年が恰幅のよい女性から10着ほどの衣服が入ったカゴを受け取っていた。
青年は中を確かめた後、お金を貰い、カゴごと魔法をかけたのか、全体が薄く光った。
女性は軽く中を確かめて、満足そうに帰っていった。
「ね? あの薄く光ったのが魔法よ」
確かに、衣服は見えなかったが、カゴごと洗浄したおかげで、明らかにカゴは新品ほどとは言えないが、丁寧に手洗いしたのと同じくらい綺麗になっていた。
「見てました!薄く光ったこと自体が魔法で、あの光は精霊って事でしたっけ?」
「前半は正解ね。後半に関して正確に言えば、あの光は洗浄という運用をされた精霊ね。例えば分かりやすく火で言うと、火を出す、それが魔法。そしてその火は火の役割を与えられた精霊ってことね。」
魔法というものは何やら不思議パワーなのかと思っていたミシェルは、そこまで理論付けされたものだという事に少し驚いていた。
「じゃあ他の魔法も見て回りましょ。次からは精度や精霊量の込め方によって効果がある程度変わる様子も見ながらね」
そう言うとリフィはまた街を歩き出した。
それから3時間ほど、途中でお昼を食べながら2人は様々な生活魔法を実際に見て学び教えていた。
現在、2人は公共の魔法修練広場に来ていた。
「さて、別に生活魔法を使うなんてさして難しいものじゃないわ。とりあえず成果の見えやすい点火の魔法を使って見ましょうか」
そう言うとリフィは小枝をミシェルへ渡した。
「はい、えっと…… “リトファ” 」
ミシェルは、スッと自分の中にあったものが確かに抜けて枝の先端へ吸い込まれたのを感じた。
そして、ぽっ、と枝の先端に火がついた。
10秒ほど揺らめいた後、徐々に小さくなり、消えて枝の先から煙が上がった。
「どう? 初めて魔法を使った感想は」
リフィは詠唱を唱え、枝の先端に小さい水球を作り完全に鎮火させた。
「なんか、呆気ないというか、簡単というか……でも確かに自分の中の精霊量を使ったって感じました」
ミシェルは体の中から抜けた感覚から逆算し、体全体に精霊が宿っていることを感じ取れた。
「そうね、よほどガサツな人じゃない限り分かると思うわ。じゃあ今度は精霊が体から抜ける時に、押し出すように精霊を追加で枝に送ってみなさい」
そういうとリフィは新たな枝をミシェルへ手渡した。
「分かりました、やってみます。…… “リトファ” ……ほいっ」
ミシェルは集中していたせいか精霊量を追加する際に変な声を上げていた。
彼自身は気付いていないが、確かに聞いたリフィは、くくっ、と下を向き口を抑えていた。
枝先の火は先ほどと同じように燃える。
しかし今度はなかなか消えない。
ついにミシェルが持っている手に火の熱を感じ始めた頃、リフィの詠唱によって又もや鎮火された。
「ミシェル、どれだけ注ぎ込んだのよ。軽く1分は燃えてたわよ?」
そう言いながらリフィは改めて目の前の人物の逸脱性に嫉妬した。
いくら精霊量の少ないリフィでも一般人や低級魔法使いよりは多い。
しかしそれでも、たった今ミシェルが行ったことを再現すれば、汗の一つをかくか、息が少し乱れるだろう。
だが、ミシェルはぼうっと枝先を見つめるばかりでまるで疲れた様子がない。
そもそも運用効率にロスが多いはずの初心者なら尚のこと疲れているはずなのに。
「これが、魔法……か。 んー、やっぱり自分の中に精霊っていう何かがある感覚は不思議だな」
現代日本とは全く異なるそのルールに、しかしそれでもソレをそうと自身の中で定義づけられている以上、やはりミシェルにはソレがどんなにギャップのあるものと言えど、違和感程度にしか感じられなかった。
「本当はここから、精霊運用と詠唱リズムと魔法の種類の3つを並行で学んでいくんだけど…… いいわ、ミシェルの場合、前ふたつは当面問題にならないし、とにかく色んな魔法を数こなしていきましょうか」
リフィは日常となった呆れの目を向けていた。
「リフィ先生、スキルって精霊を使うんですか?」
ミシェルは両の掌を見ながら、なんとなしに聞いた。
「いいえ、スキルの発動自体に精霊は使わないわ。 ただ、魔法の威力があがるスキルとかは、スキル無しで発動した時と同じ分の精霊を魔法行使の為に使うけどね。 結局、威力が変わるだけで精霊の使用量は変わらないからスキル発動に精霊を使ったとは言えないけどね」
もしミシェルのスキルが精霊を使うものなら大発見ね、とリフィはそんな気なしに言った。
ミシェルは掌から腕、腹、足へと視線を移す。
リフィはそろそろ夕飯の時間が迫っていることに気づき、ミシェルに声を変えようとしたその時、
「来い、マド」
途端、ミシェルの右手から深い青の精霊光を強く放ちながら、その光と同じ色の装飾枠が現れた。
誤字脱字や表現の違和感があれば教えてくださいー