3話 命名の儀
3人称視点でこの先も続きます
その後、ミシェルとリルドはディカナンに礼を言い病院を出ようとすると、受付嬢からダートリスクという憲兵が向かいのカフェで待っていると教えられた。
「ダッティ、待たせたな。それで、領政府からはどんな指示が来た?」
メニューを読めても実際の料理が想像できないミシェルに変わって、リルドが適当に2人分の遅い昼食を注文した。
「彼の安全性が高いことから、領軍にて一時保護、行方不明者リストとの照合、並行して彼の精密検査となります。国医のディカナン氏がこの領にいる時期で良かったです」
ミシェルの元に運ばれた料理はベーコンを紫色の葉が挟み、それを明日灰色のパンが挟んだサンドイッチだった。
それを頬張りながら、異世界の料理が自分の舌を満足させるものだと安心し2つ目に手を伸ばした。
「そのディカナン氏によると、ミシェルの記憶は喰われたもの、つまり完全に戻らないらしい。そんでこいつは一般常識すら怪しいだつー訳だ。行方不明リストに引っかからない場合、どうなると思う?」
サンドイッチを完食し、氷の入った麦茶のような飲み物を飲みながら、ミシェルは街の人たちを眺めていた。
耳の長いエルフ、背丈の低いドワーフ、獣の耳や尻尾を持つ獣人、ひと通りファンタジーに出てくるキャラクター達に内心歓喜していた。
「そうですね、恐らく…… 年齢から言って領軍学校へ編入ですかね? ミシェル君はたぶん成人に達していないくらいでしょう? 孤児院では大き過ぎるでしょうし」
ミシェルは日本人って若く見られやすいんだよな、と少し残念がりながらダッティの発言を訂正した。
「いえ、ダッティさん。俺は28ですよ?」
その瞬間、リルドのフォークが止まり、ダッティは飲み物をこぼすまいと口を押さえた。
「待て、28ってのは、28歳ってことか? お前、俺たちは28歳の男を甲斐甲斐しく世話してたって言わせてぇのか?」
リルドはいくら憲兵でもそんな大人に親切はしねえと不機嫌そうに笑った。
「ミシェル君、それは確かなのかい? 私たちにはどう見たって成人前後、つまり15歳くらいにしか見えないんだが……」
ダッティはそう言いながら可哀想なものを見るような目でミシェルを見た。
「いや、流石にそれは無いですって。若く見られやすいとは思いますけど……」
ミシェルは思わず否定してしまってが、自身の年齢を証明する事も説明する事もほぼ難しいと悟った。
「ミシェル、確か別の世界を見たような、とか言ってたな? 多分だが、魔人とか魔物に喰われて気を失った時に長い夢でも見たせいだろう。まぁいいさ、年齢は精密検査の時に分かる」
これ以上この話題は続けないと言わんばかりに、リルドそう締めくくりサンドイッチを頬張った。
ミシェルは多少不満に感じながらも、後で分かるならその時にリルドをおちょくってやろうか、などと考えた。
メニューを見ながらミシェルは唯一ある金貨を抜いて小銭入れを机上に出した。
「もう少し食べたいんですけど、これで足りますか?」
ダッティは、お金はあるんですね、などと笑いながら小銭入れの中を確認した。
そして中を見た途端、ため息混じりにミシェルが、貨幣価値を覚えているかを聞いた。
ミシェルが覚えていないと告げると、愛想笑いを浮かべつつ子供に言い聞かせるように話した。
そして小さい銅貨、大きい銅貨、小さい銀貨、大きい銀貨の順に1枚ずつ並べた。
「まず小さい銅貨があります。これが10枚あると大き銅貨と同価値です。そして大きい銅貨の10倍が小さい銀貨、その10倍が大きい銀貨です。」
ミシェルは聞きながら、小さい銅貨を1円とすると大きい銀貨は1000円か、と手持ちの金額に不安を覚えた。
「ミシェル君、君がさっき食べたものはどのくらいの値段だと思う?」
ミシェルは大銀貨を1枚取り、それをダッティの方へ差し出した。
「はっ! いつからここは超高級店になったんだ! ミシェル、お前それ1枚でサンド200個は食えるぞ?」
リルドは大層愉快に笑いながらそう話した。
ミシェルはサンドという名前の一致感に驚いたが、それ以上にあまりのずれた予想を恥じた。
「ミシェル君、このサンドが1つで小さい銅貨5枚だ。これはまぁ、昼食にしてはお手頃だけど、それでも高くてサンド1つは大きい銅貨1枚程度だよ」
銅貨は100円くらいだったか、などとミシェルは赤面しつつ考察した。
そう言いながら小銭入れに小銭と呼ばなくなったそれらを戻し、それぞれ銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨と呼ぶことを教えてくれた。
ミシェルはポケットに隠した金貨が確かにそこにある事を確認し、恐る恐る尋ねた。
「そ、そうなんですね。良かったです、初めて聞いたのがダッティさんで。ちなみに、大銀貨の上ってあるんですか?」
ダッティは小銭入れをミシェルに手渡しつつ答えた。
「そうだね、この上も10倍ずつあるよ。金貨、大金貨だね。まぁ、金貨なら見ない事もないけど、大金貨なんて普通持ち歩かないし、そんな大きい買い物は銀行経由で払うから持つ事自体あまりないんじゃないかな?」
ミシェルは金貨の存在に冷や汗をかきながら、銀行があるなら早く預けたいなどと考えていた。
「ミシェル、食い足りねぇなら歩きながらにしてくれ。そろそろ領軍本部に行って精密検査受けねぇと日が暮れる」
そう言いながらリルドはポケットから大銅貨2枚を取り出した。
ミシェルが小銭入れを出そうとした手を止め、経費だ、などと笑いながら支払いをしていた。
道中、サンドを食べながら銀行に預けらるかダッティに聞いたが、身分証が無ければ無理だと首を振った。
軍本部についたミシェルは、その荘厳な石造りに感動しつつ、中へと歩みを進めた。
石と言っても荒削りのブロック塀のようではなく、1メートル四方の綺麗に磨かれた大理石のような壁と床。
柱もまた光を反射するほど磨かれ、直径2メートル、高さ10メートルはあろうかというものだった。
入ってすぐ広がるのは大きな空間で、革鎧やフルプレートを来た者、リルド達のようにTシャツに革ズボンで帯剣をした簡易的な身なりの者、シワのないワイシャツに黒いズボンをし、武器らしきものを持たない者、ローブなど様々な者たちがいた。
その場その場で談義しているようだったが、その割には静かな光景に違和感を覚えながら、ミシェルはリルドの後に続いた。
ふと急にリルド達が止まり、敬礼をした。
「リルロード、ダートリスク。被害者の保護、ご苦労であった。2人ともこっちだ。そこの少年、ミシェル君だったか?君も一緒にこっちへ」
頭以外を金属鎧で包んだ女性が前方から現れ、3人を案内した。
紫の髪を後ろで一本に縛ったモデルのように美しい人物の登場に、ミシェルは思わずマジマジと見つめてしまった。
「ルミーナ大尉、お久しぶりでございます。この度は大尉が担当官という事でしょうか?」
リルドはルミーナ大尉の後を歩きながら顔に似合わない言葉遣いで話した。
「その通りだリルロード。まぁ担当官と言っても今回の場合、私は君たちに指示をするくらいで、実際にミシェル君に付くのはリルロード、ダートリスク2名という事で決定している」
リルドはルミーナ大尉に見えていない事を良いことに軽くガッツポーズをしていた。
「私も一時的とはいえ君の直属の上司となれて嬉しいよ、暴鬼王君」
ルミーナ大尉は一切こちらを見ずにククと笑いながら言った。
リルドはバツの悪い顔をしながら、からかう様な視線を向けるダッティに肘鉄を入れた。
到着したのは40平方メートル程の部屋で、中央の床に魔法陣が書いてあり、ローブを着た人物が2名いた。
「ミシェル君。君にはまずここで精霊反応の検査、精霊色の判定を行う。
その後、ミシェルという名前が正しいか命名の儀を行う。
命名の儀では名前があっていれば、精霊色が変わっただけで身分登録はしてある人物だと分かる。
名前が誤っていて、魔法陣が発動しなければ、身分登録はしてあるが精霊色が違うので本当の名前探しをする事になる。
最後に、身分登録してない場合…… 普通は紙一枚で出来る簡単な儀式だから、産まれた直後に行われるのだが…… 君は今の状態で身分登録される。問題はないか?」
きっと、本当の記憶喪失なら問題大アリなのかも知れないが、身分登録されるならラッキーではないかと軽くミシェルは考えていた。
「もし、この場で身分登録された場合、何か不都合はあるんでしょうか?」
ミシェルはそうなる事が決まっているかの様に落ち着き聞いた。
「ある。4王国並びにその同盟国全てで統一登録されるそれが無いということは、君が不法入国者となる。よって今後の君の行動が制限されるだろう」
えっ、と事態の大きさにミシェルはさまざまな選択肢を間違えたかと後悔した。
「……君が、自己申告通り28歳である場合は、だな。もし15歳未満であれば成人前として軍学校に3年間通ってもらう事になる。卒業後は一般市民扱いとなるだろう」
ミシェルは複雑な表情をした。
やはり年齢を偽ればよかったか。
いや、それでは根本的解決にならない。
例の魔法使いに会うまでは隠れ潜むべきだったか。
そもそもその魔法使いがこの事態を予測して対策を教えるべきではなかったのか。
様々な思考を巡らすが、後の祭りであるとミシェルは割り切った。
ミシェルの表情から心の準備ができた事を悟ったルミーナは2人のローブを着た者に指示をした。
まず行われるのは精密検査の様だった。
魔法陣の中央に立つミシェルの周りを光が渦巻き、その光が1枚の羊皮紙に見えるそれへと吸い込まれていった。
詠唱を終えたローブの魔法使いのうち1人が鈴音のような可愛らしい声色で読み上げた。
「精霊反応クリア。トラップや変質、隠蔽、遅延攻撃、その他のデバフ、バフ効果反応なしです。
精霊色、登録無し。類似件数……え、イチ? あ、失礼しました、続けます。精霊量……はぁっ!? あっ、すみません! 精霊量、771600、中将級です。 ……大尉、もう一度やり直しますか?」
凛と済ませた態度の猫が、急に尾を踏まれて慌てふためくような報告を終えた魔法使いがそう提案した。
その声の可愛らしさからミシェルは脳内で魔法少女は実在した、などとローブの魔法使いの頭上にテロップを入れた。
「ななじゅっ……良い。やり直しはしない。そもそもこの空間において検査の失敗はあり得ない。精霊量も可笑しいが、類似件数1というのも妙だな」
ルミーナは驚いてはいるが冷静な様子でそう言うと、考え込む姿勢となった。
ミシェルは精霊量が高い事が、物語の主人公のようで自身の英雄譚妄想が捗ると感じながら、類似件数という言葉に疑問を抱いた。
「その、類似件数が1ってのは何が変なんでしょうか?」
そうルミーナに問いかけたつもりだったが、返答は魔法少女から返ってきた。
「はい、精霊色は親類などが特に大きな割合で類似します。低い割合での類似であれば、数十代前からの親族で当てはまります。普通の人は高い割合で10人程度、低い割合で10万人程度と類似します。それが1という事は、あなたの数十代前の親族からただ1人を除いて身分登録をしていない事になります。」
なるほど、そりゃあ類似しないだろう、と特に驚いた様子もなくミシェルは聞いていた。
そしてその1人というのも、恐らく例の魔法使いだろうと予想していた。
戦術級の干渉なのだ、少しくらいそいつの精霊色に似るのもおかしくない、と、あの痛みを思い出し、ミシェルは身震いした。
「その1人ってのは、誰か分からないんですか?」
ミシェルは誰がわかればそいつが痛みの犯人なので殴りに行こうかなどと考えていた。
「今ここで、というのは難しいです。高い割合であればすぐに分かるんですけどね」
魔法少女は肩を竦めつつ答えた。
ルミーナが、パンッ、と手を叩き、視線を集める。
「では、次に取り掛かろう。命名の儀を開始する」
ローブ2人組は了承すると、魔法少女が紙を手渡した。
そのまま持っているようにと言うと、詠唱し始めた。
ひと言程度の詠唱を終えると、すぐに体の周りに光が現れ、魔法陣へと吸い込まれた。
魔法少女はサッと紙を取り上げ、ルミーナへ手渡した。
「まぁ、そうなるな。ミシェル君、おめでとう。来年から軍学校だ」
そう告げたルミーナはミシェルに紙を見せた。
そこには
名前 “ ミシェル ”
年齢 “ 14 ”
スキル “ 未発現により不明 ”
と書いてあった。
誤字脱字や文法、統一性の有無など、変な箇所があれば教えて下さい_(:3」∠)_