4話 魔法少女、リフリーゼ
異世界美少女第1号
リフリーゼは嫉妬していた。
目の前にいる自称28歳、実年齢14歳の自分とそう変わらない少年に備わる膨大な精霊量に。
リフリーゼは憤慨していた。
記憶喪失かつ身元がほぼ完全に不明の少年には、生まれてから1度も彼自身で魔法を、精霊運用をしてこなかった為に、今の彼の魔法行使力が幼児並みな事に。
リフリーゼは戦慄していた。
現代ではスキルが10万種以上記録されており、その全てが肉体補助か魔法補助に分けられる。
その2種どちらかを割り出し、そこから更に割り出し、幾度かの割り出しを終えればスキルの発現方法が解明されるはずが、彼は最初の2種でどちらも無反応を示した。
「どういう事なの!? あなた本当にスキルあるの!? 第一、今までそんな量の精霊持っていながら魔法使った事ないなんてどこの原始人よ!? いえ原始人でも生活魔法くらい使うわよ!」
ひとつでは綺麗な音を奏でる鈴も、10個くらい集まってぶん回せばこんな声になるのかな、などとミシェルは目の前の魔法少女、もとい、リフリーゼを見ていた。
「いや、すまん。俺も何で使ってこなかったのか覚えていないから……」
「知ってるわよ! そして唯一類似した人物も500年以上前の人じゃない! 記録なんてよっぽどの偉人か大罪人じゃなきゃ残ってないわよ!」
ミシェルはミシェル自身を知る人物が現れない限り、完全な身元不明だという結論が3日ほど前に判明した。
「流石に軍学校に入ってから精霊と魔法のノウハウを教えて貰うにしても、これじゃあ初日でリタイアじゃない……」
軍学校というものは基礎学習の場である。
卒業後は予備兵として、魔物魔人など魔族の襲来時に招聘される。
その代わりに学費は殆ど無料で昼飯までついてくる。
身元引き受け人が見つからなかった孤児や農家の次男坊などが通う事が多い。
つまり最低基準の教育の場である。
予備兵でなく本職の兵であれば高等軍学校に。
商人の子や地方役人の子などは商学校など専門校に。
それなりの収入があれば、とりあえず魔法学校に。
かなりの収入があれば、高等魔法学校に。
貴族であれば、貴族院に。
このように大まかな分類がされた教育の場が王国全てにそれぞれ存在する。
「いわゆる基礎の基礎、最低限の学校でリタイアって……」
ミシェルはとりあえず何とかなったがお先真っ暗状態であった。
「ちなみに魔法学校はどのくらいの学費なんですか?」
卒業後の予備兵扱いが不服なミシェルは自前の金貨に期待しつつ聞いた。
「あなた……軍学校ですらって言ってるのに……
まぁいいわ。そうね、確か4年間の学費全体で金貨2枚あれば足りると思ったわ。私は、高等魔法学校だからよく知らないのよ、ごめんなさいね」
大して悪びれた様子もなく、鼻高々にリフリーゼは答えた。
金貨2枚。
それに4年間の生活費。
苦学生となれば可能だろうか?
などとミシェルは可能性を見出していた。
「まぁあなたの場合、お金があっても無理ね。成人前で身寄りのないあなたの身元保証人は軍だし。不法入国を予備兵扱いでチャラって仕組みじゃない?」
リフリーゼは、考えるだけ無駄よ、と手をヒラヒラ返していた。
「……惜しいわね。あなたほどの精霊量があって高等魔法学校へ行ければ、中央高官でも精霊軍でも、下手すれば精霊士の一員にすらなれたかもしれないのに……」
彼女は高等魔法学校において成績優秀者であった。
精霊運用の精度、的中率、暗唱や高速詠唱、そして何より “多重発動” というレアスキルがその才能を際立たせた。
しかし、彼女には圧倒的に足りないものがあった。
それが精霊量だった。
精霊量には個人差があるが、鍛えれば向上する。
しかし彼女の向上率は非常に悪かった。
スキルで高難度魔法を3つまで複数同時に発動出来るが、その後は丸一日、精霊枯渇症状に陥る。
それが彼女の卒業時の限界だった。
そして他の学生は高難度魔法を単発で1日に15回は発動出来る。
成績優秀者であればその倍はこなすだろう。
かくして彼女には成績優秀者でありながら使いどころが限られるという不名誉が与えられた。
そして現在、上級治癒士であり、そのトップクラスにいる国医ディカナンのお付きという、普通で言えばステータスの高い仕事をしている。
だが、成績優秀者の普通とは上級治癒士そのものである為、彼女はたったひとつ掛け違えたボタンを酷く恨んでいた。
「リフリーゼさん? あの?」
ふと彼女が我に帰ると、何度も呼びかけていたらしい様子でミシェルが顔を覗き込んでいた。
「え? あぁ、ごめんなさいね。えっと……何だっけ?」
「リフリーゼさんを大銀貨3枚で買いたいと思いまして」
沈黙。
「はあっ!? なっ、何言ってんのあんた!?」
顔を赤らめたリフリーゼは脱兎のごとく跳びのき、攻撃魔法の詠唱を完了させた。
「いえ、魔法学校4年で金貨2枚なら、高等魔法学校のリフリーゼさんに家庭教師をお願いしたらそのくらいかなって…… すみません、足りませんよね」
ミシェルは再度手持ちの金額と、リフリーゼに魔法を習うメリットを天秤にかけた。
容姿が整っていて、背は低いが出るとこは出て締まっているとこは締まっているリフリーゼは生まれて18年、色恋に無縁というわけではなかった。
彼氏と呼ぶべき人物と過ごすのは自習室くらいでろくに手も繋がなかったと注釈がつくが。
そして自身の才能に期待し育むばかりで、勉学に励みっぱなしの彼女にそういった話題に冷静さを保てというのは酷であろう。
「か、買うって、知識というか講師料っていうことね。家庭塾なのね。」
酷く狼狽した彼女は、息を吐き、落ち着きを取り戻し、ミシェルに確認した。
「教えるって言っても、私たちはあと1ヶ月で次の領へ行くって知ってるわよね? それに、その1ヶ月の間も仕事あるから、そんなに教えられないわよ?」
せいぜい1ヶ月うち8日間くらいじゃない? と彼女はディカナンの予定を思い返しながら答えた。
「いえ、それだとリフリーゼさんが休めないじゃないですか! リフリーゼさん、精霊量をよく使い切るって言ってましたし…… 具体的にはリフリーゼさん達が泊まる宿の近くで、仕事終わりに1時間くらいって思ってたんですけど……」
彼女はその提案が可能であると同時に、あり得ないと断じた。
「……ねぇ、ミシェル君。あなた、たったそれだけに大銀貨3枚出すっていうの? その33倍で高等魔法学校に4年間も通って、週5日、1日8時間学べるって知っても? 別に、軍学校を出た後に高等魔法学校に入る事も出来るのよ?」
そう、高すぎるのだ。
金額は100倍かもしれないが、学べる時間は100倍どころではない。
確かに一括で大金貨1枚用意するのは簡単ではない。
しかし契約魔法で学校から借り入れればいいだけの話でもある。
当然門は狭いが、ミシェルの精霊量なら可能性は高いとリフリーゼは踏んでいた。
「いえ、先の事はともかく、軍学校に入るまでに出来ることはやっておきたいですし。それに、ディカナンさんって国医っていう、国に10人くらいしかいない凄い人なんですよね? そんな人の助手であるリフリーゼさんもやっぱり凄い人なのかなって思うと、妥当な金額だと思います!」
リフリーゼは目頭が熱くなるのを感じた。
確かに彼の言う通り現在の彼女の仕事は崇高である。
そして彼女の周りの人達は、そんなリフリーゼを素晴らしいと言ってくれた。
精霊量に関しては触れずに、気を使って。
ミシェルはそんな彼女に対し、精霊量の事をあえて気遣って、ひと月たった25時間程度、それに大銀貨3枚出すという。
その価値が自分にはあるという。
きっと成長するからなどという言葉の慰めにウンザリしていたリフリーゼ。
それはリフリーゼという人物は成長しなければ価値が無いと言われているような感覚に陥っていた。
当然、価値がない者に国医付きなどなれる訳がない。
理屈では分かっていた。
分かっていてもそれは、慰めや励みは、チクチクと彼女の心に刺さっていた。
それら全てをミシェルの提案が打ち消した。
彼女にとって大銀貨3枚はそこまで大金ではない。
税などを引いたとしてもそれ以上はひと月に稼いでいる。
だが、今ミシェルが言葉にしたその金額は、どんな言葉や給金より彼女に絶対の価値を与えたのだった。
「私の、仕事終わりの1時間? それをひと月分? たったそれだけの時間に大銀貨3枚? あなた、バカじゃないの……」
ミシェルは背を向けたリフリーゼを見ながら、失敗したかと肩を落とした。
リフリーゼは振り向くと、ミシェルを睨み指をさした。
「いいわ! その提案、乗りましょう! ただし条件を追加するわ! あなたには毎日、相当、それはもう相当な量の宿題を出すわ! その代わり、休みの内1日を追加で勉強日にしてあげるわ! それだけやればひと月でも魔法学校の1年分くらい叩き込めるわ!」
これは、早まったか……とミシェルは後悔したが、同時に乗ってくれたことに一先ず安心した。
「良かった! ありがとうリフリーゼさん。じゃあ先にこれは払っておきます。これから、よろしくお願いします!」
ミシェルは小銭入れから大銀貨3枚を取り出し、リフリーゼへと手渡した。
彼女はそれを少し見つめ、大事そうに財布にしまう。
「確かに頂いたわ。そして、頂いたからにはしっかりと教えるから覚悟しなさいよね!」
そう言い残し、彼女は部屋を出て行った。
ミシェルはこの投資が大銀貨3枚以上の価値になり得るといいな、などと、幼さに見合わぬ淀みを含んだ瞳で、目の前の閉まった扉を見つめていた。
誤字脱字表現の誤りなどございましたらお教えください〜